第301話 帰れない

「クソがっ! なにも見えねえ、なにも見えねえぞっ!? 誰がやりやがった~!! 早く俺の、俺の目を治せえ~っ!!」

「ドロス隊長を安全な場所まで運べ!」

「俺たちも一旦、退くぞ」


 地面を転げ回るドロスを、兵たちが引き摺っていく。同時にユウを囲んでいた兵たちも距離を取り始める。

 恐るべきことにジョゼフが放った一撃によって、ユウとジョゼフの間にいた数百の兵が消え去っていた。さらにユウを拘束していた神聖魔法第11位階『咎人磔ゴル・ゴ・ダビス』の磔台上部を貫き、『三聖女』テオドーラがユウを逃がさないために張り巡らしていた結界をも貫いたのだ。


「くっ……」


 『咎人磔』の拘束が緩むと、ユウの全スキルが使用可能となる。ユウは手や足を縫いつけていた杭から無理やり手足を引き抜く。封じられていた能力が解放されたことに気づくユウであったが、同時に枷として自身にかけていた時空魔法が解けていることにも気づく。自身の傷を治すよりも優先して、ユウは時空魔法をかけ直すのだが、すでにレベルは69にまで上昇していた。幼き頃から神童と呼ばれ、天才の名をほしいままにしてきた『ウードン五騎士』の一人、ボールズ・フォン・バルリングのレベルが71である。齢六十を超えるボールズと十四歳のユウがほぼ同じレベルと考えれば、これがいかに異常なことかがわかるだろう。

「マスター」


 地面に倒れ込むように着地したユウの耳にラスの声が届く。『高速再生』によって傷は凄まじい速度で修復しているが、それでもまだ見るも無残な姿を見られぬようユウはラスたちに背を向ける――


「見るなっ」


 ――だが、その先にはニーナが立っていた。

 磔にされていたユウの姿が、あの忌まわしき光景が、脳裏に焼きついて消えない。まるで呪詛のように、ニーナに纏わりつく記憶と重なる。


「あ…………」


 なにか気の利いた言葉をかけようとするが、ニーナは唇を震わせるだけでなにも言葉が出てこない。いつものように笑顔を作ろう・・・とするが、今の自分がどんな表情なのかすらわからない。それどころかユウの声すらニーナの耳には聞こえていなかった。

 ただ、なにかにヒビが入る音だけが頭の中で繰り返し聞こえていた。それは何度も傷つけられ、ヒビが入り、壊れ、もうそのままでいいと思っていたモノである。どこか自分と重なる少年と出会い、一緒に過ごすうちに壊れていたはずのモノが、気がつけば癒されていた。それは継ぎ接ぎだらけであったが、それでもニーナはよかった。


「はぁっ、はぁっ、ふぅっ、はっ――」


 過呼吸のように、ニーナは短く浅い呼吸を繰り返す。両手に握る二本のダガーの切っ先には、先ほどくり抜いたドロスの眼球が突き刺さったままである。軽く手首を返してその眼球を地面へ叩きつけると、ジャーダルク聖騎士団のいる方向へ、ゆらりとふらつくような足取りで近づいていく。


「ニーナ・レバだ! 斥候職の女、油断するなよ!」

「馬鹿めっ、返り討ちにし――」


 壁のように隊列を組んでいた重装騎兵の最前列から三列目までの騎士九人が、不意に前のめりに倒れる。


「どうした? さっさと立ち上がらん――死んでいるだとっ!?」


 即死であった。呻き声一つ漏らさず、物理をはじめとする各種耐性に優れる重装騎兵の男たちが死んでいたのだ。


「なにが、なにが原因だっ!?」

「これが死因かと……」


 三列目にいた重装騎兵の男の鎧、背中側からわずかに刃が姿を覗かせていた。


「スローイングナイフ、投擲かっ!」

「そんなことがあり得るのか!? 違う攻撃の可能性もあるぞ」

「そのとおりだ。スローイングナイフで我らの防御を貫けるはずがない」


 異議を唱える男に他の者たちも同意する。重装騎兵で採用されている聖騎士の盾、鎧は大型の魔物の攻撃をもってしても、容易に壊すことはできない代物である。しかも重装騎兵は『闘技』を纏っているのだ。それらをスローイングナイフで貫くなど、理解できないというのも無理はなかった。


「仮にスローイングナイフが原因としても、即死はどう説明する?」

「毒は――塗られていない。なにか魔法の――」


 スローイングナイフを引き抜いて『鑑定』スキルで原因を調べていると、ニーナが身体を捻っているのが見えた。投擲の動作に入っているのだ。なんともゆったりした大きな動作である。なぜ先ほどは気づけなかったのだと、重装騎兵の男たちは盾を構える。


「ちっ。来るぞ!」

「来るとわかっていれば、防ぐことなどたや――ぶぺっ!?」


 ニーナが投擲したスローイングナイフは三本、それぞれが三人の重装騎兵を確実に貫いた。


「がふっ…………な、なにがおき、たの……だ?」

「まだ息があるぞ。早くポーションをっ!」


 頭部の傷口より脳髄を垂れ流すも、辛うじて息がある者の傷口へ、急いでポーションをかけるのだが。


「どうなっているっ!? き、傷がなお――らげぇ……っ」


 ポーションをかけていた重装騎兵の頭部を、ニーナの投擲したスローイングナイフが貫通していく。


「盾が、鎧が、なんの役にも立っておらんぞ!? いくつだ? ニーナ・レバの『投擲』スキルのレベルはいくつだ!!」

「――い」

「なんと言った? 聞こえんぞ!」

「ニーナ・レバに『投擲』スキルはない、と言ったんだ」

「そ……そんなはずはあるま――ごへ?」


 死の刃を前に、列国に屈強で知られる聖国ジャーダルクの聖騎士団重装騎兵隊が為す術もなく沈んでいく。


「しめた! 奴め、ナイフが尽きたぞ!!」

「距離を詰めるぞっ!!」


 重装備を着込んでいるとは思えぬ速さで、重装騎兵たちがニーナとの距離を詰めていく。


「はああああーっ!!」


 先陣を切って走っていた重装騎兵の一人が、盾技『挑発』でニーナの敵意を自分へ向け、さらに盾技LV5『重化グラビ・トン』を発動。自重を一瞬だけ数十倍にまで引き上げる盾技である。使いこなすのは難しい技であるが、タイミングを合わすことに成功すれば巨大な魔物の攻撃すら受け止めることが可能だ。それを攻撃に使用すればどれほどの威力をもたらすかは容易に想像できるだろう。


「喰らえ~っ!!」


 突き出した盾にあるべきはずの衝撃がない。なにもない空間に盾を突き出した重装騎兵の背後に、音どころか気配すらなくニーナが立っていた。そっと、ニーナは重装騎兵の背に右手を置く。


「がはぁっ……」


 ニーナの放った暗殺技LV4『狭掌心打きょうしょうしんだ』によって、重装騎兵の男は心の臓が停止する。しかし、地面に向かって倒れていく男の顔は笑っていた。直後に四方から重装騎兵の男たちが、盾でニーナを押さえ込む。


「魔王の配下を犠牲もなく倒せるとは思っておらんよ」


 重装騎兵の一人がそう言うと、さらに別の重装騎兵たちが仲間ごとニーナに圧力をかける。彼らはニーナを押さえつける気などない。仲間もろともニーナを圧死させるつもりなのだ。


「ぬうっ……。ふ、ふははっ。我らと一緒に死んで――」


 鎧越しでも呼吸をすることすら苦痛に感じる圧力を受け、それでも魔王の配下を、ニーナを道連れにできるならばと。ニーナに密着していた重装騎兵の一人が、最期にニーナがどのような顔をしているかと見る――見てしまった。

 どのような生を歩んでくればこのような目になるのか。すべてを、光すら吸い込まれそうな虚無の目であった。


「な、なん……なんだその目はっ…………人じゃな――」


 そこで重装騎兵の男の言葉は途切れた。否、その男だけではない。ニーナに圧力をかけていた重装騎兵たちが、血と肉と骨を撒き散らしながら原形すら残さず消え去っていた。ニーナの周囲の地面が真っ赤に染まり、重装騎兵だったと思われる武具の破片や肉片が散乱している。


「な……なにが起きたのだ……っ」


 あまりの出来事に重装騎兵隊が絶句する。死臭漂う中心で、ニーナの両の手には黒竜・牙と黒竜・爪の二本のダガーが握られていた。短剣技LV6『旋激斬』、身体を高速回転させて連撃を放つ剛の技を、ニーナは逆手に握った二本のダガーで放ったのである。誰の目にも、見ることすら叶わぬ早業であった。


「レナ・フォーマは強力な魔法を使うが、典型的な後衛職だ!」


 ニーナとは別の場所で、レナもジャーダルク聖騎士団と戦闘を繰り広げていた。


「恐れるな! 我ら光の女神イリガミットの加護あり!!」


 第二剣聖隊がレナに突撃する。その出端を挫くように、レナの黒魔法第1位階『ストーンブレッド』が視界を埋め尽くす。


(情報どおりだな。こいつは人を殺したことがない。ゆえに対人では殺傷力の高い魔法の使用は躊躇する)


 石の礫を剣で弾き、また身体に受けてもお構いなしに、剣聖隊の剣士は突き進む。


「接近戦に持ち込めば、後衛など恐れる――むっ!」


 『ストーンブレッド』を放ちながら、レナが新たに魔法を構築する。無数の鉄の矢が創られていき、レナの周囲に浮かぶ。


「魔法の位階を上げてきたぞ!」

「鉄の矢などで我らを止められると思うてかっ!!」


 レナが杖を横薙ぎに振るうと、鉄の矢が横殴りの雨のように剣聖隊に襲いかかる。だが、恐れ知らぬジャーダルクの兵は、足を止めるどころかさらに加速する。


「ちっ」


 一本の鉄の矢が兵の肩に突き刺さる。


「私の『闘技』を貫くか。なかなかに強力な魔法のよう――」


 右肩に突き刺さった矢を引き抜こうとしたその瞬間、爆発が起こる。上半身の三分の一以上を吹き飛ばされた兵が、なにが起こったのか理解できぬまま死んでいく。さらに地面に、鎧に、身体に鏃が触れるのを合図に爆発が次々に起きる。


「た、退避! すぐに退避をげぼぅっ……す、るん…………だ」


 黒魔法第5位階『炸裂矢アボ・アロン』、レナが人を殺すためだけに作り出したオリジナル魔法である。単純な殺傷力だけならば、ユウの『スチールブレット』をはるかに上回る魔法であった。


「死ねえええええーっ!!」


 爆発を潜り抜けてきた兵が、レナに向かって剣を振り下ろす――だが、その刃がレナに届くことはない。レナの纏う結界によって弾かれる。


「なんだこの結界は!? 高速回転してい――ぐはっ」

「……うるさい」


 黒魔法第5位階『裂風刃』、風の刃によって兵が縦に真っ二つとなる。


「はああーっ!!」


 剣聖隊の隊長が、暗黒剣LV5『奪魔だつま』でレナの結界を斬り裂く。斬撃と同時に対象の魔法から大量のMPを奪う『吸魔』の上位技である。


「よし! 隊長が結界を斬り裂いたぞ!!」

「接近戦になればこちらのもの!!」


 レナの結界を斬り裂いた剣聖隊の隊長は、さらに一歩足を踏み込み突きを放つ。後衛職の、それも少女に躱せる一撃ではないと。誰もが、隊長の男ですら思っていた。だが、その突きがレナの杖に弾かれていた。それだけではない、突きを弾いた動きがそのまま刺突へと変化する。


「じょ、杖技だとっ!?」


 杖技LV1『流し突き』、今ではほとんどの後衛職が使わぬ技である。

 驚愕の目でレナを見る剣聖隊の隊長であったが、それでも弾かれた剣を手放さないのはさすがであろう。さらにレナの刺突を、体勢を大きく崩すも紙一重で躱す。


「……ユウに纏わりつく蟲けらはみなごろし

「待っ――」


 至近距離からレナの黒魔法第4位階『エクスプロージョン』をまともに受けた剣聖隊の隊長はそのまま爆死する。爆風を結界で受け流したレナは、目の前に転がる死体には目もくれずに、残る剣聖隊を殺すべく新たな魔法を展開する。


「俺がいつ来いって言った?」


 ユウの前にラス、クロ、マリファが跪いて横一列に並ぶ。モモは心配そうにユウの肩に座って様子を窺っている。


「お叱りはのちほど、今は優先するべきことがあるかと」


 頭を下げたままラスがユウに進言する。クロもラスと同意見のようで、ユウの指示を待っている。マリファは身体を震わしながら、ユウから預かっていたアイテムポーチを差し出していた。ユウに怒られる恐怖からではない。あのとき、ユウを止めなかった自分が許せないのだ。

 ユウはマリファからアイテムポーチを受け取ると、武具を身に着けていく。


「お前らには色々と言いたいことはあるけど、今はそれより目障りな連中がいる」

「マスター、お任せを」

「御意」

「マリファ、コロとランはどうした?」

「い゛まぜんっ」

「げっ」


 涙と鼻水を垂らしながらマリファが返事する。コロとランはユウを捜すため外に放ったので、ニーナの『影転移』に間に合わなかったのだ。


「モモ、マリファについてやれ」


 敬礼のようにモモは額に手を当てると、マリファの肩へ飛び移る。


「ラスはニーナ――は大丈夫そうだから、レナのほうに行け。あのままじゃMPが持たないだろう」

「すぐに」


 そう言うと、ラスはユウに一礼してレナのもとへ向かう。


「クロは――なんだよ、自分から殺されに来たのか?」


 新たな槍を携え『穿孔』シュテファンがユウの前に出る。


「魔王殿、一騎打ちを所望する」


 ユウの返答も確認せぬまま、シュテファンは刺突の構えへ移行する。ひと目でわかるほど攻撃に特化した、防御のことなど一切考慮していない構えであった。


「いざ、尋常に――」


 シュテファンの足に激痛が走る。声こそ出さなかったが、それでも耐え難い痛みであった。わずかに視線を足元へ落とせば、足を覆うグリーブの隙間から見慣れぬ植物が入り込んでいる。マリファの樹霊魔法第3位階『毒棘の檻ギンピーラ』である。葉と枝に細かな刺毛が生えており、その毒は成人男性でも耐え難い苦痛を与えるのだ。


「卑怯なっ」

「なにが卑怯だよ。数万人で俺をボコった奴が偉そうに」


 すでに葉と枝はシュテファンの腰にまで絡みついている。その激痛の中、シュテファンはユウに刺突を放とうとするのだが――それよりも人知れず跳躍していたクロが、大鎚を振り下ろすほうが速かった。


「はあっ!!」


 気合とともに、シュテファンが天に向かって刺突を放つ。クロの攻撃に反応したシュテファンは見事と言えるだろう。だが、その刺突を真っ向からクロの大鎚が打ち砕く。最初に槍がへし折れ、次にシュテファンの頭部が兜と同時に砕け、鎧が歪にひしゃげ、それでもクロの振るう大鎚の勢いは止まらず、大地に巨大な亀裂を走らせた。


「クロ」

「はっ」


 どこか誇らしげにクロが返事する。


「装備は壊すなって念話で伝えたよな?」

「このとおり、傷一つありません」


 天魔アンドロマリウスの大鎚を、クロはユウに向かって差し出す。


「違うだろ。こいつの身に着けているのはセット装備だから、壊すなって言っただろうが。あっ、なんだよ、その不満そうな顔は」

「いえ、某はアンデッドゆえ、感情などありませぬ」

「あるんだよ、俺にはわかるんだからな。ほんっとに、どいつもこいつも小生意気になりやがって」


 使い物にならなくなったシュテファンの装備をユウが確認していると、空に光弾が打ち上がるのが見えた。さらに間をおいて、別々の場所で大きな爆発が起こる。


「あれはっ! あの光弾は……赤色だとっ!? バラッシュ副団長はなにを考えておられる!! 今一歩で魔王を捕獲できるのだぞっ!!」


 『三剣』ガラハットは空を見上げながら、信じられんと睨みつける。

 夜空に打ち上げられた光弾は、信号弾であった。色によってそれぞれ意味が異なるのだが、赤色の信号弾の意味は全軍撤退である。


「ガラハット様、お急ぎを! すでにバラッシュ様はブエルコ盆地より退却しています。殿しんがりはシュテファン旅団長率いる槍騎兵隊で、死兵となって魔王の足止めをしております!」


 騎士の一人がガラハットへ進言する。


「ぬううっ。ラモラックとパーシヴァルはどうした?」

「先ほどの二度の爆発は、ムッスの食客『剣舞姫』クラウディア・バルリング並びに『魔剣姫』ララ・トンブラーによるものです。ラモラック様はクラウディア、パーシヴァル様はララと交戦中とのこと」


 別の騎士の報告に、ガラハットは二人の戦友が戦う方向を見やる。


「ラモラック様っ!」

「このエルフの相手は私がする。お前たちは一刻も早くこの場から去れ!」


 精霊剣リアマ・コアを上段に構えながら、ラモラックは部下に撤退するよう命令する。一方、対峙するクラウディアは踊るように、優雅な動きで精霊剣フィフスエレメントを振るう。


「あらら。あなた、精霊を怒らすようなことでもしたのかしら?」

「黙れっ! 魔王に与する亜人めっ!!」


 高位の火の精霊を宿す精霊剣リアマ・コアよりも、クラウディアの握る精霊剣フィフスエレメントのほうが火の精霊の力が強く発現していた。


「そろそろあなたと剣を交えるのも飽きてきたかも。これ以上はジョゼフに嫉妬されちゃうわ」


 決して少なくない手傷を負わされながら、クラウディアが軽口を叩く。


「これまでの打ち合いで、まだどちらが上かわからないとは」

「悔しいけど、剣の腕はあなたのほうが少しだけ上みたいね。でも私は剣士じゃないのよ」

「負け惜しみをっ」

「負け惜しみじゃないわ。知らなかった? 私の二つ名は『剣舞姫』よ」


 地水火風、さらに光を足した五属性の精霊で創られた無数の剣が、クラウディアの周りを浮遊する。


「やっぱりなにか精霊を怒らせることしたんじゃないの? なんだかいつもより調子が良いわ」

「戯言をっ!!」

「さあ、私と死ぬまで踊りましょう」


 クラウディアとは別の場所で、ララもパーシヴァルと戦いを繰り広げていた。


「ぬっ!? 剣の腕はほぼ互角かっ」


 ララと剣を斬り結ぶパーシヴァルが、いったん距離を取る。パーシヴァルは同じ魔剣使いであるララが、剣の腕でも自分に引けを取らぬことを知る。


「あなたと打ち合うとグラムが嫌がる」


 ララの手にする魔剣グラムが、主であるララに抗議するように唸る。魔剣グラムをもってしても、パーシヴァルの持つ魔剣アロンダイトと打ち合うと刃毀れは免れないのだ。


「貴公、自分がなにをしているのか理解しているのであろうな」

「あなたたちはジョゼフの敵。私が戦う理由はそれだけで十分」

「人類の敵めっ。やはり、あのとき・・・・に殺しておけばよかったか!!」

「死ぬのはあなた」


 淡々とした表情でララは暗黒剣LV9『魔劍解放』を発動する。魔剣グラムに秘められた真の力が解放されていく。


「誰かっ。おい! 誰かいないのか? 早く俺の目を治せ! 聞こえないのか!! 誰か返事をしろ!!」


 あれほど騒がしかった周囲が静まり返っていた。ニーナに両の目を抉られたドロスは、なにも見えない暗闇の状態に、自分を運んでいた兵たちの声が聞こえなくなったことに不安を隠しきれずにいた。


「誰かいな――お、おお……っ」


 ドロスは自分の眼孔に柔らかな光を感じる。しばしその慈愛に満ちた光に浸っていると。目が、視力が戻っていることに気づく。高位の回復魔法を使える者でも、損傷した部位によっては治療に時間がかかる。失った眼球の修復と同時に視力の回復までを、それもわずかな時間で元通りにするなど、並大抵の腕の持ち主ではない。

 自分の目を回復させた人物に、ドロスは目を輝かせる。


「テオっ!! さすが俺のよ――」


 ドロスの目を治したのはテオドーラであった。常々、自分の伴侶はテオドーラと吹聴しているドロスだ。これは運命以外の何物でもないと、テオドーラに抱き着こうとするのだが、テオドーラはするりとドロスの腕をすり抜けると、ジョゼフのもとへ移動する。


「これが終わったら、おとなしく私の回復魔法を受けるのよ」


 ドロスのことなど眼中にない様子で、テオドーラはジョゼフに話しかけるのだが。


「退け」


 一瞥すらせずに、ジョゼフはテオドーラの前に出る。ドロスからすれば、自分が愛して止まない女が他の男の身を案じているのだ。ついさっきまで感じていた多幸感は一瞬にして、ドス黒い怒りに塗り潰されていく。


「へ…………へへっ。なんだよ? まさか万全の状態にしてから俺を、この『聖拳』ドロス様を倒そうとでも?」


 ゆっくりと立ち上がったドロスは、抜け目なくジョゼフの状態を確認する。右目は失ったまま、左腕もない、腹部は槍で貫かれた傷で真っ赤に染まっている。それ以外にもジョゼフの全身は傷だらけだ。

 さすがは若くして『聖拳』の二つ名で呼ばれるだけはあるだろう。だが、ジョゼフの周囲に転がっている死体が、抵抗のできぬユウに暴行を働いた者たちであることに気づいていただろうか。


「てめえのガキが死んでから、槍は使えなくなったって聞いてたんだけどな」


 ドロスの言葉にテオドーラの顔色が青くなる。恐る恐るジョゼフの様子を窺うが、その後ろ姿からはどのような感情かはわからない。


「ああ、そっか。魔王の目玉を抉ったのを怒ってんのか? ありゃお前とお揃いにしてやったんだよ。ぎゃーぎゃー泣き喚いてみっともないったらありゃしねえよな? なにが魔王だよ、ただのクソガキじゃねえか」


 ジョゼフの感情を乱す言葉を並べ立て、ドロスは『闘技』を練り上げていく。凄まじい闘気が渦となってドロスの全身を駆け巡る。


(馬鹿がっ! お前が最強と言われたのは昔の話だ。今のお前なんて、ただのロートルじじいだってことを俺がわからせてやる!!)


 右足のつま先で、ドロスは地面に転がっている小石を蹴り上げる。狙いはジョゼフの左目である。次に左足を踏み込むと、武技LV3『縮地』を発動する。


(距離を詰めれば槍なんて役立たずなんだよっ!!)


 槍などの長柄ながえはその間合いの長さから戦いでは有利になるのだが、いったん潜り込まれるとその長さゆえに得てして不利となる。


「てめえなんて一撃で――はあっ…………あぁ!?」


 武技『縮地』の発動によって、ジョゼフとの間合いを一瞬にして縮めているはずが、ドロスはその場に留まっていた。なぜ? と当然の疑問が頭の中で繰り返される。だが、自分の胸に穿たれた穴に気づくと、すべてを理解する。


「お、おれ……の、しゅ、縮地……よりも、は、がふっ、速く……刺突を、は、はな、げふっ……だと?」


 ドロスが顔を上げてジョゼフを見れば、その構えは自然体のままである。武術には無拍子と呼ばれる相手に動作を感じさせる間もなく、気づけば攻撃を決める技がある。しかし、それでも攻撃を喰らえば、相手が攻撃をしたことに気づける。いや、そもそも攻撃をし終えた動作が残るものだ。だが、ジョゼフにはそれがない。ゆえにドロスほどのつわものでも、ジョゼフの攻撃に気づくことができなかったのだ。


「こ、この野郎が――ぶ……っ」


 またドロスの胸に穴が穿たれる。穴が一つ、二つと増えていく。もはやドロスの身体は残っている部分のほうが少ない。さらにジョゼフは攻撃を加え続ける。


「屑がっ。黙って死ね」


 この世からドロスであったモノがすべて消え去っていた。




「バラッシュ様、多くの部隊がついてきていません! それに外周を担当していた軍も遅れているようです!」


 バラッシュの指示のもと、撤退の信号弾が打ち上げられたのだが、ジャーダルク聖騎士団は陣形も無視しての退却であった。そのため多くの部隊が状況の把握もろくにできず、ジャーダルクを目指して蜘蛛の子を散らすかのように逃げていた。


「待つ必要なし! 撤退戦は死と隣り合わせじゃ。待てばより多くの者が死ぬ!」

「わ、わかりました」


 先頭を走る兵たちが立ち止まる。


「なにを止まっておる! 死にたいのかっ!!」


 足を止めた兵たちをセサルが怒鳴りつける。


「子供の泣き声がっ」

「子供だと?」


 セサルが耳を澄ませば、確かに子供の泣き声が聞こえる。このような場所で、闇夜に子供の泣き声が。魔物がかどわかしに出てきたかと、セサルが周囲を睨みつける。すると、眼前に子供が座り込んで泣いているのが見えた。


「子供……魔人族の子供かっ」

「捨て置け! あれに戦闘力は皆無・・・・・・じゃ!」

「バラッシュ様っ。わかりました」


 後方から聞こえるバラッシュの声に、セサルは再び逃走を再開する。魔人族の子供――ナマリの姿がハッキリと見える距離まで先頭が近づく。ナマリの周囲には黒いスライムが十匹、そのうちの一匹が口を開く。

「ぷるぷる~。オイラ、悪いスライムだよ? な~んつってな! ぎゃはははは~っ!!」


 奇怪なことに、黒いスライムが流暢に言葉を話したのだ。さらに口内には獣がごとき牙が見えた。しかし、そんなことに構っている暇はないと、ナマリの横を通り過ぎようとしたそのとき――


「ぐ……ぼおぉあぁ…………っ」


 『大楯のセサル』が足を止めていた。バラッシュをはじめとする他の兵たちは、セサルの身になにが起きたのかがすぐにわかった。

 三大名工が一人、ゴンブグル・ケヒトが鍛え上げた逸品であるセサルの鎧に大きな穴が開いていたのだ。腹から背にかけて開いた大きな穴から、見たこともない魔物が姿を覗かせていた。


「ご……ごろ、じ…………おマえら、みんナ…………殺シテやる!!」

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