第210話 ボスのほうが怖い

 ウードンの王道。

 ウードン王国の王都テンカッシから東西南北に伸びる王道である。ウードン王国内にある都市、町、村々から伸びる道は、必ず王道または王道より枝分かれした道に繋がっている。

 当然都市カマーもその例に漏れない。

 その王道から都市カマーへと繋がっている街道沿いで、男たちがたむろしていた。


「よっしゃ! 俺の勝ちだ! へっへっへ」

「くっそ。すぐに取り返してやるからな!」

「な~に、ちょっとバカヅキしてるだけだ。すぐにいつもの常敗バジルになるさ」

「言ってろ、言ってろ。ゴブリンの負け惜しみをな。

 今日の俺は勝利の女神に愛されてるのさ。お前ら全員の尻の毛まで毟り取ってやるぜ!」


 男たちは賭け事で盛り上がっていた。そこに近隣の村から農作物を買いつけて、都市カマーへ戻る途中の荷馬車を引く女たちが通りかかる。


「あー、こんなところでサボってる。いけないんだー。エイナルさんに言いつけちゃおっかな」


 女たちの一人、若い女性は男たちと顔見知りなのか。男たちを冷やかすように声をかける。


「おいおいー。ナタリー、こう見えても俺たちは仕事中なんだぜ」

「ウッソだー。だって、いつも着てる制服と違うじゃない」

「ウソじゃないっての。俺たちは都市カマーの平和を守るために、今日もこうやってしたくもない賭け事をしてるってわけ。わかる?」

「あはは。もう調子いいんだから」


 ナタリーが笑うと、特徴的なそばかすも相まって年齢以上に幼く見えた。


「おい、バジル。変な連中が来るぜ」


 男の一人が警戒するように声を上げる。バジルたちが街道を見ると、そこにはいかにもなゴロツキの集団が、こちらに向かってきていた。

 集団の数は二十人ほどであろうか、ゴロツキであるにもかかわらず男たちが身につけている物は、貴族や商人でもなければ手が届かないような綺羅びやかな宝石が埋め込まれた指輪に腕輪など、とても庶民が気軽に身につけれるような、ましてやゴロツキなどが持てるような品々ではなかった。


「やーやー、皆さん。どうもこんにちは」

「なんだてめえは」


 バジルはゴロツキ共に近づくと、その中で一番偉そうにしている男に馴れ馴れしく話しかける。


「そう喧嘩腰になるなって。あんたら、どこから来たんだよ? よければ俺が良い店を教えるぜ」


 バジルはそう言って、男の肩に手を回した瞬間――


「ぐあっ! な、なにしやがる!!」


 バジルは殴られた頬を押さえて怒鳴りつける。周りで見ていたバジルの仲間が、気づかれぬよう腰に差している武器に手をかけた。


「田舎モンが、汚え手で馴れ馴れしく触んじゃねえよ」

「田舎モンだと!?」

「そうだ。てめえはローレンス第六支部を任されている。このストゥール様の肩に、きったねえ手で触りやがったんだ」

「ローレンス……っ! 王都のローレン――がふっ!?」


 バジルの顔に次々と蹴りが叩き込まれる。その様子をストゥールの取り巻きたちは、へらへらと笑みを浮かべて眺めていた。見る間にバジルの顔は腫れ上がり、歯が砕け飛び散る。助けようとしたバジルの仲間であったが、バジルが手でサインを送る。動くなと。


「が……がはぁっ。し、知らなかったんだ。あ……あん、たがぁ、あのろーれんふの、ひふぉだったなん――う゛ぉえっ」


 バジルの顔に再度蹴りが叩き込まれた。


「ちっ。てめえの汚え田舎モン臭え血で、俺の靴が汚れただろうが。舐めて綺麗にしろ」


 ストゥールが倒れてピクリとも動かないバジルの顔を踏みつける。そのあまりの非道に、黙って見ていたナタリーが飛び出す。


「ちょ、ちょっと! もう十分でしょ!! いくらなんでもやり過ぎでしょうが!!」

「な……なふぁりー、や、やめぇ……ろ。こ、このおんあふぁ、かんけぇな……いんだ。ふぁ、ふぁんべん、して……れ」

「バジル、大丈夫!? ほら、こ――きゃあああぁっ!」


 バジルを介抱しようとしたナタリーの顔を、ストゥールが手加減なしで蹴り上げる。吹き飛んだナタリーを仲間の女性たちが受け止めるが、傍若無人なストゥールの行いに対してなにも言うことができず、悔しそうに歯を食いしばった。


「クソみてえな田舎娘が、誰に口をきいてやがる。なんだそのきったねえソバカス塗れの顔は? 田舎モンは化粧を買う金もねえのか? なあ?」


 ストゥールの言葉に取り巻きたちが一斉に笑い出す。


「ストゥールさん、見てくださいよ。この荷馬車、泥塗れのくっせえ野菜だぜ」

「グハハッ! こんなもん。王都で売ってたら笑いモンだぜ?」


 ストゥールの取り巻きが、荷馬車に積んでいる野菜を放り投げていく。


「やめて! それは大事な商品なの! やめてよ!!」

「ほーら! そっちにも転がってるぞ!」

「ありゃりゃ。クソだと思ったらクソみてえな野菜だったぜ」

「ガハハッ! そいつはひでえ。クソより最低じゃねえか!!」

「ひどい。こんなのひどいよ!」

「やめてよ! ひっぐ、こんな、みんなが、うぅっ、一生懸命作った……うわ~ん」


 慌てふためく女たちを嘲笑いながら、ストゥールたちは荷馬車の農作物を滅茶苦茶にする。荷馬車に積まれていた全ての農作物を放り投げ、踏み潰し、売り物にできなくしたのを確認すると、ようやく都市カマーに向かって去っていった。


「お、おい! しっかりしろ! バジル、大丈夫か!?」

「お……おふぁ、だぃ……じょぶ……だ」

「大丈夫って、お前。前歯が全部なくなってんじゃねえか」

「そ、れふぉり……。なふぁりー……はだいふぉ……げふっ……ぶか?」

「あ、ああ。気絶してるが、骨が折れたりはしてねえみたいだ」

「よ、よひ。じゃ、じゃぁ……あのく、くぞやろうどもぉ……の、ことを……かひらぁに、ほうごくじないどな。へ……へっへ。ご、ごの借りば、なふぁりーの分も、まどめで……か、がえじてやる」

「わ、わかった! わかったからもう喋るな! おい、お前らボロボロにされた農作物は、うちの頭に言ってなんとかしてもらうからよ。バジルを荷馬車に乗せて、連れてってもいいか?」

「う、うん。ナタリーも連れていかないと」


 荷馬車にバジルとナタリーを乗せると、バジルの仲間たちは大急ぎで別の道から都市カマーへと向かった。




 スラム街にある三階建ての建物。警備会社アルコムの事務所がある三階の一室で、アルコムを任されているエイナルは愛想笑いを浮かべていた。


「すいませんね。昼時だってのに、食事も出さないで」

「こんなど田舎のスラム街の食い物なんて、出されても食うわけねえだろうが」

「わはは。ストゥールさん、いくらなんでもそりゃ言い過ぎですよ。で、ご用件はなんでしたっけ?」


 机を挟んでソファーに腰かけるエイナルとストゥールが向き合う。そのストゥールの背後では五人の取り巻きが、小馬鹿にするようにエイナルの部下を見ては笑っていた。


「田舎のくせに、カマーは最近羽振りがいいらしいじゃねえか」

「いえいえ、とんでもない! や~っと飯がまともに食えるようになったくらいですよ」

「お前らの食事事情なんてどうでもいいんだよ。まあ、うちの所帯は知ってのとおりバカデカイからよ。このカマーに支部を作ることにしたんだわ」

「ええっ!? あのローレンスが、こんな田舎に支部を作るんですか?」

「そうだ。光栄に思え。俺様がそのカマー支部の支部長ってわけだ」

「ですが、いくらカマーが王都より田舎で小さいとはいえ、ストゥールさんと後ろの五人だけで大丈夫ですか?」

「お前はバカか? これだけのわけないだろうが、ちゃ~んと俺の部下は連れてきてる」

「その、皆さんはどちらに?」

「あん? 風見鶏亭って宿屋だ。そこの看板娘がまたイイ女でよ。このあと、俺が可愛がってやる予定なんだわ」

「はあ~。風見鶏亭ですか、あそこは確かに良い宿って評判ですよ。

 なあ、お前ら。風見鶏亭は良い店だよな?」

「ええ、良い店ですね」

「いいか? 風見鶏亭だぞ。迷惑をかけないようにだぞ」

「わかってます」

食べ残し・・・・はダメだぞ?」

「もちろんです」


 エイナルは確認するように、何度も部下たちに向かって問いかける。


「でもストゥールさん、あそこの看板娘のメリッサは確かに美人で気立てのいい女ですが。これが中々に厄介な女で、数々の男が告白しては玉砕してるそうですよ?」

「そんなの関係ねえよ。俺様が気に入ったんだ。断るなんて許さねえ。絶対に俺の物にしてやる」


 エイナルは「そうですか」と適当な相槌を打つ。そして立ち上がると、窓際に移動する。


「なにしてんだ?」

「いやね。今日は乾燥してるのか。埃が入ってきやがるんで、窓を閉めようかと」


 エイナルはそう言いながら窓を閉め、鍵をかけた。


「とにかくローレンスは、カマーに支部を作ることにした。今日からここは、ローレンスのカマー支部だ。お前らはいますぐ荷物をまとめて出て行け」

「ええ!? ストゥールさん、無茶言わんでくださいよ。俺たちはどうなるんですか?」

「知るか。俺様に、ローレンスに文句でもあるのか? ああ、なんだったら俺の部下の下につけてやってもいいぞ。お前らみたいな鈍くさい田舎モンでも、便所掃除くらいはできるだろ?」

「あっはっは。ストゥールさん、そいつぁひどすぎますよ!!」

「そいつはいいや! ガッハッハ!」

「こいつらにはお似合いだぜ!」


 ストゥールの取り巻きたちがエイナルたちを嘲笑う。王都テンカッシの裏世界を牛耳り、今まで好き放題やってきたのだろう。その横柄な態度は、自分たちローレンスに逆らう者などいないと、信じて疑っていなかった。


「まいったな~。文句があるのかって?」


 エイナルは困ったように下を向きながら頭を掻く。その姿をストゥールは勝ち誇ったかのように見下していた。しかし、エイナルの顔が再び上がると。


「あるに決まってんだろ。ボケがっ」

「――はっ? お前、今なんて?」


 先ほどまで愛想笑いを浮かべていたエイナルの、豹変したかのような態度と言葉に、ストゥールと取り巻きたちは呆気にとられる。今までこのような態度を取られたことがなかったのであろう。


「は? じゃねえよ。文句があるって言ってんだ。お前の耳は飾りか?」

「こ、この野郎っ!! お前ら、このバカをこ――」


 ストゥールが背後にいる取り巻きたちに、エイナルを殺せと命令しようとするのだが――


「が、がふっ……て、てめら……正気っがぁ?」

「ストゥール……ざん……にげ……ぎゃあ゛あ゛ぁ……」

「ひっ、まっでっ。ご……殺ざないで……え……ぇ……」


 エイナルの部下たちの手によって、ストゥールの取り巻きたちは背後から一突きにされていた。


「な? な、なんにやってんだ!! おま、おまおまっ、こんなこと……わか、わかってんのか? ローレンスだぞ! 俺らはローレンスっ! こんな真似して、どうなるかわかってんだろうな! お前らも、家族も、女も、全部殺されるんだぞ!!」

「よく喋るクズだな」


 エイナルは思っきり振りかぶると、ストゥールの鼻っ面に拳を叩き込む。綺麗な血飛沫を撒き散らしながら、ストゥールは扉まで吹き飛ばされる。

 高価な衣装や貴金属が、ストゥールの口や鼻から流れ出る血によって汚れるが、そんなことを気にしているときではないと、ストゥールは慌てて扉のドアノブに手をかける。だが、そのとき扉が勢いよく開かれストゥールの顔に直撃する。


「ぐあっ!?」


 部屋の中央まで吹き飛ばされたストゥールが、扉を開け放った者の顔を確認すると、一瞬にして血の気が引いて青ざめる。


「て、てめえはっ」

「よう。ひゃっきはどうも」


 前歯が全部折れて、上手く言葉が喋れないのか。顔をパンパンに腫らしたバジルは、ストゥールを見下ろしながら挨拶する。


「エイナルひゃん。こいひゅ、殺していいでひょ?」

「まあ、待て。こいつだけ『解析』を阻害する装飾を身に着けてるみたいで、名前が偽名かどうかわかんねえんだよ」


 エイナルの部下たちが、暴れるストゥールを押さえつけて身体を弄る。


「あった。エイナルさん、多分これがそうっすよ」

「こいつ、足首に巻いて隠してやがった」

「で、そいつの名前はどうだ?」

「ストゥール・ネゲロですね」

「あー。偽名じゃなかったのか。

 で、ボスから渡されたリストに載ってる名前か?」

「ええ。載ってますね」

「バジル、悪いが殺すのはなしだ」

「そ、そんふぁ!?」


 殺されないとわかったストゥールはひとまず安堵するのだが。


「ストゥールさん、安心するのは早いんじゃないか?

 バジル、ボスからは殺さなければなにをしてもいいってさ。

 良かったな! リストに載ってる奴だから、きっとボスから金一封貰えるぞ! ついでにその歯と不細工な顔も治してもらえ!!」


 エイナルの冗談に部下たちが大笑いする。

 そしてエイナルから殺さなければ、ストゥールを好きにしていいと言われたバジルは。


「じっくりじひゃんをかけて、できるだふぇくるしふぇてやるからな」


 バジルの恐ろしい笑みに、ストゥールは身体の震えを押さえきれず、恐怖から失禁してしまう。


「い……嫌だ。お、お、お前ロ、ロロ、ロレン、ローレンスが、こわ、怖くないのかっ!」


 ストゥールの言葉に、エイナルたちは真面目な顔で互いに顔を見合わせるが、ふいに笑い出すともう止まらないとばかりに大爆笑する。


「あははっ! いや、わかるわかる。ぷはは。ローレンスは怖いよな?」


 部下たちに押さえつけられて身動きの取れないストゥールの傍に、エイナルは屈み込む。その顔は笑うのが我慢できないとばかりに、口の端が高く上がっていた。しかし、急に素の表情に戻ると。


「でもな? うちのボスはもっと怖いんだよ」


 そう言うと、部下に任せて部屋をあとにする。

 バジルは薄ら笑いを浮かべながら、ストゥールによく見えるよう手に持つやっとこを見せつける。針金や板金を掴むための工具であるのだが、今から行われるのは本来とは違う使い方である。


「ひゃあ゛あ゛あ!! 来るな! 来るなよ!! 待っでぐれ!! 悪かった!! 謝るがらっ!! だ、だがら――ぎゃあ゛あ゛あ゛あああぁぁっ!!」


 警備会社アルコムの事務所から恐ろしい叫び声が聞こえてくるも、スラム街で生きる住人で気にとめる者は誰もいなかった。

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