第283話 ぼっち
「あたまいたいよ~」
「うぅ……のどがいがいがする」
ヘンデやレテルをはじめとする獣人の子供たちが、同じ部屋で看病を受けていた。ここは獣人族の長であるルバノフの家である。
「ほらみたことかっ。大人の言うことを聞かないから、罰があたったんだ!」
ヘンデとレテルの父親代わりである獣人の男が、寝ている子供たちを叱りつける。
「おっきなこえをださないでぇ~」
「しずかにちてぇ……」
村の大人たちにしこたま叱られたのが原因なのか。それとも森に入ったのが原因なのか。翌日、獣人の子供たちが不調を訴えかけたのだ。
「ひゃっひゃ。こりゃフランカス病、ようは獣人熱じゃな。大人になってかかると重い症状になるんじゃが、子供のうちにかかっておれば、十日もすれば熱は下がるんで大丈夫ですじゃ。それまではこうして離れで看ておけば命に別状はないんで、王様もそう心配せんでもええ」
子供たちを看病する獣人の老婆が、見舞いに来たユウに説明する。その背後には、他の種族の子供たちが心配して様子を見に来ていた。
「誰が心配してるって?」
「おうちゃま、あたまいたいよ~」
「いつもうるさいガキ共が静かになってせいせいする」
「うえ~ん。おうさまのバカ~」
びーびー泣く子供たちの甲高い声に、ユウは耳を塞ぐ。
「ほら、お前らもいい加減に出ていくんだ。他の種族にどんな影響があるかわからんからな」
獣人の男がお見舞いに来ていた子供たちを部屋から追い出す。
「インピカちゃん、だいじょうぶかな?」
「いたそうだったね」
「レテルちゃん、いちゃいの?」
「きっと王さまがなんとかしてくれるよ!」
子供たちが期待のこもった目でユウを見つめる。
「放っておいても治るのに、なんでわざわざ俺がなんとかするんだよ。それにあいつらには良い薬だ。これでちっとはおとなしくなるだろ」
「えー。でもインピカちゃんたちは、王さまによろこんでもらおうとしたんだよ」
「かわいそう……」
「うるさいっ」
ユウに叱られると、子供たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「さ、寒い……」
吹き荒れる激しい風によって、暴れるように不規則な動きをする雪がニーナの頬へ叩きつけられる。
「雪だー」
ナマリが雪を見て興奮する。コロも同様に雪の中を駆け回っているのだが、ランはコロと違って寒いのは苦手なようで、ユウの傍から離れない。モモに至っては、絶対にユウの飛行帽の中から出ないと、引き篭もったまま顔も出さない。
「ナマリ、戻ってこい」
「オドノ様、雪だよ!」
「見ればわかるよ」
はしゃぐナマリへ、ユウは白魔法第2位階『
ユウたちがいるのは、ウードン王国内にあるトランホルンと呼ばれる山である。
「なんでここにきたの?」
雪で遊ぶナマリがユウに問いかける。
「ふっふ~。それはね、獣人熱の解熱効果がある花が――いひゃいっ。ユウ~、なにすんのひょ~」
ユウの放った魔力弾を鼻に当てられたニーナが、鼻を擦りながら抗議する。
「適当なことを言うなよ。俺はただ雪原地帯でしか手に入らない植物を採りに来ただけだ」
「ご主人様の仰るとおりです。ニーナさん、適当なことを言うものではありませんよ」
「あーっ! マリちゃん、そういうのはよくないよ~」
「なにがでしょうか?」
くだらない言い争いをするニーナとマリファを放って、ユウはナマリやコロたちを呼び寄せる。
「いいか? 赤と青の花びらが交互になっている花を見つけたら、傷つけないように根ごと持ってくるんだ」
「わかった、俺にまかせてよ!」
「ヴォンッ!」
ナマリに負けないとばかりにコロとランは吠えると、そのまま吹雪の中へと消えていく。
「コロ、ラン、ズルいぞ!」
「あっ。ナマリちゃんたち、抜け駆けはダメだよ~」
「ご主人様、私にお任せください」
続いてナマリやニーナたちが駆け出す。
「騒がしい奴らだな」
そう呟くと、ユウも雪の中を進むのであった。
「寒いなら来なければよかったのに」
外の様子が気になるのか。モモはユウの飛行帽の中から顔を出しては、すぐに寒さに負けて引っ込むのだ。
「矮小なる者よ」
突如、植物を採取しているユウを呼び止める声が聞こえる。吹雪の中に浮かぶ影は、優に三十メートルを超える巨体である。
「ここを雪竜ウラガーノが支配する領域と知ってのことであろうな」
言葉自体が力を持っているかのような。身体の芯から震える声であった。
「それとも偉大なる八大龍王が一柱、凍雲星龍ムースの末裔である我に、無謀にも挑みに来たか?」
吹き荒れる雪や風そのものに、敵意を向けられたかと錯覚するような圧力がユウを襲うのだが――
「聞こえておるのか?」
ウラガーノが不安そうに尋ねるのだが、ユウは黙々と植物を採取している。
「聞こえておるのだろう?」
「うるさいな。俺は忙しいんだよ。見てわからないのか?」
動揺するかのように吹雪が散っていく。すると、雪竜ウラガーノがその姿を露わにする。雪山トランホルンの神と敬われ、恐れられている存在である。これまでに挑んできた英雄や騎士団を返り討ちにしたことは数えるのもバカらしいほどで、雪山の恐怖の象徴とまで言わしめる自分が、矮小な人族によりにもよって――
「う、うるさいだと? こ……この我に対してっ?」
ユウはウラガーノを一瞥すると、興味なさげに別の場所へ移動する。
「お……おのれっ。待て! これ待たぬかっ!!」
「あー、うるさい」
山を震わせる怒鳴り声に、ユウはうんざりした表情で耳を塞ぐのであった。
「オドノ様、これみてっ!」
ユウの作ったかまくらの中で、ナマリが自分の集めた植物をユウに見せる。
「よくやった」
そう言うと、ユウはナマリの頭をぽんっと軽く叩く。にんまり笑顔を浮かべたナマリが、一緒に集めたコロやランと喜ぶ。
「ユウ、もう帰るの?」
「いや、昼食を取ってからもう少し集めたいな」
豚肉と野菜を交互に重ねたモノを鍋に入れながら、ユウは午後の予定を伝える。
「そっか~。でも……」
ニーナがかまくらの外を見ながら呟く。
「どうかしたのか?」
「えっと。あれは放っておいて、いいのかな~って?」
「ご主人様、いかがいたしましょう? ご命令とあらば、すぐにでも私とコロたちが――」
ご飯を今か今かと待っていたコロとランが「えっ」と驚きの表情を浮かべる。
「ええいっ! いるのはわかっておるのだ!! 早う出てこんかっ!!」
大音量の怒声であった。それだけでかまくらが壊れるのではないかと思うほど揺れる。
「ナマリ、俺は忙しいからお前が行ってこい」
「わかった!」
そう言うや否や、ナマリはかまくらを飛び出す。
「むっ!? なんじゃお前は?」
「俺はナマリ! 魔人族で強いんだぞ!!」
「そ、そうか」
さすがの雪竜ウラガーノも、相手がこんな小さな子供では威厳もなにもない。
「我が用のあるのは、お前のような小さき者ではない。そこに生意気な人族がおるであろう」
「いまはいそがしいからダメなんだぞ」
「忙しい? この我が、雪竜ウラガーノがわざわざ出向いておるというのに、それ以上に大事なことがあると申すのかっ」
ウラガーノの言葉とともに、風と雪がナマリの顔に叩きつけられるのだが、ナマリは平気な顔である。
「うん! いまな? おなべをつくってるんだ。ぶたにくとやさいを、こうやってはさむんだ。それをすっぱいのでたべると、うまいんだぞー!」
身体全体を使って、ユウの作っている鍋の説明をするナマリに、ウラガーノの苛立ちが止まらない。
「ではなにか? この我に無礼な態度を取った矮小なる人族の者は、飯を作っているから相手にできぬと、そう申すのだな?」
「うん!!」
やっとわかってくれたかと、ナマリは嬉しそうに返事する。
「ふざけるでない!! この我をっ――」
そのとき、かまくらの中から。
「ナマリ、鍋ができたぞー」
「すぐいく~。じゃあね」
そう言うと、ナマリはウラガーノを放ってかまくらの中へ入っていく。
「これ待たぬか。待てと言うにっ!」
結局、ウラガーノはユウたちが食事を終えるまで待つのであった。
「おいしかった~」
お腹を擦りながらナマリが姿を現す。
「わっ。ユウ、まだいるよ~」
「しつこい竜ですね」
散々な言われようである。
「この我をここまで愚弄して怒らせた者など、遠い記憶を遡ってもおらんぞ! 偉大なる龍の血脈に連ねる我に対してその不遜な態度、そしてそれに見合うだけの魔力、只者でないのは一目でわかっておった。さあ、互いの生存をかけた死闘を繰り広げようぞっ!!」
「ナマリ、他にも珍しそうな植物があったら集めておいてくれ」
「わかった!」
闘争心で満ち溢れるウラガーノを無視して、ユウはナマリに指示を出す。
「おい! 我を無視するでない!!」
「うるさい奴だな……」
昼食後の昼寝を楽しんでいたモモが、飛行帽の中から顔を出す。明らかに不機嫌そうである。
「ここって本当は雪が降らない地域らしいな」
「そうだ。この我の力によって、近隣一帯は極寒の地となっておるのだ。それがどうかしたか?」
「そのせいで雪原地帯でしか育たない植物が、たまに渡り鳥の糞に混じって自生するのみで、他の動物や魔物なんか一匹もいないんだな」
「だからそれがどうしたのだと言うのだ!!」
「こんななにもないところで、たった一匹でなにが楽しいんだか」
ユウの言葉を頭の中で反芻するウラガーノから闘争心が消え去り、呆然と立ち尽くす。
「ユウ、いいの?」
「いいんだよ。それより採集だ」
「解熱の材料だよね」
「なんのことだ?」
ふふっ、と笑いながら、ニーナはムスッとした表情のユウを追い抜いていく。
「お……おのれっ。この我を……っ。可哀想なぼっち竜だと?」
「誰もそんなことは言ってねえよ」
「いいや! お前は言った!! 許さんぞっ!!」
獣人族の長ルバノフの家で、ユウはトランホルンで採取した植物を並べていた。
「おお、これぞまさしく氷雪花っ。これさえあれば、子供たちの熱を下げることができますぞ!」
「あ? そうなのか。俺はただ採取してきた植物を自慢しに来ただけなんだけどな。まあ、それがいるんならやるよ。別に使う予定はないしな」
「ないんだぞ!」
ナマリがユウの真似をして、マリファはなにも言わずにただユウの傍に控えるのみである。
「いひゃいっ!? ユウのイジワル!」
ニヤニヤしているニーナの鼻に、ユウは魔力弾を放つ。
「それで王様、先ほど言っていた……」
ルバノフが不安そうに尋ねる。
「なんか勝手に怒ってついて来た。ちょうど北の山をどうしようか悩んでたから、くれてやった」
「くれてやったなどと、滅多なことを言うものではないですぞ。仮にも相手は竜、それも名があるそうではないですか」
「俺に言われてもな、文句があるならルバノフが言ってこいよ。なんか我に感謝しろとか、よくわからないこと言ってたぞ」
「じょ、冗談ではありませんぞ! 竜に文句を言うなどと」
そう言うと、ルバノフは自分の尻尾を股の間に挟み込むのであった。
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