第284話 番竜
「大将、お待たせしました。壱番隊から捌番隊まで準備完了です!」
完全武装をした獣人の男がクロへ報告する。ネームレス王国の村の北側に、獣人を主力とする軍隊が整列していた。
「主、いつでも出陣できます」
うんざりした表情のユウが、目の前で跪くクロを見下ろす。そのユウの後ろでは獣人熱が完治した子供たちが、他の子供たちと一緒になって走り回っている。さらにシロやブラックウルフたちも混ざって遊んでいる姿は、知らない者が見れば理解できない光景だろう。
「鬱陶しいから仕事に戻れよ」
「う、鬱陶しいっ!? そ……某が?」
ユウの心無い一言に、クロがぐらりとよろける。
「王様、クロ殿になんてことを申すのですか。皆が王様のことを心配しているのですぞっ」
獣人のルバノフがクロの援護をする。
「こんなゾロゾロと呼んでもないのに勝手に集まって、鬱陶しいもんは鬱陶しいんだよ」
「だよー」
すっかり獣人熱も引いて元気になったインピカが、ユウの肩によじ登り、きゃっきゃっとはしゃぐ。
「し、しかし、これから竜に会いに行くと聞きましたぞ」
「ああ、こいつらがどうしてもお礼を言いたいんだってさ。俺は別に礼なんて言う必要はないって言ったんだけどな」
「聞けば、その竜は人語を、それも流暢に話すそうではないですか」
「そういえば、ペラペラと喋ってたな。あんなやかましい竜は初めてだ。きっと、あいつぼっちだったから、話すのに餓えてたんだぞ」
おもしろそうに話すユウとは裏腹に、ルバノフの顔は強張ったままである。
「なにを呑気にっ。名を持ち、人語も話す。それがどれほど恐ろしい存在であるかっ。そもそもトランホルンの雪竜ウラガーノと言えば――」
「もーうっ! さっきからうるさいおジジね!」
「おジジっ!?」
ルバノフの周囲をピクシーたちが飛び回る。
「私たちも一緒に行くんだから、大丈夫なんだよー」
「いや、ヒスイだけでいいんだけど」
「「「はああっ!?」」」
ユウの言葉にピクシーたちが大きなショックを受ける。ユウがヒスイを連れていくのは、寒冷地で育つ作物や果樹を植えるためである。
「なによそれっ!」
「いっつもヒスイばっかりズルいと思うなー」
「そんないつもだなんて、えへへ」
「ヒスイ、嬉しそうに笑ってるんじゃないわよ!」
「あんたがなにを言おうが、私たちはついていくんだからね!」
「あー、うっせ」
「王様、お待ちをっ。まだ儂の話は終わっとらんのですぞ!」
食い下がるルバノフを、堕苦族のビャルネや魔落族のマウノは同情するような視線を送る。しかしユウは相手をしていられないと、シロたちのいる場所へ向かう。
「用意はできてるか?」
「すべて抜かりなく」
先ほどまで子供たちに混じって遊んでいたブラックウルフたちが、マリファの合図で綺麗に整列する。しかし、その尻尾は激しく左右に振れていた。遠く離れた北の山も、ブラックウルフたちからすれば、ちょっと遠出の散歩くらいにしか思っていないのかもしれない。
「よし、じゃあ――」
なぜか獣人の子供たちだけでなく、他の子供たちまで「王さま、早く早くー!」と急かしていた。
「はあ……」
なにを言っても無駄だと、ユウは諦める。
「わはっ。はやーい!」
鞍をつけたブラックウルフに跨って、魔落族の子供がはしゃぐ。結局、村のほとんどの子供たちがついてくることとなった。さすがにシロの背に全員を乗せることはできないために、ブラックウルフの背に鞍をつけて対応したのだ。
「インピカだって、まけないんだからね」
「俺のほうがはやいぞ!」
「まてまてーっ」
そのブラックウルフたちと並走するのは、獣人の子供たちである。堕苦族の子供や、まだ足元がおぼつかない小さな子供たちはシロの背に乗せていた。
「なんでおきがえするの?」
「ニーナねえちゃん、わたしさむくないよー」
「もう少しすると、寒くなるんだよ~」
ユウたちは途中で休憩を挟むと、子供たちに毛皮を着せていく。
「まっしろだー」
「あれってなに?」
「あれがゆきなんだぞ!」
「ふ、ふーん。あれが雪なの? 全然、大したことないじゃない」
「食べれるのかな?」
移動を再開すると、雪によって真っ白に染まった山が見えてくる。初めて見る雪にはしゃぐ子供たちやピクシーたちとは別に、聖国ジャーダルクの出身であるインピカや他の子供たちが不安そうな目で山を見つめる。雪がもたらす自然の厳しさや、思い出したくもない記憶が甦ったのだろう。
「着いたぞ」
ユウがシロから飛び降りる。
「シロちゃん、おろちて~」
「ぼくもっ」
慌てて子供たちが、シロにお願いする。シロは触手で子供たちを地面に降ろしていく。
「つめたっ」
「これがゆきなんだ」
早速、子供たちは雪で遊び始める。わざわざ雪崩が起きないような、安全な場所を選んだユウの苦労など知る由もない。
「遅いではないかっ!!」
「きゃーっ!? おうさま~っ」
雪山の中から、体長三十メートルを超える雪竜ウラガーノが姿を現すと、子供たちはパニックになってユウやシロの後ろに隠れる。
「いきなり出てくるな。ガキ共が驚くだろうが」
「ふんっ。ここは我が支配する山ぞ? どのように振る舞おうが我の勝手ではないか」
「なーにが我の支配する山だ。ボッチ竜がっ」
「ぬううっ! そのボッチ竜と呼ぶのをやめぬかっ!!」
ウラガーノの大声量とともに、風や雪がユウたちに向かってくるのだが、ユウは風の魔法で横へ逸らす。
「王さま、これがやまのかみさま?」
目をキラキラさせたインピカが、ウラガーノを見上げながらユウに尋ねる。
「神様? こんな奴は山の番犬、いや番竜で十分だ」
「我を愚弄することは許さぬぞっ!!」
「でっけえ声で喋るな。頭に響くんだよ。あと、お前って本当にお喋りだよな」
獣人熱にかかっていた獣人の子供たちは、最初はウラガーノを怖がっていたのだが、ユウとのやり取りで危険はないと安心したのか。ウラガーノの足元まで移動すると。
「「「やまのかみさま、びょうきをなおしてくれてありがとうー」」」
ウラガーノのおかげで病気が治ったのではなく、ユウが持ち帰った氷雪花のおかげなのだと、マリファはそう力説したかった。しかし、余計なことを言うなとばかりに、ユウに睨まれるとなにも言うことはなかった。
「矮小なる獣のほうが、貴様よりよっぽど我を敬うことができるではないか」
「喰うなよ」
「このたわけ! 誰が喰うかっ!」
他の子供たちが、恐る恐るウラガーノに近づく。その真っ白な鱗や毛皮に見惚れて、やがて触れると。
「しゅっごい、すべすべだよ」
「きれいだねー」
「うわー、なんでこんなにおっきいの?」
子供たちが口々にウラガーノを褒め称える。
「うむ、うむ! 良いぞ!! 悪くない気分だ」
満足気にウラガーノが何度も頷く。
「そりゃよかったな。ヒスイ、手伝ってくれ」
「は、はいっ」
いつまでもボッチ竜の相手などしていられないと、ユウは主な目的の作物や果樹をヒスイと植えていく。これらはほとんどが、トランホルンから持ってきたモノである。
「オドノ様ーっ」
しばらくすると、インピカたちと一緒になって遊んでいたナマリが、ユウのもとへ駆け寄ってくる。
「どうした?」
「こっちきて!」
ユウは作業を中断して、ナマリに連れられた先では――
「これは……」
真っ白な狼たちがマリファにじゃれついていた。
「スノーウルフのようです」
連れてきたブラックウルフのうち、二十匹ほどがスノーウルフへと姿を変えていた。
「スノーウルフはブラックウルフと同じランクは2です。ランクアップしたのではなく、この環境に適応したのでしょうか?」
「さあな。それよりもスノーウルフっていうくらいだから、雪の中で生活するんだろ?」
「はい。ご主人様の仰るとおりです」
「今後はこいつらの餌も用意しないといけないな」
ユウはウラガーノを見上げると。
「喰うなよ?」
「誰が喰うか!」
怒鳴るウラガーノを無視して、ユウは雪で遊ぶ子供たちを見る。無邪気な子供たちは、雪を投げたり食べたりして遊んでいる。
「この雪ってお前の糞じゃねえだろうな?」
「たわけ! このうつけがっ!! もし貴様の言うように、この雪が我の糞であれば、我は自らの糞に囲まれていることになるではないかっ!!」
「なるほどな。でも万が一ってことがあるから、確認のためにな?」
「ぐぬぬっ……! 我を敬う矮小な者たちがいなければ、この場で殺しておるところだぞっ!!」
群がる子供たちを踏み潰さないように、ウラガーノはその場を動けなかった。
「まだいいではないか?」
作業を終えたユウは、遊び疲れて眠った子供たちをシロに乗せていた。そのユウたちへ、ウラガーノが名残惜しそうに追いすがる。
「もうすぐ日が暮れるし、親が心配する」
「次はいつ来るのだ?」
「え? もう来ないぞ」
「なっ!? そのようなことは、この我が許さんぞっ!! そ、そうだ! 貴様が植えておった木や草は、我が創り出したこの環境があるからこそ育つということを、よもや忘れてはいないだろうな?」
「お前……よくそんなにペラペラと喋れるな」
「うるさい、うるさいっ! とにかく我をもっと敬い、ここに来るのだ。その矮小な者たちを連れてくるのを忘れるなよ?」
「年に一回くらいでいいか?」
「たわけーっ! もっと来ぬかっ!!」
その後も、なにかと理由をつけて粘るウラガーノに、ユウは呆れてついには無視する。
「やまのかみさま、ばいばーい!」
「またねー」
「寒かったけど、それなりに楽しかったわよ」
「次も来てあげてもいいよ」
子供たちやピクシーたちが、ウラガーノや雪山に残るスノーウルフたちへ、元気いっぱいに別れの挨拶をする。
「うむ。我に会いたくなればいつでも来るがよい。なるべく早くだぞ? おい、そこの貴様が連れてくるのだぞ! 聞いておるのかっ!! これ、返事をせぬか!!」
最後までやかましいウラガーノに、ユウはどっと疲れるのであった。
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