第212話 お高いアイテムポーチ
ジョゼフは今日も当たり前のように、ユウの屋敷の居間でソファーに横たわっていた。その眼前ではユウとアガフォンたちが、迷宮を探索した感想を話していた。
「『ゴルゴの迷宮』の探索はどうだった?」
ユウの前には言われていもいないのにもかかわらず、アガフォンたちが横一列に整列していた。そのどこかデリム帝国の軍に所属していた頃を思い出させる姿を、ジョゼフは鼻をほじりながら眺めている。
「十階、二十階、三十階の階層主は、残念ながらいませんでしたが、特に手こずる魔物もいなかったんで余裕でした」
アガフォンが皆を代表して報告する。
ユウには余裕と言ったアガフォンだが、実際は慎重に迷宮探索をし、魔物の接近察知や罠に宝箱の解除などはフラビアが担当し、魔物の数が多い際は狭い通路などに誘い込んで戦うなど、
「調子に乗るなよ。
お前たちが特に危険もなく探索できたのも、事前に冒険者ギルドから迷宮や生息する魔物の情報を入手してたからだろうが。
それにパーティーのバランスもいい。前衛はアガフォン、オトペ、ヤーム、斥候はフラビア、盾職はモニク、後衛はアカネにベイブだからな。特にオトペはBランク迷宮『腐界のエンリオ』の魔物を相手してたし、アカネはすでに第3位階以上の攻撃魔法が、ベイブは白魔法と付与魔法が使えるんだから、これで手こずるほうがおかしいんだからな」
「ちょっと! 私は黒魔法は第3位階までだけど、精霊魔法は第4位階、妖精魔法は第5位階まで使えるんですけど!」
「あー、すごいすごい」
ユウは適当に相槌を打つのだが、アカネは頬を赤く染め「ま、まーね」と珍しく照れていた。
アガフォンの頭の上でモジモジしているアカネをよそに、左右に並ぶフラビアとモニクが肘で催促するようにアガフォンを突く。アガフォンは「わ、わかってるから、突くな」と言いつつ、何度か深呼吸する。
「あ、あのー、盟主。でも俺ら、もうちょい『ゴルゴの迷宮』を探索したら、Cランクの『妖樹園の迷宮』に行きたいんですが」
「先ほど、ご主人様がなんとおっしゃったのかもう忘れたのですか」
マリファがアガフォンを睨む。アガフォンは全身の毛が総毛立つのを感じるが、フラビアたちは負けるなと言わんばかりに肘をグリグリと押し当てる。人の気持ちも知らずに勝手な奴らめと、内心マリファに怯えるアガフォンであったのだが。
「まあ、お前らが『ゴルゴの迷宮』が思ったほど難易度が高くなかったと思うのもわかる。でも、まだ数回しか探索してない上に、階層主も倒していないからな。Cランク以上の迷宮に関しては、もう少し様子を見てからだな」
ユウにそう言われると、アガフォンは見た目でわかるほどシュンッ、と落ち込む。
「そんなに落ち込むなよ。その代わりってわけじゃないけど、冒険者になったお前らにお祝いをやるよ」
現金なもので、ユウからなにか貰えるとわかると、アガフォンたちは口角が上がるのを押さえきれないのか、にまにまと笑みを浮かべる。
「マスター、私は反対です。このような羽虫共に、マスターのアイテムポーチを持つ資格などありません」
笑顔だったアガフォンたちの顔が強張っていくのだが。
「お前だって欲しい欲しい言うから、俺がアイテムポーチを作ってやっただろうが。
ラスがバラしたからもうわかってると思うけど、お前らにはアイテムポーチを冒険者になった祝いとして渡すから」
「わ、私はマスターのアイテムポーチを持つに相応しいと自負しております! それにこのような――ナマリっ、なにを笑っている!」
「ラスはアガフォンたちに、しっとしてるんだ! やーい! やきもちやき~!」
「なっ!? ナマリ、待たぬか!」
「やだよー」
ナマリに図星をつかれたのか、ラスは感情を露わにしてナマリを追いかけ回す。
ユウは騒ぐラスたちを放って、アガフォンたちにお手製のアイテムポーチを渡していく。
「あ、ありがとうございます! あっ、俺のはクマの刺繍がしてある」
「うちのはお魚さんにゃ!」
「ぼ、ぼくはブタだ!」
「ふ、ふーん。私のは花柄の刺繍ね。いいじゃない。褒めてあげるわ人族」
ユウは精神年齢の低いアガフォン、フラビア、ベイブ、アカネのアイテムポーチには可愛らしい刺繍をしたのだが、残るモニク、ヤーム、オトペには刺繍を施していなかった。
「子供っぽいお前らにはピッタリだろ?
なんだよモニク、なにか言いたそうだな?」
「盟主、私も可愛らしい刺繍がよかったなぁ」
(私はウサギさんがよかったな)
(俺は狼のカッコイイ刺繍がよかった)
オトペとヤームが内心アガフォンたちを羨む。さらには――
「ご主人様、それなら私も鳥さんの刺繍を入れてほしかったな。やんなっちゃう」
「なんだよティン。お前らのメイド服に縫いつけてるポケットだって、俺が作ったアイテムポーチだぞ。性能だってそんな変わらないんだから文句を言うなよ」
「ティン、ご主人様になんて口をきくんです」
「お姉さまだって、レナちゃんの肩からかけてるアイテムポーチは花の刺繍が入ってて可愛いわねって、言ってたもん」
「テ、ティンっ、なにを言うんですか! ご主人様、違いますからね!」
ジョゼフの向かいのソファーに座って本を読んでいたレナは、おもむろに立ち上がってマリファの傍までトコトコと歩いてくる。
「……これ、欲しいの?」
レナはローブの中からアイテムポーチを取り出して、マリファに見せつけるように掲げる。
「そのようなこと、私は言ってません」
「……可愛いでしょ?」
「レ、レナっ! あなたって人は!!」
「私は欲しい。レナちゃん、頂戴!」
「……ダメっ。これは私がユウから貰った」
「ちょっとだけ、貸してよ」
「……ダメ」
「レナちゃんのけちんぼ。やんなっちゃう」
「レナ、ティン、話はまだ終わっていませんよ」
レナを追いかけるティンに、その二人を追いかけるマリファ。けして狭くはない居間であったが、一気に騒がしくなる。
「全く。マスターのお住いでなにを暴れている」
あんたが言うなと、ユウから貰ったアイテムポーチを眺めていたアガフォンたちは思う。
「そのマスターお手製のアイテムポーチが、どれほどの価値があるのか、貴様ら羽虫共にはわかるまい」
「なんだよ羽虫、羽虫って、俺は羆族だっての。
フラビア、普通のアイテムポーチっていくらくらいするんだ?」
「うーん、うちは魔導具店にまだ行ったことないから、モニクが知ってると思うにゃ」
「えっとね。一番安い6級のアイテムポーチでも百二十~百四十万マドカはするよ」
「ひゃ、百二十っ!? たっけ! アイテムポーチってそんなするのかよ」
「では、オドノ様の作られたアイテムポーチはどれほどになるんだろうな」
「そりゃ二倍か三倍くらいはするんじゃ?」
「ぼ、僕は十倍はすると思うな」
アイテムポーチの値段に驚くアガフォンが、思わず貰ったばかりのアイテムポーチを落としそうになる。傍らではオトペ、ヤーム、ベイブが値段の予想をしていた。
「十億マドカだ」
ラスの言葉にアガフォンは本当にアイテムポーチを落としてしまう。慌てて拾うが、ラスの顔を見て思わず尋ねてしまう。
「こ、このアイテムポーチがじゅ、十億マドカっ!?」
「然るべき場所でオークションにかければ、最低十億マドカから開始だろう。落札価格は我でも見当もつかない。
わかるか? 貴様ら羽虫ごときが持つには過ぎた物だということが。
ともかくマスターが下賜したのだ。我もこれ以上はなにも言わないが、くれぐれも失うようなことをして、マスターを失望させるなよ」
先ほどまで呑気に触っていたアイテムポーチが、急にずしりと重くなったようにアガフォンたちは感じた。
「ラス、ビビらせるな。
あんま気にすんなよ。どうせ素材も加工も俺がしたもので、金はかかってないんだからな。
ほら、いつまで固まってんだよ。早く迷宮にでも行ってこい! そのアイテムポーチがパンパンになるくらい素材やお宝を集めるまで帰ってくるなよ」
「は、はい! おい、行くぞ!」
アガフォンが声をかけると、固まっていたフラビアたちは慌てて迷宮へと向かうのだった。
「ジョゼフ、俺は外に出かけるから、このまま家にいるなら酒は地下室に、ツマミは作り置きのが棚にあるから勝手に食えよな」
「おー、わかった」
ジョゼフは適当に返事すると、そのままソファーで寝てしまう。
「オドノ様、どっか行くの?」
「今日は孤児院の様子を見に行く」
「じゃ、じゃあ今日は」
「勉強はお休みだ」
「「やった!」」
なぜかナマリと一緒にニーナまでもが喜んだ。
ユウたちが孤児院にでかけるのをジョゼフは横目で見送ると、ソファーから飛び起きる。
「ふん。またマスターが見ていないところで鍛錬をするのか?」
「ユウにチクるなよ」
このゴリ――男。ユウが見ている前ではだらしないのだが、いないところでは尋常ではない鍛錬を密かに続けているのだ。
ラスがなぜそのような真似をしているのかと聞くと、ゴリラ曰く「かっこ悪いだろ」とのことであった。
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