第263話 終わらない悪夢

 ユウとバリューとの間で結ばれた誓約書から四十日目。

 都市カマーから西に向かって道沿いを進むと見えてくるユウの屋敷の前に、家臣や護衛を引き連れたバリューの姿があった。


「ここがサトウの屋敷か……」

「言葉には気をつけてください。

 ここはすでにネームレス王の勢力下と言っても過言ではないのですよ」

「わ、わかっている」


 家臣たちの不用意な言葉に、バリューへユウと話し合うことを提案をした男が注意する。


「ここからは私が交渉しますので、他の方たちはお静かに願います」

「言うとおりにするのだ」


 不服そうにしていた家臣たちも、バリューに命じられると頷いて同意した。

 屋敷の門前には、魔人族のネポラと狼人のグラフィーラが待ち構えていた。グラフィーラの横には従魔であるシャドーウルフのエカチェリーナが伏せて、バリューたちを観察するように見ている。


「なに用でしょうか」


 二人はカーテシーで挨拶し、ネポラが尋ねる。

 バリューの家臣たちは、平民に仕えるメイド如きがと内心で思うのだが、先ほどの件があるだけに怒りを堪えて黙っていた。

 そして、金に釣られて護衛を請け負った者たちは、この屋敷が誰の所有物かをよく知っていた。どれほど危険な相手で、自分たちでは歯が立たないと知っているだけに、何事もなく仕事が終わってくれと心の中で呟いた。


「これは素敵なご挨拶をありがとうございます」


 すべてを任された男は膝が汚れるのも気にせずその場に跪くと、ネポラたちへ丁寧な挨拶をした。


「お伺いしたのは、ネームレス王が本日はご在宅とお聞きし、王都より我が主バリュー・ヴォルィ・ノクスと共に訪問させていただきました。

 何分、王都よりカマーまでは決して近い距離ではないので、旅の間を護衛する者や主の身の回りを世話する者など、大勢で押しかけてしまったことを、ここに謝罪させていただきます」


 人族から亜人と称される自分たちに対して、あまりにも丁寧な挨拶をする男に、なによりなぜユウがネームレスの王だと知っているのかと、ネポラたちは困惑した。


「ご存知ないのですか?」


 ネポラたちの内心を見透かしたかのように男が尋ねる。


「あなたたちの主であられるユウ・サトウ様はネームレス王国の王として、ウードン王国の王であられるクレーメンス・クラウ・ニング・バルヒェット陛下と対等の同盟を結ばれました」


 「正式な発表はまだですが」と、男はつけ加えた。

 そのことをまったく知らされていないネポラたちは、さらに動揺してしまう。


「どうかネームレス王へ、お取り次ぎをお願いできないでしょうか」



 どのように応対すればいいのか。屋敷に戻ってユウかマリファに聞くべきかネポラが考えていると、屋敷から魔落族の少女ティンが歩いてくる。


「遠路はるばるようこそお越しくださいました」


 カーテシーで礼儀正しく挨拶するティンを、普段の姿を知っているネポラとグラフィーラが愕然とする。


「ご主人様がヴォルィ様とお会いになられるそうです」


 「おおっ」と、家臣たちはひとまず胸を撫で下ろすのだが。


「ただし、お会いするのはヴォルィ様とだけです。それでもよろしければ、他の方々はここでお待ちいただくか、カマーへお帰りください」


 「そんな馬鹿なっ」と家臣たちが抗議するよりも先に――


「ありがとうございます。

 失礼にも事前にお約束を取りつけていないなか、突然の来訪を受け入れていただき感謝します」


 家臣の中でも序列下位の男は、ティンに向かって深々と頭を下げた。そして、バリューの方へ向き直ると。


「バリュー様、我々にできるのはここまでです。くれぐれもお時間には注意してください」

「う……うむっ」


 敵陣の中、一人残される思いを抱きながらも、バリューにはあまり時間が残されていなかった。

 正午までに冒険者ギルドへ賠償金を支払うか。ユウとバリュー、双方合意のうえで誓約書を破棄せねば、文字どおりバリューは絶命するのだ。


「ご主人様、ヴォルィ様をお連れしました」


 屋敷の居間には、ユウとマリファの二人だけがいた。ニーナとレナは地獄のような迷宮から解放されて、ナマリとモモを連れてカマーへ遊びに出かけているのだ。


「ああ、じゃあ居間から出ていってくれ」

「ティン、ネポラ、ご主人様の言葉が聞こえなかったのですか。外へ行きなさい」


 ここにグラフィーラがいないのは、屋敷の外で待機しているバリューの家臣や護衛たちを見張っているからである。


「いや、マリファも出ていけよ」

「わ、私もですかっ!?」


 なぜかティンが嬉しそうにマリファを見つめて、マリファに睨まれる。ユウに絶対の忠誠を誓うマリファは、ユウの言葉に従ってティンたちを連れて屋敷の外へ出ていくと。


「ネポラ、ティン」

「「はい、お姉さま」」


 マリファはアイテムポーチから金貨を一枚取り出す。


「ちょうどいくつかの調味料が切れかけていました。カマーで購入してきなさい」

「え~。でもお姉さま、お買い物ならメラニーたちが行ってるよ。もう、お姉さまがボケてやんなっちゃ――痛いっ」


 いつもの調子に戻ったティンが、言葉を言い切る前にマリファに小突かれる。すぐに手が出るのはどこの誰に似たのやら。


「お釣りはお小遣いにしなさい」

「でも~」

「ついでに甘いお菓子のお店にでも行きなさい」

「どうしようかな~」

「今日の残りの仕事は免除します」

「わ~い」

「ティン、お姉さまに対してなんですかっ」

「いいのです。ではネポラ、あとは任せましたよ」

「はい」


 マリファは二人がいなくなると移動を開始する。途中、庭の木の上で警戒という名の惰眠をむさぼるランや、芝生に寝転がるコロが何事かと見てくるのだが、マリファはそのまま静かにしていなさいと指示を出す。

 居間に面している場所まで移動すると、ユウに気づかれないように自分の耳が音を拾えるギリギリの距離を維持する。


「ここなら――」

「お姉さま、なにしてるの?」


 思わず悲鳴を上げそうになったマリファが、慌てて自分の口を手で塞ぐ。


「あなたこそ、なにをしているのですっ」

「お姉さまが気になったから、お買い物はネポラに任せました。それより、ご主人様は出ていけって言ってたのに、こーんなところで盗み聞きしてていいの?

 あとでご主人様に叱られても、ティンはお姉さまを庇えなくて、やんなっちゃう」


 どのようにネポラを言いくるめたのか、ティンがマリファの背後に立っていた。


「ご主人様は居間から出ていくよう命じられました。私はご命令どおりにしているので、問題はありません」


 ユウはマリファたちに聞かれたくないことがあるから、出ていけと命じたのであって、屋敷の外から盗み聞きするのはいけないことなのでは? と、じ~っとティンに見つめられても、マリファは悪びれずもせずに盗み聞きを止める気配はない。


「こ、このとおりだ。どうか、誓約書を破棄させてくれ! いや、させてくださいっ!!」


 ユウの足に縋りつくその姿は、ウードン王国でもっとも権力を握っていた大貴族の面影はない。


「ダメだ」

「なっ、なぜだ!?」

「俺は最初から、お前だけは絶対に許さないと決めていたからな」

「金……か? あ、あなたに忠誠を誓うっ! これからあなたには逆らわない!! そう、そうだっ!! あなたと私が手を組めば、ウードン王国どころか、レーム大陸の支配だって夢じゃない!! あなたには力があり、私にはレーム大陸中の有力者たちへの伝手と、国を、民を操る術を心得ている!!」

「かもな」


 不気味な笑みを浮かべながら、バリューは「そうだっ!」とぶつぶつと呟く。


「ふっ、ふははっ! 我らが組めば、敵などいない!!」

「でも、ダメだ」

「なぜだーっ!? そのほうが互いに利があるではないかっ? 一度の賠償金よりも、私が握る利権から支払う上納金のほうが莫大な金額になるのが、なぜわからん!? いや、わかっているはずだっ!!」

「お前が手を出したからだ」

「なにを……言っている?」


 刻一刻とバリューの制限時間が迫っていた。すでに太陽は頭上へ、即ち正午へ差しかかろうとしていた。


「あぁ……あああ…………じ、時間がっ……頼むぅ……誓約書を、誓約書を破棄させてくれっ!!」

「俺の住んでいたレッセル村は、まあ山の中にあるド田舎の小さな村なんだけどな。

 山の中だってのに人拐いがいて、よくばあちゃんが悲しそうな顔で嘆いていたよ。

 驚くことにその連中は捕まっても縛り首にもならずに、どうやら釈放されていた」


 唐突な長話に、時間に余裕のないバリューは気が気でない。


「なんで捕まっても無罪放免で釈放されるかわかるか? そうだ、クソみてえな人拐い共の飼い主がお前だったからだ」

「それで……か? そんなことで私は恨まれていたのか?」

「あ? 違うよ。まあ、人拐い共は見かけたら殺そうと思ってたし、実際に見つけたら殺してた」

「な……なら?」

「ダークエルフの村を襲わせただろ」


 ユウの声音が、徐々に怒りを含みだす。


「ど……どのダークエルフの村のことだ?」

「襲いすぎて一々覚えてないってか、クソ野郎がっ」

「お、お前の……あなたの奴隷にダークエルフがいるのは知っている。それか? それなのだな? 謝罪する。謝罪させてくれっ! そうだ! 売り払ったダークエルフを探すのに協力する!! 私もダークエルフを奴隷にするのは、前々からあまりよろしくはないと思っていたのだ!」

「なあ、俺を馬鹿にしてるのか?

 お前がダークエルフの村を、マリファのいた村を襲わせ、奴隷にして売り払った貴族共クズが誰だかわかってて、言ってるんだろ?」

「まっ、待ってくれ!! 売り払った貴族はわかっているのだ!! 助けるのに協力す――」

「死んでたよ。全員・・な」


 奴隷を売り払った貴族たちが、バリューですら目を背けたくなるほどの嗜好や性癖を持ち、どれほどの頻度で新しい奴隷を購入しているのかを、バリューはよく知っていた。


「これでわかっただろ? 俺は最初からお前を許す気なんてなかった。ああ、そうだ。お前のお友達は先に送って・・・おいたから安心しろ」


 「どこへ?」とは、バリューが尋ねることはなかった。それよりも時間が、賠償金を支払う時間が迫っていた。


「そ……そんなことで? たかがダークエルフの、薄汚い亜人の村を襲わせただけで、この私が? 大貴族である私が、なぜこのような目に遭わねばならぬのだっ!?」


 本気で自分に非はなく、自分は悪くないとバリューは思っていた。


「いいではないかっ!! 亜人の村の一つや二つが滅んだところで……ぎゃあ゛あ゛っ……い、いだいっ? じ……時間が……だ、のむ、ぜいやぐじょ……を……破棄、じて……くれっ」


 ついに制限時間を迎えたバリューに、誓約書に込められた契約魔法が発動する。

 逃れられない苦痛に苛まれながら、バリューの命を奪っていく。


「ぐっ……ぐるじい……じにた……ぐない……っ、たす、げ…………」


 ウードン王国に仕える貴族の中でも、もっとも古き血筋を持つノクス家の当主を務めるバリュー・ヴォルィ・ノクスの最期は、全身を掻きむしりながら絶命する無残なモノであった。


「お姉さま、どうしたの? お腹が痛いの?」


 屋敷の外で話を聞いていたマリファが蹲っていた。

 普段の姿からは想像もできないほど、弱々しいその姿にティンは驚いてマリファの背中をさする。


「ねえ。お姉さま、どうして泣いているの?」


 いつまでも泣いているマリファの背を、ティンはずっとさすり続けた。




 後日、王都テンカッシの墓地で粛々とバリューの葬儀が執り行われた。

 レーム大陸一の資産を誇った男のモノとは思えないほど、参列者も少なく、また規模の小さな葬儀であった。

 そして参列者の中に、バリューの親族の姿は一切ない。

 今回の騒動で、ノクス家の親族たちの多くは処刑または重罪によって爵位を取り上げられ貴族でなくなっていた。わずかに残った親族たちも、報復を恐れてすでに王都から姿を消していた。その者たちが無事に故郷へ帰れたかは定かではない。

 なにしろ、ユウとバリューの間で結ばれた誓約書によって、バリューが保有するすべての資産はユウのモノとなったのだ。親族であろうと、それらに手を出すことはできない。


「よくも顔を出せたものだ」


 パパル家の当主ウィリアムが、ユウに向かって言葉を吐く。その声音は明らかな怒気が込められ、表情も険しいものであった。


「俺が関係しているんだ。葬儀にくらい参列するさ」

「私の甥や友人も死んだ」

「そりゃ良かったな」

「なにが良いものかっ!」

「今日は薬を飲んでないのか? 感情が露わになってるぞ」


 参列者たちの視線がユウとウィリアムへ集まる。


「お前がウードン王へ泣きつくから、お前の甥や友人とやらだけは火葬なんだぞ」


 ウィリアムの目を真正面から受け止めながら、ユウは睨み返すようにウィリアムを見つめる。


「なにを……まさか君は……っ」

「土葬が習慣のウードン王国で、お前の甥と友人だけなぜ違うとは思わなかったのか? 他の貴族クズ共を俺が一度死んだくらいで許すとでも思っていたのか?

 あと、これでもウードン王国と対等の同盟国の王なんだ。言葉遣いには気をつけろよ」


 驚愕の真実に気づき、呆然とするウィリアムの横を通り抜けた先に、ウードン王とボールズが立っていた。


「やあ、ネームレス王。あまりウィリアムくんを苛めるのはやめてほしいな」

「お前に比べれば、俺なんて優しいほうだと思うぞ」


 ボールズが心の中で「違いないですな」と呟いた。


「どうだろう? 晩餐会を催して正式に同盟の件を公表したいと思うのだが」

「気を使えよ。

 俺がお前みたいな碌でもない爺と飯を食べて、楽しいと思うか?

 それに大規模な発表なんてする必要はないだろ。他国には紙でも送れば十分だ」

「なんともつれないな。それなら分け前の件で話がしたいものだね」

「分け前? ないぞ」


 ウードン王とボールズが、虚を突かれたかのように無表情となる。


「バリューが独占していた『鉱石砦』迷宮の鉱物資源の権利や公共事業の利権諸々が、ウードン王国の手に戻ってきただろうが」

「ノクス家が蓄えてきた莫大な資産を独り占めする気かね?」

「ウードン王国に巣食ってた塵どもを、タダで排除してやっただろうが。人聞きの悪いことを言うなよ」

「ボールズくん、聞いたかね? とんでもない王がいたものだ」

「陛下ほどではないかと」


 大袈裟に嘆くウードン王へ、ボールズが冷静にツッコミを入れた。




 暗闇の中、バリューが目を醒ます。

 よく見通せないために、部屋がどれほど広いのか見当がつかない。

 バリューの身体はなにかに磔にされているようで、指は動かせても腕や足などは、どれだけ力を入れようが動かすことはできなかった。


「お……親父……なのか?」


 暗闇の中から声がした。


「誰だ? ここはどこなのだ?」


 目が闇になれてきたのか、バリューは部屋の中が薄っすらと見えてくる。


「お前は……バグジーか? ここはどこなのだ? 誰か――ひぃっ」


 暗闇に浮かぶバグジーのあまりにも凄惨な姿に、バリューが悲鳴を上げる。


「あなたのせいですぞっ! 我らがこのような目に遭っているのはっ!!」

「ゆ……許さぬぞっ! バリュー卿、なぜ我らがっ!!」

「貴様などについたおかげで、私たちは、私たちはっ! あがっ!? 痛いっ! 苦しいっ!! 誰か、終わらせてくれ~っ!!」


 そこにいたのは息子のバグジーだけではなかった。

 フェーチ侯爵、ソスピーロ子爵を始めとする、バリュー派閥の貴族やローレンス、ベルーン商会の者たちが勢揃いしていた。

 何百人いるのか。広い室内には、様々な体位で身体を拘束され、拷問を受けた。いや、受け続けている者たちが並べられていた。


「親父、親父~、助けてくれよ~!」

「黙れっ! バリューの息子である貴様も同罪だっ!!」

「ぐ、ぐるじい……いつまで続くのだ?」


 ここは地獄かと思うような光景であった。

 突如、部屋が明るくなる。眩しさにバリューが目を強く瞑った。


「よう、待たせたな」

「き、貴様……っ」


 トーチャーを引き連れたユウの姿に、バリューが憎悪のこもった目で睨みつける。


「ああ゛っ! 頼む、もう十分であろう? わだじを解放じてぐれっ!!」

「お願いだ!! 慈悲をっ!!」

「報いは受けたのだ! 許してくれっ!!」

「うるさいな。黙ってろよ」


 躾のなっていないペットを恥じる飼い主のように、トーチャーは俯いた。

 だが、不意に顔を上げると、その手には針を、それも畳針のような太く長い針と、タコ糸のような太い糸が握られていた。


「ま、まっで! だま――ぐあ゛む゛ぅ……」

「やめで、やめでっ! ひぐあ゛ぁぁっ」


 騒ぐ者たちの口を、トーチャーは次々に縫いつけていった。

 一仕事を終えたようにトーチャーの額には汗が浮かび、「どうぞ」と言うように、ユウに向かって右手を差し出して続きを促した。


「終わったと思ったのか?

 マリファからすべてを奪ったお前を、あの程度で終わらすわけがないだろ」

「な……なぜ私は生きているっ!?」

「死んでるよ。お前は俺の『死霊魔法』でアンデッドとして蘇っただけだ。そこにいる連中もな。

 知ってるか? 『死霊魔法』にも色々な使い方がある。術者からの影響を受けて強くなれる代わりに、術者が死ぬと同時に消え去るアンデッドや、従属するがある程度の自由意志があるアンデッド、簡単な命令しか受けつけないが、込めた魔力によって長期間に渡って行動するゴーレムみたいなアンデッドとか。

 まあ、術者の力量によって成功率は変わってくるんだけどな。悲しいことに、お前らみたいな屑ほど成功率が高いんだ。

 でも安心しろよ。今の俺なら死んでしばらく経っている死体からでも、成功させることは簡単だ」


 ユウの言葉に、バリューはまったく同意できなかった。


「ここにいる奴らは、ちょっと特殊なアンデッドとして蘇らせている。なんの力もないが痛覚を倍にして――アンデッドに五感をつけるのって難しいんだぞ?」


 そんなことは知りたくない。

 バリューはどうすればここから逃げられるか。先ほどから頭を回転させているが、いくら考えても答えは出てこない。


「――どれくらい自分たちが持つか気になるだろ? そうだな、術者である俺が今すぐ死んだとしても、軽く百年は持つくらいの魔力を込めてるから安心しろよ」


 口を縫いつけられている者たちが、声が出ぬまま絶叫した。こんな地獄のような場所で、百年も拷問を受け続けることを思えば、取り乱すのも当然だと言えるだろう。


「そんなに喜んでもらえるとは、俺も頑張ったかいがあったよ。

 ああ、そうだ。ここにいるトーチャーは物を大事にする奴だから、壊れてもいくらでも治してもらえるぞ。魔力・・の補充だってな」


 そう言いながら、あとをトーチャーに任せたユウは、扉に向かって歩いていく。


「待てっ! 待ってくれ!! 行かないで!! 私をこんなところに置いてかないでくれっ!! お願いし――ぐばぁ゛あ゛あ゛っ……や゛め゛でぇ……っ」


 ユウを呼び止めるバリューの前を、笑みを浮かべるトーチャーが遮り、新しい玩具をもらった子どもがはしゃぐように遊び始める。

 バリューの悪夢は始まったばかりだ。そして、終わることはないだろう。

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