第219話 暗雲
のどかな村、ウッド・ペインに突如として現れた木龍によって引き起こされた魔物達の狂乱は、原因であった木龍の討伐ならびにウードン王国軍の迅速な対応によって徐々に鎮静化し、今では周辺の都市や町が保有する軍や兵、冒険者たちで十分に対応できるまでに収まっていた。
当初は避難先を求めて逃げ惑う住民たちなどによる小さな混乱などはあったものの、各都市や町を治める貴族や冒険者ギルドを通じて木龍鎮圧の報せが伝わると、徐々にウードン王国内は平静を取り戻していた。
「ご主人様、聞いてくださいっ!」
ユウの屋敷の居間から、奴隷メイド見習いの一人であるヴァナモの声が響き渡る。
「ヴァナモ、静かにしなさい。
ご主人様はアガフォンと話しているのです」
「ですが、お姉さまっ」
納得がいかない様子のヴァナモであったが、マリファから氷のような視線を向けられると「うっ」と短い悲鳴に似たうめき声を上げて口をつぐむ。右隣にいるティンは「怒られちゃったね」と話しかけるが、ヴァナモは悔しそうに黙ったままである。
木龍討伐を無事終えたユウは、ニーナたちやアガフォンたちを回収して都市カマーへと戻っていた。そして居間にはニーナたちやアガフォンたち、それにヴァナモを始めとする奴隷メイド見習いなど、勢揃いである。
さて、居間でユウたちがなにをしているのかというと、それぞれに任せていた魔物の群れ討伐の報告を聞いているのだ。
「ヴァナモたちから、お前らがどんな風に戦って、結果どうなったのか報告は聞いてるんだけどな。お前らの口からも聞きたい。それで魔物の群れから――」
「うす。逃げました。
いや、いいところまでいってたんですけどね。やっぱ多勢に無勢っていうか」
アガフォンは悪びれもせず、堂々と逃げたと口にする。
「そうなんです! アガフォンたちは逃げたんですよ!!」
ユウとアガフォンの会話にヴァナモが割って入る。すると、ヴァナモの左隣にいたメラニーが小さな声で「ばかっ」と呟き、やめなと促すように尻尾でヴァナモの足を叩くのだが、ヴァナモの怒りは治まるどころかさらに過熱する。
「ご主人様から与えられた試験を! 無様にも! 放棄して逃げたんです!!」
興奮するヴァナモの横では、ティンが「ヴァナモは真面目でやんなっちゃう」と呟き、他の奴隷メイド見習いたちは「おバカ」と溜息をつく。
「ヴァナモ、なんど言えばわかるのですか」
「うっ。お姉さま、これは違うのです」
静かに、だが確実に怒っているマリファの視線を受けて、ヴァナモが後退る。コロやランは慣れたもので、すでにユウの座るソファーまで逃げていた。
「ふ、ふふ。なんで逃げたんだ」
堪えきれずにユウが思わず笑う。
その普段あまり見せない珍しいユウの姿に、ニーナは口をぽかんと開けて見つめ、レナも「……おぉ」と声を漏らしながら凝視する。ちなみにマリファは無表情であったのだが、頬と耳が赤く染まっていた。
「なんでって。死んじゃうじゃないっすか。死んだら冒険を続けらんないですし、いつか盟主と一緒に冒険するっていう俺の夢も終わっちゃうじゃないっすか」
「ふ……あははっ。そうだな」
「こ、このっ」
アガフォンの態度を不遜と判断したヴァナモが睨むのだが、マリファの手前それ以上は騒ぐことはなかった。
「撤退の判断をしたのはアガフォンか? それともフラビアか?」
「俺です。俺の判断で撤退の指示を出しました」
アガフォンたちのパーティーでは意外と思うかもしれないが、基本的にアガフォンがリーダーとして指示を出す。アガフォンが指示を出せない状況のときは、フラビアが代わりに指示を出すといった感じである。だからユウは、撤退の判断をアガフォンかフラビアがしたのかと聞いたのである。
「でも、俺らだってタダで撤退したわけじゃないっすよ。めぼしい名ありの魔物は倒して、魔玉と一番金になる部位は剥ぎ取ってますから」
「そうにゃ! ちゃんと成果は出してるにゃ」
「フ、フラビア、今はアガフォンが盟主と話してるんだから、黙ってたほうがいいよ」
「私だって盟主に報告したいにゃ」
ベイブに諭されても動じないフラビアであったが、マリファが自分をじっと見つめているのに気づくと、ベイブの大きな身体の後ろに隠れた。
「お前らが撤退したあとは?」
「チビす――ヴァナモたちが幻惑魔法や虫とかで魔物たちを集めて――」
ヴァナモが「誰がチビ助ですかっ!」と叫ぶよりも先に、グラフィーラがその口を力尽くで塞いだ。横ではポコリとアリアネがよくやりましたと親指を立てている。
「俺がやっつけたんだぞ!」
ナマリが我慢できずにユウの膝上に飛び乗る。
「ナマリが尻拭いしたのか」
「うす。ムカつきますが、ナマリが間違いなく倒しました」
ユウの膝の上に座っているナマリは、誇らしげな顔をしてユウを見上げる。
「ナマリ、よくやった。今日の三時のおやつは三個まで食べていいぞ」
「三個もっ!? やった!!」
ユウに頭を撫でられながら、ナマリは満面の笑みを浮かべてアガフォンたちを見る。アガフォンたちは悔しそうにするも、ナマリが魔物の群れの半分以上を倒したのは事実なだけに、ぐうの音も出なかった。
「くっそ。ナマリのくせに生意気な」
「べ~っ。俺はアガフォンよりオドノ様の役にたったもんね!」
「言ってろ。今にお前より俺のほうが役に立つって証明してみせるからな。
それで盟主。今回の試験ですが、俺らは――」
「厚かましい! 不合格に決まってます! そうですよね。ご主人様!!」
グラフィーラの手を齧って拘束から逃れたヴァナモが、ユウに詰め寄るのだが。
「いや、合格だ。これからは『妖樹園の迷宮』に潜ってもいいぞ」
「「「やった!!」」」
大喜びのアガフォンたちとは対照的に、ヴァナモは驚きの表情を隠せずにいた。いや、ヴァナモだけではない。奴隷メイド見習いであるティンたちも、ユウの合格という言葉に納得がいかない様子であった。
「ご主人様、なんで合格なんですかー」
奴隷メイド見習いたちを代表するように、ティンがユウへ問いかける。
「なんでって、ニーナやレナにマリファだって納得してるだろ」
「ニーナさんやレナさんはともかく。お姉さまは、ご主人様の決めたことなら内容問わずに受け入れるからなぁ」
ティンの言葉にマリファは怒るかと思いきや、それが当然でしょうと澄ました顔である。
「お前って、結構ずばずば言うよな」
「ご主人様、褒めてもなにも出ないよ?」
「褒めてねえけどな。
いいか。冒険者にとって一番大事なのは、まず死なないことだ。
今回アガフォンたちに任せた魔物の群れは、明らかにアガフォンたちの実力だと対処できない規模で、倒せるなんて俺も思ってなかったんだからな。
アガフォンたちは、自分たちでは無理だって判断した上で撤退した。つまり引き際をわきまえて無駄に死ぬことなく撤退したんだ。それに名ありの魔物から魔玉や金になる部位を剥ぎ取ってるんだから、冒険者としては十分合格だろ?」
ヴァナモたちから聞いていた報告とアガフォンからの報告を照らし合わせたうえで、ユウは合格と言ったのだ。ヴァナモたちの報告は多少偏見があったものの、アガフォンたちのとった戦術や状況判断、誰一人欠けることなく生還したのは、冒険者になったばかりということを考えれば十分な成果と言えよう。
「ふーん。ご主人様の話は難しくて頭が痛くなっちゃう」
「お前が聞いてきたんだろうが。で、モモはなんでさっきからふくれっ面なんだよ」
ニーナの頭の上に座っているモモは、なぜか頬を膨らませてご機嫌斜めなのだ。
「モモちゃんはね。出番がなかったから拗ねてるんだよね~」
「出番がなかった? モモはニーナたちにつけてたろうが」
「そうなんだけど。レナとマリちゃんたちだけで魔物を倒しちゃったんだよ」
「……虫とか木が凄かった」
「だからナマリちゃんばっかり褒められて、モモちゃんは悔しいみたい」
「モモの力を借りずに倒せたのか」
「そうだよ~。マリちゃん凄かったんだから」
「……姉より優れた妹などいない……はず」
「誰が妹ですか」
ニーナたちがワイワイ騒ぎ始めるが、モモは変わらず拗ねたままである。そんな中、アガフォンの頭の上で寝そべっていたアカネが、ニーナの頭の上へと飛び移る。
「なによモモ。あんだけ自信満々で私に活躍するって言ってたくせに、なんにもしてこなかったの? 私はモモと違って、い~っぱい魔物を倒してきたわ」
「!?」
アカネが腕組みしながらモモを見下ろす。その顔は見るからに勝ち誇っており、優越感に浸っていた。
「これは私がモモを追い抜く日も近いわね」
「!!」
「ちょ、ちょっとやめなさいよ。悔しいのね。私に負けたから悔しいのね」
「わ、わわっ。モモちゃんもアカネちゃんも、私の頭の上でケンカしないでよ~」
ニーナの頭の上で、モモとアカネのつかみ合いのケンカのようなじゃれ合いが始まる。
「あの……。盟主にお願いがあるんすけど」
「なんだよ」
「なんだよー」
モモとアカネの争いをよそに、アガフォンが申し訳なさそうにユウに話しかける。ユウの口真似をしたナマリは頭をポコンっ、と軽く叩かれる。
「迷宮や今回の魔物の群れから手に入れた完全な魔玉で、フラビアたちの武器や防具にスキルを付与していただけませんか。特にアカネやベイブを優先でお願いします」
「アガフォンはいいのか?」
「俺は盟主が作った大剣があるんで大丈夫っす」
アガフォンはそう言うと背中に背負っている黒曜鉄の大剣・七星を軽く叩いた。
「付与するのはいいけど、今日はマゴと商談で出かけるから夜まで無理だぞ」
「ありがとうございます! 盟主が帰ってくるまでに、なににスキルを付与するか決めておきます」
アガフォンの後ろに並ぶフラビアたちも笑みを浮かべ、口々に「やった」「やったね」「なににしようかな」「オドノ様、ありがとうございます」「ちょっと! 私が先なんだからね!」と喜びを隠さなかった。
「俺もついてくー!」
「ダメ」
「なんでー」
「ナマリ、ご主人様に我侭を言うのをやめなさい。
あなたは大人しく屋敷でお勉強です」
ユウからダメ出しを受けたナマリが駄々をこね、それをマリファが窘めるのだが。
「いや、マリファもついてこなくていいぞ」
「そ、そんなっ!?」
「やーい! マリ姉ちゃんもおるすばんだー」
「ナマリっ、待ちなさい!」
マリファがナマリを捕まえようとするが、ナマリはユウの膝上から飛び退いて軽やかに躱す。躱されたマリファはバランスを崩し、そのままユウに抱きつくかのように倒れ込んだ。
「ご、ご主人様、も、もも、申し訳ございません」
「俺は大丈夫だから落ち着け」
「……いやらしい。スケベな妹」
「レナっ! だ、誰がスケベですか!」
「マリちゃんのエッチ~」
「ニーナさんまでっ!」
「やーい。マリ姉ちゃんのスケベ~」
「ナマリっ!!」
マリファとナマリの追いかけっこが始まるとユウは大きく溜息をつき、ニーナたちは大笑いで見守った。
カーサの丘。
王都テンカッシを見渡せるその丘には、王都に住む者であれば誰もが知っている豪邸があるのだが。
その豪邸の所有者はウードン王国でもっとも権力を持つと言われている、財務大臣バリュー・ヴォルィ・ノクスである。
その豪邸内の廊下に王都の文官フランソワ・アルナルディの姿があった。彼が今向かっているのは、自身が仕える主バリューの私室である。
「おや」
そのバリューの私室から一人の男が姿を現す。糸目の男を着飾るのは、王都の貴族が着ていても遜色のないほど上等な紳士服であった。しかし綺羅びやかな紳士服では、男の隆起する筋肉を隠すことはできなかった。
「
フランソワが口にしたライナルト――。
彼こそ『龍の牙』の盟主、ライナルト・ヘルターである。
「ああ、あんたか」
「今日はどのようなご用件で?」
「くっく。わかってて言ってるだろ? あんたの主から尻を叩かれたんだよ」
「では、ついにあなたが動くのですね」
「それはどうかな。
だが、あんたの主は今までのような甘っちょろいやり方じゃ納得しないようだ」
「それはそれは。大変ですね」
「ぬかせ。思ってもいないくせに」
「とんでもない。私もバリュー様に『龍の牙』を紹介した手前、心配はしていたのですよ」
「ふん。まあいいさ。こっちは約束さえ守ってもらえればいいんだ」
「そうですか。
では、私はバリュー様に用があるので、この辺で失礼させていただきます」
淡々とした受け答えで去っていくフランソワの後ろ姿を、ライナルトは冷淡な目つきで見送った。
「入れ」
バリューが許可を出すと、小人族の少女が部屋の扉を開ける。この小人族の少女はもちろんバリューの奴隷である。その目は死んだように濁っており、感情が希薄であった。そして、それはこの部屋にいる十数人の奴隷も同様で、目にはわずかな生気しか感じられない。
「失礼いたします。
バリュー様、先ほど『龍の牙』盟主のライナルトとすれ違いましたが、お叱りにでも?」
「叱る? そんな無駄なことをしても一銭の得にもならんわ。
あのような下賤の者たちを動かすにはな。コツがいるのだよ」
バリューが下品な笑い声を上げながら足を組み替えると、足乗せ台代わりにされているドワーフの少女が歯を食いしばりながら、巨漢であるバリューの重みや痛みに耐える。
バリューの履く靴には無駄な装飾が施され、至る所に宝石が散りばめられていた。その宝石が、バリューが動く度にドワーフの少女の背中に食い込むのだ。それでもドワーフの少女が苦痛の声を上げることはない。わずかでもうめき声を漏らせば、機嫌を損ねたバリューによって自分だけではなく周りの少女たちがどんな目に遭わされるか知っているのだ。この中には自分より幼い者たちも多い。ドワーフの少女は、その幼い者たちを守るためにも、一切の声を発することが許されなかった。
「コツですか……」
「そう。餌をな? こう、目の前にぶら下げてやるのだよ」
バリューが自分の顔の前で手をぶらぶらと揺らす。
「そうすれば、奴ら途端に犬のように尻尾を振って頑張るのだ。
普段は貴族なんぞの言うことなどきくかと一端の侠客を気取っておるが、ちょっと私が餌をぶら下げてやれば、面白いように尻尾を振りよる」
なにが面白いのか、バリューは狂ったように笑う。その度に足をバタつかせ、足元のドワーフの少女が苦痛に顔を歪める。ドワーフの少女の背中はすでに皮膚がめくれ、服には血が滲んでいた。その血がバリューの靴につくと、先ほどまでのご機嫌な態度がウソのようにバリューの顔が醜く歪む。
「貴様っ。薄汚い亜人の血を、こ、この私にっ! 代々ウードン王国に仕えてきたノクス家の当主である、この私にっ!! ふざけるな!!」
バリューがドワーフの少女を足蹴にする。そこには手加減など一切ない。それでも、誰もこの凶行を止める者はいない。いや、止められる者などいないのだ。
「はぁ、はぁはぁ……。まあいい」
ドワーフの少女が動かなくなるまで足蹴にして、やっとバリューの怒りが治まった。動かなくなったドワーフの少女を、周りにいる奴隷の少女たちが無言のまま片付けていく。日常的にあることなのだ。誰かが死ぬ度に心を乱していては、ここでは生きていけないと皆が悟って――いや、諦めていた。
「それよりフランソワ、夜会の準備はどうなっている」
「滞りなく進めております。
次の夜会の準備はもちろん。オークションの資金も余裕を持って用意しております」
「うむ。次にあるオークションは年に一回、それもとんでもない代物が出品されると聞いておる」
「とんでもない代物ですか?」
「そうだ。王都のオークションを運営するのは王家ゆえに、私も詳細は聞き出すことは叶わなかったが。なんでも国宝級、それも五大国クラスの品が出品されるそうだ」
「バリュー様、私には到底信じられません。
五大国クラスと言えば、ウードン王国の『豊潤の胃袋』『ゾロヴェンの指輪』『賢者の石』、デリム帝国の『虚神殺しの槍』、セット共和国の『ククノチのオカリナ』、自由国家ハーメルンの『黄金の雌鶏』、聖国ジャーダルクの『無限の聖袋』など、どれもが途方もない品ばかり。いかに王都テンカッシの、それも年に一度のオークションが開催されるからとはいえ、それらに匹敵する品が出品されるとは」
「私も最初は耳を疑ったが嘘ではない。
現に諸国の王族や大貴族たちが、続々と王都に向かっているそうだ」
「一体誰がそのような品をオークションに持ち込んだのでしょうか」
「誰であろうと私は一向に構わん。
皆が私の財力に平伏し、悔しがる顔を見るのが、最高の楽しみの一つなのだからな。
それが今回は他国の王族や大貴族たちの顔で埋め尽くされるのだ。今からその顔を想像するだけで興奮してきおるわ!」
バリューの言葉に賛同する者など、この部屋には誰一人いなかった。フランソワですら、顔の表情一つ変えることなく聞き流していた。
「バリュー様、ムッス伯爵の件はいかがいたしましょうか」
「そちらは私のほうで別の者に指示を出しておる。
いつまでも私の派閥への誘いを断っていられると思うなよ。ムッス伯爵には、そろそろ貸しを返してもらわねばな」
王都テンカッシの住居地区。
その中でも富裕層しか住居を構えることのできない場所に、クラン『龍の牙』の屋敷があるのだが。王都の無数にある中小クランではとても購入、維持できないほど『龍の牙』が所有する屋敷は広い敷地に立派な建物であった。
「ライナルトさん、お帰りなさい」
「財務大臣は、やっぱり怒ってましたか?」
「うちの盟主を呼び出しておいて、出迎えも寄越さないなんてふざけた野郎だぜ」
「財務大臣はなんて言ってたんですか?」
ライナルトが屋敷に戻ると、クラン員たちが出迎える。Aランク冒険者であるライナルトを呼びつけておいて、出迎えも寄越さない財務大臣に対して怒りを露わにする者や、財務大臣とライナルトの間でなにを話したのか内容を気にかける者など様々である。
「慌てるな。話は全員を居間に集めてからだ」
居間に集められたクラン員たちは、ライナルトの言葉に驚きの声を上げる。
「「「ひゃ、百億マドカっ!?」」」
「ああ。それだけじゃない。成功の暁には『龍の牙』の後ろ盾になってもいいそうだ」
「つ、つまり……」
「ユウ・サトウたちが持っているアイテムポーチは『時知らず』で間違いない」
「でもライナルトさん、ほんとにそんな伝説級のアイテムポーチをサトウとかいう冒険者が持ってるんですか?」
「ドミニクとボリスから報告は聞いていたんだがな。俺もイマイチ信じてはいなかった。だが、今回の財務大臣の態度と報酬の釣り上げで確信した。
たかがアイテムポーチを手に入れるのに、百億マドカもの大金を支払うバカがどこにいる? それだけじゃない。『龍の牙』の後ろ盾になってくれと、何度も――それこそ金を積んでも会うことすらしなかった財務大臣がだぞ?」
「今まで何度も失敗しているのに、今回の報酬釣り上げ自体が異常ですからね」
「ですが、どうします? サトウはBランク冒険者、それもイケイケの武闘派ってボリスたちから聞いてますよ。それに『ネームレス』に所属する奴らの周りには、他のクランや傭兵たちがうじゃうじゃうろついてるそうじゃないですか」
「それなんだが、最近『ネームレス』はクラン員を増員している。その新入りが持ってるアイテムポーチも、姿形こそ違うが『時知らず』で間違いないそうだ。他の連中は『時知らず』の価値を知ってか懐に大事にしまって滅多に人目のつくところで出すことはないんだが、その中の一人。猫人のフラビアとかいう女は見せびらかすようにアイテムポーチを腰にぶら下げている」
「そのフラビアっていう女から『時知らず』を奪うんですね」
「そうだ。新入たちは冒険者になったばかりでランクは最低のGからFばかりだ。サトウやニーナやレナ、それにマリファっていう古株とは別行動で、普段は『ゴルゴの迷宮』や『大森林』の探索をしている」
「ランクFからGって雑魚じゃないですか」
「襲ってくれって言ってるようなもんだ」
「だと言っても、ボリスたちだけじゃ心配だな。
ライナルトさん、すぐに準備して向かいます」
「それなら俺に任せろ!」
「今回みたいな仕事は、私のほうが向いているわ」
クラン員たちが騒ぎ始めるが、ライナルトが一言「黙れ」と言うと場は静まり返る。
「都市カマーに送る増援は決めている。
キリンギリン、いるか」
「ここに!」
「お前のパーティーで行ってくれ」
「わかりました。
おいっ、全員揃ってるよな?」
「ああ、いつでも行けるぞ」
キリンギリンが声をかけると、周囲から十人ほど前に出てくる。この者たちはBランクやCランクのどれも腕に覚えがある者たちばかりであった。
「『ネームレス』以外のクランが邪魔してきたらどうします?」
「関係ない。邪魔する奴らは、どこのクランだろうが排除していいぞ」
今まで都市カマーの冒険者たちを刺激しないよう、クラン員たちを押さえつけていたライナルトのこの発言で、皆が理解する。
即ち――
「殺しもありなんですね」
キリンギリンの言葉にライナルトは静かに頷いた。
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