第255話 叙勲式前日 中編

「ナーハッハッハッ! ナーハッハッハッ!! 手加減していたとはいえ、今の不意打ちを難なく躱すとはさすがと言わせていただこう!」


 黄金に輝く聖剣エクスカリバーを掲げながら、なぜかパラムが得意げに語る。


「あの馬鹿者っ。陛下が王と認めた相手に斬りかかるなど、我が国の法に照らし合わせれば間違いなく斬首は免れんとわかっているのか」


 ウードン王の御前で許可なく抜剣しただけでなく、ユウに斬りかかったパラムの行動にボールズの眉間に皺が寄る。


「ふふっ。パラムくんは良くも悪くも自分の気持ちに素直だからね」

「すぐに止めさせます」

「いや、いい機会だ。ネームレス王とパラムくんの戦いを見てみたい」

「よろしいので?」

「先ほど、パラムくんの横やりで話が途切れたんだけどね。もしかすると、ネームレス王はすべてを知っているのかもしれない」

「レーム六大国盟約事項についてでしょうか?」

「そう、ネームレス王が述べたとおりだよ。悪い大人たちが自分たちの罪を隠すために作った、自分たちを護るための約束ごとだね。

 ふふっ。教王やデリム皇帝がこの場にいれば、どのような顔をしたか個人的に興味があるね」

「それほどの機密なのですか?」

「ボールズくんに教えてあげたいところなんだけどね。他国の王と同様に、私も盟約に言動を始めとする諸々の行動が制限されている。

 万が一にもこの機密が白日の下に晒されるようなことになれば、聖魔大戦などとは比べ物にならない規模の戦争が起こるだろう」


 「そんなことになれば困るよね」と言いながら、ウードン王は微笑を浮かべている。

 長年に渡って仕えているボールズは、このようなときのウードン王が碌なことを考えていないことを知っていた。


「悩ましいね……」


 対峙するユウとパラムを見ながらウードン王が呟く。


「ムッスくんの思惑に乗ってあげるべきか。あるいはネームレス王と敵対するのもいい。ジャーダルクの画策を利用するのも悪くない。上手く立ち回ることができれば、全種族を相手に遊戯できるじゃないか」


 そんな日が未来永劫に来ないことを祈りながら、ボールズもユウとパラムへ視線を移す。


「さあっ。ネームレス王、剣を構えるがいい!」


 パラムが聖剣エクスカリバーの剣先をユウの喉元へ定める。いわゆる正眼の構えである。剣術の基本的な構えの一つであるのだが、パラムは誰かに教わって身につけたものではない。

 そもそもパラムに剣の師はいない。生まれいでたときより固有スキル『剣の理』を持っていたパラムは、誰に師事することなく剣の道理を理解していた。

 それは初見の技であろうと『剣技』であるならば、即座に習得することが可能であった。


「さあ、さあさあっ! いざ尋常に――」

「誰だお前?」

「――勝負を……っ!? 誰だ……とは……ま、まさか我に言っているのか?」


 パラムが信じられないといった表情でユウを凝視する。

 それもそのはず、今まで数々の名声と聖剣エクスカリバーを持つ姿から、名と顔を覚えられることはあっても、忘れられる経験など一度としてなかったのだ。


「ネームレス王、冗談はよしてもらおうかっ。我の顔を忘れたとは言わせないぞっ!」

「俺に変態の知り合――」


 ユウの脳裏に何人かの顔がよぎり。


「お前のような変態は知らない」


 そして言い直した。

 鍛え抜かれた身体にへそが見えるほど短い半袖のシャツにホットパンツ姿の美丈夫。ユウがパラムを変態と言うのも納得できる格好であった。


「こ……この美的センスが理解できないとはっ」

「あっ、思い出したぞ。ジョゼフに泣かされてた弱虫じゃねえか」

「なっ、泣かされてない! 我は泣いてなどいないぞ!!」

「びーびー泣いてただろうが、マントがどうのこうのって」

「うるさーいっ!!」


 誤魔化すようにパラムがユウに斬りかかる。驚くことにその剣は、初速から最高速度であった。

 並の者であれば、その異様な剣速に動揺し、真っ二つに斬り裂かれていただろう。


「ぬっ!」


 だが、ユウは黒鱗竜の盾で聖剣エクスカリバーを弾き返す。


「これまで幾度となく、盾ごと敵を斬り裂いてきた我のエクスカリバーをいとも容易く弾き返すとはっ! 並の盾ではないな! そしてその盾を扱う技量もなっ!!」


 自分の攻撃を弾き返されたにもかかわらず、パラムの口角が上がって好戦的な笑みを浮かべる。


「では、次はどうかなっ!」


 予備動作なしの、初速から最高速の剣撃がユウに襲いかかる。


「おおっ」


 ユウとパラムの戦いを見守る近衛たちの口から感嘆の声が漏れ出た。近衛とは、王を護るその国で最も屈強な兵である。そのつわものたちですら、目で追うことすら困難なパラムの剣撃とユウは斬り結んでいるのだ。


「ナーハッハッハッ! 盾があるとはいえ、その大剣で我の剣の速さについてくるかっ! 面白いっ!!」


 聖剣エクスカリバーの鞘に宿るスキルによって、パラムの傷と体力は無限に回復し続ける。つまり、この嵐のような剣撃が治まることはないのだ。暫し黄金の剣閃と黒の剣閃が打ち合う衝撃が王宮内に響く。そして、ついに焦れたパラムが剣撃に『剣技』まで織り交ぜていく。

 小手調べの『乱れ突き』『剛一閃』『剣圧』などのレベルの低い剣技から始まり、『閃光』『莫斬ばくざん』『獅神突きしじんづき』などの上位の剣技を徐々に混ぜていく。


「はっ!!」


 パラムの踵が天高く上がり、そのまま振り下ろされる。ユウの脳天を狙ったものではない。振り下ろされた踵が聖剣エクスカリバーを蹴り上げる。発動したのはLV7の剣技『円天』である。横から戦いを見ていた近衛からは、黄金の剣閃が描く輝きを放つ円が見えていた。

 対してユウはLV7の剣技『昇竜剣』を放つ。下から上に向かって駆け上がるかのような剣閃は、まさに昇竜のようであった。

 互いの剣がぶつかると同時に、耳をつんざくかのような衝突音がユウとパラムの全身を叩いた。ユウは耳を痛め、一方のパラムはわずかに体勢を崩した。その瞬間をユウは見逃さず、LV4の盾技『シールドバースト』とLV5の武技『鉄壊靠てっかいこう』を同時発動する。


「ぐあっ!!」


 盾と練った気を背中ごと叩きつけられたパラムの身体が、小石でも蹴り飛ばしたかのように吹き飛んでいく。


「お前、本当に『ウードン五騎士』の一人なのか? 弱すぎるだろ」


 追撃せずにユウは訝しむようにパラムを見つめた。

 そして吹き飛ばされたパラムは、驚いた顔でユウを凝視していた。ユウの放った一撃は、鎧の上からでもパラムの体内へ大きなダメージを与えており、咄嗟に受けた左上腕骨にはヒビが、さらに内臓にも損傷を与えていた。

 すぐさまに聖剣エクスカリバーの鞘がパラムの傷を癒やし始めるのだが、それをユウはわざわざ待っていた。


「少々油断をしていたようだ。しかし、勝負はこれからだ! 始まりの勇者の血を引く我が、負けるはずがないっ!!」

「お前が始まりの勇者の子孫? 俺を笑わせんなよ紛い物がっ」

「己っ! 我を愚弄するかっ!!」


 頭に血が上ってはいるが、それでも力任せではない剣撃を放つパラムの顎へ、LV5の武技『昇竜脚』が叩き込まれる。血を撒き散らしながら宙を舞うパラムが、横薙ぎにLV5の剣技『闘刃』を放つ。刃と化した闘気がユウの胴を薙ぎ払ったかのように見えたが、その刃は身体を通り過ぎていく。


「ぐおっ……」


 剣技を放って無防備なパラムの脇腹へユウの掌底がめり込む。LV3の武技『空拳』である。卵を握るかのような形の掌打を放ち、空気を衝撃とともに相手の体内へ叩き込む技である。


「まったく相手になっていないじゃないか」


 眼前の光景を見れば、戦いに疎いウードン王でもわかる。ユウとパラムの戦力に大きな隔たりがあることに。


「そのようで」

「パラムくんとネームレス王との間には、それほどまでに剣の差があるのかね?」

「いいえ。剣の腕だけであれば、パラムは引けを取らない。いえ、むしろ上回ってすらいます」

「では、なぜこのような結果になるのかね」

「簡単なことです。

 剣の腕以外の部分で負けているのです。

 私が確認しただけでも『剣技』『付与魔法』『闘技』『結界』『白魔法』『黒魔法』『武技』『盾技』、これだけのスキルを駆使しています。それに、あのなにもない空間を蹴って飛び跳ねているのは、固有スキルでしょう」

「それほど多彩なスキルを、ネームレス王はよくもまあ使いこなせるものだね」

「それだけではありません。

 パラム自身は気づいていないでしょうが、動きが微妙に阻害――というよりは遅延しています。おそらくは『時空魔法』によるものでしょう。

 これだけのスキルを使用しておいて、いまだネームレス王は底を見せていないことに私は戦慄を覚えますね」


 ウードン王とボールズが会話している間も、パラムはユウの繰り出す猛攻を受けきれずに身体が傷ついていく。その度にユウは攻撃を止めて、パラムが回復するのを待っていた。


「ボールズくん、ネームレス王は何色・・に見える?」

黒色・・です」

「黒? 赤や青色ではなく、黒色なのかね?」

「はい」


 ユウを見るボールズのもともと鋭い眼光がさらに増す。


「君の固有スキル『色覚分析カナシス』は、自分の強さを基準に対象が弱いほど青く、強いほど赤く見えると記憶していたが」

「陛下、そのとおりでございます」


 淡々とボールズはウードン王の言葉を肯定する。


「なにかの間違いでは? ボールズくんのレベルは71だろう」

「お言葉ですが、強さとはなにもレベルやスキル、ステータスの数値だけで判断できるものではありません」

「戦う者たちの強さも様々ということか……。

 これならグリフレッドくんも呼んでおくべきだったね。そうすれば、より深くネームレス王の力を見ることができたかもしれない」

「ご冗談を。

 『ウードン五騎士』筆頭とはいえ、陛下の尻を狙うような者を呼び寄せるなど、正気の沙汰ではありません」

「ふふっ。昔から武人や貴族に男色家は多いが、なぜ私なんだろうね。初老の枯れた男の尻など、面白くもなんともないだろうに」

「変態の考えなど私には理解できません。

 それよりも、そろそろ止めないと。あれも違う意味で変態ですが、これからのウードン王国を護る担い手の一人です。ここで失うわけにはいきません」


 ユウとパラム、対峙する二人の姿は戦いが始まる前と今とで些かも違いはなかった。どれほど傷を負おうとも、パラムは聖剣エクスカリバーの鞘が傷をたちまちに癒やし、ユウもわずかながら手傷を負うも『白魔法』で回復していたからだ。

 だが、肉体的には傷はなくとも、精神的には大きな傷をパラムは刻まれていた。

 万全な状態にもかかわらず、パラムの呼吸は乱れ、全身からは疲労ではなく精神性発汗による汗が流れ落ちている。

 そのあまりな姿に、近衛たちも声を失った。



「ネームレス王っ、どういうつもりだ!」


 先ほどからユウはパラムの傷が癒えるのを待ってから攻撃を再開していた。手心を加えるどころの話ではない。完全に舐められているのだ。武人としてこれほどの屈辱はないだろう。


「どうもこうも、いつになれば残りの『ウードン五騎士』は現れるんだ」

「…………同時にっ…………同時に『ウードン五騎士』を相手取るつもりだったのか!?」

「最初からそのつもりだけど? なんならこの場にいる連中や、王城にいる奴らも全員連れてきてもいいぞ」


 パラムの人生で、これほどまでに敗北感を覚えたことはなかった。並み居るつわものを剣で制し、数々の強大な魔物を屠ってきた。戦う相手の数が多いことはあっても、その逆などなかった。それを自分よりも一回りは小さな少年に提案されたのだ。


「ネームレス王、その辺でパラムくんを苛めるのはやめてもらいたいな」


 わずか十数分の攻防で憔悴しきったパラムを見ながら、ウードン王が制止する。


「もとはと言えば、こいつから斬りかかってきたんだろうが」

「止めなかった私にも責任はあるが、もう十分だろう」

「ならどうする?」

「実は事前にボールズくんとは話し合っていたんだがね。ネームレス王に提案がある。

 どうだろうか。ウードン王国とネームレス王国で――」


 その提案にユウとムッス以外の者たちが唖然とし、真意を確かめるようにウードン王を見つめた。


「ネームレス王、返答はいかに?」

「いいよ。でも、お前はいつかこのことを後悔する日がくるだろうな」

「後悔ならすでにしているとも。

 大切に育てていた遊び相手は失うことになるだろうし、新しく現れた遊び相手も諦めることになる可能性が非常に高い。はっきり言えば、散々な結果だよ」


 ウードン王がなにを考えているのか。この時点でもユウには理解できなかった。


「後悔しているなら、今からでも大賢者を呼んできてもいいんだぞ」

「ふふっ。大賢者なら最初・・からいるじゃないか」


 その言葉にムッスの顔が強張り、大広間を見渡した。そしてユウは、ウードン王から視線を外さずにいた。


「嘘じゃないな」


 そう呟くと、ユウはいきなり足元を踏みつけた。


「いだぁっ!? ユウ~、なにするの~」


 ユウに頭を踏まれたニーナが、涙目で影から這い出てくる。


「なるほどな……。知ってたし」


 なにが? とは誰も聞かなかった。


「そこだっ!」


 天井を見上げたユウが、掌に作った魔力弾をなにもない空間目がけて放つ。


「……なにをする」


 なにもない場所で魔力が弾けると、空間が歪んで水の霧となって散っていく。そして徐々にそこに潜んでいた者の姿を露わにする。現れたのはレナであった。


「なるほどな……」


 再度、ユウは同じ言葉を繰り返した。


「ネ、ネームレス王……まさか大賢者と間違ったのではないかと、我は思うのだが」

「黙れ。変態が」

「ぐぬぬっ……」


 一矢報いようとしたパラムが、ユウの口撃にあえなく撃沈する。


「天知る、地知る、儂が知るっ! 刮目せよ!!」


 どこからともなく老人の声が大広間に響き渡る。

 近衛たちが声の出処を探そうと周囲に目を走らせる。


「ぬはははーっ! どこを見ておる!! ここじゃっ!!」


 皆が一斉に頭上を見上げた。すると、レナがいた場所よりもさらに高所より、紫電を纏った老人が急降下してユウとウードン王の間に降り立った。

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