第272話 館長
「じゃあ、しばらく留守にするから任せたぞ」
「まかせたんだぞ!」
ナマリがユウの真似をする。
「盟主が戻ってくるまでに『妖樹園の迷宮』を攻略してみせますよ」
「屋敷のことはティンにお任せください」
フラビアや他の奴隷メイド見習いたちが、自分たちだけアピールしてズルいぞと目で訴える。
「……超天才魔術師の私がいるから安心して」
「本当について来ないのですね?」
いつも小言ばかり言っているマリファが、レナに確認する。これで四度目である。
「……私にはやることがある。お姉ちゃんを信じて」
いつもならすぐさま言い返すマリファが、心配そうにレナを見つめる。
「……大丈夫だから」
「そうですか」
マリファは小さなため息をつくと、それ以上はなにも言わなかった。
「お前はいつまでいるんだ?」
無視するつもりであったが、ユウはソファーに寝転がっているジョゼフに問いかける。
「あー、迷惑か?」
「存在がな」
「ふっ……抜かしやがる」
レナのときとは打って変わって、マリファのこめかみに青筋が浮かぶ。
「なにか気になることでもあるのか? それとも俺に言いたいことでもあるのか?」
予想外の言葉だったのか。ジョゼフは困ったような難しい顔をするのだが、少しして誤魔化すように下唇を突き出す。なんとも人を苛立たせる不愉快な顔である。
「ちょっ!? ティン、止めなさい」
マリファの怒りを恐れたティンが、ヴァナモを盾のように自分の前へ押し出す。
「ご主人様、排除しましょう」
「いや、いい。ティン」
「はい、ご主人様」
「俺がいない間は、ジョゼフの好きにさせろ」
「えー。でもジョゼフさまって、そこら辺にパンツとか脱ぎ捨てるんですよ? 髭のお手入れも適当で不潔だし、オナラもするし、やんなっちゃう」
「ついでに口と足も臭いしな」
「おいっ!? 言い過ぎだろ!」
すべて事実である。
抗議するジョゼフを無視して、ユウは時空魔法で創り出した門を潜る。
「みんな行ってくるね~」
「ティン、わかっていますね?」
「行くんだぞ!」
ニーナたちがそのあとに続く。
「あっ」
ユウは門をネームレス王国の山城内ではなく、村の広場に繋げたのだが。
「きたっ! 王さまだ~!!」
「ニーナお姉ちゃんとマリお姉ちゃんもいるよ!」
「ナマリちゃん、おかえりなさーい」
「コロにランもいる~!」
「な? じっちゃんのいったとおりだったろ」
広場には子供たちが、ユウたちの帰りを待ち構えていた。そして、あっという間にユウたちは子供たちに囲まれる。
「おいっ」
「王よ、皆が首を長くして待っていましたぞ。では、儂はこれで……」
「マウノ殿、待たんかっ! 自分だけ逃げるな!」
「ルバノフ殿、マウノ殿には困ったもんですわい。ここは儂が連れ戻すしかないですわい」
ユウたちが来る日程を、子供たちへ漏らしたであろう長たちをユウは睨みつける。長たちはそんなユウの視線から逃れるように、そそくさと広場から姿を消すのであった。
「仕方のない奴らだな」
「マスター、お帰りなさいませ」
ラスがユウの前で跪いて挨拶する。その背を馬跳びのように飛び超えて、インピカがユウに飛びつく。
「王さま、おみやげは?」
「インピカっ! 我を踏み台にするな!」
インピカがユウの首にしがみつきながら見上げる。
「この前、山ほど持って帰ってきただろうが」
「ちがうよ~! そっちじゃなくて、ご本のほうだよ。やくそくわすれてないよね?」
「ああ……そんな約束をしてたな。ラス、複写のほうはできてるか?」
「すべて滞りなく」
紙は貴重なモノで、子供向けの絵本でも銀貨数枚するのも珍しくない。できるだけ多くの子供たちが楽しめるようにと、ユウはラスに命じて本の複製を命じていたのだ。
「こちらが複写したモノになります」
ラスがアイテムポーチより数百冊の絵本を取り出す。絵本の山を前に、子供たちから大きな黄色い声が上がる。そして、そんな子供たちに混じって、先ほどからチラチラとユウを見ている者がいた。ハイ・ドライアードのヒスイである。
「ヒスイ」
ユウが名前を呼ぶと、ヒスイは嬉しそうに満面の笑顔になるのだが、その場を動こうとしない。ニーナたちが「どうしたのかな?」と不思議そうにするのだが、ユウにはすぐ理由がわかった。
「面倒臭い奴だな。ヒスイ
「はいっ!」
とっても元気な返事である。
「この本は図書館の館長をしているヒスイが管理しろ」
「わかりました!」
常日頃から暇を持て余していたヒスイに、ユウは大樹を利用して造った図書館の管理を任せたのだ。特に大事な仕事というわけではないのだが、ヒスイにとってはユウから任命されたということが重要であった。
「ヒスイお姉ちゃん、ご本よみたーい」
「わたちもー」
「ぼくまだじがよめないから、ヒスイおねえちゃんがよんで」
今度はヒスイが子供たちに囲まれる。
「いいですよー。でも図書館では、私のことは館長って呼んでくださいね。あと図書館では飲食は禁止ですよー」
えっへんと、胸を張りながらヒスイは子供たちに図書館のルールを説明する。
「わかった! かんちょう!」
「ヒスイかんちょう~」
「かんちょう! かんちょうっ!!」
なにもわかっていない子供たちが、なにが楽しいのかヒスイの周りを駆け回りながら謎の「館長」コールを連呼する。
「ヒスイちゃん、嬉しそうだね」
子供たちに混じってスキップするヒスイを見て、ニーナは自然と笑顔になる。
「ニーナたちも仕事はしてもらうぞ」
「任せてよ」
「なんなりと申しつけください」
「ニーナはクロのところで訓練してる連中を一緒に鍛えてやってくれ。マリファは農場と果樹園の視察をして、あとで俺に報告を」
「わかったよ~」
「かしこまりました」
ニーナとマリファは返事をするなり、すぐに行動を開始する。残るナマリとモモが期待に目を輝かせて、ユウの指示を待っていた。
「オドノ様、俺とモモは?」
「あー……ナマリとモモは、ラスと一緒に書類仕事だ」
「そ、そんなっ」
久しぶりにユウと一緒の時間が取れると思っていたラスが、ナマリたちの子守を押しつけられてショックを受ける。
「わかった! ラス、行くぞ」
「ナマリ、待たぬか。我のローブを引っ張るでない!」
ナマリとモモに引っ張られて、ラスは山城の方角へ消えていく。
「王様、西の森に放ったビッグボーやウードン鹿が、予想より多く繁殖しているようで、農作物にまで被害が出てきています」
獣人の男が、魔獣や動物などによる農作物の被害をユウへ報告する。
「なら頑張って駆除するんだな。放って置くと、お前らの分まで食われるのはわかっているんだろ?」
「それはそうなんですが……」
「この前、連れてきた連中がいるだろ」
「連れてきたって、あの元奴隷の?」
「まだ仕事を割り振ってないなら、狩りに回せばいい」
「わかりました。あの連中、王様の役に立ちたいってうるさかったんで、ちょうどいいです。特にエルフの女――ゼノビアが弓を渡せって騒いでるんですが、渡してもいいですか?」
「そんなことまで俺に聞かないと決めれないのか? お前らで決めろ」
獣人の男や周囲の者たちが困った顔で苦笑する。そもそもバリューの負の遺産である奴隷を、引き取ってきたのはユウである。奴隷は主の所有物、これはほとんどの国が法で認めていることだ。そしてユウはネームレス王国の王である。そのユウの所有物である奴隷を勝手に使っていいものかと、ネームレス王国の住人が躊躇するのは仕方がないと言えるだろう。
「それで住居や家具なんかの必要な物は足りてるのか?」
「ええ、そちらは問題ありません。過剰なくらい王様から――なんでもありません」
ユウに睨まれると、獣人の男は慌てて言葉を濁す。
「あと数日もすれば、商人とモーベル王国との取引がある。長たちに準備を進めるように伝えておいてくれ」
「わかりました」
「あとガキ共には言うなよ。ついて来るってうるさいからな」
「「「ワハハッ」」」
うんざりした表情のユウを見て、思わず村人たちが笑う。
「なにがおかしい?」
「いえ、なんでもないです」
今の会話を聞かれていないかと、ユウはヒスイたちの様子を横目で見る。幸い子供たちが気づいた様子はない。安心したユウは子供たちが気づかぬうちに、その場をあとにするのであった。
「俺にわざわざ断る必要はないぞ」
「……そう」
ユウの屋敷の居間で、ジョゼフとレナがなにやら話していた。普段、あまり見ることのない珍しい組み合わせである。
「レナちゃん、どこかに行くの?」
掃除をしているティンが、どこかへ出かけようとするレナを見つけて声をかける。
「……リベンジ」
「リベンジ?」
そう言うと、レナはミスリルの箒に跨って飛び去っていくのであった。
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