第314話 駄菓子屋 再び
「いや~。まいったまいった」
畑道を歩く狼人のタランがぼやく。周囲を見渡せば、同じように本日の農作業を終えた者たちが、仲間たちと談笑しながら帰っている。
「なにがだ?」
さして興味もないのに虎人のナルモが尋ねる。ここで聞いておかないと、延々とタランのぼやきを聞く羽目になるからである。そのナルモであるが、他の者たちと違って徒歩ではない。以前、鉱脈を見つけた褒美に、ユウから貰った火吹き大蜥蜴に跨っている。タランが頭を撫でると、火吹き大蜥蜴は気持ちよさそうに舌をチロチロと出す。
「あれだよあれ」
「あれじゃわかんねーよ」
「骸骨騎士だよ」
「骸骨騎士って言われてもなー。普通のやつか? それとも錆色か? もしかして銅色か? 間違っても黒ってことはないよな?」
「バカッ! 普通のに決まってんだろうがっ!! お前わかってて言ってんだろ!!」
バレたかと、ナルモが快活に笑う。タランは「たくっ……」と不満を垂れながら話を戻す。
「それで骸骨騎士の話に戻るが、まさか今まで手加減されてたとはな」
「ああ、あれか。お前ボッコボコにされてたもんな」
「お前だって手も足もでなかったじゃねえかっ!」
「そりゃそうだろ? アンデッドが『闘技』を使うなんて思わなかったんだからよ」
対人訓練で骸骨騎士に勝負を挑み、勝てるようになってきたナルモたちであったが、それを見ていたユウが「そろそろハンデなしでやってみるか?」と言ったのだ。それからは悲惨の一言である。今まで骸骨騎士との対戦で勝利を積み重ねてきた者たちが、逆に負け続けることになる。ただ獣人族や魔落族、堕苦族の一部の者たちや、魔人族だけは違った。手加減なしでも骸骨騎士や、さらに上位の錆色骸骨騎士や銅色骸骨騎士が相手でも勝つのだ。
「Cランク冒険者の洗礼ってのが、ランク5の魔物との初戦らしいからよ。ニーナさんたちは別として、ランク6の骸骨騎士に勝てる俺はCランク冒険者より強いと思ってたんだけどな」
「ランク6って言っても、骸骨騎士はギリらしいからな? 同じランクでもピンキリなんだぞ。それに人型や大型、種族によって強さも別物ってくらい変わってくるからな」
「わかってらあっ! お前はなにを偉そうに、王様の受け売りを得意げに喋ってんだ!」
「わははっ。よくわかったな」
「ちっ。馬鹿にしやがって」
「そんな怒るなよ。モリ婆さんのとこでも行こうぜ」
「おっ。いいぞ!」
モリ婆さんとは、駄菓子屋の店主である。タランはこの駄菓子屋で売っているきなこ棒が大好きなのだ。
道中を談笑しながら歩くタランであったが、気になることがあった。ナルモの身なりがどうも以前と比べて良くなっているのだ。それも自分に見せつけるように、先ほどから腕輪や指輪などをチラチラとアピールしているように感じていた。
「あ?」
「だからカンタンが凄いって話だ」
ナルモの身なりに気を取られていたタランは、うわの空でナルモの話をほとんど聞き流していた。
「ああ、カンタンな。凄いってのは地図の話か?」
「それ以外にねえだろ」
「まあ確かにカンタンの地図はすげえよな。森の中の集団戦で、地図があるほうとないほうで、あんだけ変わるとはな」
「知ってるか? 人族の商人どもが、カンタンに頭を下げて地図を売ってくれって頼み込んでんだぞ」
「はあ!? なんだそりゃ」
「それだけ価値があるってことだよ。もしかしたらお前んとこの弟も、すげえかもしれねえぞ?」
「やめろ」
弟の話になると、途端にタランは不機嫌になる。それもそうだろう。タランの弟は獣人であるにもかかわらず、狩りはおろか農作業すらまったくできない――いや、できないのではなく、する気がないのだ。毎日、空ばかり眺めている変わった男であった。ネームレス王国でなければ、今頃は口減らしで死んでいただろう。
「まあ聞けって。俺は魔導船で商人たちを運んでるだろ? だから商人とはよく話すんだ。それでよ、商人が言うには王様から頼まれて、変わった書物や道具やらを仕入れてるんだとよ。それで、どうやらお前んとこの弟が関係してるみたいなんだ」
確かにここ最近の弟は変な道具を抱えては外に出かけ、家ではずっと本を読み漁っていたと、タランは思い出す。あの無気力な弟が、文字なんて読めなかったのに、先生と呼ばれる人族のもとへ頭を下げて教えを請い、気づけば本を読めるまでになっていたのだ。
「それで?」
ナルモの話に興味が出てきたのか、タランが続きを促す。
「なんでも王様が商人に頼んだ品ってのが、天気――気候や空の星とかに関する書物や、それを調べる道具なんだってよ」
「そんなもん調べてどうすんだ?」
「俺だってわかんねえよ。でもわざわざ大金を払ってまで商人から仕入れて、しかも精度が悪いとか言って、堕苦族や魔落族の連中に作り直しさせてんだぞ。きっと王様はすげえことを考えてんだよ。
ほら、あのなーんもできねえくせに、木の枝で地面に絵ばっか描いてた変な魔落族のガキがいただろ? あのガキに王様が筆やら紙に色つけるたっけえ材料を買い与えて、今じゃとんでもなく上手い絵を描くようになってるじゃねえか」
タランはまさか自分の弟に、人には理解されない特異な才能があるのかと、密かに興奮する。周りの獣人どころか、家族にすら邪険にされることもあった弟のことを、タランはずっと気にかけていたのだ。このままだと弟は野垂れ死ぬんじゃないかと。
「王様はなんか言ってたのか?」
ぶっきらぼうに聞くタランであったが、本当は興味津々であった。
「サバがどうたら……しょうこうぐんがなんたらって言ってたな」
「なんで魚が関係あんだよ!」
「知らねえよ。気になるなら、お前が王様に聞けよ。それより、これどうよ?」
ずっと自慢したくて仕方がなかったのだろう。タランが聞いてこないので、我慢しきれなくなったナルモが身に着けている貴金属を見せつける。
「農作業するのに、そんなもん着けてどうすんだよ」
「いいだろ? これ、炭鉱を見つけた褒美に王様から貰ったんだ」
「はあああっ!? なんだよそれ! お前、この前も鉱脈を見つけたとかで、蜥蜴を貰ったばかりだろうがっ!」
「蜥蜴じゃねえよ。火吹き大蜥蜴だ」
ナルモはそう言うと、火吹き大蜥蜴の頭を掻くように撫でる。
「それに俺はちゃーんと誘ったぞ? なのに森で鹿を狩るから無理だって、断ったのはお前じゃねえか」
「ぐっ……」
そのときのことを思い出し、タランは唸る。
「調子に乗るなよ。俺だって、王様の探してる迷宮をいつか見つけてやる!」
「へー。それよりこれ見ろよ?」
ナルモは両手で、自分の肩パットを軽く叩く。肩パットにはなぜか金属製の取っ手のようなモノがついていた。
「ふんっ。その変な肩当てがなんだってんだ」
「これか? これはなぁ」
ニヤリと意味深にナルモは笑みを浮かべると、指笛を鳴らす。すると、空からけたたましい鳴き声とともに、一羽の巨大な鳥がナルモの両肩に降り立つ。
「ぬわあああああっ!? なんだそりゃ!!」
「わははははーっ! どうだ? 驚いただろう! これが褒美のメイン、ウィンドイーグルだあっ!!」
ウィンドイーグルの翼長は三メートルほどであろうか。両翼と身体を合わせれば六メートルを超える。
「で、見てろよ」
ナルモが「ピュ~ピュ~」と指笛を二度鳴らすと、ウィンドイーグルがナルモの肩当てを掴んだまま空へ飛び上がる。
「うあ~うあ~っ!?」
「どうだ? いいだろう!」
空からタランを見下ろすナルモが、得意げに笑みを浮かべる。
「いいなあ……いいなぁ……。俺も空を飛びてえよ」
現在ネームレス王国で甘味――お菓子を買えるのは、ユウより駄菓子屋を任されているモリ婆の店だけである。必然、ネームレス王国の子供たちはモリ婆の店に集まるのだ。
「あー、ナルモとタランだ」
「ほんとだ。なにしにきたの?」
「おしごとは?」
ナルモたちに気づいた子供たちが、物珍しそうに集まってくる。ちなみにナルモの従魔であるウィンドイーグルは、空を気持ちよさそうに羽ばたき、火吹き大蜥蜴は子供たちに囲まれ、撫でまわされている。ときおり、口から舌と小さな火をチロチロ出すと、子供たちは大きな声を上げて喜ぶ。
「ナルモはいいとして、俺のことはタランさんだろうがっ」
「なにそれー。へんなの~」
「タランはタランなのにー」
「あー、うっせうっせ! ほれ、散れ散れ!」
タランが「がーっ」と威嚇すると、蜘蛛の子を散らすように子供たちは楽しそうに逃げていく。
「なにしてんだ?」
「念のためにな」
鼻をヒクヒクさせるタランに、ナルモは不思議そうに尋ねる。ひとしきり周囲の匂いを確認して安心したのか。タランは駄菓子を買うために、子供たちの列に並ぶ。
同じミスはしない。タランは慎重な男であった。
「これいいだろ?」
「あん?」
タランの前に並ぶ狼人の男の子が、胸につけたバッチを見せつける。
「こりゃ銀じゃねえかっ!? なんでお前みたいなガキが持ってんだよ!」
「へへ~。おてつだいスタンプ五十個でもらえるんだ」
苦肉の策であった。
インピカがスタンプを百個貯めて、ユウの城へ遊びに行ったことは瞬く間に子供たちへ広まった。そこでの夢みたいな出来事をインピカはこれでもかと語ったのだ。そうなると、子供たちは次に行くのは自分だと、お手伝いを今まで以上に頑張り始めた。ユウも忙しい身である。すべての子供たちの相手をするわけにはいかない。そこで考案したのがスタンプ五十個と交換できる銀のアクセサリーである。男の子たちには動物シリーズ、女の子たちにはお花シリーズと称して選ばせるのだ。これが子供たちの間で大ヒットとなる。
「オレのはどうぶつシリーズのオオカミなんだ」
バッチの造形は、とても子供向けとは思えないリアルな狼の顔であった。
(ぐっ……。カッコイイじゃねえか)
「それにこれみて」
狼人の男の子は服からバッチを取り外すと、裏側をタランに見せる。そこにはナンバーNo.0と刻印されていた。
「いちばんさいしょのやつだけ、王さまが作ってくれるんだ。つぎのからはだーくぞくのオトナが作るんだって。だからこれはレアなんだ」
「わたしのはお花シリーズなんだよ」
「オレはクマなんだぞ」
「ボクね、リュウをおねがいするんだー」
キャッキャッ、と盛り上がる子供たちとは裏腹に、タランは羨ましくて仕方がなかった。
「俺もそのスタンプとやらを貯めれば貰えるのか?」
「「「ダメだよ」」」
「なんで?」
「お手伝いスタンプは子供だけなんだよ」
「そうそう。オトナはダメなんだよねー」
「なんだよそれ! 大人だってお手伝いスタンプとやらを貯めてもいいだろうがっ! あーあ、ほんっと王様ってガキに甘いよなー」
子供たちにダメと言われても諦めきれないのか。タランが不貞腐れたように呟く。
「いいだろ?」
狼人の男の子が、再度バッチをタランに見せつける。キラキラに輝く銀でできた狼のバッチがタランの目には眩しく映る。これから時間の経過とともに、銀のバッチはくすんで良い色合いになっていくのだろう。それを想像するだけで、タランはバッチが欲しくて欲しくてたまらなくなるのだ。
「いいなー……。クソがっ」
「お前な……。子供に嫉妬すんなよな」
呆れたナルモがタランを窘める。
「んなこと言っても、欲しいもんは欲しいんだよ。王様ってガキ共に甘すぎるよな」
「なにを言ってんだいあんたは!」
駄菓子屋の奥から姿を現したのは、店主である獣人のモリ婆さんである。周りには小さな子供たちが引っつき虫のように群がっている。
「いつまでも子供相手に嫉妬してないで、これでも食べな」
「俺はきなこ棒を……ってなんだよこれ?」
「わらび餅だよ。王様から色んな子たちに試食させて、感想を聞いてくれって頼まれてるのさ」
「これって本当に食えるんだろうな? なんかスライムみたいにプルプルしてるぞ。おっ! きなこがかかってるじゃねえか!!」
一見スライムのような見た目に警戒するタランであったが、大好きなきなこがかかっているのを見るや、興奮して鼻息を荒くする。
「黙って食いな!!」
グチグチと文句を垂れるタランの頭をモリ婆が叩く。「いってえなぁ……」と言いながら、タランは爪楊枝でわらび餅を一つ口の中へ放り込むと。
「ん、んん……ひんやりしてて、モチモチしてて、甘くて……こりゃなかなか……いやいや、美味いな! モリ婆、これ美味いな!!」
タランが美味そうにわらび餅を食べるのを見て、ナルモも食べ始める。変わった食感に驚きながらも、気づけば二人とも、あっという間にわらび餅を完食する。
「モリ婆、これもっとくれよ」
「私は試食って、言っただろうに」
「金なら払うからよ」
「ダメだよ。他の子たちにも食べさせるんだからね」
「なんだよ……。腹いっぱい食いてえのに。王様ももっとたくさん作ってくれればいいのにな。そういうとこケチだよな」
「ケチで悪かったな」
口の周りについたきなこを舐めとっていたタランが固まる。ゆっくり……身体が石像になったかのようにギギギッ、とぎこちない動きで駄菓子屋の奥にある座敷へ目を向ければ、そこにはユウが座っていた。
「お……王様っ!? なんで!? 匂いはしなかったのに……っ。あっ、いたんっすか? へ、へへっ。違うんすよ、これは。な? そうだよな、ナルモ?」
ナルモに助けを求めるタランであったが――
「こいつ王様の悪口を言ってましたよ!」
――無情にもナルモは友情よりも、ユウ側につくほうを選んだ。
「ナルモ、自分だけ汚ねえぞ!」
タランは素早い動きで寝返ったナルモを罵倒するが、いつもの元気がない。
「そういうわるぐちいっちゃダメなんだよ!」
「そうだぞ! オドノ様が許しても、俺が許さないんだぞ!」
ユウの傍でわらび餅を食べていたのだろう。口の周りにきなこをいっぱいつけたインピカとナマリが立ち上がって、プンプンと怒る。
「あっ! インピカ、さてはお前の仕業だな! 王様の匂いを消しただろ!」
インピカには固有スキル『
「わたしわるくないもーん」
「待ちやがれっ!!」
「べーっ! またないよーだ」
インピカとタランの追いかけっこが始まる。それを笑って見ていた子供たちも、いつの間にやら追いかけっこに混ざっていた。
「待てーっ!」
ナマリも我慢しきれなくなったのか、タランを追いかけ始める。子供たちと同レベルのタランに、ユウとモリ婆は大きなため息をつくのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます