第209話 究極の白、至高の赤

 ユウの屋敷の居間では、なぜかティンやヴァナモを筆頭に、奴隷メイド見習いたちが並んで正座していた。


「お、お姉さま~、足が痺れて……」

「ティン、黙りなさい。相手がゴ――ジョゼフさんだったとはいえ、無様に負けるなど恥を知りなさい。なんのために、ご主人様に無理を言ってまであなたたちを連れてきたと思っているのです」


 ティンたちの傷はレナの白魔法によってすでに回復しているのだが、ジョゼフを相手に手も足もでずに負けたティンたちの不甲斐なさに、マリファが説教をしていた。


「ジョゼフって、まさかあのジョゼフか? なら、俺が負けたのも納得だな」

「アガフォンはバカにゃ。大して強くもないのに突っかかるから、こっちまでとばっちりにゃ」

「そうよ! 私が待ってって言ったのに、このアホクマっ!」

「黙れアカネ! 俺は羆だって言ってるだろうがっ!」


 アガフォンたちも、相手がかの有名なジョゼフと知って驚きを隠せずにいた。また高名なジョゼフと対等に話し合うユウの姿に、自分たちまで誇らしくなるのであった。


「悪かったな。うちの奴らが勘違いしたみたいで」

「そんなことはどうでもいいからよ。腹が減って仕方がねえ。なんか食わせてくれよ」

「オドノ様、俺も食べたいっ!」


 パンツ一丁のままで、ジョゼフは飯を催促する。それにナマリが便乗し、ナマリの頭の上に乗っているモモまでもが、激しく身体を揺すっていた。


「飯か……。ジョゼフ、米って食べたことあるか?」

「米? 知らない酒だな」

「酒じゃねえよ。少し時間はかかるけど、ちょっと待ってろ」

「ユウ、私はフラビアちゃんたちを冒険者ギルドに連れて行くね?」

「ガキじゃあるまいし、アガフォンたちだけで行かせろよ。

 それにニーナにはナマリの勉強を見てほしい。ナマリのこの前のテストが何点だったか知ってるか?」


 ユウがちらっとナマリを見ると、ナマリは「げっ」と声を漏らしてレナの後ろへと隠れた。


「え~。私よりレナやマリちゃんのほうが頭は良いよ?」

「レナには付与魔法を教える約束してるんだよ。マリファはティンたちにつきっきりになるだろうしな。

 アガフォン、自分たちだけで冒険者ギルドくらい行けるよな」

「うっす。大丈夫っす」


 アガフォンの返事を聞くと、ユウは台所へ向かう。そしてティンたちに説教をしていたマリファが、慌ててそのあとを追いかけていった。




「おはようございます!」


 都市カマー冒険者ギルドでは、今日も元気にコレットが挨拶をしていた。生死のかかわる冒険者という生業ではあるが、コレットの元気な声を聞く度に冒険者たちは不思議と、今日も頑張ろうと思えるのであった。


「あんたは朝から元気だわね」

「もうっ! レベッカさんも笑顔で挨拶してください。美人なレベッカさんが微笑むだけで、皆さん喜ぶと思いますよ」

「私の笑顔はそんな安くないの。ん? コレット、あれ見なよ」

「またそんなこと言って……見かけない人たちですね。新人さんでしょうか?」


 活気溢れる冒険者ギルド内が急に静まり返った。

 都市カマー冒険者ギルドは、ウードン王国内でも屈指の冒険者ギルドである。そのため、周囲の町や村から多くの冒険者が日々訪れるのだ。見慣れない冒険者が来ても、さほど珍しいことではなく。周囲の冒険者たちが会話を中断してまで、注目するほどのことではないのだが。


「ね、ねえ、アガフォン。や、やっぱり皆、僕を見てるよ。僕は来ないほうがよかったんじゃないかな」


 ハーフオークの少年が怯えるように、アガフォンの背に隠れる。

 このハーフオークの少年が怯えるのには理由がある。魔物であるゴブリンやオークなどは、異種族の女性を孕ませて数を増やしていく。そのために、女性からはゴブリンやオークなどは蛇蝎のごとく嫌われているのだ。さらに孕んだ女性が出産するゴブリンやオークの九割が雄である。稀に雌のゴブリンやオークが生まれ、そのほとんどが強力な魔法を使いこなすクイーンへと成長する。

 さらに極稀に生まれるのがハーフゴブリンやハーフオークである。その出自からゴブリンやオークはもちろん、他種族からも強烈な迫害を受ける。そのほとんどは生後間もなく死ぬのが運命である。

 『十二魔屠』の一人であった『鋼柔のイバン』もハーフオークなのだが、その人生は過酷なものであった。泥水をすすりながら渇きを癒し、あるときは糞尿に紛れながら迫害から逃げていた。そのイバンを救ったのが同じ『十二魔屠』であるヤーコプであった。当時『十二魔屠』筆頭であったヤーコプの力を以てしても、イバンを匿い育てるのはセット共和国内から大きな反発を招いた。それほどハーフゴブリンやハーフオークは忌み嫌われている存在なのである。


「ベイブ、おたおたしてんじゃねえよ」

「そうにゃ。こんなことで怯えてたら冒険者なんてできないにゃ」

「フラビアの言うとおりよ。私だって魔落族だし、堕苦族のヤームや魔人族のオトペだって他の種族からは嫌われてるんだからね」

「で、でも~。いでっ!」


 大きな身体を縮こませているベイブの尻を、オトペが思いっきり叩いた。


「しっかりせぬか。この程度のことはわかった上で、冒険者になりたいとオドノ様と約束したのではないのか」

「う、うん。そうだよね。

 アガフォン、もう大丈夫だよ」


 アガフォンは特に気にした様子もなく、そのままコレットたちの待つカウンターへと向かう。


「ようこそ冒険者ギルドへ」


 コレットはいつもと変わらぬ笑顔を、アガフォンたちへ向けた。その姿にアガフォンたちは驚く。ネームレス王国内では当たり前であっても、ここは人族の町である。仕事とはいえ、多少嫌がられると思っていたところに、コレットの満面の笑みである。


「俺たちは、あ~。冒険者になりにきた」

「冒険者カードはお持ちでしょうか?」

「持ってないにゃ。冒険者カードも作ってほしいにゃ」

「かしこまりました。

 では、こちらに必要事項を記入していただけますか。あの代筆は必要でしょうか?」

「いや、俺ら全員字は書ける」


 人族でも字を書けない者は多い。アガフォンの全員が字を書けるという言葉に、コレットは内心驚きながらも用紙を六枚用意するのだが。


「ちょっと、私の分がないんだけど!」


 コレットが声の主を探すが見当たらない。辺りを再度見渡すが、目の前にはアガフォンたち、六名がいるのみである。


「え? どこかから声が……きゃっ!」


 まさかと思いつつも足下を見ると、そこにはハイピクシーであるアカネの姿があった。


「ピ、ピクシー?」


 アカネはコレットの足下から、カウンターの上へと飛ぶ。しゅたっ! とカウンターの上に着地するが、その顔は怒っていた。


「私はピクシーじゃなくってハイピクシーなんだけど! あんたね。私のこと舐めてんの?」

「へ~驚いたわ。ハイピクシーが冒険者になりたいだなんて前代未聞だわ」


 ふんぞり返っているアカネの姿を、レベッカは感心しながら見つめる。


「ちょっと、私の声が聞こえないの?」

「き、聞こえています! ごめんなさい」

「私のことをあんまり舐めてるようだと、あんたがいい年して地味な白のおパンツ履いてることをバラすわよ!」

「きゃ~っ! 言ってます! 言っちゃってますよ!!」


(白か……)

(さすがはコレットちゃんだぜ)

(純白、それは乙女のみが許される色)


 周りで聞き耳を立てていた男の冒険者たちが「おおっ」と下品に騒ぎ立てる。


「あっはっは! なによ。コレット、あんたまだ子供が履くような下着なのかい?」

「ちょ、ちょっと。レベッカさん、声が大きいです! 私だって大人な下着くらい持ってますから!!」

「本当かい? それにしても面白いおチビちゃんだね」

「誰がチビよ! あんたもスケスケの真っ赤なおパンツ履いてるのをバラされたいの?」


(赤か……)

(スケスケだとっ!?)

(ぐはっ。鼻血が……レベッカはスケスケの赤か。大人だな)


 先ほどより大きな声で男の冒険者たちがざわつく。そのだらしのない男たちの姿を、女性冒険者たちは白い目で見ていた。


「レ、レベッカさん、そんな過激な下着をっ!?」

「私はコレットとは違って大人だからね。これくらいの下着は履きこなせるのさ」


 自分の履いている下着の色をバラされても、レベッカは動揺するどころか堂々としていた。これがお子様なコレットと大人なレベッカの違いである。


「こーら。アカネ、いい加減にしなさい。あなたの分は私が書いてあげるから」


 魔落族のモニクはアカネを抱えると、自分の頭の上へと乗せる。

 アガフォンたちが黙々と用紙へ記入していく。その記載された内容にいまだ下着の色をバラされて、顔を真っ赤にしていたコレットは思わず。


「えっ!? ユウさんと同じネームレスっ」


 大きな声で読み上げてしまったのだ。そのコレットの驚いた態度と『ネームレス』という言葉に、周囲の冒険者たちが先ほどとは違った意味でざわつき始める。


「すみません。大きな声を出してしまって」


 アガフォンたちは特に気にはしていなかったのだが、コレットはいまだ驚きを隠せずにいた。なぜなら、アガフォンたちは用紙に記載されている所属クランに『ネームレス』と記載していたのだ。そもそも新人の冒険者や冒険者登録にきた者が、すでにクランに所属していることは別段珍しいことではないのだが、ユウのクラン『ネームレス』に所属していることにコレットは驚いたのだ。さらにコレットが思わず声を漏らした理由は――


 出身国:ネームレス王国


 用紙には出身国や出身地を書くのだが、アガフォンたちは全員が出身国に『ネームレス王国』と記載していたのだ。


「あ、あの――」

「コレット、今のうちに冒険者カードを持ってきな」


 アガフォンたちへ話しかけようとしたコレットを遮るように、レベッカが冒険者カードを持ってくるよう伝える。

 なぜレベッカが自分を遮るようなことをしたのか、コレットは内心モヤモヤしながらも冒険者カードを取りに行く。


「こちらに血を一滴垂らせば冒険者カードの登録は終了となります」

「おお、これが冒険者カードか」

「お――盟主のはゴールドだったにゃ」

「私たちは登録したばかりだから、最下級のGランクからよ」


 モニカの言葉にフラビアはわかったのかわかっていないのか「そうにゃのか」と、冒険者カードを眺め続けていた。


「なあ、さっきから気になっていたんだけどさ」

「は、はい。なんでしょうか」

「あんたコレットって名前なのか?」

「はい。私はコレットですが、どうかしま――」


 コレットが言葉を言い終わるよりも前に、アガフォンやフラビアがカウンターに前のめりになる。


「そっか! あんたが――いや、あなたがコレットさんか! 盟主からコレットさんにはお世話になってるから、失礼のないようにって言われてたんだよな」

「言ってたにゃ! ねね。うちらにお勧めのクエストとかないかにゃ?」

「あわわっ。そ、それなら、この薬草採集とか、どうでしょうか?」


 薬草採取のクエスト用紙を取り出してから、コレットはしまったと思う。新人冒険者の多くは血気盛んで、最初から危険なクエストを受注したがるのだ。それゆえに、冒険者ギルドの受付嬢が薬草採集などの比較的安全なクエストを勧めようものなら、露骨に不満そうにする者や、中には怒って受付嬢に絡む者までいるのである。

 しかし、コレットがアガフォンたちを見ると。


「よっしゃ! 採集ならお手の物だ。お――様じゃないや、盟主仕込みの採集を見せてやるぜ!!」

「ウソつくにゃ! 私のほうが採集はうまいにゃ」

「ふふん。実は魔落族は鍛冶だけじゃなく、採集だって上手なんだから」

「魔人族とて、戦闘だけではないということを見せてやる」

「あら、森で生きるハイピクシーを相手に勝てるとでも?」

「ほら、ベイブ行くよ」

「う、うん」


 アガフォンたちはコレットからクエスト用紙を受け取ると、我先にと冒険者ギルドをあとにする。


「行っちゃいましたね。それも、あんなに楽しそうに」

「ユウの教育がいいんでしょ。それよりギルド長のところに行くよ。なんでかはわかるね?」

「は、はい」


 コレットたちはカウンターを他の受付嬢に任せると、ギルド長室へと向かうのであった。

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