第244話 夜会

 空を見上げれば、そこには淡い光を放つ月に満天に輝く星々が見える。草むらからは虫たちの鳴き声が、木々の間を風が通り抜け、揺れる葉や枝の音がわずかに響く。

 陽の光がある日中とは正反対の、まさに闇が世界を支配していた。

 しかし、ウードン王国の王都テンカッシでは、そこかしこに明かりが灯っている。

 街路を照らす街灯の魔道具や、日が落ちてからこそ稼ぎ時である酒場に娼館などの夜の店である。


「あ~あ、今日もいつも以上にクソッタレな光を放ってやがるぜ」


 王都テンカッシの城壁の上で警備にあたっている衛兵の一人が呟く。


「毎日毎日、あれだけの光量だ。維持する金額だってバカにならんだろうに」

「金蝿にとっちゃ端金なのさ」


 衛兵たちが口々に言っているのは、眼下に広がる王都の情景ではない。その視線の先にあるのは、カーサの丘に建てられた桁違いの大豪邸である。

 通常の数倍まで出力を上げた光の魔道具でライトアップされたバリューの邸宅は、王都からでもその姿がハッキリと確認できる。また、王都からバリューの邸宅のためだけに造られた道にも、街灯の魔道具が惜しみなく設置されている。さらに等間隔に植えられている街路樹も弱い魔物が嫌がる匂いを発するトヘロの樹と呼ばれるもので、購入するなら最低数百万マドカから取引されるほどの樹である。


「見てみろ。あの馬車の数をよ」


 平民から『バリューの道』『金蝿道』と忌み嫌われている道には、次々と馬車が姿を現す。そのどれもが平民や並大抵の商人では所有できないであろう見事な装飾が施されており、暗に持ち主がただ者ではないことを指し示していた。


「どーせ、どいつもこいつも糞に集る蝿みたいな連中なんだろ」

「これが五大国の一つに数えられるウードン王国の現状かと思うと、嘆かわしいぜ」


衛兵たちの蔑む視線を背に受けながら馬車は続々と、カーサの丘にあるバリューの邸宅へ吸い込まれるように消えていく。




「お待ちしておりました」


 バリュー邸の玄関に整列した執事やメイドたちが、来賓の男爵や子爵、伯爵などの貴族に商人たちへ一斉に恭しく頭を下げる。

 どの者も平民では考えもつかないほどの財力や武力、強大な権力を持つ有力者たちである。


「今日は楽しませていただくわ」

「これはゼゼペル侯爵夫人様、主であるバリューもお越しを心よりお待ちしておりました」


 そのなかでも一部の別格扱いである貴族は、複数の召使いに囲まれながら案内されていく。

 廊下と呼ぶにはあまりにも広く長い通路には、レーム大陸中から金に物を言わせて集めた調度品が飾られている。その長い通路を抜けた先に拡がる広間では、貴族や商人たちが談笑しながら交流を深めていた。


「他国の商人が?」

「ええ。五大国の一つであるウードン王国へ、商いのために商人が来訪するのは珍しいことではなく、ごく当たり前のことなのですが」

「そうであろう。別段、おかしなことではないではないか」

「それが他国でも名の通った商人たちが動いているようで」

「なにを求めてかはわかっているのかね?」

「なんでもポーションを求めてとか」


 商人のポーションという言葉に、子爵の男は思わず笑ってしまう。


「これは失礼。しかし、ポーションは錬金術ギルドの独占している品だ。それを他国からわざわざ名の通った商人が求めてとは、くっくっく。いや、ありえぬだろうに」

「ええ、ええ。普通ならそう思って当然なのですが、バリュー様もその情報に興味を示していまして」

「なにっ!? それはまことか!」

「嘘偽りなく。もしやバリュー様はポーション市場に手を出すおつもりなのかもしれません」


 また違う場所では。


「今日はエルフの奴隷を三ほど、それも若い雄を購入するつもりなの」

「まあ、それはそれは。わたくしは天人の雄を二匹ほどほしいですわ」

「皆様が羨ましいですわ。

 この前、お父様にお願いして購入したドワーフですが、もう壊れてしまったので新しいのを買っていただきたいのですが……」

「それなら今日はチャンスですわ。

 なんと言ってもバリュー様の夜会は他では手に入らないような奴隷が、それも種族問わずに手に入れることができるのですから」

「ですが、他の方も狙っているのでしょ?」

「そこはあなたの父君に頑張っていただくしかありませんわ。甘えるのは得意でしょうに」

「まあ! 酷いわ」

「ふふ。冗談ですわ。その際は私も一緒にお願いしてさしあげますわ」


 他種族を亜人と称し、家畜でも買うかのように淑女たちが人身売買のオークションの話で盛り上がっていた。


「ご来賓の皆様、お待たせしました」


 執事の声を合図に、使用人たちが会場の扉を次々に開け放つ。


「お、おおっ」

「これはなんと素晴らしいっ!!」

「まあ……。さすがはウードン王国随一の財力を誇るバリュー卿の夜会ね」


 目の肥えた貴族や商人ですら感嘆する光景がそこには広がっていた。

 一流の職人が手間暇かけて作り上げた金銀の食器やシャンデリア、床に敷き詰められている絨毯も特注で作らせた物である。


「この絨毯は三大産地の一つタブダリーの物では? し、しかし、この会場のすべてが、どれほどの金を……いや、金をかければ手に入るという物ではない」

「あちらのシャンデリアはウォンフォトラータ製の物ですわね。わたくしの屋敷にもありますが、あれほどのサイズですと金貨千枚は超えるでしょう」

「用意された飲食は、王族の晩餐会でもなかなかお目にかかれない高級食材に珍味揃い。そして装飾に調度品は超一流の職人の手によるもの、使用人は容姿端麗な者を各年齢、種族別にこれでもかと揃え、我々が気に入った使用人は好きにお手つきにしてよいと仰っている。

 まさにバリュー卿の力を知らしめる夜会と言えるだろう」


 その規模と豪華さに、珍しい品々や高級品に慣れ親しんでいる貴族や商人たちですら興奮を隠せずにいた。


 そして――狂気の宴が開催される。


「こちらは小人族の雌、九歳になります。

 この容姿に加えて、当然ですが処女となっております! それでは五十万マドカからスタートとなりまーす!!」


 壇上の男が、皆によく見えるように小人族の少女の首にかけられた鎖を引っ張る。


「ほう。あれは小人族の族長の娘らしいですぞ」

「亜人に高貴な血など流れているものか」

「では、ソスピーロ子爵は参加されないっと。

 どれどれ。私は百万だっ!」

「バカを申すな。

 私は五百万、いや八百万だ!!」


 会場の一角に設置された壇上では、バリューの配下である奴隷狩りが非合法にウードン王国中から無理やり集めた小人、ドワーフ、鬼人などの各種族が競売にかけられていた。それも市場ではまず出ることのない支配層の血縁関係にある者たち、いわゆる上玉ばかりであった。


「はいー! それでは二千二百万マドカでソスピーロ子爵様の落札となりまーす!!

 おい、ソスピーロ子爵様の家紋はわかってるな?」


 競売の司会進行を進めている男が、裏で控えている男たちへ指示を出す。


「家紋を入れるのか?」

「あの方は自分の所有物には必ず入れるんだよ」

「こんだけの上玉を傷物にするなんて、もったいねえなぁ」

「あとでやっとかないと煩いんだよ」

「わかったから、ぎゃーぎゃー言うなって。

 えっと、ソスピーロ子爵家の家紋はどれだったかな」


 司会の男に間違うなよと念押しされて、男たちの一人が火鉢へ無数に突っ込まれている鉄の棒のなかから一本の鉄棒を抜き取る。鉄の棒の先端には、ソスピーロ子爵家の家紋が刻まれており、火鉢のなかで十分に熱せられて真っ赤に染まっていた。


「いやっ! やめて!! 父さまっ、母さまっ!! 誰か、たす――きゃあああああっ!!」


 次々に奴隷たちが落札されていく。

 そして自らの財力を誇示したい貴族が焼印を押させると、奴隷たちの叫び声と肉の焦げる臭いが辺りに漂う。

 その臭いは貴族や商人たちのもとにまで届くのだが、不快そうにするどころか。嗅ぎながら誰もが笑みを浮かべていた。

 なぜならば、自らの特権階級と奴隷たちの境遇に愉悦を感じているのだ。奴隷や平民が不幸であればあるほど、ここにいる者たちは多幸感に身を包まれる。


 自分たちは支配者側で良かったと。


「こちらはセット共和国に招かれた際に食べたことがありますな」

「おお……。これぞまさしく聖国ジャーダルクの晩餐会で食したオリオンヌのスープ!」

「ほほぉ。これはウードン魔牛のステーキか。

 これだけの量を用意するとは、いやはやバリュー財務大臣、恐るべしですな」

「デザートに使われている果物も迷宮でしか手に入らぬものから、ごく限られた一部の貴族にしか卸していないものばかりですな」


 食通の貴族や商人たちが、用意された食事に舌鼓を打つ。

 しかし、一部の食通たちの目当ては別であった。


「お待たせしました。

 こちらは四歳の――頬肉に――。そちらは九歳のエル――の太腿をレアで、ソースはキャラメル、ヴァン・ルージュ、ペリグー、それに岩塩を用意しております」

「お、おおっ!! 待ちかねたぞ!!」

「どれもこれも、良い色艶をしておるではないかっ!」

「ホホッ。わたくしが夜会に出席するのは、これを食するためと言っても過言ではありませんわ」


 使用人が特別に用意したトレーに乗っている料理に、よだれを垂らさんばかりに貴族が群がる。その料理に使われている材料を知っている他の貴族や商人たちが、そのあまりの悍ましさに離れていく。


「続きましてはアースドラゴン対、魔法に長けたエルフたちです! あ~あっと! しかし、この檻の中では一切の魔法が使えません! なんということでしょうかっ!!

 さあ、凶悪なアースドラゴンが勝つのか! それとも魔法を封じられたエルフたちが勝つのか!! 皆様、奮ってお賭けくださいっ!!」


 巨大な檻は幾重にも結界師による魔法によって厳重に封印されており、中から外に出ることを封じていた。その檻の中には、鎖に繋がれたアースドラゴンと対峙、いや怯えるように隅で全裸のエルフたちが縮こまっていた。


「魔法が使えないだと? これでは賭けが成立せんではないか」


 不満そうに呟く貴族の耳へ、商人の一人が囁く。


「エクスクレモン伯爵、オッズをご覧ください」

「ん? アースドラゴンが1.1倍だとっ。どいうことだ?」

「つまり、この試合に限っては我々へのサービスなのですよ。もちろん度を越した賭け方をすればバリュー様のご不評を買う恐れがありますが、ほどほどであれば問題ありません」

「なるほどな。

 では、遠慮なく。おいっ! 私はアースドラゴンに金貨一万枚だっ!!」


 その遠慮のない賭け金に商人は冷や汗をかく。


「なにをしておる! 早く戦わぬか!!」

「がははっ。負ければ、お前たちの家族が死ぬのだぞ」

「それでもエルフですの? 情けないわね」


 素手で魔法を封じられたエルフたちが、アースドラゴンに勝てるわけがない。それは正々堂々とした試合ではなく、ただの虐殺であった。

 飛び散ったエルフの血や内臓が貴族の顔や衣服にかかるが、興奮した貴族たちは汚れを気にせず歓声を上げ続ける。そして肉親を目の前で喰い殺されたエルフたちは狂ったように泣き叫ぶ。


「説明して差し上げて」


 バスローブを羽織ったゼゼペル侯爵夫人が使用人に命じる。その後ろには貴婦人や令嬢たちが同じようにバスローブ姿で立ち並ぶ。

 その高貴なる血筋の女性たちの前にはいくつものバスタブが並んでいる。奥には巨大な大理石で作られた浴槽が設置されているのだが、そのどれもが赤い液体で満たされていた。


「それでは説明させていただきます。

 こちらのバスタブは、五歳以下のエルフのそれも幼児の――でご用意させていただきました。続きまして、こちらは獣人の幼児――、そちらに見えますのが、小人族の――幼児の生き血を――」


 常軌を逸した説明を続ける使用人の言葉に、ゼゼペル侯爵夫人は満足気に頷き、その後ろに控える女性たちからは感心した声が上がる。


「これがゼゼペル侯爵夫人の美しさの秘密なのですわね」

「噂にはお聞きしていましたが、このような素晴らしいものとは」

「ゼゼペル侯爵夫人のご厚意で使わせていただけるのですから、皆様も感謝するのですよ」

「もちろんですわ!

 ゼゼペル侯爵夫人、感謝いたしますわ」


 次々に感謝の態度をとる貴婦人や令嬢たちへ、ゼゼペル侯爵夫人は、もう十分とばかりに手で制すると。


「さあ、皆さん。堅苦しい挨拶はもうよろしくてよ」

「では」

「ええ。共に美の追求をしましょう」


 常人が見れば、狂っていると呟いたであろう。

 貴族の夫人や令嬢たちが血で満たされたバスタブに浸かり、あるいは頭から血を浴び、全身を真っ赤に染めて歓喜の声を上げているのだから。


「皆様、愉しんでいられるご様子です」

「それは結構」


 二階より夜会の様子を窺っていたバリューは、フランソワの言葉に満足そうに頷く。

 夜会中にもかかわらず、バリューは酒も飲まずに狂った宴を繰り広げる貴族や商人たちを観察するように凝視していた。


「俗物どもめ。

 嘆かわしいことだが、やはり真に高貴なる血を受け継ぐのは私しかいないのか」


 そこには貴族や商人など有力者たちを牛耳る大貴族の姿はなかった。


「おや、こんなところにいらしたのですか」

「探しましたぞバリュー卿」

「主役が姿を現さないのでは、夜会もいま一つ盛り上がらぬというもの」


 バリュー派閥の中でも中核を担う貴族たちが、親しげにすり寄ってくる。それに合わせてフランソワは分をわきまえ後ろへと下がる。


「少し休んでいただけ。なにか至らぬ点でも?」

「まさかっ! バリュー卿の夜会に至らぬ点など。それどころか、此度の夜会は過去最大の規模ではと、先ほども話ていたばかり」

「フェーチ侯爵の仰るとおり。

 ただ、我らは少し耳にした噂の真偽を聞こうかと思いましてな」


 どの者も笑みを浮かべているが、それが偽りであることは誰もが知っていた。


「ほう、それはどのような噂ですかな」

「そう警戒を顕にしないでほしいものですな」


 バリューの肩を軽く叩きながら、フェーチ侯爵はそのままバリューの横へと座る。


「なんでも、とてつもない・・・・・・アイテムポーチをバリュー卿が手に入れたとか。それも国を揺るがすほどの物を」


 フェーチ侯爵の話に他の貴族が思わず吹き出す。


「私は一笑に付したのですよ。

 バリュー卿ほどの御方が、たかがアイテムポーチを手に入れたくらいで喜ぶなどとね」


 バリューの表情は笑みを浮かべたまま変わらなかった。

 ここにいる貴族たちは、バリューが時知らずのアイテムポーチを入手したと確信しているのだ。

 どのようにしてその情報を入手したのか。バリューですら油断ならぬ者たちであった。


「バリュー卿、噂の真偽はいかに?」

「はっはっは。

 これは驚きましたな。

 では、もし私がそのアイテ――」

「我が侯爵家は全面的に支援する準備ができておる」

「私の一族も同じく」

「抜け駆けはいただけませんな。

 私の一族は他国へも顔が利きますぞ」


 フェーチ侯爵たちは、バリューに最後まで言葉を言わせなかった。そしてバリューが王になった暁には、便宜を図れと暗に言っていた。

 その後も数十分ほど言葉の応酬をし、バリューから言質を取るまでフェーチ侯爵たちは居座った。


「バリュー様、お疲れ様です」


 夜会へと戻っていくフェーチ侯爵たちを見送ったあと、フランソワがワインをグラスに注いでいく。


「浅ましい連中だ」


 フランソワから受け取ったワインを、バリューは一気に飲み干すと忌々しげに呟いた。

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