第282話 褒めて

 ネームレス王国の西側にはユウたちが造った山と森が拡がっているのだが、そこにはビッグボーや一角兎、ウードン鹿に鳥系のランクが低い魔物たちが放し飼いにされている。一般的に猪などは一年半もすれば成獣となるのだが、魔物となれば話は変わってくる。ビッグボーなどは半年もすれば生殖可能になるのだ。しかもネームレス王国には、天敵となりうる魔物がいない。つまり繁殖し放題な状態であった。山や森には豊富な餌があるのだが、それでも畑にビッグボーやウードン鹿が現れるのに、そう時間がかかることはなかった。


「そっちに行ったぞ!!」


 ブラックウルフに追い立てられたビッグボーの集団が、茂みから飛び出してくる。


「待ちやがれっ!」


 獣人の男たちが、次々にビッグボーの首元に牙を突き立てる。魔人族の男たちは槍で脳天を一突きである。


「ふん。野蛮人共めっ」


 エルフの女性――ゼノビアは木製の弓に弦を張りながら、男たちへ侮蔑の目を向ける。


「クリスっ」


 名前を呼ばれた弟のクリスは、両手を天に向かって掲げる。すると、クリスから放たれた魔力が上空からゆっくりと落ちてくる。小雨のように弱々しい魔力である。よほど魔法に精通している者でも気づくのが難しいほど、それこそ空中に漂う魔力よりも弱いくらいだ。


「姉さま、三時の方角です」

「三時ではわからん」

「で、でも――あいたっ」


 ゼノビアに小突かれたクリスが、涙目で姉を見上げる。


「お前の言うことはいちいち小難しくていかん。男ならもっと堂々とだな、まあいい。それより早く繋げろ・・・。偉大なるベイリー氏族に名を連ねる私たちが狩りで獣人や、ましてや魔人などに後れを取るわけにはいかないのだ」

「もう、姉さまはがさつなんだからぁ」


 不満を言いながら、クリスは自分とゼノビアの魔力をリンクさせる。すると、クリスが降らせている魔力に触れた木々や草花に生物の動きが、ゼノビアにも共有される。


「我が必殺の矢を受けるがいい」


 ゼノビアたちの視界は木々や草花によって遮断されている。それでもゼノビアは迷いなく矢を射つ。


「姉さま、当たったよ」

「当然だ」


 クリスからの報告をさも当たり前のように、ゼノビアは喜びもせず、次の矢を矢筒から取り出す。




「大量じゃねえか」

「これでちっとは獣害が減るといいんだがな」

「かと言っていなくなれば、それはそれで困るわね」

「違いない」


 村の広場に狩りから帰ってきた者たちが、獲ってきた獲物を並べていた。ビッグボーやウードン鹿など大型のモノばかりである。


「大したもんだ」

「ああ、どれも一発で仕留めてやがる」

「あの二人だけでビッグボーを七頭もか?」

「ふふんっ。これでも抑えたのだぞ? あまりやりすぎると、他の者たちの面子がな? それに血抜きや内臓の処理に、獲物を運ぶブラックウルフの労苦を考えてだぞ」


 勝ち誇った顔でふんぞり返るゼノビアの周りには、おこぼれを貰ったからか。数匹のブラックウルフがごまをするように足へスリスリしていた。


「どうだ? これで私の弓の腕前がいかほどのものであるかが、わかったであろう!」


 村人に混じって見ていたユウへ、ゼノビアが鼻息荒くしながら近づいていく。


「それ以上、ご主人様に近づかないでください。あなたは鼻息が荒すぎます」


 直前でマリファに遮られたゼノビアは、いつもならケンカになるのだが。


「ふん。負け惜しみか?」

「少々、弓の腕が立つからと図に乗らないほうがよろしいのでは?」

「やるじゃないか」


 ユウのその一言で、ゼノビアは勝者の笑みを浮かべ、マリファは敗北者のように唇を噛みしめる。


「そうだろ? そうだろう! どうだ? お前がどうしてもと頼むのであれば、あのクロとやらが率いる軍に入ってやってもいいのだぞ。まあ当然、私クラスが入るのだから、隊長として迎え入れるのならな。そ、その代り、そこのダークエルフの小娘が持っている弓を私に譲るのだ。あれほどの弓は、エルフ族の中でもお目にかかったことがない。それほどの物なのだ。なのに、そんな大した弓の腕も持っていない者が持つなど、宝の持ち腐れというものではないかっ」


 チラチラとユウへ視線を送りながら、ゼノビアは徐々にユウとの距離を詰めていく。


「大したもんだ」

「う、うむ! 自分で言うのもなん――は?」


 クリスの肩に手をかけながらユウが褒める。


「ボ、ボクです……か?」

「ああ、鳥の従魔の目を通して見ていたけど、やるじゃないか」


 今まで姉のゼノビアが褒められることはあっても、自分が褒められたことなどなかったクリスは、ユウからの称賛に戸惑いを隠せない。


「あれは他の奴が相手でもできるのか?」

「そ、その……」

「同時に複数と繋ぐことはどうだ?」


 内股でもじもじしながら恥ずかしがるクリスの姿は、なぜか扇情的で周囲の男たちが変な気持ちになるのだ。それに気づいた女たちが、男たちの尻や太股を抓るのであった。


「姉さま以外とは、やったことはないです」

「そうか。試してみて、できそうなら教えてくれよ」

「は、はい。ボク、王様のために頑張ります」


 ユウの服の袖を掴みながら、クリスはなぜか頬を赤らめる。


「おい、おい、おーいっ! なんでクリスを褒めるのだ! ここは私を褒め称えるところだろうがっ!!」

「ふふっ……ふふふ。ご主人様はあなたではなく、弟さんに興味を持ったご様子です。さあ、敗者はおとなしく去るのみですよ?」

「やめろ! 優しく私を諭すな!! おのれっ! クリス、この偉大な姉を差し置いて! それによりにもよって、男へ媚びを売るとはどういうことだ!? 父と母に代わって、教育してやるからな!! ええいっ、いつまで頬を赤くしているのだ」


 このとき、ゼノビア以外にクリスへ嫉妬している者たちがいた。


「いのしし、くるのかな?」


 茂みに隠れたムルルが、小声でレテルへ話しかける。


「だいじょうぶだよ。インピカちゃんがにおいをけしてくれてるから」

「おそわったくくりわなも、金物はつかわずにツタで作ってるしな」


 獣は金物臭を嫌うと、大人たちから教わっているヘンデが、ムルルたちに説明する。

 見れば、別の場所の茂みにはインピカたちが潜んでいる。いつも一緒に遊んでいるメンバーである。そしてこの子供たちがいる場所は、村から西にある森の中であった。


「しっ。来たみたいだぞ」


 インピカからの合図を見て、ヘンデが静かにするよう指を口に当てる。

 一頭のビッグボーが、インピカたちが置いた穀物の匂いに釣られてやって来たのだ。

 大きさは一メートル、体重は百キロほどのまだ成獣にもなっていない個体である。単独でいることから、群れからはぐれたか追い出されたのだろう。


「ふごふごっ」


 最初は周囲を警戒していたビッグボーだが、やがて食欲に負けて穀物を美味しそうに食べ始める。しばらくすると、ヘンデたちが仕掛けた罠に右後ろ足がかかる。


「ぶもーっ!?」

「いまだ! ひいて!!」


 インピカの合図で、ブラックウルフがツタを引っ張る。木の幹に通されたツタが滑車のように、ビッグボーを吊り上げていく。


「やった!」

「まだだよ! すぐにとどめをささないと」


 吊り下げられながら暴れるビッグボーの腹へ、子供たちが槍を突き刺していく。毛皮と分厚い脂肪に守られたビッグボーの腹が槍を弾くのだが、子供とはいえ人族より身体能力の高い獣人である。何度も槍を突くと徐々に穂先が毛皮や脂肪を傷つけ、やがて内部の心臓にまで槍が届く。


「よし、おとなしくなったぞ! つぎは……そうだ、ちぬきだ!!」


 ヘンデがユウに作ってもらったお手製のナイフで、ビッグボーの頸動脈を斬り裂く。すると、ビッグボーの首から大量の血が地面へ流れ落ちていく。やがてピクピクと動いていたビッグボーの動きが停止する。


「すっごい! ぼくたちだけで、こんなおっきなのとれるなんて」

「おうさま、よろこぶかな?」

「ぜーったい、よろこぶよ!」

「つぎは川にいくぞ」


 インピカは、ツタを引っ張っていたブラックウルフに頼んで、ビッグボーを川に運んでもらう。そこで大人たちから教わったとおりに内臓の処理をしていく。だが、村ではそんな子供たちの行動を知らない大人たちが大騒ぎしていた。


「見つかったか?」

「いや、いない! ヘンデやレテルだけじゃねえ、インピカや他の子供たちもいないぞ!」

「まさか……。あいつら、子供だけで西の森へ行ったんじゃ?」

「た、大変だっ!」


 子供たちを探し回る村の大人たちは、最悪の事態を想像して顔が青くなる。


「どうしたのー?」

「イ、インピカっ!?」

「そうだよ、インピカだよ!」


 なにもわかっていないインピカが、笑顔で村の大人たちへ挨拶する。


「ヘンデもレテルもいるぞ!」

「ああ……よかった。ムルルもスタルクも、それに他の子供たちも全員無事だ」


 大人たちの心配など知る由もないインピカたちが、呑気に獲ったビッグボーを引っ張りながら村に姿を現したのだ。


「西の森へ行ってたのか?」


 獣人の男がヘンデに問いかける。


「すごいだろ! 俺たちだけでとって――」


 自慢げに答えるヘンデの頬を、獣人の男が殴りつける。


「いってえ……。なにすんだよ!」

「子供だけで西の森へ入るのは禁止されているのを忘れたのか?」

「ちゃんとえものだって、とってかえってきただろ」

「たまたまだ。一歩間違えれば、お前たちは死んでたかも知れないんだぞ。俺や他のみんながどんだけ心配したかわかっているのか?」

「ほんとのおやでもないくせに――いだっ」


 再度、獣人の男がヘンデの頬を殴る。


「確かにお前の言うとおり、俺は実の父親でもなんでもねえ。だがな、それでも実の親以上に責任を持ってお前の面倒を見てきたつもりだっ!!」

「うぅ……いったいなぁっ。なんで俺ばっかりおこるんだよ。俺たちはただ、王さまによろこんでもらおうとしただけなのに。なあ、みんなも――げえっ!?」


 ヘンデが殴られたとき、すでにインピカたちは素早く散って隠れていた。


「ずっこいぞ!」

「なにがずっこいだ!!」


 胸ぐらを掴まれ、また殴られると思ったヘンデが目を瞑ったそのとき――


「あれ?」


 いつまで経っても殴られないことに、ヘンデは薄目で様子を窺う。すると、父親代わりの獣人の男が自分ではなく、別のほうを見ていることに気づく。


「ナ、ナマリ……」

「なんのようだ? これはうちの問題だぞっ」


 威嚇するように唸る獣人の男を前にしても、ナマリは気にした様子もなく。そのままビッグボーの前に屈む。モモは肉の塊となったビッグボーを、不思議そうに突いている。


「オドノ様が、くれるんならはやくもってこいって」

「まかせてよ!」

「わかった!!」

「いそげいそげー」


 今までどこに隠れていたのやら。インピカたちは一斉に現れると、あっという間にビッグボーを運び去ってしまう。


「ま、待てお前らっ! あっ、ヘンデの奴までどこ行きやがった!!」


 自分が胸ぐらを掴んでいたヘンデまでもが、いつの間にやら逃げ出していた。


「くそっ。ナマリっ!!」

「ん?」

「王様に甘すぎるんじゃないかって言っといてくれ」

「えー、やだよ。じぶんでいってよ」


 そのまま山城へ帰っていくナマリの背を目で追いながら、獣人の男は。


「それができれば苦労しないだろうがっ。はあ……参ったなぁ」


 疲れた表情で呟くのであった。

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