第254話 叙勲式前日 前編

「よしっ! 安定したな」

「安定したからって油断するなよっ!」

「今のうちに結界と封印をさらに強化するぞ。とりあえずはそれで大丈夫だろう」


 バリュー邸の一室、その広い室内の中央に鎮座するように飾られているのは、古龍マグラナルスの角である。

 直径二メートルを超える白銀の角を載せている台座は、バリューが所有する封印の魔導具である。それも秘蔵の品の一つで、宝物庫より引っ張り出してきたのだ。さらに台座の周りには正五芒星の形に結界の魔導具が配置されており、そこに十人以上の結界師が力を注ぐことで、荒れ狂う魔力の奔流をやっと抑えつけることに成功する。


「ぷはぁっ」


 結界師たちの作業を見守っていたバリューが、グラスのワインを一気に飲み干し、テーブルに叩きつけるようにグラスを置いた。

 普段であれば奴隷やメイドを侍らかしているのだが、今のバリューは一人で酒を飲んでいた。それほど酒を嗜むわけではないのに、テーブルの上には空になったワインボトルが三本ほど転がっている。

 古龍の角の設置が無事に終わるかを寝ずに見ていたのだ。八千億マドカという、いかにバリューといえども容易く出せる金額ではない。その大枚をはたいて手に入れた古龍の角が、荒れ狂う魔力が膨大すぎて保管できませんでは済まされないのだ。

 ユウのつけた現金・・のみでの支払いという条件のせいで、バリューの懐からは莫大な現金が消失していた。

 しかし、バリューが寝れずにいた本当の理由は――


「くそっ!!」


 怒鳴り声とともに、バリューはテーブルのワインボトルやグラスを払いのける。その音に結界師たちの手が止まり、バリューへ視線を一瞬向けるのだが、血走った目のバリューに睨まれると慌てて作業を再開する。


「こ、このっ、この私を、高貴なる血を受け継ぐこの私をっ! あのような公衆の面前で恥をかかせおって! ゆ、許さんぞっ!! どいつもこいつも……ノクス家の前にひれ伏せさせてやるっ!!」


 寝ようとしてもサザティーズオークションで受けた恥辱が頭の中を駆け巡り、その度に怒りで目が冴え、寝ることを身体が拒否するのだ。大貴族の家に生を受け、このような屈辱を受けたのはバリューにとって初めての経験であった。本来であれば、すぐさまにでもユウの殺害を家臣に命じるところだが、時知らずのアイテムポーチの件があるだけに我慢したのだ。


「それもあと少しだ。

 明日の叙勲式が終われば……すべてが私の手中に収まる」


 テーブルに置かれている魚の刺繍が入ったアイテムポーチを凝視しながらバリューが呟く。


「だが……」


 酔ってはいるが、それでもバリューの思考は鈍ってはいない。サザティーズオークションでの。いや、その前からの一連の流れを思い出し、考えれば考えるほど違和感を覚えた。

 そもそもサザティーズオークションで、とてつもない代物が出品されると噂を聞き、夜会の開催費と併せて資金を集めていた。その噂の代物の出品者がユウで、回収に手間取った古龍の角の運搬方法をサザティーズの館長を脅して聞き出すと、時知らずのアイテムポーチを使用していた。

 これを偶然と考えるのは少々無理がある。なにが目的なのか。ユウについて情報を集めさせていたバリューは、その目的が自らに恥をかかせるだけとは思えなかった。こうなってくると、古龍の角の落札の条件が現金だったのも、なにかしらの理由があるように思えてくる。


「これではまるで、あのときと同じではないか」


 バリューの脳裏に忌々しい記憶が甦る。

 ウードン王国の民から貴族の中の貴族と謳われ、同じ貴族からは恐れられたワイアット・ゴッファ・バフが、二十年以上も前に王に反旗を翻したのだ。

 どのようなことが起ころうとも、ワイアットだけは忠誠を誓った王家を裏切らないと思っていたバリューは、他の貴族同様に驚きを隠せなかった。

 だが、あることに気づく。いや、ワイアットに気づかされた。その事実に、真実に、気づいたときバリューは――


「――様」


 ウードン王は、ワイアットは――


「バリュー様」


 いつの間にか、バリューの目の前に男が立っていた。


「バリュー様、いかがなされましたか。顔色が優れぬようですが」

「い、いや……なんでもない。

 で、なに用で来た?」

「早朝の訪問をお許しください」

「よい。早く用件を申せ」

「はっ。明日の叙勲式後の会談の出席について、打診していた御方々から返事をいただきましたので、ご報告に参りました」


 バリューは目の前の男――ピーターリット・モルデロン・パスレを見る。パスレ家の四男で爵位を継げず、親の顔を立てて派閥に加えただけの特に秀でた能力もない人材であった。

 だが、ここ数ヶ月の成長は目まぐるしく、派閥内でメキメキと頭角を現し、今では重宝している男であった。


「ほう。ついに中立派の筆頭であるウィリアム・ボナ・パパルが私の誘いに乗ったか」

「それ以外にも、これまでバリュー様からの度重なる勧誘を保留し、慎重で様子を見られていた御方々からも色よい返事をいただいています。ただ――」

「ただ、なんだ?」


 今まで勧誘どころか会談にすら乗ってこなかった敵対派閥や中立派の貴族たちからの返事に、バリューは幾分か機嫌がよくなる。だが、口ごもるピーターリットの態度に、途端に眉をひそめて不機嫌になる。


「は、はい。バリュー様が手に入れた物を見せてほしいとのことです」

「私が手に入れた物だと? それはなにを指しているか聞いたのか」

「お聞きしましたが、バリュー様に伝えればわかると仰るのみで、子細については教えていただけませんでした」


 なるほどな、とバリューは納得する。

 今まで幾度となく自らの誘いに応じなかった連中が、ここにきて態度を急変させた理由がわかったのだ。


「あいわかった」

「それでは?」

「必ず持参すると伝えよ」

「わかりました。では、そのように」


 足早に去っていくピーターリットを目で追い。退出まで見届けると、バリューは再度テーブルに置かれているアイテムポーチへ目を向ける。そして、おもむろにアイテムポーチを裏返すと、そこにはユウ・サトウと刺繍が施されていた。


「ふんっ。下らぬ真似を」




 高級宿コンコンラッド・バリルの一室で、料理人たちが腕によりをかけた朝食にユウたちは舌鼓を打っていた。


「ニーナさん、お行儀が悪いですよ」


 口いっぱいにパン、肉、サラダをこれでもかと詰め込んで、ハムスターのように頬を膨らませたニーナがマリファに注意される。

 しかし、ニーナの耳にはマリファの小言は届いていないようで、先ほどから一心不乱にオークションでユウが落札した魔道具『写眼具』を手に、ユウたちを撮影しているのだ。


「……ニーナもまだまだ子供」

「ニーナさんも口の周りがソースだらけのレナにだけは言われたくないのでは?」


 旋毛のアホ毛が動揺するかのように左右へ揺れるが、レナは何事もなかったかのようにナプキンで口元を拭った。


「コロちゃん、ランちゃん。こっちを見て~」


 特別に作られた従魔用の餌をたらふく食べて、寛いでいるコロがニーナの呼びかけに小首をかしげながら見つめる。その横でランは水を飲んでいるのだが、あまりにも飲み方が下手くそで顔が水浸しである。


 先ほどから我関せずなユウは『写眼具』で料理を撮ると、次に『異界の魔眼』で料理の材料から作り方までを確認してから食べる。そしてすぐさま料理の味や調理法を手元の紙へ書き込んでいく。


「……ユウもお行儀が悪い」


 レナがマリファへ告げ口するも、マリファは見て見ぬ振りである。なぜならユウはマリファの絶対的な主だからだ。むしろ、そんなユウの姿も素敵だとすら感じていた。


「いいのです」

「……注意するべき」

「必要ありません」

「……なぜ?」

「ご主人様だからです」


 レナが「……ええっ」といった感じで、口がぽかんと開いたままになる。

 そんなレナをよそに、ユウが食事を一通り終えたのを確認したマリファは、食後の紅茶を用意してユウに差し出す。


「ご主人様、本日のご予定ですが」

「ああ、俺はムッスと王宮に行くことになったから、お前らは王都でも観光すればいいよ」


 ユウとマリファの会話を、いつの間にか近くで聞いていたニーナが「ふふんっ」と至近距離から『写眼具』でユウを撮りまくる。


「ユウが王城に行くのは明日だよ? もうボケちゃ――ひゃっ!? いひゃいっ、ひうっ、いひゃいよ~」


 ユウに頬を抓られたニーナが涙目になる。


「誰がボケたって? あとパシャパシャうるさい」

「ご主人様、王城ではなく王宮に行かれるのですか?」

「そうだ。非公開のお忍びで行くことになった」

「どうしてそんなことになったのかな? そんなところに行くのは止めたほうがいいと思うな~。それより今日は私たちと一緒に観光でもしようよ~」

「……ニーナの言うとおり。ユウはもう少し私たちを構うべき」


 普段と変わらぬ口調であるが、ニーナはユウが王宮に行くのをなぜか止めたいようであった。一方のレナはオークションで手に入れた魔導書で覚えた魔法をユウたちに披露したいようで、先ほどからチラチラと様子を窺っては頻りに杖を振ってアピールしていた。


「御伴してもよろしいでしょうか」


 確認するまでもなく、最初からユウについて行くつもりのマリファであったが。


「ダメだ。

 王宮には俺とムッスだけで行く。

 そんな顔すんなよ。その代りってわけじゃないけど、これやるからさ」


 同行をユウに断られたマリファは一見、表情こそ変わっていないようだったが、長耳がしょんぼりするように垂れ下がっていた。

 ユウはアイテムポーチから小さな革袋を三つ取り出して、テーブルの上に置くと、革袋はそのサイズに見合わぬ重い音をニーナたちの耳にまで届かせる。


「わっ。凄い音したけど、中身はなんなのかな~……」


 革袋を開けて中身を確認すると、ニーナは真顔になって固まった。不審に思ったレナやマリファも中身を確認すると、ニーナと同じように真顔で固まる。


「ユ、ユウ……あの、これって」

「……白金貨」

「ご主人様、こちらは……」


 革袋の中はおよそ百枚ほどの白金貨であった。


「お前らの小遣いだ。言いたいことはわかる。普通の店じゃ白金貨なんか使えないって言いたいんだろ?」


 ニーナたちは「違う、そうじゃない」と言いたかったのだが、お小遣いに一億マドカも渡すユウの金銭感覚に唖然とした。


「ギルドで両替すればいいだろ」


 そう言うと、ユウは『時空魔法』でゲートを創る。そのまま門を潜ろうとするが、まだなにか言いたそうなニーナたちに向かって振り返ると。


「もし来たら、わかってるよな」


 念を押してからユウは門を潜った。




「やあ、待っていたよ」


 ユウが泊まっている宿に勝るとも劣らない宿の一室で、ムッスがユウを出迎える。


「ヌングさんは?」

「馬車で財務大臣が差し向けた者たちを引き連れて、王都を観光してもらっているよ」


 伯爵であるムッスが出迎えたにもかかわらず、その執事であるヌングを真っ先に探すユウの態度をどう思ったのか。ムッスは肩を竦めて苦笑する。


「じゃあ、行くぞ」

「待ってほしい。

 行くってのは、ユウの『時空魔法』でかな?」

「他になにがあるんだよ」

「確認しておきたいことがある。どこまで『時空魔法それ』で行けるのかをね」


 こう見えてもムッスはウードン王国の貴族である。ユウの『時空魔法』で王城もしくは王城内のどこまで行けるのかを知りたかったのだ。だがムッスの質問に対して、ユウは少し意地悪な笑みを浮かべると。


「どこまで行けると思う?」

「むっ……。まさか王城内に直接行けるんじゃないだろうね? 王宮内だと僕の首が飛ぶじゃないか。

 まあいいよ。王城外の、それもあまりひと目につかないところにしてくれないか。あとは僕が案内する」

「注文の多い奴だな」

「僕は伯爵だよ」

「なら俺は王様だ」

「くっ……」




 あれこれ注文をつけるムッスの要望どおりに、ユウは王城の西へ『時空魔法』で移動する。そのあとは、ムッスがユウを案内する。すでに話は通っているようで、止められることなく西門を通り過ぎると、ムッスは王城へ向かわずに脇道から地下道へと進んでいく。

 地下道の扉にいた番兵にムッスが令状を見せると、慌てて番兵は扉の錠を魔法で解錠する。すると、番兵の横に控えていた燕尾服を着た老人が、ランタンを手に扉の先へムッスたちを誘導する。

 その後も迷路のような地下道を案内人と共に進んでいく。どれほど歩いたのかようやく上り階段が見えてくる。


「こちらを登れば王宮まで一本道となっております」


 案内人の役目はここまでのようで、ムッスは老人へ礼を述べる。


「驚いただろう?」


 階段を上ると、そこは花園であった。

 ユウが周囲を見渡し何気なく振り返ると、先ほど上がってきたはずの階段や扉の姿は跡形もなくなっていた。さらに体感で一時間近く歩いていたはずなのに、王宮らしい建物はまだ遠くの方に見える。


「さあ、もう少し歩けば陛下の御座すウードン王宮だ」




 初老の男が二人、チェスボードを挟んで向かい合っていた。

 二人とも細身でゆったりとしたローブを着ており、ボードゲームをするにはあまりにも広い大広間の天井は、自然光が取り込まれるように造られている。周囲の壁には王を護る近衛が配置されており、まるで彫像のように身動きせずに立っていた。


「陛下、なぜご自分が不利になる手ばかり打つのですか」

「なぜ? ボールズくんは変なことを聞くなぁ。簡単なことだよ。そのほうが面白いからだ」


 温和な表情で微笑みながら答えるウードン王に、ボールズの眉間の皺がさらに深くなる。


「今日は楽しみだ。久しぶりにムッスくんと会えるのもそうだが、噂の少年にも会えるんだからね」

「私は不安で仕方がありませんがね。

 そもそもムッス伯爵をいつまで放っておくおつもりですか」

「いつまで? 私の期待に応えるまでと言いたいところだが、それは無理な望みだろうね」

「バリュー財務大臣が画策していたムッス伯爵の派閥への取り込みは失敗したようです」

「それは残念だ。

 成功していれば面白いことになっていただろうに」


 心の底から残念そうに、ウードン王は首を左右に振る。


「陛下っ。そのようなお考えでは困ります」


 ウードン王を嗜めるようにボールズの語気が強くなる。


「進言する私の身にも――どうやらムッス伯爵が来たようです」


 金の刺繍が施された赤絨毯の上を、ユウとムッスが侍女に案内されてくる。

 ムッスはウードン王の前まで来ると跪き頭を下げ、その際に配置されている兵を確認する。


(陛下の横に五騎士にして宰相であるボールズ・フォン・バルリング、さらに五騎士『絶対なる勝利をもたらす騎士』ことパラム・パプスか。見えるだけでもウードン近衛騎士が三十名ほど……。どうせ天井や下にも兵を隠しているんだろうし。想像するだけで胃が痛くなってくるな)

 ウードン王が鷹揚に頷き、手で立つように促す。これはムッスに挨拶することを許可したということである。


「陛下、まずはこの度は謁見の機会をいただき、あり――」

「ムッス伯爵、待ちなさい」


 ボールズがムッスの言葉を遮る。宰相とはいえ、王と伯爵の挨拶を途中で遮るなど礼に失する行為であるのだが。


「バルリング宰相、なにか私に至らぬ点でも?」

「あなたにはありません。

 そちらの無礼な少年に少々言いたいことがあります」


 ボールズはムッスではなく、ウードン王から視線を外さないユウに向かって述べる。


「陛下の御前にいるにもかかわらず、なぜ跪かないのですか。貴族の礼儀作法に疎くても、それくらいは理解できるでしょう。

 それにその格好はなんですか」


 落ち着いた紺色のジュストコールにベスト、キュロットのムッスと比べて、ユウの格好は大剣に盾、鎧――いつもの冒険者スタイルであった。


「どこに武具を纏って、一国の王と謁見する者がいるのですか」

「目の前にいるだろうが」

「無礼者っ!!」


 細身の姿からは想像もできないほど大声量の叱責と圧力であった。しかし、それでもなおユウはウードン王から視線を外さない。


「無礼なのはお前だろうが。

 初対面のくせにさっきから名も名乗らず、偉そうにペラペラ喋りやがって」

「なっ!?」


 ボールズは驚きのあまり、普段は鋭い眼光を放つ目が見開いている。ムッスはムッスで、いきなり喧嘩腰のユウの態度に頭を抱えた。そしてウードン王は微笑んだままだったが、わずかに口角が上がっているように見えた。


「わ、私はウードン王国の宰相を務める、ボールズ・フォン・バルリングです」


 頬をひくつかせながらボールズが名を名乗る。


「聞いたこともない名前だな」


 五大国が一つ、ウードン王国の宰相を相手に傲岸不遜ともとれるユウの態度に、さすがのムッスも顔が若干青くなる。


「俺はネームレス王国の王、ユウ・サトウだ」

「ネームレス王国? そのような国の名前は聞いたことがありませんね」


 先ほどのお返しとばかりにボールズが言葉を返すのだが。


「だろうな。お前って、ここに引きこもってて外に出たことがなさそうだもんな」

「ふぎっ……」


 普段は冷静沈着と謳われるボールズの口から、聞いてはいけないような声が漏れ出る。


「か、仮に私が引きこもりであったとしても、そのような国をレーム連合国は認めていません」

「お前って賢そうな馬鹿なんだな。

 国ってのは認めてもらうもんじゃない。認めさせるんだよ。お前らだってそうやって、五大国の一つにまで伸し上がってきたんだろうが。

 おいっ。いつまで偉そうにふんぞり返って座ってやがる。一国の王がわざわざ会いにきたんだ、さっさと立てよ」


 ボールズに向けた言葉ではない。先ほどから黙ってことの成り行きを見守っているウードン王に向けてである。

 大広間にあっという間に殺気が満ちていく。王に絶対の忠誠を誓う近衛たちから漏れ出たものである。


「偉そうにしているつもりはないんだが、どうやら少年は私のことが嫌いのようだ」


 異様な雰囲気が漂う状況で、ウードン王は変わらず微笑んでいた。


「お前のどこに好かれる要素があるんだ? それに少年だと? 俺はネームレス王国の王だと名乗ったはずだぞ」


 近衛たちからの殺気を受けても、ユウの口撃は止まらない。いや、より一層激しさが増す勢いである。

 また、その様にボールズはムッスを睨めつける。その目は「これがあなたの望んだことですか?」と問いかけるようであった。だが、その視線を受けてもムッスは飄々とした様子で、黙って見守りましょうと口に人差し指を当てると、ボールズに向かってウインクする。


「少年が先ほど自分で言ったばかりじゃないか。認めてもらうものじゃない、認めさせるものだと。

 この立ち位置が現在の私と少年の力の差であり、国力の差だ。

 王と認めてほしいのなら、それに足るだけのモノを私に示しなさい。でなければ、ずっと少年のままだよ?」

「よく言うな。

 自分の国を財務大臣に好き勝手されている奴がっ」

「そうだね」

「お前は知っていて放置している。ワザと国を弱らせて、なにが楽しいんだ」

「私だってできればそんなことはしたくないさ。ところで、少年は意図的に相手を怒らせ、または恐怖を与えることで自分のペースを握るのが得意みたいだが、無駄だよ。

 …………うん? ウィリアムくんの真似をしてみたんだが。どうやら受けなかったようだ」


 この時点で一切の感情を乱さないウードン王に、ユウは自分のペースへ引き込むことができずにいた。


「余計なお世話かもしれないが、ウィリアムくんには気をつけたほうがいい。ウードン王国の中立派を纏める大貴族だが、いざとなれば簡単に切り捨てる非情さを持ち合わせている。少年の前で孫を人質に取られて、怒ったり、驚いたり、狼狽えているように見えても、決して信じてはいけない。

 なにしろウィリアムくんは、私と会う際には必ず薬を服用するんだ。仮にも私は王だよ? 失礼にも程があると思わないか? 私はただ遊び・・相手になってほしいと伝えただけなのにね」


 これまで悪意を感じさせないビクトルや、恐怖を感じないウィリアムなど、数々の曲者たちとやり合ったことのあるユウであったが、それらと比較しても――否、比較にならないほどウードン王は理解できない存在であった。


「こうして少年と話してみて、私の見解はウィリアムくんとは異なる。

 少年は悪意や怒りなどの負の感情に敏感――というよりそれを利用して相手の嘘を見抜くことができるのでは? ふふ、どうやら当たりのようだ」


 ユウの反応を見て、自分の予想が当たっていたと判断したウードン王が、嬉しそうに拍手する。


「さらに思考を加速させてみよう。

 もともと持って生まれた能力なのか。それとも後天的に身についた能力なのか。

 私は後者だと思う。おそらく悪意に満ちた環境、または悪意を受け続けて育った結果、備わった能力なのではないだろうか。ふふふ、また当たった」


 先ほどと同じように拍手しながら喜ぶウードン王の姿は、まるで遊戯を楽しむ子供のようであった。


「大した洞察力だな。俺も気づいたことがある」

「なににかな? 是非、教えてほしい」

「お前が好き放題させている理由だ」


 ウードン王の微笑みが深くなる。


「信じられないことに、お前は遊び相手がほしいんだ」

「どうしてそう思うのか聞いても?」

「そう考えると、すべての辻褄が合うからだ。

 貴族クズの横暴を放置し、五大国の一つでありながら他の大国と比べて、明らかに騎士団が弱い。外交もお粗末で、他国から舐められている。それだけ無能にもかかわらず、いまだに王のままでいられる。どう考えてもおかしいだろ? お前は自分の退屈を紛らわせるために、国を使って遊んでいるんだ」


 ユウのあまりにも馬鹿げた推測に、近衛たちが呆気にとられ、あれほど濃密であった殺気が霧散する。

 わずか数分ではあるが、時が止まったかのように静まり返った大広間に拍手の音が響く。


「素晴らしい」


 ウードン王――クレーメンス・クラウ・ニング・バルヒェットから、初めて感情の揺らぎをユウは感じた。

 そして、ただ微笑んでいるだけのウードン王の姿が、ユウやムッスには怪物のように見えた。


「私の中での評価が上がった。

 どれくらいかというと、ウィリアムくんより上で、マンマくんよりかは少し下くらいかな。マンマくんのことは知っているかな? とても有能な人物で、現在のセット共和国が瓦解せずに上手く運営されているのは彼の手腕によるところが大きい。

 まあ、彼はなぜか私のことが嫌いのようだから、ここで褒めたことを知って嫌悪を示すことはあっても、喜ぶことはないだろうがね。

 さて、私の一族はなんというか……一言で言えば、遊戯が好きなんだ。その遊戯が大好きなご先祖さまの一人が困った御方で、あろうことか遊戯の相手に大賢者を選んだのがことの始まりだ。

 そもそも常人であれば、大賢者に挑もうなどとは考えない。だが、ご先祖さまの提案した遊戯に乗った大賢者は、結果的に負けたそうなんだ。

 この話をする度に、大賢者は苦々しげな表情を浮かべるから、よっぽど悔しかったんだろうね」


 ウードン王の長話を聞かされ、ユウは明らかに苛ついていた。これでは普段と逆ではないかと、ムッスは表情にこそ出さぬものの、ユウのことを心配する。


「――ご先祖さまと大賢者の話はこれくらいにして話を戻そう。一族の例に漏れず、私も遊戯が好きなんだが、少し困った悪癖があってね。そのなんというか、自分をあえて圧倒的に不利な状況に追い込んでから遊戯を開始する、なんとも困った悪癖なんだ。そのくせ負けず嫌いなんだから、自分で言うのもなんだが面倒な性格だと思うよ」

「お前の話なんてどうでもいい。

 そんなことより知りたいのは、この国が俺の召喚に関わっているかどうかだ。

 お前ら屑どもが、大昔から自分たちに都合のいい人間を召喚して使い潰しているのはわかっている」


 ユウの発言に、ムッスが驚いた表情でウードン王を凝視する。


ネームレス王・・・・・・、君が話している内容はレーム六大国盟約事項の特記事項に触れている。

 あとでこの場にいる者たちに、強力な契約魔法を施さなければいけなくなった」

「盟約だ? 笑わせんな! 屑どもが自分たちの罪を隠すために作った自分たちに都合のいい約束ごとだろうがっ」

「レーム大陸の安寧のために作られた約束ごとだ、と私は記憶しているよ」

「安寧だと? 恥知らずにもほどがあるな。

 お前らがどれだけの人間を使い潰してきた。なんの罪もない女を召喚して散々に利用しておいて、挙句の果てにつ――」


 ユウが言葉を打ち切って飛び退く。

 先ほどまでユウがいた場所に、パラムが唐竹割りに振り下ろした聖剣エクスカリバーが深々と突き刺さる。


「陛下の御前ゆえ黙っていたが、数々の暴言をこれ以上は見逃せぬ! ウードン五騎士が一人、『絶対なる勝利をもたらす騎士』パラム・パプスが成敗してくれる!!」


 床から引き抜いた聖剣エクスカリバーを掲げるパラムの姿に、宰相ボールズが頭を抱えた。

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