第245話 二日目の早朝
ウードン王国の王都テンカッシの四大門が一つ朱雀門。南を守護する巨大な門の前には、今日も周辺の都市や村々、さらには他国から多くの人々が訪れ、長蛇の列を作っていた。
そんな多くの人々に紛れ込んで、怪しい品を持ち込もうとする者や犯罪者などが不法に入場しないか。衛兵たちが目を光らせていた。
なかには所持品検査やボディチェックなどを拒否して衛兵と揉めることも珍しくはない。ただでさえ、うんざりするほどの人数を検査しなくてはいけない衛兵たちは、肉体的にも精神的にも疲弊しながら忙しく動き回っている。
衛兵たちの数ある仕事の内でも、激務の一つとして数えられるのも頷けるものであった。
とはいえ、
「隊長、昨日は驚きましたよね」
「ん? ああ、あの少年のことか」
隊長と呼ばれた男が額の汗を拭いながら、昨日のユウとローレンスの諍いを思い出す。
一言で言えば、痛快であった。
財務大臣が後ろ盾にいることをいいことに、やりたい放題しているローレンスの者たちが、大勢の前で恥をかかされたのである。
それも赤っ恥だ。たった一人の少年を相手に、バグジーをはじめとするローレンスの幹部連中は、なにも手出しすることすらできずに、すごすごと退散したのだ。王都に住む者があの場にいれば、誰もが同じ気持ちになったであろう。
「あんな子供がBランク冒険者だなんて、わからないものですね」
「確かにあの外見でBランクとは、普通は思わないだろうな」
「隊長は今までに何人も高名な冒険者を見たことあるんですよね?」
若い衛兵にそう問いかけられた白髪交じりの隊長は、顎に手を当てながら過去に出会った冒険者たちを思い出す。
「お前は衛兵になってまだ一年目だったな。
王都にいれば高ランクの冒険者を目にする機会なんて、これからいくらだってあるさ。
そうだな。有名どころだと『精霊騎士ゴリヴァ』、『静水』のランファ、『竜使いのウンモ』、『龍槍ファング』、『盲目のロリエンス』――で、最近だと『迷い谷のダーリング』、『巌壁』のフーゴ、『百魔獣のウーリッヒ』あたりか。
どの冒険者も纏っている空気が常人とは一線を画している。俺たちなんかとは比べ物にならないほど、遠くからでもひと目で只者じゃないってのがこれでもかって伝わってくる連中ばかりだった」
「すっげぇ……。どいつもこいつも他国にまで名を轟かせる冒険者たちですよ!!」
衛兵は興奮した様子で、頻りに「すごい」と呟いていた。しかし、ふと疑問が浮かんだのか。目を輝かせながら再度、隊長へ問いかける。
「隊長が今まで出会った冒険者のなかで、一番すごいと思った冒険者は誰ですか?」
「そりゃ『赤き流星』の盟主だな」
悩む素振りも見せずに隊長は即答する。
だが、その返答に衛兵は酷く落胆した様子であった。
「『赤き流星』の盟主って、確か『リトルデビル』とか呼ばれてるドワーフでしょ? それなら副盟主の方が、まだ有名ですよ」
「あー、違う違う。お前が言ってるのは今の盟主だろ? 俺が言ったのは『
「そんな二つ名、初めて聞きましたよ」
「そりゃそうだろうな。
何十年も前、俺がお前くらいの衛兵になったばかりの話だしな」
「で、そのひょうけつだんくう? ってのは強いんですか?」
「強い。
まず装備からして、その辺の冒険者とは桁が違う。
どのような技術か魔法を使っているのかは知らんが、高位精霊を封じ込めて、その力を利用する魔導鎧とかいう鎧を身に着けていたな。等級は2級と聞いて、さらにたまげたのをいまでも覚えている。
それと顔まで覆う鎧だったが、兜から飛び出ている長耳と外見からエルフの女性だということはわかった」
「2級っ!? それは隊長いくらなんでも嘘じゃないですか? パラム様の聖剣やガレスの戦斧と同じ等級を、いくらなんでも一介の冒険者が所有するだなんて」
衛兵は長年に渡って多くの冒険者を見てきた隊長が、その中でも一番すごいと言ったのがエルフの女性という部分よりも、魔導鎧と呼んだ鎧の等級が2級であることに驚いた。
小国であれば、武具や装飾に魔導具など3級から国宝扱いになることも珍しいことではない。2級ともなれば、大国や一部の中堅国家が保有し、国宝または有能な将軍や騎士に下賜するレベルである。しかも下賜すると言っても、真に与えるのではなく。国に仕えることができなくなれば、返還義務が生じるのがほとんどである。
「それに装備が強いからって、本人も強いとは限らないのでは?」
「いや、それが――」
そこで隊長の男は口ごもる。
言っていいものかどうか悩む素振りをするのだが、意を決する。
「お前、『悪魔の牢獄』の結界が壊された話って知ってるか?」
「冗談はやめてくださいよ。そんなことがあれば大騒ぎになってますよ」
嘘を言うにしてもあまりにもありえない話だけに、衛兵は肩をすくめて疑いの眼差しを隊長へ向ける。
「まあ、お前が知らないのも無理はないか。ことが事だけに、上の方からすぐに箝口令が敷かれたからな。
なんでそんなことを俺が知ってるのかって? さっき『氷血断空』の話をしただろ? そのときの担当が『悪魔の牢獄』だったんだよ。正確には入り口を囲っている砦か。
お前も知ってのとおり、あそこはAランク迷宮って危険な場所だ。張り巡らされている結界も、高位の結界師や大賢者様が手がけて厳重に管理されている。
だが、一度だけその結界を何者かが壊しやがったんだ。いまでもその犯人は誰かわかっていないらしいが。
とにかく、俺も周りの連中や上司も大慌てさ。しかも結界が壊されるのを待っていたかのように、魔物が飛び出してきた。
最悪だったのは、その魔物の群れが上層だけじゃなく。中層以降の魔物も混じっていたことだった。砦にいる衛兵や騎士だけでは、とてもではないが対処できるものじゃない。
その場にいた冒険者たちに協力を求めようと上司が判断したのは、英断だと思ったものだ」
その真実味のある隊長の話し方に、衛兵はいつの間にか真剣に耳を傾けていた。
「そ、それでどうなったんですか?」
「ハハッ。いくら冒険者と協力したとしても、俺は生き残れないなって直感で悟ったな。他の連中も死を覚悟してた。なんで逃げなかったのかって思うだろ? 王都は大賢者様の結界で無事に済んでも、近隣の村や町はそうはいかない。おそらくだが、少なくとも数十万の犠牲は出る大災害だ。少しでも犠牲を減らすため、時間を稼ぐために皆が決死の覚悟で、その場に踏みとどまった。
それくらいAランク迷宮『悪魔の牢獄』の魔物ってのは、常識はずれの強さなんだ。
ただ、そのときに現れたんだ。真っ赤な魔導鎧にマントを羽織った『氷血断空』を先頭に『赤き流星』の連中がな。
その強さときたら――おいっ! そこの者、なにをしている!!」
いよいよ佳境といったところで隊長は話を中断する。その視線の先は、列に並ばずに歩みを進めるエルフの女性の姿があった。
そのエルフの女性はあまりに軽装で、王都まで旅をしてきたとは思えない格好であった。
商人がアイテムポーチに商品を入れて、普段着で旅をすることは野盗対策でよくある話なのだが、隊長はエルフの女性が着ている服に見覚えがあった。少しデザインは違うが、王都冒険者ギルドの受付嬢の制服である。
「あら、ごめんなさい」
「なんだその態度は!」
衛兵は隊長の話をいいところで邪魔されて、苛立ちを隠さずエルフの女性に強い態度で接する。
「大きな声を出さないでちょうだい。エルフの私には耳に響くわ」
「誰のせいだと思っているんだ!」
「困ったわねえ。
あなたも仕事なのはわかるけど、私は急いでるの。
これでもカマーから何日も走り続けて、やっと着いたの」
衛兵とエルフの女性の会話から、隊長は制服の疑問が解ける。
(なるほど。あれは都市カマー冒険者ギルドの制服であったか。んん? 何日も走り続けてきた? カマーから王都までを? どういうことだ。その割には足元が……)
エルフの女性の足元へ目を向ければ、とても何日も走り続けてきたとは思えないほど靴は綺麗であった。
そもそも身体能力が人族より劣るエルフの、それも女性がカマーから王都まで走り続けるなど、それどころか数日でたどり着くことなどできるはずがないのだ。
「本当に怪しい者じゃないのよ? ほら、冒険者カードだって持っているわ。なんなら都市カマー冒険者ギルドへ、エッダ・アルントについて尋ねてくれれば――」
「皆が急いでいるのだ。お前のようにルールを守らない者がいるから、和が乱れるのだ!
それになんだ! その
いきりたつ衛兵とは裏腹に、隊長の男は黒い冒険者カードを見た瞬間に、背筋に氷柱でも突っ込まれたかのように顔が真っ青になる。それだけではない。全身から汗が噴き出る。体温調節による発汗作用ではない。恐怖と緊張からである。
「まっ、待て!! そ……そちらの方をお通し、い……いや、私が案内する」
「隊長? このエルフがなにか」
「いいから! お前は余計なことを言わなくていい!! ここは私が担当するから、持ち場へ戻るんだっ!!」
きょとんとする衛兵をよそに、隊長はエッダを案内する。
「ぶ、部下が失礼をしました。なにぶん、まだ衛兵になって間もない若者なので、何卒ご容赦を……」
「あら、いいのよ。ワガママを言った私が悪いんだから」
王都へ入場するために並んでいる長蛇の列を横目に、エッダは隊長に案内されて門の中へと進んでいく。
部下の失態に隊長はエッダと目を合わせることもできないのだが、先ほどからエッダは何度も顔を窺っている様子であった。
ようやく門を通り抜け自分の役目も終わりだと、息をつこうとした隊長へ、エッダが話しかける。
「あなた、どこかで見たことがあると思っていたんだけど、随分と老けたわね。まだ衛兵をやっているとは思わなかったわ」
「へ? それは……まさか」
「案内ご苦労さまでした」
エッダは隊長へ礼を言うと、雑踏の中へ消えていく。
その場に立ち尽くす隊長は、先ほどのエッダの言葉ですべてを察した。自分のことを知っている黒いギルドカードを持つエルフの女性が何者であるかを。
あの日、感謝の言葉を伝える間もなく去っていった命の恩人へ。隊長は、その後ろ姿が見えなくなるまでずっと頭を下げ続けるのであった。
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