第259話 叙勲式 前編
「これは驚いた。フェーチ侯爵だ」
「たかが一冒険者の叙勲式で参列なされるとは」
続々と謁見の間に入場する貴族たちを、遠巻きから見ているのはパパル家に仕える二人の護衛騎士である。
そして、この二人がここにいるということは、パパル家当主であるウィリアム・ボナ・パパルの姿も当然だが、ここにあった。
「御館様は参列なされないので?」
「あの場に向かうのは、なんの備えもなしに裸で火の中に飛び込むようなモノだ」
「ですが、陛下とサトウが接触しています。
今日の叙勲式が関係しているのは間違いないと思いますが、よろしいので?」
王城には各派閥の貴族が無数の密偵を送り込んでいる。当然だが、ウィリアムも文官や侍女に衛兵など、様々な場所に密偵を放っている。その中の一人が、王宮でユウやムッスがウードン王と接触したことを、ウィリアムへ報告していたのだ。
「よろしいかよろしくないかでは言えば、よろしくはない。
情報は鮮度が重要だ。とは言え、これが私の放った密偵を炙り出すための策謀とも限らない。詳細を聞きたいところだが、すでに宰相殿がお得意の契約魔法で口を封じているだろう」
また新たに数人の貴族が、ウィリアムたちの前を通り過ぎて謁見の間へ入っていく。どの貴族もバリュー派閥の者たちである。
「なにより……目をつけられたくない。私などでは、あの御方の遊び相手など務まらないのだから」
そう呟くウィリアムの表情は演技などではなく、苦渋に満ちていた。護衛の二人も、ウィリアムが誰のことを言っているのかは重々承知しているので、このような場であえて聞き返すことも名前を挙げることもなかった。
「件の冒険者もムッス伯爵も来ておらぬではないかっ」
謁見の間に参列する貴族の一人が、周りに聞こえるような大きな声で隣の貴族へ話しかける。
その声は、玉座から一番遠く離れた場所に並ぶ、冒険者ギルドの代表であるカールハインツやモーフィス、エッダの耳にまで届く。
「裏切り者の息子と下賤な冒険者が私たちよりあとに入室するなど、貴族の礼儀を知らぬようですな」
「裏切り者などと、ここは王城です。あまりそのようなことを吹聴するのは、御身のためになりませぬぞ」
「ふんっ。いまや我らの派閥に誰が意見することができようか」
少し離れた場所では、バリューが参列者を観察するように顔を確認していた。
この叙勲式には、自らの派閥の貴族を全員参列させることを、バリューがウードン王に半ば無理やり頼み込んで押し通していた。
それゆえにバリュー派閥に属していながら、この場に参列していない者がいれば、それはバリューに対して敵対行動と捉えかねないことであった。
(うむ。全員いるようだな。だが……)
謁見の間には、通常の冒険者を対象とした叙勲式ではありえないほどの貴族が参列している。だが、それらすべてはバリュー派閥の者たちであった。
いくら自分が強引に頼み込んだとはいえ、王族派どころか中立派の貴族が一人も見当たらないことをバリューは不審に思い始める。
そもそもこの叙勲式のあとには、バリュー主催の会談があるはずなのだ。それなのに、謁見の間どころか王城内でも誰一人として顔を見ていない。
「フランソワ、どうした?」
その疑念を振り払うかのように、バリューは傍に控える文官のフランソワへ話しかける。
「ガレス殿が扉付近で待機しているのは、バリュー様のご指示でしょうか?」
「いや、あやつも今日の叙勲式が気になるようで、参加したいと申すので連れてきたが、あの場所から動こうとせん。私の護衛でありながら、困った奴よ」
「そう……ですか」
先ほどからフランソワは、珍しく落ち着かない様子であった。普段の冷静沈着な彼を知っている者が見れば驚くくらいに、謁見の間の隅々にまで忙しなく目を配っている。
(別段に罠が仕掛けられているわけでも、見えている兵の他に潜んでいる様子もない。文官に扮して紛れ込んでいる者たちもいない。しかし、この部屋に漂う空気は……)
聖国ジャーダルクの諜報機関の中でも、最上位に位置する
「バリュー様、少々気になることがございます。御身をお護りするためにも、念のために外でお待ちいただいてもよろしいでしょうか」
「なにを言っておる。
今さら私だけ退出するなど、いい恥さらしではないかっ。ここには私の指示で派閥の者たちが勢揃いしておるのだぞ? そのような場で私だけがどのような理由で席を外すというのだ」
「お気持ちは重々承知しております。しかし、この――」
「ようやく来たぞ」
その声に、談笑をしていた貴族たちの視線が扉へと集まる。いつもと変わらぬ飄々とした態度のムッスに続いて、こちらもいつもと変わらぬ剣に鎧を纏ったユウが入室する。
「なんとっ!? この謁見の間に武具を身につけて来るとはっ!」
「所詮は薄汚い冒険者よ。
我ら高貴なる者たちの礼儀作法など理解できぬのだ」
「私たちよりあとにご登場とは、ここ最近ご自分の治める領土の経済発展が著しいからと、ムッス伯爵はなにやら勘違いしておられるご様子」
「然り。あくまで陛下より領地の運営を任されているだけというご自覚が足りないようですな」
「そもそも陛下は、なぜあのような裏切り者の息子に爵位を?」
口々に罵る貴族たちの間を、ユウたちは無視して前へと進んでいく。
「バリュー様、話はまだ――」
「もうよい。話ならあとで聞こう」
フランソワはなおも説得を試みるのだが、バリューは話を打ち切って参列する貴族たちのもとへ行ってしまう。
「まあ。ユウちゃん、酷い言われようだわ」
「エッダ、黙っておれ」
「モーフィスの言うとおりだ。どうしてここに女狐がいるのやら」
本来、叙勲式には冒険者ギルド本部の長であるカールハインツと、都市カマー冒険者ギルド長であるモーフィスのみが参列する予定だった。しかし、エッダは自分もついて行くと言い出して、モーフィスの言うことを聞かなかったのだ。おかげでモーフィスは、王城の文官に説明や苦情を言われる羽目となったのだ。
「小言の多い殿方は女性にモテませんよ?」
エッダはその長い耳に指を突っ込み、首を左右に振って呆れるような視線をモーフィスとカールハインツに向ける。
「やかましいっ!」
「私にはフィーフィちゃんがいるのを知らないのか?」
「偏執的な溺愛っぷりね。フィーフィの性嗜好が屈折するのも――いえ、あの程度で済んでよかったのかしら?
まあ、そんなことはどうでもいいの。それよりもちゃんと約束どおり、平等に対応してもらえるんでしょうね?」
「そ、そんなことだとっ!? 私とフィーフィちゃんの絆は鋼よりも――ふんっ、まあいい。女狐が相手では、千の言葉を紡いだところで理解できまい。
それにフィーフィちゃんとの約束だ。全冒険者ギルドの長として、平等に対応するさ。それより、陛下が御見えになられる」
謁見の間に七色の鈴の音が響き渡る。
まずは貴族が、次に文官や兵たちが、続いてモーフィスたちが跪いて頭を下げる。
二度目の鈴の音が鳴り止み、三度目の鈴の音とともに宰相を先頭に近衛に護られたウードン王、クレーメンス・クラウ・ニング・バルヒェットが姿を現す。
「なっ!?」
「無礼なっ!」
「ここがどこだかわかっているのかっ!?」
跪く貴族たちの間から驚きの声が次々と漏れ出た。
ここは王城内、ウードン王の許可なく発言すれば貴族といえど罰せられる。それでも思わず声を出してしまったのは――
(あ……あの者は馬鹿かっ!?)
それはバリュー財務大臣も同様で、皆が跪いてウードン王を迎えるなか。ただ一人、跪きもせずに立ったままでいるユウの姿に唖然とする。
しかし、そのような無礼な振る舞いをしているユウに対して、ウードン王や宰相ボールズがなにか言葉を発するどころか、表情に変化すらなく、その行為を当然のように受け入れていた。
(クッ……クック……クハハハッ! そこまで、そこまで落ちたかウードン王っ!! 下賤な冒険者にここまで舐められて、なにも言えんとはなっ! やはり高貴なる血を持つこの私が、私こそがウードン王国を導くべきなのだ!! あのような平民出の人格破綻者が、いつまでも王位に就くことが間違っている!! あと少しだ。あと少し辛抱すれば、あの玉座が私の物になるのだっ!!)
自然と上がっていく口角を、顔を引きつけさせながらバリューは堪える。そして自らが玉座に座る姿を想像し、早まる鼓動に落ち着けと言い聞かせた。
「面を上げなさい」
ウードン王の手の動きに合わせて、宰相ボールズが声をかける。
顔を上げた皆の目に映るのは、いつもと変わらぬ温和な笑みを浮かべるウードン王の姿であった。
その姿に貴族たちは拍子抜けするほどであった。目の前で起こった冒険者の不敬に対してお咎めなしなのかと。
「陛下、叙勲式を進めさせていただきます」
ボールズの言葉にウードン王はわずかに頷くと、文官の一人がお決まりの式辞を述べていく。
叙勲式が何事もなく粛々と進行していく。
「――ユウ・サトウの功績を讃え、ウードン王国クレーメンス・クラウ・ニング・バルヒェット陛下より栄誉あるウードン
式辞を読んでいる文官とは別の文官が、勲章を載せた台座をウードン王のもとまで運んでくる。
その動きに合わせてウードン王が玉座から鷹揚に立ち上がった。
「ユウ・サトウ、前へ」
王や多くの貴族たちが参列するなか、些かも動じていないユウの態度は、肝が据わっているとも傲然としているようにも受け取れる。
ウードン王が文官の持つ台座から勲章を手に取り、ユウが前へ進もうとしたそのとき――
「お待ちくださいっ!!」
謁見の間に大きな声が響き渡った。
「陛下、その者に叙勲するのをお待ちくださいっ!!」
声を上げたのは、参列する貴族の一人である。
その勢いのまま参列する貴族たちの中から飛び出ると、ウードン王とユウの手前にまで駆け寄り跪いた。
「ダウトォワム男爵、叙勲式の最中に陛下へ進言するなど何事ぞっ!!」
「このような無作法は、叙勲式の歴史の中でも前代未聞だっ!」
「それ相応の覚悟を以ての進言であろうな!!」
矢継ぎ早にダウトォワム男爵を非難する声が飛び交う。
しかし、どれほど言葉で責められようと、ダウトォワム男爵は怯まずに堂々としていた。
「処罰は覚悟の上です!!
陛下、その前に是非とも私の進言を聞き入れていただけないでしょうかっ!! そのあとであれば、この身いかようにでもしていただいて構いません!!」
「なんと無礼なっ!!」
「陛下の御前であるぞ! 控えぬかっ!!」
「近衛はなにをしておるか! 早うこの無礼者を引っ捕らえよ!!」
「聞き入れてなどと、陛下に向かってよくも抜け抜けと申しよるわっ!」
場内がさらに騒然となる。
このままでは収拾がつかないと思われたそのとき――
「静粛に」
バリュー財務大臣の声とともに、打ち合わせでもしていたかのように貴族たちが静まり返った。
「皆々様方。ここは五大国が一つ、ウードン王国が誇る王城の謁見の間、さらには我らが仕える陛下の御前です。貴族ならば、その高貴な血に見合った品格ある立ち居振る舞いをしていただきたい。
陛下、ダウトォワム男爵は並々ならぬ覚悟の上で進言しております。
ここは聞き入れるかどうかは別として、進言だけでも申す機会を与えてはいかがでしょうか?」
バリューの言葉に、ウードン王はいつものように頷く。
「陛下、ありがとうございます」
ウードン王へ頭を下げるバリューの口元は、ほくそ笑んでいた。
「ダウトォワム男爵、このような場で無作法をしたにもかかわらず、発言の許可をお許しくださった陛下に感謝しなさい」
「陛下、慈悲深き配慮に感謝いたします。
私が陛下の叙勲を妨げたのは、このユウ・サトウが叙勲を受けるに相応しくない者だからですっ!!」
文官や兵たちがどよめくのを、先ほどまで騒ぎ立てていた貴族たちが「静まれ!!」と押さえつける。
「ダウトォワム男爵、それは憶測などではなく、確かな根拠があっての発言で?」
宰相ボールズの鋭い眼光に見つめられても、ダウトォワムは怯まずに胸を張って大きく頷いた。
「そのことに気づいたのは偶然でした。
わずか二年あまりでBランク冒険者、それも屈強な男ならともかく、この一見純朴そのものと言っていい少年に興味を覚えたのが、事の始まりです」
ムッス、それにモーフィスやエッダが自分の口を叩くように、手で覆った。モーフィスの横に並ぶカールハインツは、その行為を訝しげに見ている。
「調べていくうちに、恐ろしい事実に気づきました。
都市カマーのスラム街に蔓延る裏社会の者たちと通じ、数々の悪事を働いていたのです。
強請りたかりは可愛いもので、禁止薬物から非合法な人身売買までその悪辣な犯罪行為は目を背けたくなるほどでした。
恐ろしいことにこの者は、裏社会の者たちを自由自在に使いこなし、それらの悪事が表に出ることを完璧と言っていいほど隠蔽していたのですっ!! この短期間で高位冒険者にまで成り上がったのも、どれほどの悪事に手を染めた結果か、想像するのも悍ましいっ!
このような極重悪人に陛下が叙勲したことが明るみになれば、五大国に名を連ねるウードン王国の威信は地に落ち、民たちや他国の王侯貴族から、どれほどの誹謗中傷が陛下や我ら貴族に向けられることでしょうかっ!! 叙勲してからでは遅いのですっ!! 今っ! この場で阻止することがっ!! 私の貴族としての責務と信じて進言させていただきましたっ!!」
ダウトォワム男爵の熱弁に謁見の間が静まり返る。最初に口を開いたのはバリュー派閥の貴族、ソスピーロ子爵であった。
「ダウトォワム男爵、貴公のウードン王国に対する忠義に、同じくウードン王国の貴族に名を連ねる私も感銘を受ける。
だが、肝心の証拠は持っているのであろうな?」
「ええ、ありますとも。
これは真偽を確かめようと、わずかな従者とともにカマーへ向かったダニ男爵の弟君であられるシラミー卿が最期に私に送った手紙です」
その手に握る手紙には、ダニ男爵家の蜜蝋で封がされていたあとが残っていた。
「さ、最期と申されたかっ? まさか……シラミー卿はっ!?」
「お察しください。
秘密を知られたユウ・サトウたちの追手から逃れないと知りつつも、彼は、彼はっ、最期にこれを私に送ったのですっ!」
両手で広げられた手紙には、ユウが行ったとされる犯罪の数々が記されていた。その内容をダウトォワム男爵が読み上げるたびに、参列する貴族たちから「死罪にするべきだっ!」「恐ろしい少年だ……我らは騙されるところであったのか!?」「陛下を謀ろうとは!!」「勲章の推薦人はムッス伯爵であったのでは?」と好き勝手に騒ぎ始める。
そもそもウードン
「しかし、その手紙に記されているだけでは根拠とならぬのでは? 私もダニ男爵の弟君であるシラミー卿は知っておるが、あまりいい噂を聞かぬ男であった。そのような者が急に心変わりして、真っ当な貴族になったとは思えんのだが」
フェーチ侯爵が意地悪い笑みを浮かべながら、ダウトォワムへすり寄っていく。
「いくらなんでもそれはあんまりな物言いではないか、フェーチ侯爵っ!!」
「命をかけてまで進言した、ダウトォワム男爵への侮辱ですぞっ!!」
「フェーチ侯、今すぐにでも言葉を撤回し、謝罪すべきです!!」
貴族たちからの非難を受けても、フェーチ侯爵は笑みを浮かべたままである。
そしてダウトォワム男爵が手を挙げ、皆に静まるように促す。
「フェーチ侯爵の仰ること、ごもっともです。私の証言や、この手紙に書かれていることだけでは信に足らないことは重々承知しております」
「ほう、では他にもあると申すか?」
「無論っ。私のほうでも他に証拠となる物証は用意しておりますが、それ以上にその御方の証言を聞けば、誰もが納得するはずです」
「むむっ。その御方とはいったい何者だ……っ」
貴族たちが、文官や兵たちが息を呑む。
ダウトォワム男爵は落ち着き払った動作で、その者を指差した。
「バ、バリュー財務大臣だとっ!?」
皆が一様に驚く。
貴族たちを代表するかのように、フェーチ侯爵が尋ねる。
「バリュー卿、ダウトォワム男爵はこう申しておるがいかがかな? 事が事だけに、偽りであるのならはっきりと申したほうがよかろう」
「ダウトォワム男爵は、なに一つとして嘘を申していません」
「な、なんとっ!?」
「知っておったのかっ!」
「こ……これはなにかの間違いでは? あのノクス家の当主であるバリュー財務大臣が、このような悪事を黙っておったなど信じられんっ!」
深い悲しみに満ちた表情を浮かべながら、バリューは顔を左右に振りながら上げる。
「このような大事になる前に、私の力で解決したかった。
叙勲式のあとに私から陛下へ申し開き、そのうえでお許しをいただこうと考えていた。
つけ加えるならば、ダウトォワム男爵が読み上げたこと以外に、レーム連合国で保護されているドライアードの違法捕獲、ウードン王国で問題となっておる精霊消失もユウ・サトウが関与している」
「ドライアードっ!? 他国につけ込まれるどころの騒ぎではありませんぞ!!」
「それが真であれば、精霊消失によってどれだけの農民が困窮していることかっ!!」
バリューが両手で押さえる仕草をすると、騒いでいた貴族たちは口を閉じる。
「真偽を確かめるために、私が面倒を見ている冒険者クラン『権能のリーフ』へ、ドライアードの捜索を命じましたが、都市カマーより生きて帰ってきた者はいなかった。
違法な奴隷狩りをしていると耳にし、千もの私兵を送ったが、それも同じく一人として、生きて私のもとへ帰ってくることはなかった。
他にも禁止薬物とポーションを混ぜ、不当な利益を得ることによって、錬金術ギルドへ不利益を与えたことや、どのようにムッス伯爵を諭したのか、他の貴族が犯罪行為を追求しないよう手を回す手管は、ある意味で見事と言うしかない。
それら犯罪行為で得た莫大な金を誤魔化し、本来であれば冒険者ギルドへ納めるべき税を免れ、大きな損害をウードン王国と冒険者ギルドへ与えている」
「し、死罪だっ!」
「極刑は免れまい!!」
「このような怪物がウードン王国に巣食っていたとはっ!!」
「ムッス伯爵も知って共謀しておったのだな!!」
感情をむき出し手にして、ユウやムッスを罵倒する貴族たちが、二人へ詰めろ寄ろうとするが――
「静粛にっ」
バリューの一声で、貴族たちはその動きを止めた。
「皆々様方のお怒りは理解できる。だが先ほども申したとおり、我らは民の模範となるべき貴族である。
感情を抑制し、気品ある立ち居振る舞いをするべきだ」
なにか言おうとした貴族が、バリューの顔を見て固まる。
バリューの頬をだくだくと涙が伝って、床に流れ落ちていた。
「未来ある若者に、安易な死罪を申しつけることが、国の政を任される我ら貴族のするべきことだろうか?
私は違うと思うっ! 貴族だからこそ、若者が間違った道へ進んだとき、正してやるのが貴族としての役目であり、責務なのだっ!!」
「し、しかし、バリュー卿も大きな被害を受けておられる」
「そのとおりだ! 財務大臣としての顔を潰され、私兵を失い、面倒を見ていた冒険者たちまで失っておられるではないかっ」
「私は受け入れた。
ユウ・サトウを! この優秀な才能を持つ若者を! 必ず正しき道へ導き、更正させてみせましょうっ!!」
「な……なんという広い心をお持ちなのだっ……」
「信じられん……このような犯罪者の未来を憂うとは!」
「素晴らしい……なんと素晴らしい貴族なのだ。まさにウードン王国を代表する貴族の中の貴族と言えよう!」
バリューの涙につられて、多くの貴族が涙していた。
その姿を見ながら、ユウはつまらない見世物でも見せられたかのように、冷めた目をしている。
「そのお考えは素晴らしいが、バリュー卿はどのようにして更正させるおつもりで?」
「そうだ! その者はウードン王国の歴史の中でも比類なき大罪人なのですぞ。言って素直に聞くような者とは、とてもではないが思えん!!」
「その心配はごもっとも! こちらをご覧いただきたい」
バリューが懐より取り出したのは、貴族であれば誰もがよく知る首輪――奴隷の首輪である。
「こちらはあるSランク迷宮から冒険者が持ち帰った、2級の奴隷の首輪です。この首輪ならば、たとえ相手がBランク冒険者であろうが私の命令に背くことはできない。これを嵌めれば皆々様方が心配するようなことは二度と起きないと、お約束しましょう!!」
「それならば安心だ」「さすがはバリュー財務大臣ですな」、口々にバリューを褒め称える声が、貴族たちから飛び交う。
(勝った。勝ったぞ! これで私の勝利は揺るがない!! 見ておれ!! ドライアードを手に入れ、時知らずの製法を聞き出し、骨の髄まで絞り取ってやる!! そのあとは――グハハハッ! ユウ・サトウっ! ムッス伯爵っ!! お前たちに地獄を見せてやるぞ!! 生まれてきたことを後悔するほどのな!!)
自らの勝利を確信し、バリューは醜悪な笑みを浮かべる。
「陛下、お見苦しいところをお見せしましたが、あとはこのバリュー・ヴォルィ・ノクスに、すべてお任せいただけますな?」
そう言ってバリューは一礼する。
顔を上げたバリューの目に、いつもと変わらぬ笑みを浮かべるウードン王の顔があった。
ただ――そのいつも閉じられているかのような目が、わずかに見開いていた。
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