第246話 見納め

 第八地区エビーテン。

 王都テンカッシでも屈指の高級店が立ち並ぶ地区である。

 驚くべきことに、この地区に出店している店の三分の一が、ベルーン商会またはその傘下の商会である。

 通常の商店とは明らかに格の違う、おおよそ庶民には縁のない店が連なる通りのなかでも、十字路の一等地に五の屋号をつけるベルーン商会五番店がある。

 広い店内を覗けば、身なりの整った明らかに富裕である客たちを、ベルーン商会の従業員がそれぞれ一人ついて接客している。


「いらっしゃいませ。

 ようこそ、べルーン商会五番店へ。本日はなにをお求めでしょうか?」


 店の入口で待機している従業員が、一人の冒険者へマニュアル通りの挨拶をする。

 本来であれば、一介の冒険者などが客として訪れれるような店ではないのだが、そこはさすがに王都で一番の商会で働く従業員である。

 一見、冒険者の真似事でもしているかのような少年の身につけている装備が、並の冒険者では手が出せないような代物であると、一瞬で値踏みしたのだ。

 つまりべルーン商会の店に入る資格ありと。客に対してなんとも傲慢な考え方であったが、王都に店を構えるべルーン商会にはそれを押し通すだけの力があるのだ。


「それでは、ご案内させていただきます」


 なにも言わない少年に、従業員の男は内心では冒険者風情がと毒づくが、笑顔を絶やさずに店内へ案内しようとするのだが。


「勝手にするからいらない」

「は? ちょっ、お客様、お待ちください!」


 少年――ユウは従業員の制止を振り払って、店内を一瞥する。店内にいる客や従業員が何事かと、ユウへ視線を集める。


「大した商品を置いてないな」

「なっ!? なにを言うんですか! べルーン商会は王都でも――ダメ、ダメですって!! そちらは特別な会員の方しか! 誰かっ! 誰か、このお客様を止めてください!!」


 べルーン商会五番店にいくつもあるフロアのなかでも、一般の客では入ることのできない、いわゆる貴賓室では番頭のグルデムをはじめ、手代の者たちが上客の接客に励んでいた。


「このテーブルは素晴らしい色艶だね」

「さすがお目が高い。

 こちらはウッド・ペイン製のテーブルになります。当分・・は入荷する予定がありませんので、今を逃すとさらなる値上がりは必至でしょう」

「グルデムくんは相変わらず口が上手いな。

 これでは買わねば後悔してしまいそうだ」

「では、ご購入ということで」

「ああ、ここにあるテーブルをすべていただこうか」


 もともと利益率の高かったウッド・ペイン製の家具をさらに値上げして売却し、今月も無事に売上目標を達成することができたグルデムは、ほっと胸をなでおろす。

 その後も上客と談笑をしていると、一般フロアの方がなにやら騒いでいる。


「こちらは一般の方は許可なく入れません!!」

「くっそ! ダメだ。ビクともしやがらねえ!」

「止まれってんだ!!」


 客もグルデムたちも声のする方へ目を向けると、複数の従業員を引きずりながら歩くユウの姿が見えた。


「お客様の前でなにをやっている!」

「も、申し訳ございません。こちらの方が私たちの制止を振り払って」

「言い訳はいい。そちらの方をすぐに――グルデム様?」


 手代の一人が護衛にユウを連れ出すよう指示をだそうとするが、それをグルデムが制止する。同時に客を別室へ移動させるよう、ユウからは見えないように背に手を回してからハンドサインで指示を出す。


「これはこれは。

 サトウ様、初めまして。私はべルーン商会五番店の番頭を任されているグルデム・エガァと申します。

 現在ウードン王国で活躍する冒険者のなかでも、もっとも高名な御方にお会いできて光栄ですよ」


 周りが闖入者に動揺を隠せないなか、グルデムは淡々と対応する。


「へえ。落ち着いたもんだな」


 高位冒険者であるユウを相手に、一歩も引かないグルデムにべルーン商会の者たちは落ち着きを取り戻し、笑みさえ浮かべ始めていた。


「この程度で狼狽するようでは、べルーン商会ではやっていけません。

 それよりも、ウッド・ペインの件は大きな痛手となりました。本来であれば、今頃は木工の盛んなウッド・ペインのすべてを手にしているはずだったんですが、予定が大幅に狂ってしまいました」

「俺はお前らが来るのを待ってたんだけどな。なのにビビって来ないから、こっちも予定が狂ったんだから、お互い様だろ」

「やはりマゴ商会ではなく、サトウ様の差し金でしたか」

「差し金? 人聞きの悪いことを言うなよ。まるで俺が悪いことをしたみたいだろうが」

「これは失礼しました。決してサトウ様を貶めるような意味はございません。

 ですが、なぜサトウ様ほどの御方が、マゴ・ピエットなどという二流の商人と手を組まれたのか理解に苦しみます」

「マゴが二流の商人?」


 グルデムは微笑みながら、ゆっくり頷く。


「自分で言うのもなんですが、ベルーン商会は自他ともに認めるウードン王国一の商会です。当然、ベルーン商会の番頭を任されている私も一流の商人としての自負があります。一方のマゴ商会といえば、カマーではそれなりに成功を収めているようですが、知っていますか? マゴ商会は一度、王都テンカッシに進出したことがあるんですが、それは惨憺たる結果でしたよ。することすべてが裏目に出て、最後は夜逃げ同然に王都をあとにしました。

 偶然・・にも、私はその現場に居合わせたのですが、それはもうなんとも惨めで、同じ商人として、ああはなるまいと思ったものです」


 おそらくグルデムと一緒に、マゴが王都から撤収するその場に居合わせた者たちが、ニヤニヤと笑みを浮かべる。


「今からでも遅くはありません。マゴ商会からべルーン商会へ乗り換えを検討していただけませんか? その際は、私がサトウ様の専属担当となることを、お約束します」


 マゴと手を切って、ベルーン商会に鞍替えすべきだとグルデムは提案するのだが、ユウはそれを無視して話し始める。


「あるところに一人の男がいました。

 男には二人の幼馴染がいました。男は年の離れた幼馴染を弟のように、妹のように可愛がって共に成長していきます。三人には共通の夢がありました。それは商人となって、自分の店を持つことです。

 やがて、男は都市カマーで念願の自分の店を持ちます。店は順調に成長していき、気がつけばカマーでも指折りの商人に数えられるほどにまでなっていました。

 遅れて幼馴染たちも王都に店を構えます。弟分と妹分はいつの間にか結婚しており、さらには子供までもうけていました。以前から二人の仲を知っていた男は自分のことのように喜びました。

 しかし、王都での悪い噂を知っていた男は、ある商会には十分に注意するよう伝えます。

 そんな心配をよそに二人の店は売上を伸ばしていき、店は増えていきます。

 男は自分の心配は杞憂だったかと安堵しました。

 ある日、男のもとへ二人が亡くなったと知らせが届きます。男はあらゆる伝手を使って情報を集めると、すぐに二人になにが起こったのかがわかりました。

 よせばいいのに男は王都への出店を決めます。目的は二人を殺した連中の情報を集めること、そして生死が不明な二人の一人娘を見つけ、助け出すためでした。

 連日、行われる嫌がらせに耐えながら男は情報を集め続けました。嫌がらせは激化していき、ついには従業員が殺されます。それでも男は諦めませんでした。ついに男は娘を見つけ出し王都から逃げ出すことに成功しました。逃げる際に男の背に薄汚い商会の連中が容赦のない罵声を飛ばしあざ笑います。

 それでも男は耐えました。自分のプライドよりも、実の弟妹のように可愛がっていた二人の娘を助けることのほうが大事だったのです。

 どうした? 笑わないのか」


 誰も笑う者はいなかった。

 いや、笑えなかった。

 ユウから尋常ではない殺気が放たれて、グルデムたちに叩きつけられていたからである。

 ベルーン商会に雇われている護衛たちですら、殺気に当てられ呼吸が乱れ始めていた。一介の商人である者たちでは、とてもではないが耐えられるものではない。


「俺はマゴに言ったんだ。お前じゃ仇を討てないし、死んだ二人もそんなことは望んでいないんじゃないのかって。

 そしたらマゴはなんて言ったと思う? 仇を討てるからやる。討てないからやめる。そんな話ではありません。それに死んだ者は望むことも望まないこともできません。喜ぶことも、怒ることも、悲しむことも、楽しむことも、たった一人の娘を抱きしめることすらできないのです。だってさ。

 あいつ諦めないんだ。いい年した爺さんが、あんまりにも必死でみっともないから協力してやることにしたんだ」

「協力? なにをでしょうか」


 グルデムは客を別室へ移動させておいて良かったと、心の中で呟いた。なぜなら噂話が好きなのは平民も貴族も変わらない。

 こんな話を上客である貴族たちに聞かれでもしたら、数日で王都中に広まっていただろう。そうなれば、確実にベルーン商会の売上に影響を及ぼす。そしてベルーン商会で出世街道を進むグルデムの経歴に大きな傷がつくことになっていただろう。


「なにをって決まってるだろ。お前ら屑どもを皆殺しにする手伝いだよ。

 マゴが二流? 屑どもが笑わせんなよ。後ろ盾がなきゃ満足に物一つ売れないような連中が、よくもぬけぬけと自分のことを一流なんて言えるよな。

 手始めにマゴの店の従業員を殺したローレンスの連中は、もう半分くらいは捕まえたんだ。今は生まれてきたことを後悔するほどの拷問を味わってる最中だろうよ。残りの連中もいる場所はわかってるから必ず捕まえてやる」

「お、お前たちっ! なにを、している!! その犯罪者を捕まえろ!! いや、こ……殺せ!!」


 ユウの殺気に当てられ続け、すでに限界に近かった手代の一人が護衛たちに悲鳴のような叫び声で命令する。


「驚いたな。手出し・・・するのか」

「どうした! 早くしないか!! この者が言ったことは犯罪の自白だぞ!! そ、それに、そうだ! 私たちも殺すと言った!! 明らかな脅迫に、え、えい、営業妨害もだ!!」


 しかし、護衛たちは誰一人として動こうとはしなかった。それどころか、ユウと目を合わせようともせずに俯いていた。


「かかってこいよ」

「か、勘弁してくれ。

 あんたと戦うなんて自殺するようなもんだ」


 ユウと向かい合う護衛の一人が、滝のような汗を流しながら声を絞り出すように懇願する。


「ん? お前、新顔だな」

「あ……ああ。三日前に採用してもらったばかりだ」

「今日中に王都から出ていけば、お前は見逃してやる。

 他の連中は逃げられないし、逃さない。絶対にな」

「ひっ。だ、誰か! こいつを殺せ!! 殺せー!!」


 錯乱した手代の男を、周りの従業員が押さえつける。

 他の手代や従業員も内心では似たようなもので、グルデムに助けを求めて視線が集中する。


「今この場で私たちを殺すと?」


 冷静を装ってはいたが、グルデムですら疲弊を隠せてはいない。その証拠に、虚勢で微笑んで話しかけるのが精一杯であった。


「いや。今日は見納めに来たんだ」

「見納め――ですか?」

「後ろ盾がもうすぐいなくなるんだ。好き勝手してきたべルーン商会が生き残れるわけがないだろ?

 ああ、そうだ。今日は王都にあるべルーン商会の全部の店に行くから、連絡しとけよ」

「かしこまりました。丁重にもてなすように伝えておきます」


 これだけ不遜な態度をべルーン商会がとられたことは、いまだかつてなかった。

 そして、ユウはグルデムへ伝えたように、この日すべてのベルーン商会関連の店に訪れるのであった。




「それでもベルーン商会の護衛かっ!!」


 ユウが帰ったあと、べルーン商会五番店の執務室で護衛たちに罵声が飛ぶ。


「貴様、雇う際にアースドラゴンが相手でも一歩も引いたことがないと言っていたな! なのに、なんだあのざまは!!」


 手代の男が息を荒げて叱責するのだが。


「あんた、あれがアースドラゴン程度・・に見えたのか?」

「なにをっ! この私に口答えするか!! 王都でベルーン商会に逆らって――」

「今日で俺は辞めさせてもらう。契約金も返す」

「な!? それがどういうことか、わかっているのだろうな!」

「今日中に王都から出ていく。死にたくはないからな」

「き、貴様っ!」

「そう怒るなって。俺だって悪いとは思ってるんだ。だから余計なお世話かもしれないが、忠告しといてやる。新しい護衛を雇ったほうがいいぜ。ここにいる連中が、今なにを考えているか教えてやろうか? どうすれば、王都から逃げ出せるかだ」

「そんな馬鹿なっ!?」


 護衛の言葉に、手代の男が他の護衛たちを見れば、どの者も否定せずに顔が青ざめていた。


「な? 俺たちは大体がもと冒険者や傭兵だ。引退したあとも実力があれば、ベルーン商会みたいな大きなところで雇ってもらえるが、自分が死ぬとなりゃ話は別だ。

 死なないで冒険者や傭兵を引退するってのも才能なんだぜ? 俺たちはなによりも生き残ることに敏感なんだ。その本能が訴えかけてんだよ。あれとは戦うなってな」

「お世話ついでにもう一つ教えてくれませんか」


 唖然として言葉も出せずに立ち尽くす手代の横を通り抜け、部屋を退出しようとした護衛の男をグルデムが呼び止める。


「あのサトウを仮に殺すとすれば、どれほどの戦力が必要でしょうか」

「グルデムさん、全戦力ですよ」

「ベルーン商会の抱える全戦力ですか」


 護衛の男は自虐的に笑いながら首を横に振る。


「財務大臣の抱える全戦力ですよ」

「それはバリュー様の護衛を務める五騎士のガレス様も含めて?」

「当然じゃないですか。

 私兵から冒険者、ローレンス、全戦力ですよ。それで、そうだな。見晴らしのいい平原なんかで包囲すれば、勝機はあるかな。間違っても町中で争うようなことはしちゃダメですよ。そんな真似すれば順番に殺してくれって言ってるようなもんだ」

「いくらなんでも、それは――商人である私では、サトウがどれほどの強さか判断することはできません。

 あなたはもとは優秀な冒険者だったと聞いていますが、それでも『解析』などのスキルは持っていなかったはずです。

 なにをもって、それほどの戦力が必要と判断したのでしょうか」

「確かに仰るとおり。

 だが、俺たちは立ち居振る舞いや、纏う『闘技』や魔力なんかで、ある程度は強さの予測はできるんですよ。

 あの化け――サトウってガキですが、ずっと抑えてたんでしょうね。ですが、マゴって奴の昔話をし始めたでしょ? あのときに……あんな、とんでもない。ハハッ……」


 護衛の男は乾いた笑い声で誤魔化すと、そのまま部屋を出ていった。残る護衛たちも、なんらかの理由をつけては部屋をあとにする。おそらくもう戻ってこないということは、グルデムでなくても理解できたであろう。


「調べてほしいことがあります」


 グルデムは一人の男を執務室に呼ぶ。

 その男は手代の中で一番有能な、グルデムの右腕とでも呼ぶべき者であった。


「裏切り者についてですね?」

「そのとおりです。

 バリュー様からサトウに手出ししないよう下知されていますが、サトウはそのことを知っているかのような発言をしていました。

 そのことから、ベルーン商会内に裏切り者がいる可能性は高いです。

 ベルーン商会並びに傘下の商会、そうですね。三年ほど前から調べてください」

「なぜ三年前からなのでしょうか」

「サトウがカマーで冒険者になってから、まだ二~三年だからです。それ以上遡って調べるとなると、あまりにも膨大になりますからね」

「なるほど。

 仮に裏切り者がベルーン商会ではなく、貴族にいた場合はどうしますか?」

「それは最悪なケースになります。

 いくらベルーン商会といえど、バリュー様の派閥にいる貴族を疑うような真似をするわけにはいきません。

 そちらに関しては今日の件も併せて、私からバリュー様へ報告しておきます。事前に調べていたサトウの性格から考えても、あのような向こう見ずで好戦的な態度をとるのは不自然ですからね。もっと見た目に反して冷静で狡猾なはずです」


 先ほどのユウの言動や行動をグルデムは思い返していた。

 あまりにもイメージとかけ離れていた。意図的に失言をしていたようにも思える。こちらを混乱させるのが目的なのか。それとも別の意図があるのか。今の段階では情報が不足しており、判断がつかなかった。

「では、いまから商人ギルドへ向かいます」

「頼みましたよ」


 考えれば考えるほどグルデムのなかで不安が増していく。それを振り払うかのように書類処理へ没頭するのであった。

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