第271話 ちょーだい

「いつでもどこからでもかかってきな」

「ふんっ。ちょっと先輩だからって調子に乗るにゃ!」


 ユウの屋敷の庭でラリットとフラビアが対峙していた。


「はああああーっ!!」

「あらよっと」


 気合一閃、フラビアがラリットに斬りかかる。だが、ラリットは苦もなく右手に握るダマスカスダガーで弾く。


(かかった!)


 フラビアの本命は武器を持っていない左手での貫手である。猫人の鋭い爪で貫手を決めれば、人族の首を裂くどころか貫くことすら容易である。


「見え見えのフェイントだな」


 ラリットはフラビアの貫手を躱すと、そのまま手首を掴んで放り投げる。宙へ舞ったフラビアは軽やかに空中でくるりと回転して着地すると、すぐさまラリットに向かって駆けるのだが――


「この程度でウチが――にゃっ!?」


 フラビアが盛大にこけて、地面に顔から突っ込む。


「な、なにが起こったにゃっ!?」

「草で作った罠だ」


 フラビアが振り返ると、草と草とを結んで作られた罠が目に入った。


「いつの間にっ」

「草に紛れて気づかなかっただろ? いつもなら鋼糸で罠を仕掛ける。これが鋼糸で作った輪っかだったら、今頃フラビアの足首は吹き飛んでたぞ。まあ獣人だけあって身体能力が高いのは認める。だけどよ、攻撃が正直すぎるな。斥候職は狡賢くないとダメだぞ。仲間を罠から護るのも大事な役目だからな」

「くっ……。わかってるにゃ!」


 ラリットたちから少し離れた場所では。


「たああっ!!」


 モニクが自分の身体を覆い隠せるほど大きな黒曜鉄のタワーシールドを構え、盾技『シールドチャージ』を放つ。


「おっ、いいど。ながなが腰の入っだシールドチャージだど」


 その体当たりをエッカルトは盾技『石壁』で、全身を石のように強化して受け止める。


「まだまだっ!!」


 突進を止められても、モニクは諦めず果敢にエッカルトの巨体を押し続ける。


「グシシッ、根性もある。身体はじっごいけど、良い盾職になるど」

「か、身体の大きさは関係ないと思うんだけどっ!!」


 なぜラリットやエッカルトがユウの屋敷の庭にいるのかというと、ゴンブグルとユウの交渉は決裂したにもかかわらず、ゴンブグルは粘りに粘って話し合いは数時間にも及んだのだ。

 しかも三大名工の一人ゴンブグルの来訪に、さらにユウが建国して王だということが知れ渡り、冒険者ギルド内は大騒ぎとなる。これでは冒険者ギルドでラリットたちと話し合いなどできるはずもなく、ユウは自分の屋敷にラリットたちを招いたのだ。

 そこでラリットたちが見たのは、凄惨な光景であった。それはジョゼフによって完膚なきまでに叩きのめされたアガフォンたちの姿である。汗一つかいていないジョゼフは、ラリットたちを見るなりアガフォンたちを鍛えてやれと、半ば無理やり命じたのだ。


「それにしてもジョゼフの旦那にボッコボコにされたってのに、元気な奴らだ」


 ラリットの視線の先には、気合の雄叫びを上げながら剣を振るうアガフォンたちの姿と、さらに招かざる客の姿があった。それはモーラン、アプリ、メメットなどのクラン『金月花』に、クラン『赤き流星』盟主のトロピである。

 なぜかモーランたちは、ユウが誘っていないにもかかわず、ラリットたちと一緒についてきたのだ。そして、じっと見ているだけではいられなくなったのか。そのまま訓練に混じりだしたのだ。


「おらっ!」

「獣人らしい力押しの一撃だね!」


 アガフォンの剛剣をモーランは剣技『柳』で受け流そうとするのだが。


「なっ!? この!!」


 ただの力任せの一撃と思っていたモーランであったが、アガフォンの振るう剣を完全には受け流せずに体勢がわずかに崩れる。


「おっしゃ!!」

「舐めんじゃないよっ!!」

「ぐあっ」


 モーランは体勢を立て直すよりも攻撃を優先し、剣技『剛一閃』を放つ。横薙ぎに振るわれた剣が、アガフォンを剣ごと弾き飛ばす。しかし、モーランは驚いていた。始めは格下に稽古をつけてやろうと思っていたのだ。


「モーラン、どうした? 俺はまだピンピンしてるぞ」

「生意気なっ。モーランさんだろうがっ! 私はお前よりも冒険者歴もランクもはるか上なんだぞ!」

「ちっ、うっせえな」

「あ゛ん? ちょっとルーキーのくせに剣の腕があるからって、調子に乗るんじゃないよ!」

「の、乗ってねえよ」


 獣人の多くはその身体能力にかまけて技術の向上を目指さない者が多いのだ。アガフォンの剣の腕はまだまだ粗削りではあるものの、一朝一夕では身につかないほど鍛えられた剣であった。しかも戦闘中に纏った『闘技』が乱れることはなかった。都市カマーに所属するDランク冒険者の前衛職でも、戦闘中に『闘技』を乱さずにいられる者は半分もいないだろう。


「あんたルーキーのくせに『闘技』を維持するなんてやるじゃないか」

「俺なんて全然だ」


 そう言って、アガフォンはアプリと剣を交えている堕苦族のヤームを見る。


「あいつはヤームって名だったね。まだ安定はしてないけど、『闘技』の流動を使っているのは、正直に言ってあたしでも驚くね」


 接近戦を主とする前衛職などにとって『闘技』は基本にして奥義である。未熟な者の『闘技』は魔力が垂れ流しで効率も悪い。DからCランクの冒険者になってくると『闘技』を纏い効率的に使いこなす。さらに一部のCランク冒険者は流動と呼ばれる『闘技』を全身に流れるように纏い、より効率的に使いこなすのだ。その流動をDランクにもなっていないヤームが、完全ではないものの使っているのだから、同じ前衛職のアガフォンとしては焦っても無理はないだろう。


「俺たちはまだまだだ」


 自分たちのパーティーで最強のオトペが、たとえ相手が高ランク冒険者であろうと、まっとうな勝負であれば負けるはずがないとアガフォンは思っていたのだが。そのオトペが、トロピを相手にまったく歯が立たないのだ。


「相手にとって不足なし」

「えー、ボクはありありだよ」


 オトペは刺突に槍技『螺旋・剛』と『螺旋・柔』を織り交ぜて放っているのだが、その猛攻を前に土の精霊で創り出した武具を身に纏うトロピは余裕の表情を崩さない。


「前衛職は熱血漢が多いから困ったもんだよね」


 木陰でベイブやアカネを相手に魔法の指導をするメメットは、暑苦しいアガフォンやモーランの姿に、舌をちょろっと出して「うへぇ」と呟く。これは初対面であるベイブたちの緊張をほぐそうと、わざと滑稽な姿を見せているのだ。


「で、でもアガフォンたちには、いつも護ってもらっているんで、ぼ、僕は安心して魔法が使えますよ」

「ベイブ、そんな人族の女と話すことはないわよ」

「ア、アカネ、ダメだよ。そんなこと言っちゃ」


 人族が嫌いなハイピクシーのアカネが、ベイブの頭の上に座りながら敵意をあからさまにする。


「……アカネの言うとおり。ベイブたちには、私という偉大な師がいるから、メメットは必要ない」

「も~う、レナはまたそんな意地悪を言うんだから。冒険者同士、仲良くしないとね。ついでに、その凄そうな杖を見せてよ」

「……ダメっ。これは私がユウから貰った大切な杖、誰にも触らせない」

「なにが偉大な師よ! 私もベイブも、魔法や魔力の使い方はモモから教わってるんだから、あんたなんか師でもなんでもないんだからね!」

「……っ!? 弟子の反抗期っ」

「あははっ、レナも私と一緒だ」


 メメットの笑いにつられてベイブやアカネも顔をほころばせた。


「ところで、そのモモちゃんはどこかな? あっ、あそこかな」


 メメットが辺りを見渡すと、すぐにニーナたちやナマリを見つける。そのニーナたちの視線の先で、ユウとジョゼフが対峙していた。


「おっ、ユウと旦那がやり合うぞ」

「にゃっ!? 見るにゃ!!」

「おい! モーラン、俺は盟主のところに行くぞ」

「だから呼び捨てにすんなって言ってるだろう! あたしも行くよ」


 周りで稽古をしていたアガフォンたちも、ニーナたちの周りへ集まる。


「ヴァナモ」

「はい、お姉さま」


 マリファの呼びかけに、ジョゼフによってボロボロの姿になった堕苦族のヴァナモが返事する。見れば他の奴隷メイド見習いたちも、幾度となく地へ転がされたのか、メイド服はどろどろの悲惨な姿である。


「あれはどういうことですか?」

「なにがでしょうか?」

「あのゴ――ジョゼフさんが生きてるのは、どういうことかと聞いているのです」

「あ、あの……私たちの力では、その……そもそも殺してもよかったのですか? それなら先に言っていただければ毒で――」

「ヴァナモは真面目でやんなっちゃう! お姉さまの冗談に決まってるでしょ。ね? お姉さ――うへぇ……本気っぽくてやんなっちゃう」


 ティンの言葉にマリファが不思議そうな表情を浮かべる。


「ユウ、俺の胸を借りたいみたいだな」


 聖剣聖炎ホーリーフレイムと魔剣氷魔アイスデビルを肩に担ぎながら、ジョゼフが嬉しそうにユウに話しかける。


「胸を借りる? いつまで格上のつもりなんだ」


 対するユウは、ジョゼフの二刀に対抗して黒竜・燭と黒竜剣・濡れ烏の大剣二刀流である。


「反抗期か? わかるぞ、俺にもあった」

「言ってろ」


 軽口を叩きながら、ユウとジョゼフが放つ圧力によって、ニーナたちには二人の周囲の空間が歪んで見える。


「ナマリちゃん、どっちが勝つと思う?」

「オドノ様っ!」


 ニーナの質問に、間髪を容れずにナマリは答える。ナマリの頭の上に座っているモモも同様の考えのようで、腕を掲げてユウを応援する。


「剣技や魔法なしとはいえ、ユウ兄ちゃんとジョゼフさんの戦いが見れるなんて、お金が取れるのにもったいないね」

「ご主人様を見世物にしようなどとは『赤き流星』の盟主といえど、許しませんよ」

「ユウ兄ちゃ~ん、マリファさんが怖いよー」

「なっ!?」


 マリファがトロピを捕まえようとするが、トロピは素早く動いてマリファの横を通り抜ける。


「あなたたちの主は怖いねー」


 撫でながら話しかけるトロピに、コロとランは巻き込まないでほしいとでも言うように顔を背けた。


「トロピ、待ちなさいっ!」

「マリちゃん、始まるよ~」


 ニーナの言葉でトロピを追いかけていたマリファの動きが止まる。そのまま何事もなかったかのように、ティンの隣に並ぶのであった。


「いつでもかかってきてい――おっ!?」


 ジョゼフが言葉を言い終えるのを待たずに、ユウが一足飛びでジョゼフの頭上から剣を叩きつける。


「は……速え……。フラビア、今の動き見えたか?」

「見えなかったにゃ……」


 ユウの動きを目に捉えることすらできなかったアガフォンが、猫人で動体視力の優れているフラビアに聞くも、答えは同じであった。


「いいぞ、なかなかお目にかかれねえ重てえ剣だ」


 聖魔剣を交差させて剣を受け止めたジョゼフが笑みを浮かべる。だが、その表情からは先ほどまでの余裕は感じられない。


「そりゃ良かったな」


 ジョゼフが剣を押し返そうとするのだが、それよりも速くユウは空中を蹴ってジョゼフの背後を取る。


「前に見た空中を蹴るやつか」


 ユウの背後からの攻撃を振り返りもせず、ジョゼフは聖魔剣で受け止める。


「あんまり本気を出すと、アガフォンたちの勉強にならねえぞ?」

「うるさい」


 本格的に剣戟の応酬をし始めたユウたちに、その動きを目で追えないにもかかわらずアガフォンたちは目を輝かせる。


「凄かったな!」

「あれが俺たちが目指すべき頂きか」


 アガフォンとヤームが興奮して言葉を交わす。

 結局、ユウとジョゼフは三十分ほど剣戟を繰り広げるも、決着はつかなかった。お互いが本気を出さずにいたのだから、当然の結果ではあるのだが、それでもジョゼフは満足げである。

 訓練を終えたあと、マリファたちは手際よく庭に絨毯やテーブルなどを設置していく。


「で、ラリットたちの話って?」


 マリファの淹れた紅茶を飲みながら、ユウがラリットたちに話しかける。


「あ? ああ、ユウと旦那の剣戟にすっかり忘れてたぜ」

「オデだちは『妖樹園の迷宮』の地図がほじいんだど」

「実は俺とエッカルトは、あるクランから『妖樹園の迷宮』を攻略する手助けをしてくれって頼まれててな。

 そのクランの盟主には、俺もエッカルトもちょっとした借りがあるんだ。それも先方は最下層まで攻略したいときたもんだ。そこでユウなら最下層までの地図を持ってるんじゃないかと思ってな」

「なんだそんなことか。アガフォン、地図は持ってるな?」

「はいっ!」


 ユウはアガフォンから受け取った地図を、そのままラリットたちに手渡す。


「いいのか? 助かるぜ」

「感謝するど」

「迷宮は生き物のように変化するから、地図を過信するなよ」

「わかってるさ。それで地図の代金なんだが」

「いいよ。アガフォンたちもいいよな?」

「うっす! もともとは盟主から頂いた地図に書き足したモノですから」


 ラリットとエッカルトが、ユウたちに頭を下げて礼を言う。次にユウはモーランたちを見る。


「あたしたち『金月花』は『妖樹園の迷宮』は攻略済みだからね」


 椅子から立ち上がったモーランが誇らしげに胸を張る。


「私たちは『腐界のエンリオ』の地図と情報が欲しいの」


 アプリが申し訳なさそうに、ユウへの頼み事を伝える。


「モーラン、恥ずかしいから座ってよ」

「なにが恥ずかしいんだ! 男連中でも苦戦するCランク迷宮を、女だけの『金月花』が攻略したんだよ!」


 メメットが無理やりモーランを座らせる。


「ボクも『腐界のエンリオ』の地図が欲しいんだ。依頼主は明かせないんだけど『赤き流星』に指名依頼がきててね。ちょっと断れないんだよねー。だからユウ兄ちゃん、ボクに『腐界のエンリオ』の地図をちょーだい」

「ちょっと待ちなよ! 横入りはやめてもらおうか。『赤き流星』が大手のクランかなんだか知らないけどね。あたしたちのほうが先に頼んだんだからね!」

「えー、でもボクとユウ兄ちゃんは切っても切れない糸で繋がってるんだよー」


 地図は譲れないとモーランが凄むのだが、トロピも一歩も引く気はないようであった。


「ふーん、いくら出すんだ?」


 そのケンカを中断させたのは、ユウの一言であった。


「えー。ユウ兄ちゃん、お金を取るの?」

「一緒にCランク試験を受けた仲だろ?」


 黙って事の成り行きを見守っていたヴァナモが「なにを厚かましい」と呟く。


「ラリットにはタダであげたじゃないか」

「ラリットとエッカルトは、俺がカマーに来たときからの知り合いで、一緒に探索をしたことも一度や二度じゃない。それにBランク迷宮の地図や情報をタダでくれってどうなんだ?」

「そこをなんとかさ? なっ、頼むよ! ほら、アニタさんなんか強情だから、ユウに頭なんて下げれないんだよ」

「冒険者ギルドから買うよりも、ユウ兄ちゃんの持ってる地図のほうが詳細なんでしょ? 意地悪しないで、ちょーだい? あっ、そうだ! 添い寝してあげよっか?」

「トロピっ! ご主人様から離れなさい! あなたたち、なにを黙って見ているのですか! この恥知らずたちを叩き出すのを手伝いなさい!!」


 草の上に寝転がっているジョゼフに跨って遊んでいるナマリが、言い争うモーランたちを不思議そうに眺める。


「あれケンカしてるの?」

「違うな。ユウに甘えてんだ。いい年した女たちが、年下のユウに構って~てな。ナマリ、いいか? お前は――いでっ」


 余計なことを言ったジョゼフの頭に、誰かが投げた石が当たった。

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