第247話 パパはギルド長

「まったく。なにを考えておるんじゃ!」


床も壁も天井ですら白を基調とした。まさに白亜の宮殿と呼ぶべき建物の長い廊下を歩きながら、モーフィスは先ほどからずっとこの調子で愚痴をこぼしていた。


「カールギルド長、言われてますよ」

「黙れ。下衆が口を開くな。耳が腐る」

「まあ。なんてお口が悪いのかしら、お里が知れますわよ」


 エッダはわざとらしく目元に手を当て、「およよ」と悲しむ仕草をする。そのあからさまな仕草が、カールハインツの神経を逆なでにする。


「エッダ、お主のことじゃぞ!

 儂がカマー不在の間はギルドを任せると言ったのを忘れたのか。それを勝手に王都へきよってからに。しかも、なんで儂がお主のドレスを買ってやらねばならんのだ!」

「あら、バリュー財務大臣の邸宅へ伺うのに受付嬢の格好では、さすがに失礼と思いますよ」

「モーフィス。お前はこの女を副ギルド長にと推薦していたが、私は反対だからな。いまからでも遅くない。さっさとカマー冒険者ギルドから、この性悪を放逐するのを私は勧めるよ」

「お主らは本当に昔から仲が悪いの。

 それにしても別邸だというのに、どれだけ広いんじゃ」


 エッダとカールハインツのいざこざを知っているだけに、モーフィスもおいそれと仲良くしろとは言えずにいた。


「いくら一国の大臣だからとはいえ、全冒険者ギルドの長である私を王宮ではなく、自らの邸宅へ呼び出すとは傲慢にもほどがある」

「お二人とも悪態はそれくらいに。

 侍女の方がお困りですよ」


 モーフィスたちを案内している侍女が、エッダの言葉に肩を震わせた。


「私は別に構わない。

 冒険者ギルドは国家に所属しているわけでも、ましてやバリュー財務大臣の手下でもなんでもないんだからね」


 カールハインツの顔を信じられないといった表情で、侍女は見つめてしまう。

 今まで多くの客人を案内してきた侍女は、主であるバリューに対して媚びへつらう者はいても、横柄な態度をとる者など見たことがなかったのだ。

 それどころか。この三人からは、バリューに対して微塵も恐れを感じていないようにすら見受けられた。


「どうしたのかな?

 君が案内してくれないと、私たちはどこに向かえばいいのかわからないのだが」

「し、失礼しました」


 動きが止まっていた侍女は、慌てて案内を再開する。


「失礼します。

 カールハインツ様、モーフィス様をお連れしました」

「通せ」


 モーフィスたちが侍女に案内されて部屋に通されると、広い室内の床をすべて大理石で統一した部屋の中央で、バリューがソファーに座っていた。

 置かれている調度品は、金蝿と名高いバリューの部屋とは思えないほど数が少なく。また過度にその存在を示すほど派手な配色でもない。

 これでは噂と正反対ではないかと、モーフィスが眉をひそめる。

 部屋を見渡せば数人の侍女が待機しており、バリューの背後に控えるガレスは、まるで敵にでも向けるかのような眼光で、モーフィスたちを睨みつける。

 それ以外にも姿こそ見えないが、複数の気配をわざとモーフィスたちが気づくように放っていることから、妙な真似は考えるなというバリューからの警告である。


「ようこそ、カールハインツ殿、それにカマーの冒険者ギルド長よ」


 日頃の運動不足も相まって肥大化したバリューの身体は、ソファーから立ち上がるのも、まるでスローモーションのように、ゆっくりとした動作であった。

 やっと立ち上がったバリューは、招いていないエッダの身体を舐め回すように見る。


「ほう……。エッダ・アルントか」

「ガレス、知っておるのか?」

「相手が人であろうが、魔物であろうが、情け容赦なく屠る冷酷無比な女。その傲岸不遜な態度から冒険者ギルドからは蛇蝎のごとく嫌われていたはず。

 そこにいるカールハインツ殿とは、特に仲が悪かったと聞いていましたが、いつの間にやら手を組んだ様子ですな」

「ガレス殿、『ウードン五騎士』の一人として名高いあなたが、そのような戯言をはくのは、いかがなものでしょうか」


 冷めた目で睨むカールハインツの視線を受けても、ガレスは悪びれもせず好戦的な笑みを浮かべる。


「エッダ・アルント、自慢の精魔四式魔導鎧はどうした」

「こちらの殿方は、なにを言っているのかしら。

 はっ! まさか、これが世に言うナンパなのでしょうか? うふふっ。ギルド長、どうしましょう?」


 身体をくねくねと揺らしながら、エッダはチラチラとモーフィスへ流し目を送る。その姿にカールハインツは不快感を露わにし、モーフィスは鼻で笑った。

 そんなモーフィスの反応が気に入らなかったのか。エッダはモーフィスの髪を手ぐしで梳くようにして、髪を数本ほど引き抜く。


「ぬおおっ!? なにをするんじゃ!」

「知りません」


 ツンっ、とそっぽを向くエッダに抗議するモーフィスたちを、カールハインツはなにをやっているんだと呆れ果てる。


「カールハインツ殿、そろそろ本題に移りたい。

 立ったままというのもなんだ。席に着きたまえ」


 相手が冒険者ギルドの長とはいえ、バリューが平民を相手に笑みを浮かべて対応するなど、普通では考えられないことであった。


「結構です。

 こう見えても忙しい身なので、このまま話を聞きましょうか」


(へ、平民のっ! 薄汚いなんの価値もない平民の分際でっ!! この私に、いずれウードン王国の王となる私に口答えするだとっ!!)


 一瞬、青筋を立てるバリューであったが、手のひらで顔を覆うとすぐさま、もとの表情へと戻る。


「こほん。そうか。

 では、カールハインツ殿たちも知ってのとおり。五日後に王城の王宮にて、都市カマー所属の冒険者ユウ・サトウに、ウードン大綬章だいじゅしょうが褒賞される。

 一介の冒険者ふ――に陛下が直接下賜されるなど、本来であればありえないことであり、ユウ・サトウにとっては栄誉である。ウードン王国としても、国内から優秀な冒険者が輩出されることは、大変喜ばしい」


 冒険者風情と言いかけたバリューに、モーフィスのまなじりがわずかに反応する。


「だが、貴族の間で良からぬ動きをしている者たちがいると、報告が入った」


 悲しげな表情で首を左右に振るバリューの背後で、ガレスは楽しそうに顎髭を撫でた。


「どうやら反王族派の貴族たちがユウ・サトウを利用して、陛下を貶めようとしていることが私の調べでわかった。

 曰く、ユウ・サトウはウードン大綬章を褒賞するに相応しくない者であると、な。

 最初は根拠のない悪評を並べ立て、そのような冒険者に栄誉あるウードン大綬章を褒賞する陛下を攻める口実かと予想しておった。

 だが、私の方で調べたところによると、残念なことにユウ・サトウが数々の罪を犯していることが判明した。

 式に参加義務のないはずの貴族たちが、今回の授与式にはなぜか参列を表明している。

 おそらく反王族派の貴族たちも、私と同程度の情報を握っているのであろう。王宮で陛下が下賜する際に、進言することは容易に想像できる。

 そうなれば冒険者ギルドにも責任が及ぶであろう」


 「よくもぬけぬけと言いおるわ」と、モーフィスは内心で呟いた。


「しかし、安心してほしい!! そのようなことは私がさせない! 許さない!!

 陛下の身を、ウードン王国の平和を、秩序を乱す輩から護るのは、ウードン王国に名を連ねる貴族の一人として当然の義務である!

 そして間違いを犯したとはいえ、若く優秀な冒険者を正しき道へ導くのは、当然のことであろう!!」


 熱く語るバリューの頬を涙が伝い、大理石の床に落ちていく。


「さすがはウードン王国でもっとも古く、尊き血を受け継ぐ大貴族ノクス家の当主ですね。

 そこまで胸襟を開いていただけるとは、思ってもみませんでした。

 では、お話というのは冒険者ギルドとして、なにかしら協力してほしいことがあるということでよろしいでしょうか?」


 強く感銘したかのようにカールハインツが頭を下げる。このとき、下から顔を覗き込んでいれば、白けた顔をしたカールハインツが拝めただろう。


「うむ。

 授与式の場で反王族派が主張するユウ・サトウが犯したすべての罪を、カールハインツ殿とカマー冒険者ギルド長に認めていただきたい。

 なに、認めると言っても、確たる証拠もないが調査中であるといった形で構わん」

「ですが、ユウ・サトウが犯したという罪の証拠も見ずに、冒険者ギルドが全面的に同意するわけにはいきません。

 それらはもちろん見せていただけるので?」


 カールハインツの問いは、なんら不自然なことはない。当然の要求である。

 しかし、バリューは渋面であった。


「カールハインツ殿、バリュー様が嘘を申しているとでも?」


 ガレスが、常人であればそれだけで押し潰されそうな圧力をかける。


「さあ、どうかな。私は当然の質問をしただけですから」

「カールギルド長は頭が固いので、こうなったら面倒ですわよ?」


 ガレスとカールハインツを遮るようにエッダが割って入る。


「エッダ・アルント、邪魔だ。貴様から死ぬか?」

「まあ、怖いわ」


 戦斧を向けられたエッダはわざとらしく口に手を当て、怯えたフリをする。


女子おなごに得物を向けるでない」


 エッダに向けられた戦斧の柄をモーフィスが握り締めた。

 それが気に障ったのか。先ほどまでの好戦的な笑みが嘘のように、ガレスの顔が憤怒の表情へと変わる。


「誰の武器に手をかけている」


 戦斧を振り払って、モーフィスを吹き飛ばそうとしたガレスであったが、戦斧はビクともしなかった。


「爺が無理をするな」

「誰が爺じゃ」


 ガレスとモーフィスに目立った動きはない。ただ、魔法処理を施された大理石の床から、悲鳴のように軋む音が聞こえた。


「ほう……。三分の力に耐えるか」

「得物を下ろせと言うとるじゃろうがっ」

「五分の力ならどうかなっ」

「むっ……」


 ガレスとモーフィスの足元の大理石の床に亀裂が走る。そしてモーフィスの額からは汗が流れ落ちる。一方のガレスは、先ほどの憤怒の表情から一転して、玩具を与えられた子供のように笑みを浮かべていた。


「ガレスっ! 止めぬか!!」

「しかし、この者たちはバリュー様に無礼を――」

「私は止めろと言った」


 ガレスはつまらなそうに全身から力を抜くと、戦斧を下げた。


「カールハインツ殿、私の配下が失礼をした」

「とんでもない。面白いものが見れました」


 ウードン王国を守護する五騎士の一人を、自分の配下といいのけたバリューへ、カールハインツは一礼する。


「そう言っていただけると、こちらとしても助かる。

 先ほどのカールハインツ殿の問いは当然のことであるが、私のことを信じてほしい。

 詳細は言えぬが、ユウ・サトウには貴族並びに一般人への拉致監禁、殺害、横領、強盗、窃盗、脱税、暴行、脅迫、恐喝などが判明しておる」

「それはまた大犯罪者ですね。いくら高位冒険者といえど、極刑は免れないでしょう」

「うむ。

 だが、繰り返しになるが私を信じてほしい。ユウ・サトウを無罪にすることはできぬが、最終的には保護観察処分として、私が見ることになるだろう。もちろん冒険者ギルドに責任が及ぶような真似はさせん」

「それはに誓えますか?」

「私ほど信心深い者は、ウードン王国広しといえどいないだろう。よかろう。神に誓おう!」

「そこまで仰るのであれば、冒険者ギルドとしては特別扱いはできませんが、公平・・にすることを誓いましょう」


 一礼するカールハインツに、バリューは満足そうに頷く。後ろではモーフィスが憮然とした面持ちである。

 先ほどからニヤニヤが止まらないエッダは、横目でカールハインツを見ると、口元が声にこそ出さぬものの「屑がっ」と動いているのを読み取った。




「先ほどのはなんじゃっ!」

「なんじゃと言われてもわからないな」

「公平と言っておっただろうがっ!」


 バリュー邸から一直線に王都へ延びる道を歩きながら、モーフィスは怒りが治まらないとばかりに、カールハインツに絡んでいた。


「冒険者ギルドは慈善事業じゃない。より多くの利益をもたらす者に便宜を図るのは当然だろう。

 モーフィス、君はユウ・サトウに対して、特別な便宜を図っていないと言えるのか?」

「儂は平等にしておるわ」

「嘘だね。

 私はそれが悪いと言っているんじゃない。優秀な冒険者がギルドに利益をもたらすなら、他の冒険者と区別をつけるのは当然だと考えている。優秀な冒険者と無能な冒険者を同列に扱うほうが不公平だからね」

「話にならんの! エッダ、お前からもこいつに言ってやれ」

「うふふ」

「エッダ!」

「もう、なんですか。大きな声なんか出して、ダメですよ」


 見る者が気持ち悪いと思うほど、エッダは上機嫌であった。さすがのカールハインツですら、暴言をはくのを躊躇うほどである。


「とにかくあんな奴の言うことを聞くな! 冒険者ギルドは中立であるべきじゃろうが!!」

「なにを言われようが、私の考えは変わらないよ」

「むう……。仕方がないのぅ」


 そう言うと、モーフィスは懐からなにかを取り出す。


「おう、儂じゃ。そう。うむ。そうなんじゃ! なにを言っても聞かん! で、うむ。お前にかかっとるんじゃ。頼んだぞ!」


 カールハインツですら見たことのない形状であったが、どうやらモーフィスが耳に当てて使っているのは、通信の魔導具であることがわかった。


「ほれ」

「少しは説明くらい」

「出ればわかる」


 通信の魔導具を無理やりカールハインツに押しつけると、モーフィスは顎で出ろと促す。


「まったく。モーフィスには困ったものだ。どれ、私が誰かわかるかね」

『パパー?』

「フィーフィちゃんっ!!」


 両手を天に向かって掲げる太陽万歳の姿勢で、カールハインツが固まる。


『ちょっとパパ、急に大きな声を出さないでよ。パパー? 聞こえてるの?』

「フィーフィちゃんっ!! パパ、パパ、パパだよ!! フィーフィちゃんのパパ、カールハインツ・アンガーミュラーだよっ!! ん? んん? フィーフィちゃんは元気なの? パパ、とっても心配で何度も何度もカマーに行こうとしたんだけどね。ママが、あのママがね。ダメって言うんだよ? 酷いよねー。

 それで、どうなの? 困ったこととかない? もちろんパパは、フィーフィちゃんができる子だって知ってるし、信じてるよ。でも、でもでも、それでも心配するのが親ってもんだよね? お金は困ってないの? パパに言ってくれれば、ママに内緒でいくらでも送るから! 大丈夫、パパは全冒険者ギルドの長なんだよ。いざとなれば、どうとでもなるさ。でも、ママには内緒だよ? パパとフィーフィちゃんとの約束だ。

 ところで、フィーフィちゃんに近づく糞虫――げふんっ。ゴミおと――男、男っ、男っ!? 男なんていないだろうね? ん? ん? フィーフィちゃんは誰にでも優しいからね。ほら、男ってすぐ勘違いする生き物だからさ。フィーフィちゃんの優しさを勘違いして――勘違いした糞虫が、私のフィーフィちゃんに触れようものなら、パパ殺し――排除するからっ!! だから――」

『もうー。パパ、一度にそんな言われてもわかんないわよ』

「ハハハッ。ごめんね。つい、久しぶりにフィーフィちゃんと話せたから、パパ自分を見失っていたみたいだよ」

『それでね。お願いがあるんだけど』

「パパとフィーフィちゃんの仲じゃないか。なんでも言いなさい」

『ありがとー。

 ユウちゃんのことなんだけどね』

「ユウ……ちゃん…………? そ、それ……それは、まさか男じゃないだろうね!? パパ許さないよ!!」


 溺愛する娘の言葉に、カールハインツは生まれたての子鹿のように足が震える。


「落ち着かんか」

「うるさーい!! モーフィスは黙っていてくれ!!」


 思わず声をかけたモーフィスがドン引きするほど、カールハインツは取り乱し、涙と鼻水を垂れ流していた。


『パパ、なにか勘違いしてるでしょ。ユウちゃんはカマーの冒険者よ』

「そっかぁー。パパ勘違いして、もう少しでカマーまでぶち殺しに行くところだったよ」

『もうパパったら、うっかりやさんなんだから。

 ユウちゃんのことで、王都の貴族たちがどうこう言ってくると思うんだけど、パパは全冒険者ギルドの長として平等・・にしてほしいの』

「それはダメだよ。パパの職務上、誰か一人を――ん? 平等に?」

『そっ。特別扱いじゃなく。平等にしてくれるだけでいいから』

「でもフィーフィちゃん、今後の冒険者ギルドのことを考えると」

『それが冒険者ギルドのためになるから』

「冗談抜きで?」

『私がパパにウソついたことある?』

「フハハッ! あるわけないじゃないか!!」

『じゃあ、ユウちゃんのことお願いね』

「パパに任せなさい」

『神に誓って?』

「ああ、神に誓ってだ!」

『パパ、ありがとう。愛してるわ』


 フィーフィとの通信が終わると、カールハインツは再び太陽万歳の姿勢で幸せを噛み締めていた。


「儂の思惑どおりじゃが、お主はそれでいいんか?」

「ふんっ。人には優先順位というものがある。

 フィーフィちゃんと冒険者ギルドを天秤にかけたとき、冒険者ギルドよりフィーフィちゃんの方がわずかに重かっただけだ」

「とてもじゃないが、わずかには見えんかったぞ」


 事前にフィーフィに事情を説明して、協力してもらったモーフィスであったが、あまりのカールハインツの変わりように、今後の冒険者ギルドの運営が心配になるのであった。

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