第221話 ムッスの食客

 四獣の門。

 ウードン王国の王都テンカッシの東西南北にそびえ立つ四つの巨大な門である。この門を通じてウードン王国内のみならず、他国からも日々多くの人々が往き交いする。まさに王都テンカッシの動脈、静脈の役割を果たしていると言っても過言ではない。

 その四獣の門の一つ。南の朱雀門を出て王道を下っていくと、王道から枝分かれした街道の先にはいくつもの都市や町、村々に繋がっている。西に伸びる街道の一つを進んでいくと、やがて都市カマーが見えてくるのだ。


 ウードン王国内に二十ある都市の中でも、ここ数年で目まぐるしく発展している都市カマーは、他の都市とは一線を画するほど人口が急激に増加していた。人口が増えるということは、必然的に物や金が動く。住居や食料の供給などは降って湧いてくる物ではない。住居の建設や食料を扱う商人が人手を集めるために求人を出し、仕事を求めて周辺の村や都市から多くの人が都市カマーに押し寄せた。

 今日も都市カマーに繋がる街道は、アイテムポーチに入り切らない荷物を馬車に載せた商人や、安定した生活の場を求めた家族連れに一獲千金を狙う冒険者や傭兵などの姿が見えた。

 しかし、そんな街道を往き交う人々の目から逃れるように、整備された道ではなく草木や森の中を進む一団の姿があった。


「本当なんだろうな。約束を守らなかったときは、どうなるかわかってんだろうな?」


 一団の先頭を歩く男が凄みながら隣の男へ問いかける。

 凄む男の身体にはいくつもの傷跡が刻まれており、隆起した筋肉や使い込まれた武器に好戦的な態度を見れば、男が争いごとに長けた者だと誰でも気づくであろう。


「ああ、本当さ。

 カマーで暴れるだけで大金が手に入る。なーに、大した仕事じゃない。昔、貴族の中の貴族と呼ばれた領主が治めていたときは、そら凄い軍隊を持っていたんだがな。それも遠い昔の話さ。今じゃそのあとを継いだ息子がボンクラで、兵隊なんて精々百人もいりゃいいほうだ。あんだけの大都市をそんな人数で満足に警護できると思うか?」


 一人だけ汚れ一つない鎧に身を包む男が、周囲で聞き耳を立てている者たちを安心させるかのように大袈裟な態度で答える。


「まあ、そりゃそうだな」

「だろ? それに前金でいくらもらった?」

「一千万マドカだな」

「そう。一千万だ。前金で一千万マドカもらえる仕事なんて普通ないぞ? それに成功報酬は一億マドカだぞ」

「一億……へ、へへ。そうだ。好きに暴れるだけで一億マドカもらえるんだもんな!」

「それだけじゃないぞ。カマーから好きなモノを奪えるんだ。金、女、魔導具店なんかもいいかもな。ただし、間違ってもベルーン商会の店は襲うんじゃないぞ。あそこはバックに財務大臣がいるから面倒なことになる」

「わかってるって。俺たちだってそこまでバカじゃねえよ」

「うひひ。俺は女がいいな」

「ばーか。女も金も奪っちまえばいいんだよ!」

「そっか。そうだよな。好きなだけ暴れていいんだもんなっ!」

「でもよ。カマーっていやぁ、ウードン王国でも一、二を争うくらい冒険者が多いとこだろ? そんなところに手を出したら、冒険者が黙っていないんじゃないのか」

「そ、そう言われると、心配になってくるな」

「へっ。ビビるこたぁねえよ。冒険者なんて口だけの奴らばっかなんだからよ」


 欲望丸出しの男たちであったが、さすがに屈強な冒険者を相手にしては分が悪いのは理解しているようで、少し怖気づくのだが。


「大丈夫だ」


 男たちの心配を掻き消すかのように、男の一人が絶妙なタイミングで会話を遮る。


「冒険者や傭兵は金にならない仕事はまずしない。仮に何人かの冒険者が向かってきたところで、こっちは何百人いると思っている? そんな心配よりカマーの獲物の心配をしたほうがいいぞ」

「どういうことだ?」

「このグループとは別に、他にも二つのグループがカマーを襲う手筈になっている」

「そんな話は聞いてねえぞっ!」

「こうしちゃいられねえ! 急がねえと俺らの取り分が減るじゃねえか」


 周囲からも不満の声が上がるが、男は落ち着けと手で制する。


「慌てるな。なんのためにわざわざ街道を避けて進んでいるのかを忘れたのか? いくらカマーが兵の数が少ない都市とはいえ、門を閉めて籠城されればすぐに周囲の都市から兵を向けられるぞ。

 そうさせないためにもギリギリまでは人の目を避け、門が見えるところまで進んだところで一気になだれ込む計画だろう。心配しなくてもカマーは数十万の住人がいる都市だ。取り切れないことはあっても、取り分が減ることはない」


 男が先ほどと言っていることが違うことに誰も気づかない。それどころか下衆な妄想で醜悪な笑みを浮かべていた。


「もう一つ、いいことを教えてやろう。仮に捕まったとしても、お前たちが死罪になることはない」

「グハハッ! さすがにそれはねえだろ」

「そうだそうだ! 野盗が捕まれば縛り首なんて誰でも知ってるぜ」

「笑えねえ冗談だぜ。そういえば俺たちがビビらねえとでも思ったのか? 見くびってもらっちゃ困るぜ。そんなウソ言わなくても、こちとら死ぬのなんて怖くもなんともないんだ!」


 嘲笑が男へ降り注ぐが、それでも男は少しも態度を変えることはない。その変わらぬ男の様子にまさかとは思いつつも、野盗たちは男へと視線を向ける。


「冗談と思うのも無理はないが、お前たちの雇い主はそれほどの力を持つ御方ということだ」

「こっちも薄々わかっちゃいるんだが、俺らの雇い主ってのは……」

「雇い主については、俺はなにも言えないし聞かないという約束のはずだ」

「わかってるって。こっちは金さえ払ってもらえればなんだって――」

「なんだてめえっ! 起きろ!!」


 怒声が森の中に響き渡る。


「おいっ。どうした!」

「見てください。こんなところで寝てる奴がいるんですよ」


 そこには野盗たちの行く手を遮るように、大の字で寝ている男の姿があった。無精髭を生やした男はローブを纏っており、いまだ野盗たちに気づいていないのか、大きないびきをかきながら顎を掻く始末である。


「浮浪者か?」

「こんな森の中でですか?」


 確かに街道を大きく外れた森の中、それこそ魔物や獣が徘徊するこんな場所で呑気に寝ている男の姿は異常とも言えた。


「ちっ。俺らのことをよそでべらべら喋られても面倒だ。バラしちまえっ!」

「へい。おい、お前ら」


 数人の野盗が手に武器を取り、寝ている男のもとへ向かうのだが、突如男が上半身だけを起こす。


「ふああ~ぁ~あ~。あん? やっときやがったのか。

 おーおー、どいつもこいつも間抜けそうなアホ面してやがる」

「なんだとっ!」

「浮浪者の分際で!!」

「死ねやっ!!」


 浮浪者如きに舐められるのは彼らのプライドが許さなかった。激昂した野盗たちが男の頭部目がけて、剣や斧を振り下ろす。

 だが、刃が男の頭部に届くことはなかった。それを阻んだモノ・・がいるのだ。


「な……んだこりゃ?」


 土塊でできた腕が剣を弾き、斧を鷲掴みしていた。


「ゴ、ゴゴ、ゴーレムだ!!」

「こいつ、ゴーレム使いかっ!!」


 そのまま土が盛り上がり続けると、土塊は脈動しながら人の形を形成していく。そして、あっという間に男を護るかのように、十体のゴーレムが野盗たちの前に立ちふさがった。


「このっ!!」


 野盗の一人が鋼の鎚でゴーレムを殴りつけるが、土塊でできているはずのゴーレムの身体には、わずかな傷すらつけることは叶わなかった。それどころか衝撃で手が痺れ武器を地面へと落す。


「ぐああっ……。なんで、土のゴーレムがこんなに硬いんだよ!」

「ゴーレムの相手をするな! 術者を倒せばゴーレムはもとの土塊に戻るんだからな!!」

「よっしゃ! のろまなゴーレムは無視して――」


 野盗たちがゴーレムを避けて術者である男のもとへ向かおうとするのだが、男は無精髭を撫でるとニヤリと笑みを浮かべる。


「まあ、普通はそうするわな。

 だけどよ。俺のゴーレムは違うんだなぁ」

「ぎゃああっ!?」

「ごふっ」

「は、速えっ! このゴーレム、のろまじゃねえぞ!!」

「どうなってやがる!? ひっ、待ってく――げふぅっ」


 十体のゴーレムは、まるで人と同じように滑らかな動きで野盗たちの前へ回り込むと、攻撃を繰り出していく。

 ゴーレムのパンチをもろに受けた野盗の顔がひしゃげる。鎧や盾で受けても結果は同じであった。ゴーレムの攻撃は防具などお構いなしに砕き、弾き、野盗たちを次々と撲殺していく。


「はっはっは!! 急いだほうがいいぞ~」


 ゴーレム使いの男が手を掲げると、地面からは次々と新たなゴーレムが創られていく。そして、次に創られたゴーレムは土塊ではなく、黒いゴーレムであった。


「ア、アイアンゴーレムっ」

「あ、あいつ、何体のゴーレムを創るつもりなんだよ!!」

「落ち着けっ。ゆ、ゆみ、弓だ! そう、弓に魔法だ!! 遠距離からあいつをう――へ?」


 遠距離攻撃の指示を出そうとした野盗の眉間を、一筋の閃光が通り抜けていく。


「どうした! いきなり倒れたぞ!!」

「おいっ、しっかりしろ!」


 地面に穿たれた穴に気づいた者は誰もいなかった。

 そして――


「ぎゃっ」


 奥の木々が光ったと思った瞬間、数十の閃光が野盗たちを貫いていく。


「な、なんだっ!」

「ひ、光が、光が攻撃してきやがる!!」

「盾を、盾を持ってる奴は構えて防げよ!!」


 盾を持つ者は盾を構え、魔法の心得がある者が結界を張り巡らせる。

 野盗たちは混乱に陥っていた。

 ゴーレム使いの男にすら手を焼いているのに、防ぐことすら叶わぬ正体不明の攻撃に晒され、今も次々と仲間が死んでいくのだ。


「違う! 光の正体は矢だ!! 森の奥から弓で俺らを攻撃してる奴が、いや、これだけの矢を放ってきてるんだ。一人や二人じゃねぇ。森の中に弓隊が潜んでやがったんだ!!」


 盾を貫通し、仲間の頭部をも貫き、それでもなお地面を抉りながら進む矢を見て、光の攻撃の正体が、ただの矢であることを野盗たちは理解すると同時に全身を戦慄が駆け巡った。


「弓隊? 違うんだなぁこれが」


 ゴーレム使いの男が誰に聞かれるでもなく呟いた。


「ひっ。ダ、ダメだ!! 盾じゃ防げねえ! お前、結界で防いでくれよ!!」

「ば、ばか! 放せよ!! 鋼鉄の盾でも防げないのに、俺程度の結界で防げ――るん?」

「ひゃっ!? し、死んだ?」


 矢は一射ごとに確実に一人の野盗の命を奪っていった。


「一射ごとに死んでいる……だと? ま、まさか……『一射一殺のマーダリー』かっ!?」


 混乱で統率の取れない野盗たちの中、ただ一人だけ野盗たちの雇い主を知っている男が呟く。


「に、逃げろ!! こんな化け物、相手にできるかっ!」

「ま……待ってくれ! 俺も逃げる。置いてかないでくれ!!」


 一人が逃げ出すと、連鎖するように次々と野盗が逃げ出し始める。


「急げ!! 今ならまだ逃げれる」

「あっ……」

「どうした! なんだ? 急に空が暗く」


 まるで太陽の光をなにかが遮ったかのように、逃げる野盗たちの周辺が暗くなる。空を見上げた野盗たちの目には――。


「な、なんなんだよ!」

「や、山がっ。空からなんで山が降ってくるんだよ!!」

「に、にげ、あぁ……どこに?」


 空より降ってきたのは山――ではなく。山と見間違うかのような巨大な氷の塊であった。氷の塊はそのまま野盗諸共、大量の木々と大地を押し潰した。


「山のような氷の塊……。『氷塊のゴンロヤ』かっ」

「はーっはっは! よう。どうだ? 楽しんでるか」


 ゴーレム使いの男の周りには、百を超える土や鉄でできたゴーレムが、さながら騎士団のように陣形を組んで整列していた。


「くっ……。ならば貴様は『前衛要らずのランポゥ』だな!」

「お? なんだよ。今頃気づいたのか?」

「己っ! ムッスの犬共食客がっ!!」

「な~に怒ってんだか。お前らはツイてるほうだぜ? 俺らが相手でよ。プリリを引いた連中は可哀想なんてもんじゃねえからな。俺ならプリリの相手するなんざ、いくら金を積まれたってゴメンだぜ」

「ま、まさか……他の場所にもっ!?」




「あ゛あ゛あ゛ああぁっぁぁぁ……」

「か、身体が、とっ、溶け、俺の身体がぁ……」

「た、たひゅ、けて……痒い、痒くて、掻くと肉が、とれひゅ」


 都市カマー近郊の平原では、別のグループがムッスの食客と戦闘を繰り広げていた。いや、それは戦闘と呼べるものではなく。単なる虐殺であった。


「あらら。皆さ~ん、もう少し頑張ってもらわないと、お薬のデータが取れないじゃないですか」


 プリリのばら撒く毒により、呼吸困難に陥って窒息死する者や身体が融解する者、身体を掻きむしり肉が削げ落ちる者など、様々な毒の症状によって野盗たちが死に絶えていく。

 その姿を憐れむでもなく。プリリは冷静に自分の薬がもたらす効果を確認しては手帳に書き記していく。


「ふんっ!!」

「はっ!!」


 ヤークムが巨人族に相応しい巨大な鎚を、ローレンは巨大な斧を振るう。巨人夫妻が振るう巨大な武器が、唸りを上げながら相手を叩き潰し、あるいは木っ端微塵にする。攻撃を受けた相手は、悲鳴を上げる間もなく肉片と化していた。

 しかも、この辺り一帯にはプリリの猛毒が散布されているのである。毒に侵され満足に動くことができない状態でヤークムとローレンの二人を相手に戦うなど、死ねと言われているようなものであった。


「むむむ。あの辺も私の散布した毒が蔓延しているはずなのに、どうしてあの夫婦は平気なんでしょうか。あー、いつかあの二人を解剖してみたいものですね」


 仲間であるはずのヤークムとローレンに、プリリは実験動物を見るかのような視線を向ける。


「あんた、プリリちゃんがあたしたちを熱心に見てるよ!」

「ふん。どうせ碌でもないことでも考えてるんだろ」

「どうしてあんたはそうプリリちゃんに酷いことを言うんだい!」

「いでっ」


 ローレンがヤークムの頭を叩く。常人であれば頭蓋骨が陥没するほどの威力であるのだが、ローレンからすればいつもの小言とちょっと強めのげんこつである。

 そして、こことは違う別の場所では――。


「舞いなさい。フィフスエレメント」


 精霊剣フィフスエレメントが、五色の美しい剣閃を描きながらクラウディアと共に舞う。周囲の者たちは戦闘中だということも忘れて、クラウディアの剣舞に見惚れる。その美しさは美形揃いのエルフ族の中でも群を抜いていた。誰しもが時間が許す限り、クラウディアの剣舞を見ていたいと思うであろう。ただし――その代償が死でなければだ。


「ば、ばかっ! 見惚れている場合か!!」


 地水火風、そして光の五精霊がクラウディアの周りを飛び回る。想像を絶する美しい光景は、クラウディアと精霊が踊っているようにも見えた。

 クラウディアが微笑むと精霊たちは呼応するかのように、それぞれが刃となって野盗たちに襲いかかる。


「来たぞ!」

「受けるな! 躱せっ!!」


 赤や青、緑に黄色などの色とりどりな刃が野盗たちの身体を通り抜けていく。


「ぐあ゛あ゛あああぁぁ……。あれ? なんともなってないぞ」

「本当だ。って……お前、身体に線が……」

「へ? それならお前も――」


 精霊の刃に斬り裂かれた者たちが、斬られたことを認識した瞬間、遅れて身体が輪切りとなってバラバラになる。


「か、勝てるわけねえ。逃げる。俺は逃げるぞ!」

「逃げるのはいいが、どこにだよ?」

「どこって……ああ、クソッタレがっ!」


 クラウディアの反対側には、もう一人の死神が待ち構えていた。ゴシック調の服に身を包んだ美少女『魔剣姫ララ・トンブラー』である。


「グラム、遊んでいいよ」


 ララが暗黒剣『魔剣解放』を使用する。

 魔剣グラムが持つ力が解き放たれると、漆黒の刃が喜びの咆哮を上げた。


「助け――」


 魔剣グラムから黒き剣閃が走ったかと思った瞬間、己が死んだことすら気づかずに野盗たちは真っ二つに斬り裂かれていた。


 半刻もかからず野盗の群れを皆殺しにしたクラウディアとララは、お互いを見合うと鼻を鳴らして歩き出す。

 無数の屍が散らばっている大地で対峙する二人の姿は、ある意味異常でまた美しくもあった。


「あんたの剣って相変わらず地味よね」

「クラウディアの技は派手で下品なだけ」

「はあ? 私の剣舞を死んでもいいから見たいって男がどんだけいるか知らないの?」

「どうせスラム街にある酒場にいるような粗野で下品な男、でもクラウディアにはお似合いかもしれない」

「根暗」

「露出狂」

「これはエルフの由緒正しい衣装なんですけどぉ。教養のない根暗バカには理解できないようね」

「ペチャパイ」

「……は?」

「クラウディアは、その貧相な胸と一緒で心も狭い」

「誰が……ペチャパイですって」

「クラウディア。こんなに近くなのに聞こえないなんて、その大きな耳は飾りなの?」

「私の胸はペチャパイじゃない。私と一緒で慎ましいだけ」


 クラウディアはララの挑発が聞こえていないのか、ブツブツと独り言を言い始めていた。この状態のクラウディアは危険な兆候である。しかし、ララはなおも挑発を続ける。


「ペッ、チャッ、パイ、あそれ、ペッ、チャッ、パイ」


 手拍子に合わせてララがペチャパイを連呼しながら、クラウディアの周囲を歩き回る。


「こ、ここ、……すっ!」

「なんて言ったの?」

「殺すって言ったのよ! この根暗チビが!! もう許さないからね!!」

「わー、こわーい」


 完全に棒読みである。大袈裟にララが怯えた仕草をするのだが、クラウディアの怒りを煽るだけであった。


「待てっ!」

「待つわけない」


 捕まえようとするクラウディアの手をすり抜けて、ララは都市カマーに向かって逃げていく。


「待ちなさいって言ってるでしょうが!!」


 逃げるララと追うクラウディア、いつまでも二人の追いかけっこは続くのであった。




「…………ま、待って……くれ」


 原型を留めないほど身体を壊された男がランポゥに命乞いする。


「なんだ。まだ生きてたのか」

「……私は……や、野盗じゃ……ない」

「知ってるぜ。豚野郎の手下だろ?」

「おい、豚野郎はないだろう」


 ランポゥの背後から熊の獣人が話しかける。


「あ? そっかそっか。豚野郎は豚やオークに失礼だったな。

 あのデブ野郎の手下なんだろ?」

「も、問題になるぞ……。ムッス、伯爵だってただでは……」

「――七回だ」


 男の言葉をランポゥが遮る。


「今年に入ってデブ野郎が送ってきた塵を、俺が皆殺しにした回数だ。ゴンロヤは何回だ?」

「俺はそうだなー。五回だったかな」

「今まで一度だって問題になったことはないぜ。

 そらそうだよな。ただの・・・嫌がらせなんだからな」


 ランポゥの言葉に男は絶望した表情を浮かべる。


「理解したか? 理解したのならさっさと死ねや」

「ま――」


 ランポゥの操るゴーレムが男の頭部を勢いよく踏みつける。地面に落とした果物が破裂するかのように男の頭部は飛び散り、赤い染みを大地に残した。


「マーダリーは?」

「さっさと帰っちまったよ。多分ムッス様のところだろうな。俺らが出張ってるから、今はムッス様の護衛はジョズとヌングさんしかいないしよ」

「真面目か。俺のゴーレムがムッス様の護衛してるっつうの」

「まあ、いいじゃねえか。

 それより聞いたか? 数日中に財務大臣の使者が来るそうだぞ」

「知ってるよ」


 ランポゥが不快そうに耳をほじる。その姿にゴンロヤが顔をしかめる。


「汚えな。

 でも、なんの用で来るんだろうな」

「ウードン大綬章だいじゅしょうだ」

「だいじゅしょう? なんだそりゃ」

「ウードン王国が高位冒険者に授ける勲章の一つだ」

「はあー。勲章か。誰に授けるんだろうな」

「決まってんだろ。あのクソガキだ!」


 それまでもイライラしていたランポゥが、堪えきれずに声を荒げる。


「クソガキってーと、サトウのことか?」

「他に誰がいるんだよ。

 あのクソガキ、散々貴族のちょっかいからムッス様に護ってもらっておいて、感謝の言葉一つねえ」

「まあ、なあ。ありゃどう見ても素直に感謝するようなタマじゃないだろ」

「たかがBランク冒険者の分際で調子に乗ってやがんだよ。ムッス様が手を出すなって言うから我慢してるがよ。こっちも我慢の限界があるってもんだろ?」

「そんな興奮するなよ。でもよ。そのウードン大綬章だかを授けるってことは、王都まで行くわけだよな?」

「当たり前だろうがっ。ウードン大綬章自体に金銭的な価値は全くねえからな。王都で陛下から直接授かること自体が栄誉であり名誉なんだ」


「じゃあ、サトウが受けるわけねえな。王都なんて財務大臣のアジトみたいなもんじゃねえか。そんなところにノコノコ行けば、自分から罠にかかりに行くようなもんだ。あのサトウが行くわけねえ。絶対にな」


 ゴンロヤは腕を組みながら一人頷く。


「ところが絶対に行ってもらわなきゃならねえ」

「なんでだ?」

「財務大臣の使者はムッス様のところに来るんだよ。挨拶でじゃねえぞ? ムッス様にサトウのクソガキを王都まで連れてこいって言ってんだ。ムッス様は財務大臣宛に書簡で何度も断っているみてえだけどよ。

 今度はあのデブ野郎も本気だ。今までのお遊びみてえな嫌がらせじゃねえぞ。ムッス様は今までも散々デブ野郎からの派閥への誘いを断ってたのは知ってるだろ?」

「そんなの無視しとけばいいだろうが」

「あっちも本気だって言っただろうが。断ればカマーの税を倍にすると言ってきやがった!」

「倍っ!? そんなバカな話あるかっ」

「普通なら通らねえよ。普通ならな」


 ウードン王国では、各都市の税率は財務大臣を始めとする王都に仕える文官たちで決めるのだが、それでも税をいきなり倍にするなど通るわけがない。普通であれば――。その普通ではあり得ないことを通すことができる権力を、バリュー・ヴォルィ・ノクスは持っているのであった。


「あっ。それでお前、サトウに書状を送ってたのか」

「ああ。あのクソガキ、俺の送った書状をことごとく無視しやがって!」

「あっちも忙しいんだろ。お前だって知ってるだろうが? サトウの周りで暗躍してる連中のことは」

「そんなこたぁ、俺の知ったこっちゃねえな。

 この件に関しちゃ、ヤークムも俺と同じ意見だ。都合のいいことにバカジョゼフがどっかほっつき歩いてていやがらねえ。やるなら今だ!」

「サトウはお前に会わねえぞ?」

「嫌でも会うことになるさ。ゴンロヤにも手伝ってもらうかんな」

「あー、やだやだ。ジョゼフが帰ってきたら面倒なことになるぞ」


 ランポゥはゴンロヤのボヤキが聞こえていないのか、不機嫌そうにカマーへ向かって歩き出す。その後ろ姿を溜息を吐いたゴンロヤが追いかけるのであった。

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