第253話 オークションのあと
サザティーズオークションが終了しても、いまだ会場内は万雷の拍手と大歓声が鳴り止まずにいた。
その姿は普段、高貴なる者と振る舞っている者たちとは思えぬほどの熱狂ぶりである。しかし、その称賛を受けるべき者――バリュー・ヴォルィ・ノクスの姿はすでになく、取り巻きの貴族や商人たちも逃げるようにその場をあとにしていた。
「きゃっきゃっきゃっ!」
手足をばたつかせながら、ヒヒのように笑っているのはデリム皇帝である。小柄な老人が笑うと、その肌に刻まれた皺がより深く際立った。
「これだけでも、わざわざ帝都からテンカッシにまで来たかいがあったのぅ」
「それはようございました」
ダークエルフの女性が、はしゃいで脱げたデリム皇帝の靴を拾って履かせる。
「それにしても、あれがジャーダルクの狂信どもがのたまう災厄の種か。あのふてぶてしい態度は、ジョゼフによう似とる」
「そうでしょうか? 皇帝陛下、お言葉ですがジョゼフに比べれば、あの少年など可愛らしいものです」
臣下が皇帝に物申すなど、普通ならば許されることではないのだが、デリム皇帝の周囲にいる護衛たちはダークエルフの女性に対して不快を露わにするどころか、笑みを堪えているようにすら見えた。
「お気に召したのでしたら、勧誘してはいかがでしょうか」
「ふむ。セブンソードにか?」
「単独でイモータリッティー教団の第十二死徒を倒したと聞いております。その資格は十二分にあるかと」
「セブンソードであるお前から見てどうじゃ?」
「性格に問題がありそうですが、強さは文句なしです」
デリム皇帝は手にした杖で軽く床を叩く、そして天井を見上げながら大きくため息をついた。
「現セブンソード筆頭ガース・ドーのお墨つきか。余があと二十年若く、ジョゼフがおれば喜んで提案に乗ったんじゃがのぅ。
今のデリム帝国に、レーム連合国を敵に回すほどの気概も強さもないわぃ」
「ジョゼフはあの少年にご執心のようですよ」
「ふんっ。どうせ亡くなった息子を重ねておるんじゃろ。
はよ新しい女を娶り、後継者を作るのが貴族の役目じゃろうがっ。あやつなら、それこそ女なんぞ選り取り見取りじゃわい」
「皇帝陛下、ジョゼフはパルの貴族姓を返還しております。
それに今のジョゼフは昔の眉目秀麗と呼ばれていた頃と違って、髪も短く、むさ苦しい男になっているそうですよ」
「かっか」と笑いながら、デリム皇帝は二度、三度、杖を打ち鳴らす。
「ではなにか? 余がデリムの名を捨てれば皇帝を辞められるのか。それはいいことを聞いたわぃ」
「ご冗談を。デリム帝国の情勢は、皇帝陛下が誰よりもご存知のはずです。そのようなことは、皇族も兵も民もお認めになられませんよ」
「そのとおりじゃ。
余がなにを言おうが、たとえデリムを捨てようが、周りがそれを許さぬ。皇帝とは国の最高権力者ではなく、国に仕える奴隷と同義と知ったのはいつじゃったかのぅ。そして、それはジョゼフにも言えることじゃ。どんなに逃げようが、貴族姓を捨てようが、それは追いかけてくる。
それに今のジョゼフがむさ苦しいじゃと? だからなんじゃというんじゃ。いつの時代も漢が漢に惚れるというのは見た目ではない、中身じゃっ。
ほれ、後ろを見るがよい」
デリム皇帝は身体の向きを変えず、首でガースに振り返るように促す。そこにはデリム帝国が誇る近衛師団の中でも、選抜された十人ほどの近衛の姿があった。どの者も剣で、魔法で、拳で砂竜を容易く屠れるほどの
「近衛師団に所属する身でありながら、余よりもジョゼフに興味関心を持っておる」
ガースが近衛たちの顔を窺うと、対応に困ったかのように皆が顔を背ける。
「ふふっ。どうやらそのようで」
「ぎゃっぎゃ! まあ、気持ちはわからんでもない。ジョゼフが率いてたセブンソードの黄金期を知っている者であれば、誰もがあの頃を思い浮かべ、酔いしれるじゃろ。無論、余もその一人じゃがな。
だが、それも今は昔の話じゃ。今のセブンソードを思い浮かべてみるがええ。お前を除く者たちは、皆が公爵家の息がかかったつまらん者ばかりじゃ。
ジョゼフが率いたセブンソードも二人が亡くなり、ジョゼフを抜けたのを機に三人が余のもとを去った。残るはお前だけじゃ」
昔を懐かしむデリム皇帝の姿は、小さな身体がさらに縮こまったかのように見えた。
「私も皇帝陛下が退位すれば、お暇をいただこうかと」
「きゃっきゃ。そうなれば残るセブンソードの一席を巡って、六公爵家が争うじゃろうな。そこにボンクラ貴族どもも加わって、デリム帝国は分裂じゃ。強大なデリム帝国が分裂するとなれば、列国は大喜びで争いに手を貸すじゃろうて」
肩を震わしながら喜ぶデリム皇帝と一緒になって笑うガースを、近衛たちは内心で冗談ではないと慌てる。
広大なデリム帝国は、長年に渡って貴族が幅を利かせていた。貴族たちが保持する権力は、歴代の皇帝ですら気を使わねばならぬほどであった。
それを打破したのが現皇帝ガンマ・デリム・レイ・オークレールである。皇帝に非協力及び反抗的な貴族たちを、皇帝派の者たちやジョゼフを利用して、次々に血の粛清を行い恐怖と力によって支配したのだ。
その皇帝が退位すれば、権力争いでどれほどの血が流れるか。まず間違いなく戦争が起きるのは、この場にいる誰もが容易に想像できた。
「広大なデリム帝国じゃが、半分以上は不毛の砂漠地帯じゃ。しかしの、遥か昔はどこよりも緑豊かな土地であった。それがどうしてこうなったのか知っとるか?」
「皇帝陛下、デリムに生きる者ならば誰でも知っていますよ。三大魔王、轟焔龍『焔のムース』が居座っているからだと」
「そう。そのとおりじゃ。
あの忌々しい龍のせいで気候が変わり、水が干上がり、緑が枯れ果てたんじゃ。
では、なぜ居座っておるかは知っておるか?」
デリム皇帝は意地悪そうな笑みを浮かべながら問いかける。暫し考え込むガースであったが。
「それは……存じておりません」
その答えは自らの記憶から導き出すことはできなかった。
「数百年以上に渡ってデリム帝国に仕えるお前でもわからぬか」
ダークエルフの麗人は見た目以上に高齢であった。何世代も皇帝に仕えて、デリム帝国を支えてきたのだ。だが、年齢にかかわることを言われると、さしもの女傑といえど中身は一人の女性である。眉をひそめて、非難するようにデリム皇帝を見据える。
「他意はない、許せ。
余は真実が知りたかったのでな。ジョゼフを唆して『焔のムース』へけしかけたんじゃ」
「………………は?」
思わず間の抜けた声がガースの口から漏れ出る。本来であれば、皇帝に対してするような態度ではない。周囲にいる近衛から諌められてもおかしくないのだが、近衛たちもガースと同様の表情を浮かべていた。
「こ、皇帝陛下、それはレーム連合国並びに冒険者ギルドとの間で結ばれている条約に――」
「そんなことはわかっておる。じゃが、知りたかったもんは仕方がないじゃろ」
「結果をお聞きしても?」
この場にいる者たちの気持ちを代弁するかのように、ガースが尋ねる。
「結果か…………。
驚くことにな。真実は――あぁ、忘れておった。これは余とジョゼフとの間だけの秘密なんじゃ。
それより、そろそろ夕餉の時間かの。宿へ戻ろうとするか」
デリム皇帝は椅子から飛び降りると、年齢に見合わぬ軽快な動きで歩いていく。そのあとをガースや近衛たちが慌てて追いかけた。
「えぇっ!? 凄く気になるんですが。内緒で私にだけ教えていただけませんか?」
「デリム皇帝は帰ったようです」
「あちらも同じ目的だったようだ」
離れた席からデリム皇帝を見ていたセット共和国の指導者マンマ大統領は『十二魔屠』筆頭のジークムントからの問いかけに、モノクルの縁を指でなぞりながらあまり興味がなさそうに答える。
「マンマ大統領は『災厄の種』を見て、どのように感じられましたか?」
「一度は直接見てみたいと思っていたが、私は以前にユウ・サトウのことを哀れな『犠牲者』と称したことがある。だが、なかなかどうしてしぶとそうじゃないか。
君も見ただろう? バリュー財務大臣に対するあの態度を。まるで誰彼構わず噛みつく餓狼のようだ」
大袈裟に肩を竦めるマンマの姿に、ジークムントは苦笑する。
「このあとですが――」
「夕食の時間だ。夕食はステーキに赤ワインと数十年前から決めている」
「ウードン王にお会いになられないのですか?」
「会わない」
ジークムントがさして驚いていないのは、予めマンマがこう答えるとわかっていたからだろう。
「よろしいので?」
「あの男に会うくらいなら、私はゴブリンと会食する方を選ぶね」
「ハハッ。ウードン王も嫌われたものです。ですが、この王都テンカッシには現在デリム皇帝、ハーメルンの『八銭』が二人、そしてマンマ大統領と五大国のうち、四カ国の首脳が集まっています。マンマ大統領だけ、ウードン王にお会いになられないのは、セット共和国にとってマイナスなのではないでしょうか」
正論である。しかし、マンマは懐中時計を取り出して、夕食の時間を気にしている始末である。
「会わないさ」
「まさか。お忍びとはいえ、王都まで来て会わずに帰られるとでも?」
「デリム皇帝は間違いなく会わない。『八銭』の二人は意味がないと判断して会わないだろう。もしかすると、バリュー財務大臣には接触するかもしれないがね。そして私は、あの男が大嫌いだから会わない」
断言するマンマに、これ以上はなにを言っても無駄だろうとジークムントは黙り込む。
「それより夕食の時間だ。
人生を有意義に過ごす秘訣の一つは、なによりも時間を守ることだ」
「かしこまりました。
宿へ戻るぞ」
ジークムントの呼びかけに、周囲の客に紛れて配置しておいたマンマ大統領の護衛たちが立ち上がる。
「爽快だったよ」
サザティーズの一室で、ムッスが愉快そうに呟く。室内を見渡せば、ムッスの他にヌングとユウの姿しか見当たらない。
「あははっ。今日のオークションは、きっと歴史に残る出来事としていつまでも語られるだろうね。
あんなに悔しそうな財務大臣の顔を、僕は初めて見たよ」
上機嫌なムッスを前に、ユウはテーブルに用意された茶菓子を手に取り口へ放り込む。すかさずヌングが温度管理していた紅茶をティーカップに注ぎ込み、ユウの手元へ置く。
「話が終わったなら帰っていいか? 待たせている奴がいるんだ」
「もちろん違うさ。
実は君に陛下とお会いしてほしい」
「言われなくても会うだろうが」
「明後日の叙勲式じゃないよ。明日、王宮で極秘会談の場を用意している」
ムッスの話に興味がなさそうにユウは紅茶を口に含む。
「会ってなにを話すんだよ」
「さあ?」
ふざけているのかとユウがムッスの顔を見るが、至って真面目そのものである。普段のムッスを知っているユウからすれば、それが余計に腹ただしいのだが。
「会ってもらえば、あとは勝手に話が進むと思うよ。僕の顔を立てると思ってさ」
「俺がいつ、お前の世話になった? それどころか、俺は王都に来たくなかったのに、お前がうるさいから来てやっただろ」
「そんなにうるさくはなかっただろう? それにオークションで協力したじゃないか。
財務大臣が怒りで我を見失っていたとはいえ、あそこで乗ってこない可能性もあった。そうなれば、僕は三千億を支払う羽目になっていたんだよ? 少しくらい僕に協力してくれてもいいだろう」
「適当なことを言うなよな。あのあと、すぐにビクトルが四千億で入札しただろうが。それにバリューがあそこで降りることはなかった」
「全部、お見通しだったというわけか」
「違うだろ。
どうしたものかと、ムッスは紅茶を啜りながら思案する。一方のユウは先ほどから黙っているヌングが気になるのか。それとなく様子を窺っていた。
「ヌングからも、ユウに協力するように言ってくれないか?」
「主であるムッス様に、このようなことを申し上げるのは大変失礼かと思いますが、苦言を呈させていただきます。
すでにユウ様には、こちら側の都合で多大な配慮をしていただいています。これ以上の願いは、いくらなんでも甘え過ぎかと」
まさか執事であるヌングから反対されるとは思っていなかったムッスは、目をわずかに見開き驚いたようであった。
「行くよ」
「え?」
「だから行くって言ったんだ。明日の何時に王城へ行けばいいんだよ」
手のひらを返したかのようなユウの態度の変化に、ムッスは大きく目を見開いた。
「あのさ。ユウは僕とヌングで態度が違い過ぎないか?」
「うるさいな」
対応の違いにムッスが不満を述べるも、ユウに一蹴される。
「まあいいさ」
そう言うと、ムッスは紙を取り出して自分の宿泊している宿の住所を記入する。
「この紙に書いている宿の部屋に、明日の八時までに来てほしい。それも誰にも見つからずにね。ユウなら簡単だろ? ただ、今日の出来事で、僕は完全に財務大臣を敵に回した。明日、部屋に僕の遺体があっても驚かないでくれよ」
「わかった。
そのときはヌングさんの面倒は俺が見るから、安心して死んでくれ」
「ちっがーう! ち、が、う、だ、ろっ!! そこはお互い死なないようにとか、僕のことを護るとか言うべきだろ!」
「フ……フフッ」
ユウとムッスのやり取りを見ていたヌングが、堪えきれずに笑い声を上げてしまう。
「申し訳ございません。
ですが、あまりにもムッス様とユウ様のやり取りが、フフッ……」
そのヌングの笑い方が、自分のよく知る老婆とあまりにも似ていたため、ユウは一瞬我を忘れてしまう。
「ユウ?」
「ユウ様、いかがなされましたか?」
ムッスとヌングが不思議そうに自分を見つめているのに気づいたユウは、誤魔化すようにムッスの書いた紙を乱暴に掴み取る。
「もう話は終わったんだからいいだろ。それにムッス、お前は命の心配よりも、冒険者ギルドの賠償金の心配をしたほうがいいんじゃないのか?」
「え? 冒険者ギルドの賠償金? 聞いていないんだけど」と取り乱すムッスを放って、そのままユウは部屋を出ていく。そして、それを部屋の外で待っていたサザティーズの従業員が、ユウの案内をする。
「サトウ様、お待ちしておりました」
従業員に案内されて、いくつもの厳重に警備されている扉を潜り抜けた先の部屋で、サザティーズの館長が以前と同じようにユウを出迎える。
ここはユウが古龍の角を持ってきた際に通された部屋である。窓もない広い室内には前回とは違って、天井へ届かんばかりに装飾を施された箱が山のように積まれているのが見えた。
「なんでお前がいるんだ?」
「そ、それが……」
ユウの視線の先には、ここにいるのが当然とばかりに寛ぐビクトルの姿があった。
「サトウ様のご友人だと、どうしても仰るので。
私どもも、ルスティグ様がサトウ様と知己なのは存じていたのですが……」
サザティーズの館長といえど、ビクトルを相手にすれば言いくるめられるのだろう。
「あー、いいよ。相手がビクトルだと、館長は強く出れないだろ」
サザティーズはオークションで成り立っている施設である。王が直轄しているので、大抵の貴族の無理難題などは跳ね返せるのだが、自由国家ハーメルンの、それも『八銭』の次に位置するビクトル・ルスティグが相手だと分が悪いのだ。
なぜなら、ビクトルは落札だけでなく、多数の品を出品する側でもある。そのためサザティーズを運営する館長も無下にはできなかった。
「おや。ムッス伯爵とのお話は終わられたので?」
「白々しい奴だな。盗み聞きしてたくせに」
「そんなことはありえない」と館長は内心で呟いた。貴族や大商人が会談や商談で使用する部屋には、魔法や魔導具などによって盗聴対策が施されている。それは日頃から高価な品を扱うサザティーズも同様である。ユウとムッスが使用していた部屋にも、当然その機能が施されているのだ。
「今回の件で、
ユウの言葉が聞こえていなかったかのように、ビクトルは話し始める。
「お前は大丈夫だろ」
「おや、それはなぜでしょうか?」
「花の騎士が、お前を護ってるからだ」
髭を撫でていたビクトルの手が止まる。
「違うな。ハーメルンは騎士がいないから花の闘士ってところか。誰かに護ってもらうなんて、お前らしくないけどな」
不本意ながらも主である『八銭』の一人、ベンジャミン・ゴチェスターがつけた護衛の存在を言い当てられたビクトルは、それまで浮かべていた余裕の表情から一転して不満げな表情に変わる。
「なんだ。お前でもそんな顔をするんだな」
「サトウ様、これだけは言っておきますが、このビクトルが願ってつけた護衛ではありませんぞ」
心外だとばかりにビクトルが抗議する。
「あの……そろそろよろしいでしょうか?」
「ああ、ビクトルは無視して構わない」
「で、では。こちらの箱が、今回サトウ様が競売にかけた古龍の角の代金になります。
事前に説明させていただきましたが、サザティーズオークションでは落札金額によって手数料が変動します。今回は五億マドカを超えた取引になりますので、手数料十五%を引いた六千八百億マドカがサトウ様の取り分となります」
通常オークションハウスでは、金額に応じて手数料が変動する。サザティーズだと、二千万マドカ未満は二十五%、五億マドカ未満は二十%、それ以上の取引は一律十五%となっている。
少し離れた場所でビクトルが「手数料とはいえ、千二百億マドカも取るとは随分な話ですな」と、ニヤニヤしながら周りの従業員へ話しかけている。
「まさか今日中に支払うとはな」
「これには私も驚きました。
レーム大陸一の財力を誇ると言われているバリュー財務大臣ですが、八千億マドカもの大金を即日に支払うとは……」
「中身の確認は終わってるのか?」
「ええ。サザティーズの従業員には、こういった計算に秀でたスキルを持つ者が多数いますので、間違いなく八千億マドカあるのは確認しています」
ユウはおもむろに箱の一つを開けて中身を確認する。箱の中は白金貨で埋め尽くされていた。
「全部、白金貨か?」
「はい。金貨を混ぜるような真似は、バリュー財務大臣のプライドが許さないのでしょう」
「ふーん。ここから俺が落札した品の代金も引いておいてくれ」
「残りはいかがいたしましょう。やはり冒険者ギルドにお預けで? もしそうであれば、こちらで――」
「いや、自分で持って帰る」
ユウの言葉に、館長は困った表情を浮かべる。今回サザティーズで開かれたオークションは、年に一回の大規模なものである。当然、動く金も莫大な額になるのだが、では貴族や商人たちは現金をどのようにして用意するのかというと――
「それはギルドが困るでしょうな。莫大な量の貨幣が王都外へ流出するのですから」
――冒険者ギルドや商人ギルドから引き出すのである。遠方より来ている者ほど、多額の現金を持って移動することの危険性を理解している。だからギルドから引き落とすのだ。
今回のオークションでも、王都にある多数のギルドから莫大な金が引き出されている。サザティーズの競売で支払われた金は、ほとんどがまた同じようにギルドへ預けるのが慣例のようなものである。
「おやおや。サトウ様はギルドに預け入れしないのですか? それでは王都は困るでしょうな。おそらくですが、バリュー様はご自宅の宝物庫はもとより、商人ギルドを始めとする複数のギルドから金を引き出しているはず。そうなると――」
「俺の知ったことじゃない。王都で金の問題が起きるのなら、財務大臣が解決するのが筋だろ」
ビクトルの言葉を途中で遮り、ユウは王都がどうなろうと興味はないと言い切る。
「館長、財務大臣はどうやって古龍の角を持って帰ったんだ」
「それが聞いてください。
バリュー財務大臣は、自分の用意した結界師たちを引き連れてきたんですが、案の定というか古龍の角から溢れ出す魔力を制御するのにてこずりました。
すると、サザティーズの保有する結界と封印型の魔導具を寄越せとごねだしたんです! あれはウードン王国からサザティーズに貸し出されている物で、お譲りできる代物ではないと何度も断ったにもかかわらずですよ!!」
館長が言っている魔導具とは、オークションで古龍の角を運ぶ際に使用された台座である。
「最後には……」
館長が言っていいものかと、ユウとビクトルの顔を交互に見る。
「言っていいよ」
「サトウ様がどのように古龍の角を持ってきたのかを教えろと、半ば脅迫するように迫ってきたのです。
もちろん、サザティーズではお客様の個人情報を漏らすことなどありません。たとえ相手が王族や貴族であろうとです! ですが……サトウ様はこうなることがわかっていたのですね。言われたとおりにアイテムポーチで持ってきた旨をお伝えしました」
「魚の刺繍が入ったアイテムポーチか?」
「ええ、仰るとおりです。バリュー財務大臣が懐からアイテムポーチを取り出すと、驚くほど簡単に古龍の角を仕舞われて帰られました」
よほど腹に据えかねていたのか。館長はまくし立てると、額の汗をハンカチで拭いながら、ユウに頭を下げた。
「館長が頭を下げる必要はない」
「そう言っていただけると、私も救われます」
「なんとっ! バリュー様は時知らずのアイテムポーチをお持ちでしたかっ」
わざとらしく驚きながら、ビクトルが手を叩く。
「もしや、サトウ様は時知らずのアイテムポーチを容易に手に入れることができるのですかな? それとも創ることができるのでは? このビクトル、興味津々ですぞ!」
「ビクトル、さっきからうるさいぞ」
「もし、そうなら。このビクトルめに千億、いやいや倍の二千億で売っていただけないでしょうか」
ビクトルの伝手を以てすれば、時知らずのアイテムポーチに二千億マドカを支払っても、時間をかければ十分に回収できる金額だと、横で話を聞いていたサザティーズの館長は瞬時に計算する。
「そんなに欲しけりゃ売ってやるさ」
「…………本当に?」
「ああ、なんならもっと安く売ってやってもいい」
売ってもらえると思っていなかったのか。ビクトルは毒気が抜かれたかのように大人しくなる。
「どうした? 嬉しくないのか」
「興味が失せました」
憮然とした表情でビクトルが答える。その様子がおかしかったのか、ユウの口角が上がる。
「それでこそビクトルだよな」
「褒められてるような気がしませんな。ところでニーナちゃんたちが見当たりませんが、どちらに?」
「ニーナはオークションの最中から、なんかぼうっとしてるから置いてきた。レナも魔導書を読むのに夢中だ。マリファは従魔の様子とニーナたちの面倒を見てもらってる」
拗ねた子供のようなビクトルをそのままに、ユウは金と品物のやり取りについて、館長と話すのであった。
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