第220話 木遊び

「そこをなんとかっ! 頼む!!」


 立派な髭を蓄えた老人が頭を下げる。

 老人の腕は丸太のように太く、年齢を感じさせないほど身体は逞しかった。


「なんど頼まれようと追加融資はできません」


 商人の男がにべもなく断る。周りには他にも複数の商人がいるのだが、驚くことにこの中で一番若く見えるこの男がトップなのであろう。先ほどから老人との交渉を進めているのは、終始この若い男であった。


「他のところには全部断られたんだ。

 ここであんたらベルーン商会にまで見捨てられたら、ウッド・ペインの木工が、伝統ある木工技術が廃れてしまうかもしれないんだ!」


 しかし、老人は諦めずに頭を下げ頼み続ける。ここで融資をしてもらえなければ村の存続に関わるからだ。

 ウッド・ペインと言えば、木工で有名な村である。

 周辺の森林から手に入る良質で豊富な木材と腕の良い職人が揃うことから、ウッド・ペインで作られる家具は商人や貴族たちから非常に人気のある品である。その人気はウードン王国のみならず、遠く離れた国々からわざわざベルーン商会にまで購入しに来る者もいるほどだ。

 その木工の盛んな村、ウッド・ペイン近隣に木龍が現れたのはつい先日である。木龍によってもたらされた被害は甚大で、暴れる木龍によって山や森林が広範囲に渡って消失したのだ。その影響で今までより遠くまで木を切り倒しに行かねばならなくなったうえに、これまでと同じペースで採伐をし続ければ、荒れた森林が回復するよりも消費する速度のほうが上回る可能性がある。

 木工で糧を得ているウッド・ペインからすれば、その材料である木材が手に入らなくなるというのは死活問題なのだ。

 なにしろ木材がなければ加工して商品を作ることができない。即ちその間は収入が途絶える。

 幸いにも今は木材の在庫と加工済みの商品があるので、それらをやりくりすれば当面は凌げるのだが。


「だから、さっきから言っているだろう。時間はかかるが、木龍によって失われた木々は必ず復活すると!」

「村長、それはいつ頃のお話になるのでしょうか?」

「そ、それは……」

「わからないんですね。

 そんな憶測で、ベルーン商会第五番頭を任されている私が融資をするとでも?」


 無慈悲な宣告であった。

 ここでベルーン商会に見捨てられれば、ウッド・ペインの蓄えはいずれ尽きて、村の住人が職を求めて離村しかねない。そうなれば待っているのは誰も住む者のいない村、即ち廃村である。


「だったら……だったら、なにしに王都から遠く離れたこんな辺鄙な村まで来たんだ!!」


 思わず激昂して問い質す村長とは裏腹に、若くしてベルーン商会の第五番頭を任された男は表情一つ変えずに、村長をさらなる絶望へ突き落とす言葉を放つ。


「今日お伺いしたのは、融資の返済の件で話に来ました」

「な、なにを言っているっ。

 今のウッド・ペインがどういう状況か、わかって言っているのか! 木龍のもたらした被害のせいで、今後どうするかの対応でいまだ村中が混乱しているんだ。そんな中、ベルーン商会からの融資を打ち切りどころか、返済を申し出られたら本当に村は終わってしまう」


 一気にまくし立てる村長であったが、ベルーン商会の者たちは皆一様に冷めた視線を村長へ向ける。


「それはそちらの問題でしょう。ベルーン商会にはなんら関係がありません。

 融資の返済ですが、すぐには難しいでしょうから三日後でお願いします」

「三日後っ!? そんな馬鹿な話があるかっ!!」

「私は至って真面目ですよ。契約書には不測の事態があった際は、ベルーン商会側から融資の返済を申し出て、期日も決められると書いているではありませんか」

「契約書に記入するときに、不測の事態があろうとも融資の返済は最低でも一年は待つと言っておったではないかっ!」

「さて、そのようなことは契約書のどこにも書いていませんね。

 言っておきますが、こちらの契約書は契約魔法によって作られた物です。契約を破ればどうなるかは、あなた方でも理解しているでしょう」


 怒りのあまり、村長は身体の震えを押さえることができなかった。


「さ、散々っ、事業を拡大すればウッド・ペインが豊かになると、融資させてほしいと懇願してきたのは、あんたらだろうがっ!!」

「なにを怒っているのか理解に苦しみますね。事情が変わっただけではないですか」

「頼むっ! このとおりだ!!

 どの商会も融資を引き受けてくれないんだ。そんなときにベルーン商会から追加融資を受けるどころか、今までの融資を返済しろなんて言われてもできるわけがないだろう。このままでは、村が、伝統あるウッド・ペインの木工技術が廃れてしまう。そうなれば、あんたらだって困るだろう?」


 村長はテーブルに頭を擦りつけながら頼み込むのだが。


「先ほども言いましたが、ベルーン商会の知ったことではありませんね。

 遠回しな言い方ではなく。ハッキリ申し上げると、木こりには貸せても木遊びには貸せません」

「俺らの木工を……伝統ある木工を木遊びだとっ!!」

「ふざけるなよ!! 言わせておけばっ!!」

「なんだっ。お前らのその態度はっ!! さっきから村長に舐めた態度を取りやがって!!」


 ベルーン商会のあんまりな言葉に、今まで村長の後ろで黙って話を聞いていた村の男衆が、ついに我慢しきれずにベルーン商会の第五番頭へ詰め寄るのだが。


「私に手を出せば、護衛が黙っていませんよ」


 ベルーン商会第五番頭の男は、些かも動揺を見せずに村の男集を逆に睨みつけた。傍では護衛の男たちが武器に手をかけており、一触即発の状態である。


「このウードン王国でベルーン商会を敵に回すということは、国を敵に回すのと同義ですよ。私としてはお勧めはしませんね」


 この一言が決定打であった。

 ウッド・ペインの男衆は、悠々と帰っていくベルーン商会の者たちを忌々しげに、睨みつけて見送ることしかできなかったのだ。


「さすがはグルデム様。木龍の損害をこのような形で補うとは」

「次期、ベルーン商会会長にもっとも近い番頭と言われるのも頷けますな」


 ウッド・ペインより王都へ向かう馬車の中、ベルーン商会の者たちが第五番頭のグルデムの手腕を絶賛していた。


「確認ですが、ウッド・ペインに融資する可能性のある有力な商会はいないでしょうね」

「ご安心ください。手回しは万全です! そもそも我らベルーン商会に逆らう商人など、ウードン王国内にいるわけがございません」

「これで労せずウッド・ペインの木工技術だけでなく。木材や村、全てを手に入れることができますな」

「ウッド・ペインで作られる家具は貴族に高く売り捌くことができます。今は木龍のもたらした被害によって一時的に生産が落ちていますが、時が経てば元通りの利益を生むでしょう。それまでは、品薄を理由に商品の値を釣り上げて販売しなさい」

「かしこまりました」




「どうしたらいいんだ!!」


 ウッド・ペインの村長がテーブルに拳を叩きつける。周りの男衆もその気持ちは十二分に理解できるだけに、誰も村長を諌めようとはしなかった。


「あと三日でベルーン商会から借りている金を返却するあてはあるか?」

「あるわけないだろうがっ。だから村長も俺らも頭を抱えてんだろうが!」

「知り合いの商会や商人も話すら聞きやしねえ」


 ベルーン商会が去ったあと、村長宅では数時間に渡って融資の返済や、この危機をどう乗り越えるかの議論を交わしていたのだが、誰も名案を思いつけず頭を抱え込んでいた。


「そ、村長っ、お客様です!!」


 扉を勢いよく開けて入ってきたのは、村娘の一人であった。


「客? 今はそれどころでは……」

「と、とにかく会ってみてください! あの子、凄いんですから!!」

「凄い? なにが――待たんか。返事も聞かずに出ていきおった」


 村娘は慌てて部屋の外へ出ていくと、すぐにまた戻ってくる。そして、村娘の後ろには――。


「「「お、おおっ……」」」


 村長や男衆から思わず声が漏れ出る。


「ほ、本当に金を融資してくれるのか!? いや、していただけるので?」

「ホッホ、融資しますよ。と言ってもお金を出すのはこちらのユウ様で、私たちマゴ商会は仲介に過ぎません」

「この少年が……」


 マゴはユウが莫大な資金を持っていることを知っている。それこそ、この村を買い占めることなど容易くできるほどの金があると。

 だが、ウッド・ペインの村人たちは違う。目の前にいる少年が融資すると言っても、馬鹿にするなと怒ってもおかしくなさそうなものなのに、先ほどから村長を含む男衆の誰一人からも怒号一つ飛んでこなかった。


「いくら必要なんだ?」


 多少は突っかかってくると予想していたユウであったが、拍子抜けするほど大人しい村長たちに毒気を抜かれる。


「八、九億……。いや、十億マドカは必要だ」


 十億マドカという金額も、村長は控えめに言った額であった。本当はベルーン商会から受けた融資は、利子も含めると十五億マドカを超える金額であった。


「ホッホ、十億マドカですか」


 マゴはユウに確認するかのように目を合わせると、アイテムポーチより箱を取り出していく。二十の箱がテーブルの上に置かれると、マゴは箱の蓋を一つ開ける。箱の中には白金貨と金貨が綺麗に、ぎっしりと詰められていた。


「すっげ」

「あんな大金見たことねえぞ」

「客人の前だぞ。静かにしないか」


 村長に窘められると、男衆は口を噤む。


「その箱一つで一億マドカ入っています」

「全部で……二十億マドカっ。しかし、なぜ二十億マドカも?」

「こっちで調べた金額だと、ウッド・ペインはベルーン商会に約十六億マドカの負債があったからな。余裕を以て二十億マドカ貸しつける。

 そもそも、ベルーン商会を舐めすぎだろ。あいつら金を返すと言えば、なんだかんだ言って、吹っかけてくるぞ」

「まさか……。契約書には――」

「どの商会も融資をしてくれなかっただろ?」


 ユウの言葉に、村長は心臓を鷲掴みにでもされたかのように身体を強張らせた。


「ベルーン商会が他の商会や商人たちに、ウッド・ペインから融資を求められても応えないよう根回ししてるからな」

「あいつらっ!」

「許せねえ!!」

「信じられん。な、なぜ……ベルーン商会はそんな真似を? ウッド・ペインは今までベルーン商会と友好的な関係だったのに」


 怒り狂う男衆とは別に、村長はいまだユウの話を信じられない思いで聞いていた。


「村長、しっかりしろ! 悔しくないのか!」

「そうだ! あいつらに騙されてたんだぞ。金だって返す必要はない!」

「ホッホ。そんなことをすれば、ベルーン商会の思うツボですな。すぐにでも王都からベルーン商会の手の者や財務大臣の私兵がやってくるでしょう。そして村は好き放題に荒らされ、女子供は奴隷に堕ち、男たちは死ぬまで働かされる。

 まさか国が護ってくれるなんて思ってはいないでしょうな? 相手は財務大臣お抱えの商会、誰も口出ししませんよ」


 マゴの言葉に、先ほどまで頭に血が上っていた男衆の顔が見る間に青くなっていく。


「あんたらは……。あんたらはなんで金を貸してくれるんだ。こんな真似をすれば、あんたらだってベルーン商会や財務大臣を敵に回すことになるだろう」

「ホッホ、確かに村長の仰るとおり。

 私はそんなことをしても一銭の得にもならないので反対したんですが、こちらのユウ様がどうしてもと――」

「マゴ、余計なことは言わなくていい」

「ホ? これは失礼いたしました」

「なにが目的なんだ。こんな都合のいい話があるわけがないっ。いくらだ! ウッド・ペインはなにを差し出せばいいんだっ!!」

「木だよ」

「…………き? 木とは木材のことか?」

「そうだ。俺のところではある理由で木を伐採できない。だからウッド・ペインで手に入る木材を売ってほしい」

「そんなことでいいのか? しかし、ウッド・ペイン周辺は木龍によって――」

「それも知ってる。なにも大量の木材を売ってくれってわけじゃない。売り物にならないような木材から、今までベルーン商会に卸してた木材をこっちに流してくれればいいんだ。ウッド・ペイン周辺の森林だって、時が経てば元通りの姿を取り戻すしな」


 村長は気づけば立ち上がって、ユウの手を握り締めていた。


「そ、そうだ。そうなんだ! ウッド・ペインの豊かな森林は死んじゃいない! 時間はかかるが、必ず元の美しい姿を取り戻すんだ!!」

「じゃあ、問題はないな」

「ああ、こちらこそ願ってもいない提案だ。ところで木材だけでいいのか? 自分で言うのもなんだが、ウッド・ペインは木工が盛んな村だ。例えばこのくらいのテーブルなら、ベルーン商会には五万マドカで卸している」

「このテーブルが五万か。はは」

「高いと思うかもしれんが、このテーブルは最高級のアルマガニーから、うちの木工職人が手間隙かけて作ったテーブルだぞ! 値段に見合うだけの価値はあるはずだっ」


 ユウの乾いた笑いを高過ぎると受け取ったのか、村長は顔を赤らめて抗議する。


「ん? なにか勘違いしてるな。

 マゴ、このテーブルを貴族に売るならいくらだ?」

「ホッホ、アルマガニーのテーブル。それもウッド・ペインの木工職人が作った物であれば、最低三百万マドカで売るでしょうな。まあ、それでもすぐに売れるのは間違いありませんな」

「さ、三百万っ!?」


 マゴの提示した金額に村長は驚きを隠せない。それは周りの男衆も同様で、口々に「三百万だってよ」「そんな金額で売れてたのか」と、ざわつく。


「運賃や人件費、販売のルートから展示する場所、色々あるだろうが、ちょっと安く買い叩かれすぎだろ。

 うちのマリファってダークエルフが、ウッド・ペインの家具に惚れ込んでいるんだけど、この卸値を知ったら怒り狂いそうだな」


 笑いながら話すユウの姿に、村長の身体の強張りが緩んでいく。ベルーン商会との話し合いからずっと緊張し続けていたのだ。そこに無邪気に笑うユウの姿を見て、緊張が解かれるのも無理はなかった。


「待て」


 マゴの用意した契約書にサインしようとする村長を、ユウは制止する。


「ホッホ。ユウ様、なにか問題でも?」

「お前じゃない。村長のほうだ。ベルーン商会に痛い目に遭わされたばかりなのに、大して確認もせず契約書にサインしようとするな」


 ユウに叱られた村長は、周りの男衆と顔を見合わせながら頭を掻く。


「その、なんだ。君の言うとおりなんだが、最初から契約を結ぶつもりだったんだ。多分、村の者たちだって誰も反対しないだろうしな」


 怪訝な顔をするユウとは正反対に、村長や男衆に気づけば窓から覗き込んでいる女たち、皆が笑顔であった。


「この村にいる者たちは木工職人や木こり、女だって木に携わった仕事をしている。だからなのか、精霊様の姿が薄っすらと見えるんだが。

 君がこの部屋に入ってきたときに――いや、今もか。木の精霊様が見えるんだよ。本来、光や闇に火や水などの四大精霊様と違って、その姿を見ることなど生きているうちに数度あれば幸運と言われている木の精霊様が、ずっと見えているんだ」


 ユウは自分の周りを漂う薄い緑色の光体を、追い払うかのように手で散らす。


「ああっ、木の精霊様になんてことを」

「うるさい」

「ホッホ。この村には私の信用できる部下を置くので、ベルーン商会が取り立てにきてもご安心ください」

「うるさい。俺はそんなこと聞いてないだろうが」


 ユウはニヤニヤと笑みを浮かべるマゴを睨みつけるのであった。

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