第313話 王妃 後編
「おい」
「はっ」
ユウの呼びかけに、近くで作業をしていた堕苦族の男が返事する。
「こいつらを連れてディッシュツリーに向かうから、二番倉庫にある俺の創ったアイテムを用意するよう伝えてくれ」
「お任せをっ」
そう言うや堕苦族の男は、右耳につけている白いイヤーカフのようなモノに魔力を込める。
「
ビクトルたちは談笑を装いながら、意識は堕苦族の男へ向ける。逆に王妃たちは目を大きく見開き、驚きを隠せずにいた。
「ネームレス王、少しよろしいかしら?」
「なんだよ」
「あの者が耳に着けているモノは、もしかして通信の魔導具では?」
「そうだ」
王妃の問いかけに、ユウは隠そうともせず通信の魔導具であることを認める。
「私の知っている通信の魔導具は迷宮でのみ手に入れることができ、それも
よくぞ聞いてくれたと商人たちは内心で叫んだ。全員ではないが、港で働く者たちの耳には同じ通信の魔導具が装着されていたのだ。それも種族によって耳の形は違うのだが、その耳の形に合わせたとしか思えないような作りをしていた。
「へえ。王族のくせによく知っているじゃないか」
「もしやネームレス王国では通信の魔導具の生産を、それも同時に複数通話ができるものが創れるのかしら?」
小馬鹿にするようなユウの言葉に反応をしている場合ではなかった。王妃はすぐさまそれがどれほどの利便性を、利益を、軍事に利用すればどれほど恐ろしい効果をもたらすかを、瞬時に算出していた。
「売らないぞ」
無情なユウの言葉に、王妃よりも商人たちが落胆する。
「言い値で購入します」
「売らないって言ってるだろ。大体、俺に金を借りてる国が言い値で買うってなんだよ。それにその顔、これがどれだけ価値があるか理解してるんだろ?」
「ネームレス王国から援助を受けているのはモーベル王国であり。私ではありませんわ」
「物は言いようだな。金が返せなくなったときも、そうやって言い逃れするのか? 国の借金だから私は関係ありませんってな」
王妃の目が細まるが、無理強いしてもユウが折れることがないとわかると、素直に引き下がる。
「王様、いつでも大丈夫です」
通信を終えた堕苦族の男がユウに報告する。
「わかった。ああ、そうだ。お前
ユウの言葉に堕苦族の男のみならず、周囲で作業をしていた者たちが、ピクリと反応する。
「ですが――」
「こいつらは護衛を連れてないのに、俺だけ護衛を引き連れてたらビビってるみたいだろうが」
港で作業する者たちのなかに、モーベル王国や商人を監視する者たちが混ざっていたのだ。この者たちは服の下に武具を身に着けており、ユウになにかあればすぐにでも動けるよう常に気を張り巡らせていた。
「とにかく――ん?」
ユウは視線を感じる。それも一人や二人ではない、大勢の視線だ。視線は浜辺のほうからである。ユウが振り返ると、そこにはアオに乗った子供たちや、すぐ傍の森にはシロやヒスイにピクシーたち、さらにはブラックウルフなどが期待を込めた目でユウを見つめていた。
「行くぞ」
ぷいっと、無視して歩き出すユウの背に、ブーブーと子供たちの不満の声が届く。
「ネームレス王は随分と民から慕われているようですわね」
「うるさいだけだ」
港からディッシュツリーまでそれほど距離はないのだが、王妃はあれやこれやとユウへ話しかけていた。
「あちらの小城は?」
「あとでわかる」
「これだけの規模の港に対して、船は少ないのですのね」
「どうでもいいだろ」
目につき、気になるモノは些細なことでも王妃は質問した。
「ネームレス王、仮にも私は友好国の王妃ですのよ。もう少し好意的に接していただけないかしら?」
「別に友好国でもなんでもないぞ。俺が金を貸したのは、ダッダーンだからだ」
「では陛下ではなく。もし先王や第一王子、第二王子であったなら」
「そんな無能な連中に金を貸すわけないだろ」
「そうですの?」
相手がダッダーンだから金を貸したというユウに、王妃は少し気をよくする。
「ここにいる商人たちは、皆がレーム大陸にその名が広く知れ渡る海千山千の大商人ですわ。そんな邪知深い者たちが、ネームレス王国に媚びへつらう――いえ、正しくはネームレス王にですわね。それもこれもネームレス王がもたらす莫大な富が目当て。
よろしければ、一つ私にその秘訣をご教授してくださいな」
いけしゃあしゃあと、富を築く方法を教えろと言ってのけた王妃に、ビクトルは別としてマゴたちは動揺する。これでユウが機嫌を損ねれば、自分たちにまでとばっちりが来かねないからである。
「俺がいくら金を持ってるって言っても、所詮は個人の金だ。国を運営すればあっという間にすっからかんになる」
商人たちが心の中で「嘘だっ!」と叫ぶ。ユウ個人の資産は軽く見積もっても、数ヶ国ほどはあるはずだと。個人でユウに匹敵する資産の持ち主となれば、自由国家ハーメルンの『八銭』か、デリム帝国の皇帝くらいだろう。
「悪党から奪うのが簡単でお勧めだぞ。長期で考えるなら複利だな」
「その複利とは?」
「こいつら商人が『商神の知恵』と呼んでいるものだ。詳しく知りたいなら、ダッダーンに聞けばいい」
「陛下に?」
「ダッダーンは俺の貸してる金を、まず間違いなく国の復興に当てるだけじゃなく増やしてるはずだ。そのまま使うなんて馬鹿な真似をすれば、モーベル王国は返済もできずに終わるからな。どこの国の王族も貴族も金なんて税で搾り取るか、商人にたかればいいと思ってやがる」
ビクトルやマゴたちも思い当たる節があるのか。互いに顔を見合って苦笑する。
「ただ……。ダッダーンは他の奴らとは違う。そう、少しだけな」
その後も王妃は資産の増やし方についてユウに質問する。そうこうしているうちにディッシュツリーに着く。
「なんて……大きな樹なのでしょう」
巨大な大木を前に淑女の一人が思わず呟き、そして王妃たちは恐る恐るディッシュツリーの中へと入っていく。だが、中は想像とは違って、薄暗くもなく、小さな虫などもいない。それに一定の間隔で灯りが設置されていた。階段を上がっていくと、途中その名の通り皿状の枝が目につく。商人たちにはおなじみの光景なのだが、王妃たちには物珍しいようで、作業をしている者たちがいるたびに、なにをしているのかと視線を向けていた。
「ここだ」
ユウの案内で進むと、そこにはメイド服を着込んだ様々な種族の女性たちが整列して待っていた。
「お待ちしておりました」
猫人の老婆のお辞儀に合わせて、他の女性たちも一斉にお辞儀をする。
「なんだよ、フラビアのばあさんもいるのか。ここまで遠いだろうにご苦労なことだな」
「王様。私はこう見えて、まだまだ働けるんですよ?」
フラビアの祖母であるフラビスが上品に微笑む。
「サトウ様、フラビスさんに対してなんてことを言うのですかっ」
「フラビスさん、私はいつもあなたに感謝していますぞ」
「ええい! なにをどさくさに紛れて手を握っておる!」
商人たちがフラビスを擁護するように声を荒げる。
ユウは商人たちが王妃たちに同行すると言い出したのは、フラビスがいるかもと思ったからじゃないのかと疑うほど、商人たちはだらしのない笑みを浮かべていた。
「うるさい奴らだな。商談中は黙ってろよ」
このやり取りも毎度のことなのか。ユウはうんざりしており、商人たちの扱いは適当である。
ディッシュツリーの皿状の枝には、普段であれば円形のテーブルが並べられているのだが、今回は長方形のテーブルを繋げて並べられていた。テーブルの上にはテーブルクロスが敷かれており、その上に様々な品が陳列されている。
「この
ユウは飾り気のない櫛を手に取ると、王妃たちに商品の説明をし始める。
「この櫛にはどのような効果があるのでしょう?」
「これで髪を梳くと、白髪だけ抜けるんだ。買うなら十万マドカ」
以前、この櫛をユウが商人たちに見せたときなど「髪を抜くなんて、とんでもないっ!」と大不評を買ったものである。
「あまり欲しいとは思えませんわね」
王妃たちも商人たちと同様に購買欲をくすぐられなかったようで、反応は今ひとつであった。
「こちらは?」
王妃の視線の先には数百の櫛が並んでいた。どれも見事な細工を施された櫛なのだが、統一感が――いや、よく見れば統一感はあった。ただ、列ごとに特色が大きく変化しているのだ。
「こっちの櫛は髪に潤いとサラサラになる効果が付与してある。買うなら一番安いので五十万マドカ、宝石を埋め込んでいるのは最低でも百五十万マドカからだ」
「まあっ。それは素晴らしい効果ですわ。それにしても随分と数が多いように見受けられます」
「あんたから見て一番手前の列が十代、その上が二十代、そのまた上は三十代――四十代、五十代に人気のある細工を施している。ついでに言うと、こっちはウードン王国を中心とした貴族の間で、そっちはセット共和国で人気のあるデザインだ。他の国の説明もいるか?」
「まさか……各国の流行を?」
「そんな驚くことか? でも普通はそこまで調べないのかもしれないな。
扇で口元は隠しているものの、王妃の美しい柳眉がわずかに上がる。動揺を隠しきれない王妃を、商人たちは心の中で「そのお気持ちはわかります」というように小さく頷く。
「ぬははっ! さぞ驚かれたでしょうな! これがサトウ様の――こほんっ」
ユウに睨まれたビクトルが、わざとらしく咳払いすると、マゴの後ろへそそくさと移動した。
櫛の説明を受けた王妃は、満足そうに取り巻きの分も含めて購入する。
「この見慣れぬ器具には、どのような効果が?」
「魔法の毛抜きだ。この小さなローラーを肌に当てて転がすだけで、痛みもなくムダ毛の処理ができる」
「購入しましょう」
「こっちはダップン茶だ。飲めば数分以内に負担もなく便が――」
「購入しましょう」
「それは腰痛コルセット、腰椎を正しい配列にすると同時に負荷を与えて筋肉を鍛えることができる。使用し続ければ、コルセットを外したあとでも腰は引き締まったままで――」
「購入しましょう」
予定ではネームレス王国の、ユウの人となりを調べるはずであったのだが、気がつけば王妃は散財していた。
「そのコルセットは王様がお年寄りのために――いひゃいっ」
ユウの放った魔力弾が当たった鼻を、獣人の少女が押さえる。
「嘘つくなよ」
「うひょじゃないのに~」
涙目で鼻を
「王様、こちらもお勧めしてはいかがでしょうか?」
魔落族の女性が、青色の液体が入った小瓶をテーブルへ運んでくる。
「ポーションなら購入しませんよ」
「ただのポーションじゃない。魚迅鮫の歯から抽出した細胞をもとに創ったポーションだ。このポーションを飲めば、歯が生えてくる。贅沢な貴族のなかには、虫歯で死ぬ奴もいるそうじゃないか」
「くっ。購入しましょう!」
「一つ百万マドカだ」
「随分と高いのですね」
「できたばかりのポーションだからな」
「全てではないでしょうが、新しく開発したばかりのポーションの材料を、私たちに教えてよかったのですか?」
「魚迅鮫が生息するのは深海だぞ。それも群れで行動する。捕まえることができるならやってみればいいさ。仮に捕まえることができても、このポーションを創るのに何人が犠牲になるだろうな? それにポーションの配合をミスれば、飲んだ奴は全身の内と外から歯が生えてくるんだぞ」
ユウの言葉に、自分たちで創ることができないかと思案していた数人の商人が落胆する。
「はい! 王様、私はこちらなど女性には喜ばれると思います」
魔落族の少女に負けじと、堕苦族の少女が小瓶をテーブルへ置く。先ほどの小瓶と違って中身はポーションなどの液体ではないようである。
「ん? これはダメだ。引っ込めろ」
「どうしてでしょうか? ぜ~ったいに、お気に召すと思いますよ」
「いいから片付けろ」
しょんぼりした堕苦族の少女が小瓶へ手を伸ばすのだが、その手を王妃が扇で制する。
「駆け引きのつもりですか?」
「そんなわけないだろ。そのクリームは堕苦族のために創った物で、売るほど量産もできないんだよ」
「購入するかどうかは私が決めること。どのような効果があるのかくらい、教えていただいてもよろしいでしょう?」
「だからこれは売り――」
「はい! ご説明させていただきます」
ユウの言葉を遮って、堕苦族の少女が手を挙げる。フラビスはまたも困った顔で眉をひそめる。
「ご存じないかもしれませんが、堕苦族は陽の光を浴びると火傷に似た症状がでるのです」
堕苦族の特異体質を知らなかった淑女たちから「まあっ」と驚きの声が漏れ出る。
「今は王様のお創りになった日光耐性の装飾のおかげで、大丈夫なのですが、私は子供の頃にうっかり陽の光を大量に浴びてしまったのです。それはもう酷い状態で、自分で言うのもなんですが、実の親ですら目を背けるほど醜い姿になっていたのです」
王妃たちは半信半疑の目で堕苦族の少女を見る。なにしろ少女の肌は堕苦族の特徴である青白い肌であるものの、まるで赤児のような肌で、お手入れも化粧も必要としないほど、染み一つない美しさだったからである。
「このクリームです! 王様が創ってくれた――あいたっ!?」
堕苦族の少女がお尻を押さえて飛びあがる。
「俺の許可なくペラペラ喋るな」
「駆け引きは無用と申したはずです。わかりました。購入しましょう」
「売らないって言ってるだろう」
「私だけならどうです?」
王妃の後ろに控える淑女たちが「ズルい」と目で訴える。
「売らない」
「一つならどうです?」
「無理」
十数分ほど粘るもユウが折れることはなく。王妃は扇子越しに「ぐぬぬっ」と淑女にあるまじき声を漏らす。
「これが最後の商品だ」
「カードのように見えますが?」
「これはサロンの会員証だ。ここに来る途中に小城みたいな建物があっただろ? あそこでこの会員対象のサロンを提供しているんだ」
ここまでユウが見せた商品は、どれも他国では購入できない品ばかりであった。そして最後の商品と言うからには、目玉である可能性が非常に高い。間違っても応接間や談話室などの場を提供するサロンではないと、王妃は予想していた。
「サロンって言っても、エステティックサロンな。この会員証が一億マドカ、年会費が同じく一億マドカだ」
「一億マドカ? それはあまりにも高すぎます!」
「そうか?
「効果もわからないモノのために大金を支払えと?」
「じゃあ、商談はここで終わりだな」
「お待ちなさいっ」
テーブルの上の商品を片付け始めたユウに、慌てて王妃が待ったをかける。
「いいでしょう」
王妃は苦虫を噛み潰したような顔をする。今回、ネームレス王国へ連れてきた自分の取り巻きの令嬢は十人。自分の分も含めて会員証を購入すれば、年会費も合わせて二十二億マドカである。あまりにも痛い出費であるが、それだけの価値があることを王妃は祈る。
「人数分を購入しましょう」
「一枚しか売れないぞ」
「なぜ?」
「会員は限定百名だからだ。お前らだけに十一枚も売るわけにはいかない」
「私たちは他国にまで幅広い人脈を持っています」
「自分たちの身を以て宣伝するってか? そんな必要はないんだよ。すでにこの場にいる商人たちに配ってるんだからな」
王妃が訝し気にマゴたちを見る。
「こいつらが使うんじゃないぞ。嫁とか娘だ。なんだかんだで、こいつらには無理を言ってきたからな。ご褒美みたいなもんだ」
「ご褒美……それほどの効果があると自負していると?」
「それもあるが、すでに会員証の値段が高騰してるんだよ。って言っても、こいつらの嫁や娘が会員証を売るなんて許さないだろうな」
商人たちが「よくおわかりで」と苦笑いを浮かべる。ビクトルは独身なのだが、自由国家ハーメルンの八銭ベンジャミン・ゴチェスターに会員証を貢いでいる。ベンジャミンはそれほど美にこだわる女性ではないのだが、そんな彼女が会員証を手放すことは、どれほど金貨を積み上げてもないだろう。それほどの効果が、ユウが提供するサロンにはあるということである。
「ああ、言い忘れたけど。この会員証は使い回しができないように、一度でも会員登録すると一年は変更できないからな。で、どうする? 買うのか、買わないのか」
「購入しましょう……」
熟考するまでもなかった。
「これでよくわかっただろ? お前程度じゃ、俺と対等に交渉するなんて無理だってことが。次からはダッダーンでも連れてくるんだな」
ユウとの商談が終わった王妃たちは、そのままモーベル王国へ帰還し、宮殿の一室に集まっていた。
「まずはご苦労様です」
どれほど才媛と言われていても、そこはうら若き女性である。異国の地での心労を王妃は労う。
「向かう前にも申しつけましたが――」
「王妃様、ご安心ください。魔法やスキルの類は一切使用していません」
淑女たちの言葉に王妃は軽く頷く。
「では、あなたたちの感想を聞きましょうか」
椅子に腰かけた王妃が、淑女たちへ身分に関係なく好きに話しなさいと伝える。
「はい。ネームレス王はあえて王妃様を怒らすような態度をとっていたように見受けられます」
「ネームレス王国の人口はそれほどいない。もしくは人材の教育が進んでいないのかもしれませんわ。その証拠にディッシュツリーにいたメイドたちは、とても教育が行き届いているとは思えませんでした」
「それは違うと思います。これは商人の一人と話してわかったことですが、普段は王城で働く侍女と遜色のない礼儀作法をマスターした者たちがいるそうです」
その言葉に王妃は少し思案する。
「わざと未熟なメイドを配置したと?」
「その可能性は高いと判断します。ネームレス王のことを調べれば調べるほど、尋常な御方でないことがわかりますので」
「王妃様とのやり取りからも、こちらの思惑を察していたように思えますわ」
その後もとても淑女がするとは思えない会話が続く。
「モーベル王国とネームレス王国が戦争になるようなことがあれば、どうなるかしら?」
「それは絶対に避けるべきですわ」
「今は国の復興に尽力すべきかと」
「突飛な発想になりますが、ネームレス王はレーム連合国とモーベル王国との関係を憂慮して、あえていつでも関係を断てるように仕向けているように思えてなりません」
「それほどお優しい方には見えませんでしたわ」
「そうです! とても意地悪な殿方でしたわ。あのクリームが欲しかったのに」
「それなら私だってそうですわ」
「あなたたち、話がそれていましてよ?」
「「「申し訳ございません」」」
欲望駄々洩れの淑女たちを、王妃が軽く叱る。
「ネームレス王国とは、今の関係を維持するのが望ましいようね。
あなたたち、御用商人の変更を進めなさい」
「よろしいので?」
「国の存亡がかかっている際に、足元を見るような商人にどれほどの価値があるというのですか?」
「王妃様ならそう判断すると、準備は進めていましたわ」
「新しい御用商人ですが、ネームレス王国で話した商人のなかに、興味を示す者たちが数人ほど。許可さえいただければ、すぐにでも取り込むことは可能です」
優秀な淑女たちに、王妃は満足そうに頷く。
「ついでに、この期に及んで陛下に従わない貴族や中立派の貴族も処分しましょう」
「従わない貴族のなかには王妃様のご実家――デヴォンリア公爵家の血に連なる御方もいますが、よろしいので?」
「構いません」
「「「かしこまりました」」」
国のためなら、血縁関係すら平気で斬って捨てる王妃だからこそ、才媛と呼ばれる彼女たちは従うのだ。
その王妃が右手を見つめていた。手の中には一枚のカードが――ネームレス王国のサロン会員証である。
「あ、あの……王妃様」
「どうしました?」
「そちらの会員証ですが。いくらネームレス王国が友好国とはいえ、王妃様ご自身が向かわれるのはいかがなものかと。ですが、購入して使用しないというのも、ネームレス王のお怒りを買うかもしれませんわ」
「なら私が――」
「私がお話している途中で――」
「いえいえ、ここは私が身を以て――」
「あなたたちは引きなさい。私は侯爵家の――」
「あら。王妃様が身分に関係なく話しなさいと、申していたのをお忘れなのかしら?」
「ぬおおおおーっ!!」
扉が勢いよく開けられると、ダッダーンが部屋にドスドスと入ってくる。
「陛下、いかがなされましたか?」
「ぜえぜえっ……。私の、私の部屋から盗んだであろう!!」
息を切らせたダッダーンが王妃に迫る。
「なんのことやら。そのようなお顔をされては怖いですわ」
「ええい! 白々しい!」
「もしかしてこれのことかしら?」
王妃が銀のメダルを見せつけるように、ダッダーンの顔の前に差し出す。
「やはり持っておったか! 返さぬか!!」
「おほほっ。こちらですわ」
銀のメダルを奪おうとするダッダーンと王妃が密着する。
「ああ、よろしくてよ。この肉の圧迫感っ」
「この変態めっ!!」
「ほらほら。陛下の大事なメダルはこちらですわよ?」
「ぬおおっ!!」
「おほっ。おほほっ」
悍ましいことに、王妃はダッダーンの脂肪に押し潰されて喜んでいた。淑女たちは真顔になると、王妃のお楽しみを邪魔しないように、そっと退室するのであった。
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