第280話 駄菓子屋

「あ~、疲れた。今日も頑張ったわ」


 午前の農作業を終えた狼人のタランが背伸びする。周囲を見渡せば、同じように農作業や牛や豚などの畜産を終えた者たちが、村へ向かって帰る姿が見える。


「ナルモ、お前が昨日連れてきた連中が、ガルゴたちと揉めたみたいだぞ」

「ふ~ん」


 虎人のナルモは興味なさそうに肩を回して鳴らす。


「ふーんってなんだよ。獣人以外の連中もなんか文句を言ってるみたいだぞ。お前はちっと勢力バランス・・・・・・ってもんを考えろよな」

「知ったばかりの言葉を使いたがるなよ」

「なんでだよ! 先生だって、覚えた知識や言葉は使わないと忘れるって言ってたんだぞ!」


 子供だけでなく、希望する者は大人であっても人族の老人から勉強を教わっていた。今まで勉強などしたことのなかったタランからすれば、博識な老人たちから教わるすべてのことが新鮮で興味深い内容であった。


「そんなムキになるなよ。それで勢力バランスがどうしたって?」

「おう、それで勢力の話に戻るけどよ。今ネームレス王国の人口がどれくらいかわかるか?」

「そんな詳しくは知らねえけど、獣人族が大体七千で堕苦族二千くらいで、魔落族は二、三千ってところか? 魔人族は千もいねえだろ。あっ。この前、王様が奴隷をいっぱい連れてきてたな」

「まあ、そんなところだろうな。一番多いのが獣人族、でも一番強いのは魔人族なんだぞ? お前だって骸骨騎士と訓練しているから知ってるだろ」


 骸骨騎士とは、ユウが使役するアンデッドの軍団である。ただの骸骨騎士から錆色や銅、鉄鋼などの骸骨騎士たちを相手に、ネームレス王国の住人たちは強さの序列を決めているのだ。普通の骸骨騎士に一対一で勝てれば一人前、錆色の骸骨騎士を相手に勝てれば皆から一目を置かれるといった感じである。


「俺は骸骨騎士に勝てるぞ」


 ナルモは鼻を親指で弾いて、魔人族なんかに負けてないぞと言っているのだ。


「俺だってただの骸骨騎士には勝てるさ。だけど、お前だって錆色以上の骸骨騎士には勝てないだろ? でも魔人族の多くは錆色や銅の骸骨騎士を相手に勝つ奴だっているんだぞ。族長のマチュピに至っては黒の骸骨騎士を相手に、いい勝負してるからな」

「それで?」

「それだけ魔人族は個の力が強いって言ってんだよ。ほら、ちょっと前にどこで聞きつけたのか知らねえが、よその魔人族の連中をお前が船に乗せてやってきただろ? 国を護ってやるからどうのこうのって、その代わり領土の半分を寄越せとかフザケたことを抜かしてたことがあっただろうが?」

「ありゃマチュピが叩きのめしたじゃねえか。そのあと王様に許可をもらって、向こうの魔人族と話をつけただろ」

「そこまではいいんだよ。問題はそのあとだ。マチュピがどう話をつけたのかは知らねえが、そのまんま魔人族の連中が国に移ってきたじゃねえか。

 俺がなにを言いたいのかはわかるよな? 魔人族を増やすくらいなら、もっと獣人族を増やせって言ってんだ」


 くだらないとばかりに、ナルモが大げさに大きなため息をつく。


「なにを人族みたいなことを言ってんだ」

「大事なことだと思うぞ」

「そんな心配をするくらいなら、もっと王様のために働けってんだ。それに俺は王様から、獣人はあんまり連れてこなくていいって言われてんだよ」

「はあっ!? なんでだよっ」

「バカなお前と違って、王様は誰より国のことを考えてるんだろ」

「誰がバカだって!」


 掴みかかってくるタランの手をナルモが払いのける。しばらく黙ったまま歩くのだが、やがてタランのほうが我慢できなくなって話しかける。


「王様が国のことを考えてるって、畑の場所を離してたりか?」

「ああ、それもだな。これはイザヤさんに聞いたんだけどよ、作物だって病気になるそうだぜ。病気によっては畑が全部ダメになることも珍しくないそうだぞ。だから王様は畑を色んな場所に離して作ってるんじゃないかってさ」

「もしかして鶏や牛に豚もか?」

「王様ならそれくらい考えるだろうな」

「王様が国のために色々考えているのはわかったけどよ。それと獣人を増やさないのがなんの関係があるんだ?」

「今いる獣人だけでも十分に増えてるじゃねえか。魔人族は獣人と同じように妊娠してから半年くらいで出産するが、それでも生まれてくるのは一人か多くても二人だ。獣人みたいに多産じゃねえ」


 あまり難しいことを考えるのが苦手なタランは、考えが追いつかずに頭が痛くなってくる。


「そもそも俺は獣人族に仕えているわけでも、ましてや他の種族に仕えているわけでもない。王様に仕えてるんだ。他の連中がなにを言おうが知ったこっちゃないな。それより、これどうよ?」

「なにがだよ」


 わかっていながら不愉快そうにタランは、ナルモが跨る大蜥蜴を見る。


「これよこれ! この火吹き大蜥蜴を見ろよ。俺が鉱脈を見つけた褒美に、王様がわざわざ迷宮で捕まえてきてくれたんだぜ? 本当は人なんか乗せない獰猛な魔物なんだけどな。王様が、わざわざ、俺のために、おとなしくて頭の良い奴を見つけてくれたんだ」


 舌ではなく、火をチロチロと吐く火吹き大蜥蜴の頭を撫でながら、ナルモはうっとりとする。


「クソがっ。鼻の調子さえ良ければ、俺が見つけてたはずなんだ」

「負け惜しみか? 次は王様が探している迷宮を見つけて、なにを貰おうかな~。見てろよ? いつかは俺も王様みたいにアオを従えて竜使いになってみせるぜ」

「ふんっ」


 強がってはいるが、タランは悔しそうに鼻を鳴らす。


「それにしても王様って食いしん坊だよな?」


 悔しいからか、タランが話題を変える。


「知ってるか? この前だって商人たちから塩を、それも何十種類って買ってたんだぜ。そんな塩に違いなんてあると思うか?」

「お前、知らないのか? 塩によって肉の旨さが変わるんだぜ」

「お……お前っ、まさか!?」

「王様が味見してくれって肉をごちそうになった」

「ズルいぞ!! お前ばっかり!!」

「羨ましいだろ? でもなぁ……王様って酒は飲まないんだよな」

「酒といえば、なんであの詐欺師のおっさんが酒場の店主なんだよ」

「先生って呼べ」

「なにが先生だ。あの野郎、商人から高え酒をしこたま仕入れてるくせに、味のわかる者にしか飲ませないだの、服装がどうだのって、酒場の二階に隠してやがんだぜ?」

「わははっ」

「笑い事じゃねえぞ!」


 談笑をしているうちに、村が見えてくる。


「ナルモ、モリ婆のところに行こうぜ」

「いいぞ」


 最初は物々交換でやり取りをしていたネームレス王国であるが、徐々にお金が流通し始めた結果、今ではいくつかの商店が建ち並ぶようになっていた。その商店の一つにタランたちは向かっているのだ。


「モリ婆、生きてるか?」

「あんたよりは全然元気だよ」


 腰の曲がった犬人の老婆が、見た目とは裏腹にハッキリとした言葉遣いで、タランに言い返す。

 巨大な木の洞を利用した店には、子供向けのお菓子が所狭しと並べられている。外と店の奥には座って食べる場所まで用意されていた。


「あー、タランだ」

「ナルモもいるー」


 子供たちがタランたちに纏わりつく。


「タランさんだろうがっ。ほら、どけよ」

「じゅんばんなんだよ」

「俺たちは畑仕事で疲れてんだ。ここは年長者に譲れよ、なあ、ナルモもそう思うだろ?」

「いいや、タランが悪い。子供たちを押し退けて恥ずかしくないのか」

「はあ?」


 いつもと違うナルモの態度に、タランは訝しげな目を向ける。


「ナルモの言うとおりだよ。子供たちだって順番を守っとるのに、ええ年してお前が守らんでどうするんよ」

「わかったよ。待てばいいんだろ、待てば――いでっ」

「その口の利き方はなんね!」


 モリ婆に頭を叩かれたタランが「ぐぬぬっ」と悔しそうに唸る。そんな姿を見て、子供たちは指をさして笑う。


「やっと俺らの番かよ。よし! モリ婆、その瓶に入ってるきなこ棒を全部くれよ」

「ダメだよ」


 バカな子を見るようにモリ婆は、憐れみの目でタランを見る。


「はああ? なんでだよ、金ならあるぞ!」

「特別な理由がない限り、一度に買えるのは五本までだよ」

「ひとりじめはだめなんだよー」

「タランはおバカだな」

「みんなのぶんがなくなっちゃうでしょ」


 モリ婆に続いて、子供たちが一気にまくし立てる。


「横暴だろうがっ!」

「なーにが横暴なもんか。この駄菓子屋は王様から私が任されてるんだよ」

「ぐっ……。お、王様の名前を出すのはズリいぞ」

「あんたみたいにね。金に物を言わせて買い占める奴がいることなんざ、王様にはお見通しなのさ」

「タランが悪い」

「さっきからナルモまでなんだよ! 今日はなんかおかしいぞ!」

「いいや、おかしくない。いつも俺は子供たちの味方だぞ」

「くそっ、わかりましたよ。俺が悪いってんだろ。モリ婆、きなこ棒とラム水をくれよ」


 「はああああー……」と大きなため息をつき、首を横に振りながら、モリ婆はきなこ棒とラム水をタランに渡す。


「うっめー! やっぱきなこ棒とラム水の組み合わせは最高だよな」


 タランは甘くて炭酸の利いたラム水が大好きなのだ。


「あーあ。このラム水を腹いっぱい飲みてえな」

「バカな子だね。そのラム水はゾヴダの樹から湧き出る炭酸水から作られてるんだよ。ゾヴダの樹は森林系の迷宮でも特別な場所にしか自生していない。人族の王族でも滅多に口にできない代物だってのに、そんな贅沢を言って今に罰があたるよ!」

「ぜいたくばっかりいうとね、おかーさんにおこられるんだよー」

「ぼくたちはおうさまにかんしゃしてるもんね」

「おばあちゃんにごめんなさいしなよ」


 ぴーぴー喚く子供たちに、タランはうんざりする。


「うるせえな。モリ婆もガキ共もよってたかってよ。俺はもっと気軽にラム水が飲みてえって言っただけだろうが。これで酒を作れば、きっとすんげえ美味い酒ができると思うんだよなー。王様も、もっと酒に興味を持てばいいのによ。なあ、ナルモもそう思わねえか?」

「いいや、タランが悪い」

「はああああーっ!? お前、やっぱりおかしいぞ!!」


 いつもと様子の違うナルモに、とうとうタランが突っかかる。


「俺はいつもと変わらない。王様に感謝してるぞ」

「ちっ。良い子ちゃんぶりやが――」


 そのとき、店の奥に座る人物とタランは目が合う。


「――お、王様?」

「なんだよ、タラン。俺に文句があるなら直接言いにくればいいだろ」

「な……なんでこんなところに?」

「モリ婆に任せちゃいるが、ここは俺の店だぞ。俺がいてなにが悪い? それとお前な。さっきから聞いてたけど、モリ婆やガキ共相手になんだよその口の利き方は」

「そっすよね! 俺もそう思っていましたよ! こいつは、ほんっと口の利き方ってやつがなってないっすよね!!」


 いつの間にかユウの傍に移動したナルモが、タランを責める。


「ナルモっ、てめえ知ってたな!」


 風邪気味で鼻の調子が悪いタランは、ユウが店にいることに気づかなかったのだ。そしてナルモは店につく前から、ユウがいることを匂いで気づいていたのだろう。


「おうさまー、タランがねー」

「わー! 余計なことを言うんじゃねえ!!」


 ユウに報告しようとする子供たちの口を、タランは慌てて塞ぐ。


「ほんっとにバカな子だよ」


 バカな子ほど可愛いのか。モリ婆はタランと一緒になってユウに頭を下げるのであった。

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