第279話 ブサイク
ユウがネームレス王国の港でダッダーンや商人たちの相手をしているそのとき、別の場所では揉め事が起きていた。
「セット共和国にいる者たちには、この国のことを伝えました」
「うむ。反応はどうじゃった?」
若き堕苦族の青年が、長であるビャルネに報告する。
「始めは半信半疑でしたが、陽光の腕輪を見せると興味を示していました」
「腕輪は?」
「もちろん渡していません」
「それでいいわい。次――」
「ジャーダルクは警戒が厳しく、越境することも難しいです」
「ハーメルンでは、差別をしていないことをアピールして、他種族の有能な人材を集めているようです」
「デリム帝国は、皇帝が貴族たちを押さえつけることができていないようで、昔のデリム帝国に戻ったかのように、貴族たちが好き勝手やっていますよ」
「広大な領土ゆえに、皇帝の目も届かんようだわい。せめて『槍の英雄』がおればのぅ」
次々と各国の情勢がビャルネに報告されていく。
ビャルネたちがいるのは港にある無数の建物の一つで、そこでは堕苦族が集まって密談をしていた。別に堕苦族が集まって話し合うのは問題ではない。問題なのは――
「お前ら、こんなところでなにしてんだ」
鼠人の男を先頭に、数人の獣人がビャルネたちを睨むように鋭い目つきで見る。
「なぜ我らがお前たちに、説明せねばならんのだ」
「お前の顔、見覚えがあるぞ。国を捨てた奴がよくものうのうと
そう、問題なのはこの場にいる堕苦族の半数がネームレス王国を出ていった者たちなのであった。
「王から
「お前らが王なんて呼ぶんじゃねえよ!」
鼠人の男や他の獣人からすれば、ネームレス王国を出ていった者など裏切り者である。その裏切り者が港とはいえ、堂々と居座っているのが気に食わないのだ。
「我らが王を王と呼んでなにが悪い」
しかし、堕苦族の男たちも負けてはいない。獣人たちを睨み返しながら一歩も引かないのだ。
「王の庇護下に甘えるだけなら、愛玩動物となんら変わらんではないか」
「てめえら……っ」
「なにを怒ることがある? 我らは事実を言ったまでだ」
「獣人族が王のためにどれほどのことをしてきた? 我ら堕苦族は違う! いつでも王のために命を捨てる覚悟がある!!」
「我らがどれほどの血を流して――」
「そこまでじゃっ!!」
あわや一触即発の状態を止めたのは、ビャルネの一喝であった。
「のぅ、儂らは王様に許可をいただいておる。それがなにか問題かのぅ?」
「い、いや……」
ビャルネの気迫に気圧されて、獣人たちはなにも言えなくなる。
「主らも
「……………申し訳ございません」
結局、その場はうやむやとなるのであった。
「くっそ、なんだあの態度はっ!」
「とりあえずやっちまえばよかったんだよ」
「堕苦族は毒を使うんだぞ?」
「毒がどうしたってんだよ。そんなもん、俺が使わせるかっ」
「言うだけなら誰だってできらあな」
「そりゃどういう意味だ?」
「やめろやめろ、それより仕事をしろ」
港の巡回を再開する獣人たちが、口々に堕苦族への悪態をつく。
「コソコソ隠れてたくせに、なんであんなでけえ
「どうした?」
なにやら考え込んでいる鼠人の男へ、他の獣人が話しかける。
「あいつら、やっぱりネームレスが嫌になって出ていったんじゃねえんだ」
「そりゃ長も言ってたろうが、堕苦族はなにか企んで――あっ」
獣人の一人が急に立ち止まる。何事かと思い他の獣人が、その視線を追いかけると、五人の獣人がこちらを見ていた。
「て、てめえらっ!! なにしに来やがった!!」
鼠人の男が全身の毛を逆立てる。いや、見れば他の獣人たちも同じように毛を逆立て、目は血走っていた。
「久しぶりだってのに、そう殺気立つなよ」
五人の獣人の一人、猫人の男が薄ら笑いを浮かべて、鼠人の男へ話しかける。
「ここじゃなんだ。ちょっと、向こうで話そうぜ」
猫人の男はそう言うと、港から岩場へ向かう。
「国を捨てたお前らが、なにしに来やがったっ」
「そー突っかかるなよ」
ネームレス王国を出ていった者たちは少なからずいるのだが、その中でも獣人族が一番数が多いのだ。その理由も様々なのだが、その理由の一つに、人であるユウを王と認められないというものがあった。まさにこの獣人たちは、ユウを王と認めないと言って出ていった者たちである。
「今、俺たちがどこの世話になっていると思う?」
「知るかっ! お前らみたいにジョブに就くなりさっさと国を捨てるような恩知らずが、どこの誰の世話になってようが興味なんかねえよ」
「くっく。これだよ?」
猫人の男が仲間たちへ、肩をすくめて苦笑する。
「ケンカを売ってるなら――」
「まあ、待てって。俺たちは
「獣王っ……だと?」
「お前らだって、フィルシーの大樹海を支配する獣王のことくらい知ってるだろう?」
セット共和国の北東にある人族がバラッフォの大樹海と呼ぶ広大な森林地帯があるのだが、実はこの大樹海を半分に割るように巨大な地割れが走っているのだ。獣王の座を巡っての戦いによって引き起こされた地割れと言う者もいれば、獣王とエルフの王が争った結果と言うものもいる。巨大な地割れの原因はいまだ謎に包まれたままである。
ともかく森林地帯は地割れによって分割されたのだ。その結果、大樹海の右側をエルフやダークエルフが支配するバラッフォの大樹海と、左側を獣人族が支配するフィルシーの大樹海と、獣人族は呼ぶようになる。
「驚いただろう? まあ、その獣王にこの国のことを教えたところ、世界樹が欲しいって言い出してな。世界樹の枝の一本でも持ち帰れば、獣人の中でもそれなりの地位に就けるんだ」
「世界樹のことを……獣王に言ったのかっ」
ネームレス王国を捨てたとはいえ、これまで世話になってきた国の秘密を簡単に漏らした猫人の男を、信じられないといった目で鼠人の男が見つめる。
「言ったさ。それのなにが悪いってんだ? それよりもだ。どうやらあのプレートがないと結界を越えられないようで、困ってたんだよ。お前らのプレートがあれば、通り抜けることができるんじゃねえのか? それともお前らが手伝ってくれてもいいんだぜ?」
「冗談じゃねえ! お前らみたいなクソ野郎を、誰が手伝うってんだ!!」
「悪い話じゃねえと思うんだがな。獣王には俺から話を通してもいいぞ? お前らだって本音を言えば、あのサトウとかいう人族のことなんか、これっぽちも王として認めてないんだろ?」
殺気立っていた鼠人の男をはじめとする獣人たちが棒立ちになる。図星を指されたからではない。怒りのあまり、頭の中が真っ白になったのだ。
「剣を構えな」
鼠人の男がゆっくりと、だが猫人の男から視線を外さず腰の剣を抜く。
「あ?」
「そのまま死にたいのか?」
「くっく。なにを怒ってんだよ? それよりもさっきから、その態度はなんだ。俺より弱いくせに偉そうによ」
鼠人の男が返事もせず剣を構えると、猫人の男は先ほどと同じように肩をすくめながら、仲間たちへ向かって馬鹿にするように苦笑する。同じ獣人族でも猫人と鼠人とでは、その戦闘力に大きな差があるのだ。それを知っている仲間たちも、同じように苦笑する。
「わかった、わかったよ。その代り俺が勝ったら、素直にプレートを渡せよ」
猫人の男は腰の二本のショートソードを抜いて構えると、そのまま一足飛びで襲いかかった。
勝負は一瞬でけりがつくと、猫人の男は勝ち誇った笑みを浮かべていた。
だが――
「ぎゃ……っ!?」
勝負を獣人たちが見守るなか、猫人の男が無様に地べたに転がされる。これで三度目である。
「な、なんでっ!? お前がっ……俺に勝てたことなんて、一度もなかっただろうがっ! それなのに……それなのに!! なんで俺が負けるんだよっ!?」
自らが負けるなどとは、猫人の男は微塵も思っていなかったのだ。
「なんでだと? いつの話をしてやがんだ! 恩知らずのお前が出てったあとも、王様の役に立とうと俺は鍛え続けてきたんだ。その俺が、お前みたいなクソ野郎に負けるわけがねえだろうがっ!!」
「まっ……待――で、がはっ!?」
鼠人の男の剣が、猫人の男の首を貫く。勢いよく噴き出す血を止めようと、猫人の男は首に突き刺さっている剣を掴むのだが、鼠人の男がさらに力を込めると、剣はより深く首の中へ埋まっていく。
「お、おいっ!? あいつ負けたぞ!」
「馬鹿なっ! なんで鼠人なんかに……」
「お前らっ! 俺らが誰の――ぐああっ!?」
「待てっ!! 獣王が黙っ――ぎゃあ゛あ゛ああぁ……っ!!」
残る四人の獣人へ、周りの者たちが襲いかかる。瞬く間に二人の獣人が息の根を止められる。残りの二人も、時間の問題と思われたそのとき――
「おっと、そこまでだ」
突如現れた黒豹の獣人の男が待ったをかける。
いつの間にか岩場の周囲を、同じ装束の男たちに囲まれていた。
「へ、へへっ……。少しは話がわかる奴がいるみたいだな。そうだ、俺たちは獣王の使者だぞ! こんな真似してど――ぐぺっ!?」
黒豹の獣人の男が放った裏拳が、獣人の顔にめり込む。
「獣王だ? 獣王がなんぼのもんだってんだ。俺たちが困っているときになんにもしてくれなかった奴が、偉そうに獣の王を語るんじゃねえよ」
血のついた拳を振りながら、黒豹の獣人の男が気絶した獣人を罵倒する。
「じょ、冗談じゃねえっ!」
残る一人は逃げ出そうとしたのだが、その手を頭巾を被った獣人の男が掴んでいた。
「この野郎、放しやがれっ!!」
手を掴まれた獣人が暴れる。その際に振るった腕が顔に当たり、頭巾が外れる。その顔を見るなり、獣人の男は――
「ば、ばっ、化け物っ!!」
「誰が化け物だ」
鉄槌が獣人の男の顔へ振り下ろされた。
「けけっ。化け物だってよ」
黒豹の獣人の男が誂う。
「これでも王のおかげでちったあ見れる顔になったんだがな」
地面に落ちた頭巾を被り直して、化け物と呼ばれた男は顔を隠す。
「じゃあ、ブサイクだな。おっと、そんな怖い目つきで睨むなよ。俺は別にあんたにケンカを売るつもりはないんだからよ。それより殺したんじゃねえだろうな?」
「いや、手加減はしたから死んではいない……はずだ」
「おいおい、はずだってなんだよ。ガルゴの旦那、しっかりしてくれよな」
「ソル、男が小せえことをグダグダ言うんじゃねえ」
ソルと呼ばれた黒豹の獣人は「へいへい」と軽口を叩きながら、気絶した二人の獣人を抱える。
「待てよ」
「あん? なんだよ」
鼠人の男がソルを呼び止める。
「
「おい、その零番隊って呼び方をやめろ! 俺らを勝手にお前ら弱虫の軍に組み込むんじゃねえよ」
ソルが牙を剥き出しにして吠える。
「文句なら大将に言えよ」
「お前らみたいに一度や二度、負けたからって簡単に尻尾を振る連中と一緒にすんな」
「俺は四度、大将に挑んだぞ」
「ふんっ。自慢になるかよ。俺らは何十回と負けているが、誰一人として心は折れちゃいねんだ!」
ソルと鼠人の男が睨み合う。
「くだらないケンカをするな」
「ちっ。なんだよ、ガルゴの旦那はそっちの味方かよ?」
「仲間同士で争ってどうするんだ。
おい。この獣人たちには、本当に獣王の使者なのか。どれくらいネームレスの情報を喋っているのか。洗いざらい喋ってもらわねえと困るんだ。こっちで引き取っていいよな?」
ソルに対しては強気であった鼠人の男も、ガルゴには強く出れないのか。不承不承であるが、引き渡すことを了承する。
「まあ。こいつらに待っているのは、碌でもない最期だってのは約束するぜ」
そう言うと、あっという間に岩場からガルゴたちは姿を消すのであった。
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