第315話 鍛冶の極致 前編

 あちらこちらから金属音が鳴り響き――同時に肌を焦がすような熱風が工房内を駆け巡る。火と鋼と向き合うは魔落族の面々だ。もとはドワーフを祖とする魔落族は、魔の力を求めて魔人族と交わる。どれほど長い年月を積み重ねたのか。やがて肌は灰色に、頭部には角のあった名残なのだろう。触れれば薄っすらと瘤があるのがわかる。さらに背中にも対になった瘤が同様に。気づけば髭と体型以外はドワーフとは似ても似つかぬ姿へと変貌していた。


 ネームレス王国の鍛冶工房――当初は魔落族の男たちだけが使用していた工房も、今では鍛冶を学ばんとする魔落族の女性や他種族の者たちの姿がちらほらと見受けられる。当初は余裕をもって造られた工房も、人が増えれば手狭くなるのは誰もが想像に難くない。魔落族の長であるマウノがユウに泣きつく度に工房は拡張され、今ではウードン王国の王都テンカッシ一番の鍛冶工房と比べても遜色――否、すでにその規模は優に超えていた。単一の工房という条件であれば、広大なレーム大陸で唯一の隕鉄を採掘できるドワーフの里――『星降る国』の王家直轄の本工房にも匹敵するだろう。


「あっつ……」


 そう呟くと、魔落族の男は額に張りついた髪ごと腕で汗を拭う。だくだくと全身を伝う汗によって髪だけでなく、魔落族の男性の特徴である立派な髭や服まで肌に張りついている。

 それもそのはずである。なぜなら、この工房は最低限の空気の流れしか考慮されておらず、堕苦族の住居である地下施設のように空調管理がされていないのだ。

 これには理由がある。ドワーフや魔落族――いや、鍛冶に携わる者たちは室内の温度変化を極端に嫌うのだ。鍛冶職人の間で古くから伝わる逸話の一つに、師が打った剣を焼き入れをする際の水の温度を盗んだ弟子が、その師によって腕を斬り落とされたという話がある。水の温度を調べただけで腕を斬り落とされる。にわかには信じられないような話なのだが、このような逸話はごまんとある。

 この嘘か本当なのかわからない逸話からもわかるとおり。それほど鍛冶士という人種は炉や焼き入れをする水の温度などにうるさく、秘伝の一つとしているのだ。新入りやまだ未熟な鍛冶士が工房と外を繋ぐ扉をわずかに閉め忘れただけで怒鳴りつけられることなど、ここではよく見る光景である。

 もっとも周囲を見渡せば、そこら中で炉からは轟々と火が燃え盛り、鍛冶士たちはさらなる火力を求めて魔力を注いでいるのだ。工房内の温度変化もクソもないと言えるだろう。つまり、これはゲン担ぎのようなモノである。


「ウッズ殿、ゴンブグル老、そろそろ休憩を入れんか?」


 魔落族の長マウノが肩に鎚を担ぎながらウッズへ声をかける。反対の腕で顔を乱暴に拭うと、腕を伝って耐火性の前掛けへ汗が流れ落ちていく。


「んー。儂もマウノ殿に賛成じゃな」

「ふぅー。わかった」


 ウッズは面倒を見てやっている鍛冶士の見習いたちに炉を見といてくれと頼むと、肩をゴキゴキと鳴らしながら工房の外へと出ていく。


「どっこいしょっとくらあ」


 マウノが工房の外に設置されている木製のベンチへ腰をかける。続いてウッズとゴンブグルも同じように座ると、ベンチが悲鳴を上げるように軋む。ドワーフや魔落族の男性は人族より身長が低いのだが、その代わり樽体型に筋肉質――つまり人族よりはるかに体重が重いのだ。


「お前たちも休憩したらどうだ?」


 ウッズが声をかけたのはキンとギンである。この二体――いや、もとは高名な人族の騎士に魔導師だったので、二人と言うべきか。ともかく、この二人はウッズを護衛するためにユウが用意したアンデッドの魔物である。

 文字どおり四六時中ウッズを護衛しているキンとギンは、ウッズの誘いに「お気になさらず」とでも言うように手を軽く挙げる。ウッズはそんな二人に向かって「真面目すぎると疲れるぞ」と苦笑する。


「んー。ネームレス王が戻ってきておるそうだが、お主のところに顔を見せに来ぬな?」

「ユウはユウで色々と忙しんだろ」


 ウッズの言葉遣いは、ドワーフの王ですら敬意を払うゴンブグルに対するものとして、とてもではないが相応しいモノではなかった。だが、当のゴンブグルは気にした様子もなく「ふむ」と頷く。鍛冶工房で共に鎚を振るっているのだ。ウッズがどういう性根なのか、ゴンブグルは誰に言われずとも十二分にわかっている。そして、それはゴンブグルにとって、ウッズという男が愚直で、とても好感が持てる人物であることを示していた。


「王もあれだな。ウッズ殿だけをいつまでも特別扱いするわけにいかんのだろう。最近では魔落族のなかにも嫉妬する者らがいるからな。とはいっても、魔落族の場合は女連中が違う意味でだがな」


 マウノはそう言うと、ウッズをからかうように「ガハハッ」と笑う。ドワーフや魔落族の女性は、気難しかったり無愛想に見えて、実は優しく漢らしい者を好む傾向がある。つまりウッズやモーフィスなどは見た目に反して、同族からは魅力的に見えるのだ。


「下衆な勘ぐりはやめてくれ。あいつらには鍛冶を教えてやっているだけだ。仮にもあんた魔落族の長だろうが」

「お~怖い怖い。ウッズ殿、冗談ではないか」


 ぽかぽか陽気のなかウッズたちが談笑していると、遠くからこちらに駆けてくる子供たちの姿が見えた。


「ウッズのおじちゃ~んっ!」


 先頭は獣人族のヘンデで、脇には絵本を大事そうにしっかりと抱えているのが見える。


「おう。またぞろぞろと引き連れてどうした?」

「今って休憩だよね?」


 キラキラした目で尋ねてくる子供たちに、マウノはなにやら察したのか。


「お前らダメだぞ。工房には入れないからな」


 目の前にいる子供たちはすべて男の子であった。この年頃の男の子は刃物や火に憧れるものである。だが、鍛冶工房は大人でも怪我を負うことも珍しくない危険な職場である。時には命を落としかねないほどの事故もある。それゆえどの種族であろうと、子供は鍛冶工房への立ち入りは禁止されていた。それでも男の子の憧れを消すことなどできるものではない。暇があれば鍛冶工房の周りをうろつき、ときおり開く扉の隙間から中を覗き見ては胸を膨らませるのだ。


「違うよっ!」


 ヘンデの言葉に他の子供たちも「そうだよ!」と続く。


「違うって……それならなにしに来たんだよ」


 ヘンデたちは「それは……」と言い辛そうに、チラチラとキンとギンを見る。ウッズは「ははん」と笑みを浮かべる。


「おいっ。どうやらお前たちが目当てのようだ。少し相手をしてやってくれ」


 キンとギンは互いに見合う。二人の間でどういうやり取りがあったのか。子供たちの相手はキンがするようで、ギンは残ってウッズの護衛を続ける。


「なんだ。お前さんも行ってよかったんだぞ」


 ウッズはギンに語りかけるのだがギンは反応もせずに佇む。


「本当に真面目な奴だな」

「さすがは王がウッズ殿につけた護衛といったところか」


 少し離れた場所で子供たちに囲まれたキンが小枝で地面に字を書くのを見ながら、ウッズたちは再び談笑に興じる。


「鋼や黒曜鉄なんかの使い慣れた素材なら、儂はゴンブグル老にだって負けない自信があるぞ。あとはそうだなぁ……魔の力を秘めた武具、特に魔剣なら俺のほうが上だろうな」


 三大名工の一人に称えられるゴンブグルに向かって、マウノは自信満々に言ってのける。


「んー。儂が学んだ多くの技は、正統派と呼ばれる者たちからのが多かったからのう。こと魔剣を打つことに関しては、マウノ殿のほうが上かもしれんなぁ」


 鍛冶に携わる者たちらしい談笑である。話はどんどん熱を帯びていき、どんな素材で武具を作ったのか。どこそこの山で貴重な鉱石が掘れるだの。あの国の迷宮では珍しい魔物の素材が手に入るなど、話のネタには困らない。


「儂は今、王からの依頼で槍を作っているんだが……そうだな。今日か明日には完成するだろう。これがなかなか手こずらされたんだが、完成すれば三級のなかでも上位の武具になるだろうな。

 ところでゴンブグル老やウッズ殿が今までに作った武具のなかで、特に印象が残っているのはどんな物だ?」


 やがて談笑は、今まで自分が作った武具のなかで、一番思い入れがあるのはなにかという話題へ移っていく。


「んー。んー……一番か……ふむ」


 長い髭を撫でながらゴンブグルは考え込む。


「ぬははっ。ゴンブグル老ほどになると、一番と言われても絞るのは難しいか?」

「いや。一番と言われれば決まっとる。ジョゼフ・パル・ヨルムに作ってやった槍じゃな」


 ゴンブグルの言葉に、ウッズとマウノの表情が固まる。


「ジョゼフの槍――あの『虚神殺しの槍』は、あんたが作ったのか?」


 いち早く我を取り戻したウッズが、ゴンブグルの言葉の真偽を確かめるように問いかける。


「虚神殺しの槍? ふむ。儂がジョゼフに渡した槍の名は『ゴルギア・スの槍』じゃが、半神を殺したことで名が変わったと聞いておる」


 マウノはゴンブグルの言葉を話半分に聞いているようで「神を殺して武器の名が変わるなど、まるで神話ではないか」と鼻で笑い飛ばす。


「半神? まさかジョゼフが神を殺したとでも?」

「そのとおり。ジョゼフは神を殺した。じゃが、甦るじゃろうな。神じゃし」


 なんでもないことのように、ゴンブグルは「ふむふむ」と頷きながら、鍛冶見習いが持ってきた茶をすする。


「んー。まあ、あまりにも荒唐無稽な話じゃが、事実じゃからの」

「儂はそんな話は聞いたことがないぞ。それともドワーフの間では有名な話なのか?」

「いや、俺だって初めて聞く話だ」

「どこぞの邪教団を討伐するために五大国が極秘で連合軍を起こしたんじゃが、あまりにも双方に被害が多かった。とてもではないが隠し通せるものではない。

 それにジャーダルクは別として、他の国――特にデリム帝国の兵のなかには人族以外の他種族も多く混ざっておった」


 どうもウッズはゴンブグルの語る内容に納得がいかないようで、険しい表情で考え込んでいた。


「双方に被害が多かったそうだが、話の流れからすると、その邪教団とやらが神だか邪神だかを召喚したってことなのか?」

「うむ」

「ゴンブグル殿、神じゃなく高位の魔物かもしれないであろう?」

「んー。無論その可能性もあるじゃろうが、従軍しておったドワーフから邪教団が召喚した神の詳細を儂は聞いた」


 多弁ではないゴンブグルは喋りすぎて喉が渇いたのか、残りの茶を一気に飲み干して喉を潤す。


「一部のドワーフの間で伝わる伝承じゃよ。

 天魔の神が一柱、八本の手足に前面が男の身体、後面に女の身体あり。想像を絶する美貌はまさに神と呼ぶに相応しい姿である。だが、その神々しい容姿とは裏腹に、数多の命を弄ぶ残虐非道な神なり。あまりの非道に見兼ねた八大龍王が成敗に乗り出すも、天魔の神の強さに敵わず。他の神々の力を借り、男神と女神に分断するも、半神となった姿でも滅ぼすこと叶わず」


 空になったコップに鍛冶見習いの者が新しい茶を注ぐと、ゴンブグルは礼を言って茶をすする。


「困り果てた八大龍王は男神を虚空の彼方へ、女神をどこぞの迷宮・・へ封印したとな。

 んー。おそらく邪教が召喚したのは天魔の男神のほうじゃろうな。千年――いや万年か何十万年の封印から解き放たれたのかは知らぬが、じゃが弱り果てておったとはいえ、神を倒すとは……ジョゼフ・パル・ヨルムはとんでもない男じゃな。

 ことによっては、人類の救世主と呼ばれていてもおかしくない偉業よ」

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