第270話 三大名工

「うわ~、日に日に拡がってるね」


 都市カマー西門付近を眺めながら、ニーナが呟く。


「……全部カマーの改築?」

「そのようです。このままでは増える人の数に対して、住居が足りなくなるのは明らかですからね」


 ユウの屋敷からカマーへ向かって進むと西門が見えてくるのだが、その西門とカマーを覆う外壁に、忙しく動き回る男たちの姿が見える。この者たちは、外壁の解体と住居や区画を整理しているのだ。もちろん一気に外壁を解体などすれば、魔物や魔獣の襲撃に対応しきれなくなるので、対応できる範囲で外壁を取り壊している。とは言え、膨大な作業に莫大な工事費用がかかるのだけは間違いなく、仕事を求めて近隣の村々や町から人々がカマーへ集まっていた。人口増加に対応するために改築をしているのに、その改築が原因でカマーの人口が増えているのだから、ムッス侯爵も頭が痛いことだろう。


「どうぞお通りください」


 以前は門前で衛兵による検問などなかったのだが、今では衛兵が常時に渡って訪れる人々の身分や荷馬車に積まれている品などを検品している。だが、衛兵たちもユウのことは十二分に知っているので、ほぼ素通りである。


「うわ~」


 ニーナは見上げながら、先ほどと同じ驚きの声を上げる。


「こっちもなんだか凄いことになってるよね」


 急激に改築が進む冒険者ギルドを前に、ニーナとレナは口をぽかーんと開け、間抜け面を晒す。


「儲かってるんだろう。ほら、いつまでもアホ面してないで入るぞ」

「ひっど~い! アホ面なんかしてないもん!」

「……ニーナはしてた」

「レナ、あなたもしていましたからね」


 ユウたちが冒険者ギルドに入ると、そこは冒険者たちでごった返していた。これはナマリとヤークムが冒険者ギルドの二階で暴れて半壊したために、普段は二階にいるCランク以上の冒険者たちも一時的に一階で受付対応をすることによるものであった。


「おっ! ユウじゃねえか」

「ほんどだ。久しぶりだど」


 声をかけてきたのはラリットに巨人族のエッカルトである。そしてラリットの声に周囲の冒険者たちが反応する。


「うおっ、マジでユウじゃねえか。ってことは……おっしゃ! ニーナちゃんもいるな」

「レナちゃんっ」

「ああ……マリファお姉さまもいらっしゃるわ」

「あっ、ユウ兄ちゃんだー」


 わらわらと冒険者たちがユウのもとへ集まってくる。目当てはほとんどがニーナたちなのだが、その中にはクラン『金月花』のモーランたちや『赤き流星』のトロピの姿もあった。


「Aランクになったそうじゃねえか。なにかお祝いでもするか?」

「知り合いがらAランク冒険者が出るなんで、オデは誇らしいんだな」

「別にいいよ」


 ユウはぶっきらぼうに答えながら、どさくさに紛れて下腹部に顔を押しつけようとするトロピの頭を押し返す。


「そう言うなよ。これでもCランクになって、前より稼ぎは増えてるんだぜ?」

「グシシッ、そのぶん装備を買い替えだり、高級ポーションのづがいすぎで、金もでってるけどな」


 ユウがラリットの全身を一瞥すると、確かにエッカルトの言うようにラリットの腰の得物が、以前はダマスカスダガーだったのだが、今はさらにもう一本、ミスリルのダガーを身に着けている。他にも防具や装飾類も上等な物へと変わっていた。


「エッカルト、余計なことを言うんじゃねえよ」


 打算的な考えが一切なく、嬉しそうに話しかけてくるラリットとエッカルトの称賛に、ユウは内心で他人のことで喜ぶラリットたちに戸惑っていた。


「ところで、ちょっと話があるんだが、ユウたちの用が終わったあとにでも時間は取れるか?」

「今日は迷宮で手に入れた物を売りに来ただけだから、そのあとでなら時間は取れるけど」

「それで大丈夫だ。な、エッカルト?」

「オデはいぐらでも待つど」


 軽く挨拶を交わしつつ、ユウたちは受付の順番待ちしている列に並ぶのだが、冒険者たちが譲るように避けていく。これはAランク冒険者のユウに敬意を払ったわけではなく、ユウとラリットの会話に聞き耳を立てていた者たちが、ユウたちがどこの迷宮で、どのような素材やお宝を持ち帰ってきたのかを見たいがためであった。


「おはようございます!」


 元気いっぱいに挨拶をするのは、受付嬢のコレットである。


「コレットさん、おはようございます」


 そのいつもと変わらぬコレットの元気な姿に、最近は魂が抜け出たかのように元気がないと聞いていたユウは、杞憂であったかと一安心する。


「……おはよう。今日は私が手に入れた素材や魔道具を売りに来た」

「売却ですね、いつもありがとうございます」

「まるで自分ひとりだけで手に入れたかのような言い方はやめなさい」

 マリファの小言に、大賢者を真似るかのように浮遊していたレナは耳に指を突っ込んで、無言の抗議をする。


「あははっ。レナさんとマリファさんのやり取りを見るのもずいぶんと久しぶりな気がしますね。あっ、買い取りの査定は別室をご希望でしょうか?」


 ユウが後ろを振り返ると、露骨に落胆する冒険者たちの姿が見えた。


「いえ、どうやら気になる方たちがいるみたいなので、ここで査定してください」


 『悪魔の牢獄』で手に入れた素材や宝箱から入手したアイテムの多くは、すでにネームレス王国の職人たちへ渡していた。

 後ろに並ぶ冒険者たちは現金なもので、この場でユウたちが入手した品々の査定を見れるとわかると、指笛や歓声を上げて喜ぶ。騒ぐ者たちを見てニーナは苦笑し、マリファが氷のような冷たい視線を向けると、騒いでいた者たちが黙り込む。


「まあ、まあまあっ! ユウちゃん、査定なら私が手伝うわよ」

「フィーフィさん、おはようございます」


 休憩でもしていたのか、それまで姿が見えなかったフィーフィが、忙しく冒険者たちの対応に追われる受付嬢たちの間を縫って、コレットの後ろから姿を現す。


「ちょ、ちょっとっ。フィーフィさん、私がするので大丈夫ですよ」

「もーう、コレットったら独占欲が強いんだから、別にユウちゃんを横取りしようってわけじゃないわよ。きっとユウちゃんのことだから、滅多にお目にかかれないような魔物の素材だと思うわよ? その中には強い魔力や場合によっては触れる者に呪いを及ぼすような代物だってあるかもしれないから、このフィーフィさんが手伝ってあげるって言っているのよ」

「うっ……そ、それはそうかもしれませんね」


 図星だったのか、顔を真っ赤にしたコレットが横にずれてフィーフィの場所を空ける。


「こ、これはっ……」


 ユウに愛想を振りまいていたフィーフィが、カウンターの上に並べられた品々を見るなり真顔になる。

 損傷の少ないグレーターデーモンやアークデーモンの皮に驚いたのではない。もちろん、これらは後衛職のローブや軽装備の素材として重宝される貴重な素材である。普段であれば冒険者たちが鼻高々に持ち込むような品々であるのだが――


「ペインデビルっ……アークデーモンに勝るとも劣らない天魔、皮の状態もいいわ。それも名ありのモノね。こっちは私も初めて見るわ、ネビロス……高位の死霊魔法を使う強力な魔物だったかしら」

「その魔物は階層主で、すっごく強かったんだよ~」

「……私の魔法なら余裕だった。でも止めはマリファに譲ってあげた」

 むふんっ、と可愛らしい鼻息を出しながらレナが胸を張る。しかし、フィーフィはそれどころではない。魔物の素材だけでもなかなかお目にかかれないような高位の素材ばかりなのだ。さらにアイテムのほうも目を見開いて凝視する。普段はフィーフィのちゃらんぽらんな姿を知っているコレットは、その真剣な姿に驚きを隠せずにいた。


「アンダガバーの手綱、金の大釜、無限の巣箱、タモの拡大鏡――ふぅ……これらのアイテムは迷宮の宝箱から手に入れたのね」


 一通り目を通したフィーフィは極度に集中したため疲れたのか、眉間を指でマッサージする。


「今の聞いたか?」

「ああ、やっぱり『悪魔の牢獄』へ潜ってたんだな」

「しかも階層主まで倒してやがる」

「天魔系の素材にも驚くが、あの魔道具も凄えぞ。何個かは知っているが、目の玉が飛び出るような値段だったはずだ」


 ある程度は予想していた冒険者たちが、自分たちの予想が外れていなかったと仲間たちと盛り上がる。

 少し前に王都から大勢の冒険者が、ユウを出せとカマーの冒険者ギルドに乗り込んできたことがあったことから、ユウたちが王都近郊の迷宮を探索しているんじゃないかと予想していたのだ。


「ユウちゃん、偉そうなことを言っておいてなんだけど、この場ですぐに査定は出せないわ」

「いいですよ。急いでいませんから」

「あ~ん、ユウちゃんったら優しいんだから~。それで~この前、王都のお土産でスイーツをくれたじゃない?」

「冒険者ギルドの皆さんには、お世話になっていますからね」


 コレットが「あ、あのとってもおいしかったです!」とお礼の言葉を述べるのだが、フィーフィによって巧みに遮られている。他の受付嬢たちも口々にユウへお礼の言葉を伝え、目の前にいるむさ苦しい男の冒険者たちへ、少しは見習ったらと嫌味を言う。


「もちろん、あれはあれで美味しかったんだけど、私はユウちゃんお手製のスイーツが好きかな~」


 科を作りながらアピールするフィーフィに、マリファの周囲だけ気温が急激に下がっているかのように、周囲の冒険者たちは錯覚する。


「ならエクレアなんかどうですか? それもカスタードをたっぷりと入れた」

「やっぱりユウちゃんはわかっているわね。そう! それなのよ!! 私が求めているのは、おしゃれや見た目にだけこだわったケチ臭いスイーツじゃないの!! ユウちゃんの暴力的なまでの、これでもかってくらいに惜しげもなく糖分がぶち込まれたスイーツなのよっ!!」


 腕を天に向かって掲げて力説するフィーフィに、多くの受付嬢や女性冒険者が賛同するのだが、当のユウは――


(暴力的? そんなに下品だったかな)


 ――少しだけ落ち込んでいた。


「さすがはマリファさんですね。そして相も変わらずお美しい」


 受付前に並んでいた列から、一人の男がマリファに話しかけてきた。身なりの整ったその姿を知らぬ者が見れば、高名な騎士と勘違いしそうなほど気品に満ちた男である。男はクラン『赤き流星』に所属するシャム・ドゥ・ブラッドであった。その背後にはドッグとサモハ、シャムに仕える二人の従者が影のようにつき従っていた。


「レナ、あなたの知り合いですか?」


 極寒の地を思わせるほど冷たい視線でシャムを見ながら、マリファはレナの知り合いかと聞く。


「……知らない。そんなことよりコレット、私はいつAランクになれる?」

「Aランクですかっ!? あ、あのレナさんはCランクなのでBランクのほうが先では? それに一介の受付嬢である私では、冒険者の昇格に関してはお答えいたしかねます」


 コレットの正論に、レナは頬を膨らませる。


「マリちゃん、ほら前にCランクの昇格試験で一緒になった人だよ」


 ニーナがマリファの耳元で囁くのだが。


「覚えていませんね」


 無情なる言葉であった。

 周囲のマリファをお姉さまと慕う冒険者たちからは「ざまぁ!」だの「抜け駆けするからだ」などと罵られるのだが、当のシャムは息が荒い。どうやらマリファに冷たくあしらわれたことに、性的な興奮を覚えているようであった。


「すまんが、ちょっと通してくれんか」


 冒険者たちをかき分けながら、二人のドワーフがユウたちの前に姿を現す。


「ちっ、なんだよ」

「やめろっ、そのドワーフはベルントだぞ」

「ベルント……って、鍛冶師ベルントかっ!?」

「カマーで一番って言われてる鍛冶師じゃねえか」

「なにしに来たんだ。それにベルントの後ろにいるドワーフは誰だ?」


 多くの冒険者が集まるカマーには、それだけ武具の需要がある。つまり冒険者の数に応じるように鍛冶屋も多く存在する。その数多ある鍛冶屋の中でも最大手がベルントの店で、さらにカマーにある鍛冶屋ギルドの長も兼任しているのだ。ベルントの機嫌を損なえば、カマーでの武具の入手や整備が非常に困難となる。冒険者としては、ベルントは敵に回したくない人物の一人と言えるだろう。


「ユウ殿、こうして顔を合わせるのはいつ以来になるかのぅ」


 ベルントは髭を撫でながら、懐かしむように話しかける。

 以前ベルントは、貴重な素材である霊木の枝の安定供給を得ようと、ロプス商店を通じてユウを専属の冒険者にしようと交渉したことがあるのだ。そのときはユウとロプスの交渉は決裂したのだが、その後もベルントは諦めることなく、粘り強くユウと交渉を続けた結果、現在ではマゴの商店を通じてではあるが、霊木の取引をするまでになっていた。


「さあ、覚えてないな」

「相変わらずつれないのぅ。だが、ユウ殿が卸してくれる素材のおかげで儂の店も――」

「のぅ、そろそろ儂も挨拶をしたいんじゃが、ええか?」

「こ、これは失礼をっ!」


 ベルントの後ろにいるドワーフの老人が、申し訳なさそうに口を挟む。ベルントも十分に老人なのだが、この老人はさらに年老いていた。頭は禿げ上がっているのだが、男性ドワーフの特徴である髭は精悍さを誇示するかのように、長く豊かであった。顔や腕に刻まれた無数の深い皺とは裏腹に、その腕は丸太のように太い。


「見ろよ、あのベルントが気を使ってるぜ」

「それほどの人物ってことだろ」

「ベルントの親父か祖父って線もあるぞ」

「そりゃいい。親子で揃ってユウに挨拶ってか」


 周囲の冒険者が好き勝手に軽口を叩くのだが、ドワーフの老人は気にした様子もなく、ベルントの前に出る。すると、老人は自慢の髭を両手で鷲掴みして、そのままユウのほうに向かって引っ張る。


「なんだありゃ?」

「ドワーフの礼儀作法だ。それも最上級のな」


 ドワーフの老人がする行為が、礼儀作法と知っていた冒険者が呟く。その間もドワーフの老人は何度もユウに向かって髭を引っ張る。


「儂の名はゴンブグル・ケヒトと申します。こうしてネームレス王国の王にお会いできて光栄ですじゃ。見てのとおり、鍛冶一筋で礼儀もわかっとらん不作法ものですが、そこは目を瞑っていただきたい」


 ざわついていた冒険者ギルド内が静まり返った。


「ハ……ハハッ。ユウ、この爺さんお前のことを王って呼んでるぞ。いつの間にか国でも創ったのか?」


 動揺を隠すかのように、ラリットがユウの肩に手をかけておどける。


「そうだ」

「そっかそっか、国を創ったの――ええええええっ!?」

「耳元で大声を出すなよ」


 ラリットのみならず、周囲の冒険者たちのどよめきが冒険者ギルド内に響き渡る。


「ユウ殿が王っ!? ゴンブグル老、今の言葉はまことですかっ?」


 驚いたのはベルントも同様であった。なぜならゴンブグルからは、ユウを紹介してほしいとしか頼まれていなかったからである。


「んー。なんじゃ、知らなかったのか? こちらのネームレス王は、この若さで国を創っただけでなく、ウードン王国と対等の同盟を結ばれておる」

「し、知りませんでした……」


 冒険者ギルドの受付嬢や職員たちも、あまりのことに言葉を失っていた。ただし、フィーフィだけは父であるカールハインツから事情を聞いているので、平然としていた。


「お……驚いたなっ。冒険者で国を創った奴なんて今までいたか?」

「そんな真似してみろ。あっという間に他国から攻め込まれて滅ぶわ!」

「現に国を創ったそうじゃねえか」

「お前ら、なにをくだらないことでケンカしてんだ。それよりもベルントは、あの爺さんのことをゴンブグル老って呼んでたよな。まさかゴンブグルって、あのゴンブグルじゃねえだろうなっ!?」

「なにがあのゴンブグル――待てよ。ドワーフの鍛冶師でゴンブグルって……名工ゴンブグル・ケヒトかっ!!」

「さ、三大名工・・・・の一人じゃねえか」


 老ドワーフの正体に気づいた冒険者たちが騒ぎ始めると、先ほどのユウのこともあってさらなる混乱を冒険者ギルド内にもたらした。

 この冒険者たちが言っている三大名工とは、レーム連合国が認定する名工のことである。時代によってその数は変わってくるのだが、現在レーム連合国より名工として認定されているのは、小人族のイヴォ、巨人族のバルトルト、そして最後がドワーフ族のゴンブグルである。ゴンブグルはすべての鍛冶師ギルドの頂点に立つ存在で、ドワーフの王ですら敬意を払うべき人物であった。


「んー、困ったのぅ。騒ぎを起こすつもりはなかったんじゃが」


 ゴンブグルを見る冒険者たちの目は熱を帯びていた。三大名工の手による逸品を手に入れたいと思うのはおかしなことではない。あわよくば、ゴンブグルと縁を結びたい。さらに言えば、剣の一本でも打ってもらいたいと思っていた。


「そこのお嬢さん、部屋を借りたい。それもギルド職員の立ち会いはなしでの。静かな場所でネームレス王と話したいんじゃ」

「それは……ですが……あの、私も……」


 ゴンブグルに話しかけられたコレットは、ユウのことが気になるのか。自分も立会人として同席したいと言い出せずにいた。


「なにをしとる。コレット、早くゴンブグル老を部屋へご案内せんか」

「ギルド長っ」


 騒ぎを聞きつけて、三階のギルド長室から降りてきたモーフィスは、ユウとゴンブグルの姿を見て、一瞬にして状況を把握する。


「んー、モーフィス坊やか。しばらく見んうちに、んんっ!? その頭はどういうことじゃ」

「頭? 儂の頭がどうかしましたか?」


 モーフィスが手ぐしでフッサフサの髪の毛を梳く。横にいたエッダは思わず、あまりにも似合わない仕草に「ふふっ」と笑ってしまう。


「こちらの部屋をお使いください」

「無理を言ってすまんのぅ」

「い、いえ」


 ゴンブグルたちを部屋に案内したコレットは、なにか言いたそうにユウを見つめるも部屋をあとにする。


「ネームレス王、重ねて謝罪する。儂はこんな騒ぎを起こすつもりはなかったんじゃ。名工に選ばれてからというものの、どこへ行ってもこんなありさまで、やり難くて仕方がないわぃ」

「それは致し方がないことですな。王侯貴族に騎士、冒険者、傭兵、商人、多くの者たちがゴンブグル老の打った武器を、防具を求めているのですからな」


 黙ってゴンブグルたちと共に部屋へ移動したユウであったが、どのような用件かはおおよそ予想がついていた。


「んー、儂はただネームレス王に頼みたいことがあるだけなんじゃ」

「無理」


 ゴンブグルの頼みの内容を聞きもせず、ユウは一蹴する。相手はレーム大陸で最高峰の鍛冶職人で、諸外国の王侯貴族に顔が利くどころではない。来訪すれば賓客として最高のもてなしを受け、またドワーフ族の要人でもある。レナは事の重大さがよくわかっておらず、マリファは相手が誰であろうと、ユウを神と崇めている。ただニーナだけが「ひえ~」と、慌てふためいていた。


「ユウど――失礼。ネームレス王、ゴンブグル老の頼みの内容も聞かずに、断るのはいかがなものですかな」

「ユウでいいよ。それに頼みって、どうせ古龍の素材を売ってほしいとかだろ」


 ゴンブグルとベルントが、頼みを見透かされていたことを誤魔化すように髭を撫でる。


「ならば話は早い――とは言っても儂は売ってほしいのではなく、譲ってほしいんじゃ」


 マリファの身体が、正確にはメイド服が、まるで服の下で無数の生き物でも這うかのように波打つ。


「そう怒らんでくれんかのぅ。

 儂は鍛冶にしか興味のない男じゃ。手に入れた金も道具や素材に使うだけで、それなりに蓄えもあるんじゃが。そもそもオークションで、角一本が八千億マドカもするような代物を買うことなど儂ではできん」


 マリファからの殺気を受け、ベルントの額から一筋の汗が流れ落ちるのだが、ゴンブグルの様子は些かの変化もない。


「見てのとおり、儂もええ歳じゃ。鎚を振るうのも十年、いや頑張っても二十年がいいところじゃろう。老いて満足に鎚を振るえなくなるその前に、後世に渡って語り継がれる最高の武具を作りたいんじゃ」


 ユウは内心で「十分だろ」と呟いた。


「これを見てほしい」


 ゴンブグルはアイテムポーチより一振りのロングソードを取り出すと、机の上に置いた。そしてユウたちに見えるように鞘から剣を抜く。


「これはさる王族に頼まれて打った剣なんじゃが、ネームレス王はどう思う?」


 ゴンブグルの打ったロングソードは、完璧なできと言っても過言ではなかった。それはカマーで一番の鍛冶師と呼ばれるベルントから見ても、非の打ち所がない剣であった。

 刀身から柄にいたるまで、細部に渡ってゴンブグルの持つ技術が込められていた。装飾に関しても一切の手抜きがなく、エルフや小人族の熟練の職人が手がけたと言われても信じてしまうほどの、きめ細やかな美しい彫刻が施されている。


「好みじゃない」


 これだけの剣を見せられて「好みじゃない」の一言で片付けるユウに、さすがのレナやマリファですら顔を強張らせ唾を飲み込んだ。


「んー。騎士だけじゃなく、冒険者も武具の見栄えは気にするはずなんじゃがのぅ」


 さして気にした様子もなく、ゴンブグルは髭を撫でる。


「この剣をネームレス王に見せたのは、儂の腕を知ってほしかったんじゃ。話を戻すが、古龍の素材を譲ってほしい。代わりに儂がネームレス王のために剣を打つことを約束しよう」

「無理」

「んー、理由をお聞きしてもいいかのぅ?」

「俺の剣を打つ鍛冶師はもういる」

「ウッズ・コロリじゃな。ベルントから話は聞いておる。んー、自分で言うのもなんじゃが、儂のほうが腕は上じゃ。いやウッズのみならず、レーム大陸にいる誰であろうと、こと鍛冶に関しては儂が一番と自負しとる」


 ゴンブグルがニーナたちの武具に視線を向ける。レナは取り上げられるわけでもないのに、隠すように杖を抱き締める。


「そう警戒せんでも取り上げたりせんよ。おそらくその者たちの武具もウッズが作ったものじゃな? んー、手にかけた武具を一目見れば、その鍛冶師がどれほどの腕を持っとるかはわかるつもりじゃ」


 ユウたちの武具を見つめるゴンブグルの表情が悲哀に歪む。


「素材が泣いとるのぅ……。黒竜の牙や爪に、木龍、それに儂ですら扱ったことのない蟲の女王か……。その秘めたる性能を十分に引き出せておらん」


 一目見ただけで、ゴンブグルはユウたちの武具に使われている素材を見抜いたのだ。


「ウッズでは古龍の素材を使いこなせんよ」

「あんたは古龍の素材で武具を作ったことがあるのか?」

「んー、ないのぅ。じゃが、儂なら古龍の素材を使いこなすことができるはずじゃ。いや、使いこなしてみせる。儂にはドワーフ族に伝わる秘伝の技術、様々な素材や鉱物を相手に二百年以上も鎚を振るってきた経験があるんじゃ。たとえ古龍の素材であろうと、できんはずがない」


 その温和な姿からは想像もできないほど、自分以外に古龍の素材を扱える者などいないという、ゴンブグルの強烈な自尊心であった。


「んー、なにが不満なんじゃ。儂は古龍の素材で武具を作れ、ネームレス王は武具を手に入れることができる。素材だけ持っていても、宝の持ち腐れじゃと思うんじゃがのぅ」


 最初からユウは強固な拒絶の気配を漂わせていた、それは今も変わらない。


「さっきの周りの反応を見ると、あんたは凄い鍛冶師なんだろ?」

「自分で言うのもなんじゃが才能はあった。じゃが、それだけで名声を得たわけじゃない。たゆまぬ努力をしてきたつもりじゃ」

「才能があって、周りからの期待にも応えてきたんだろうな」

「無論じゃ。ネームレス王、なにが言いたいんじゃ?」

「『不運』なんてスキル一つあるだけで、鍛冶師として失格と言われたことも、蔑まれたことも、絶望の中で足掻いたことも、それでもなお諦めずに鎚を振るったこともないんだろうな」


 ありとあらゆる称賛を受け続けてきたゴンブグルには、理解どころか、想像することすらできないことであった。


「持たざる者の気持ちなんてわかるわけがない。俺の剣を打つ鍛冶師は一人だ。ウッズ・コロリ、それ以外にいない、考えられない。

 あんたはすべてを手に入れてきたんだ。地位も名声も鍛冶師の腕も、それでいいだろ? それとも全部、捨ててみるか?」




 思いにふけるゴンブグルと険しい顔をしたベルントだけが部屋に残っていた。


「最初からすんなりいくとは思ってはいませんでしたが、あそこまで見事に拒絶するとは思ってもいませんでしたな」

「んー。ベルント、お主が儂の弟子になって何年じゃったかのぅ?」

「は? 確か……七十と五、いえ六年ほどかと」


 急になにを言い出すのかと、ベルントは訝しげな顔でゴンブグルを見る。


「そうか。もうそれほどになるか」


 ゴンブグルはそう言うと、机の上に置いてあったロングソードをアイテムポーチへ仕舞う。代わりに鎚を取り出した。年季の入った、御世辞にも綺麗とは言えない鎚である。そして鍛冶で使うには適していない小振りな鎚であった。


「そ、それは鍛冶屋ギルドの――」

「んー、お主にやる。今日からベルント、お主が鍛冶屋ギルドのトップじゃ」


 ベルントの顔から血の気が引いて青ざめ、噴き出した汗で背中に服がべっとりと張りつく。


「ゴンブグル老っ、お……お待ちくださいっ! そのような浅慮な判断をしてはいけません!!」

「カマーの鍛冶屋ギルドを長として長年に渡って運営しとるんじゃ。儂の弟子でもある。資格は十分じゃろう」

「なにを仰るのですかっ。ゴンブグル老の弟子は三百はくだらないのですぞ! 私などがあとを継げるわけがないでしょうがっ! か、鍛冶屋ギルドが分裂してしまいますぞ? ご自分がなにを言っているのかおわかりなのですかっ!?」


 自称を含めれば、レーム大陸中にゴンブグルの弟子を名乗る鍛冶師は優に千を超えるだろう。


「んー、儂は昔から鍛冶のことしか考えてこんかった。それは今も変わらん。周りがどうしてもと言うから、渋々じゃが鍛冶屋ギルドの長も引き受けただけのこと。あとは若い者が決めるのがいいじゃろう。ハハハッ、新陳代謝というやつじゃ」

「ダ、ダメだこの人……。誰かっ! 誰かおらんかーっ!! すぐに来てくれ!!」


 冒険者ギルドの部屋にベルントの叫び声が響き渡った。

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