第208話 怪しい奴らめ
「文句ないよな?」
ネームレス王国の山城玉座の間で、ユウは長たちに向かって再度念を押すように問いかける。
「王よ。儂ら見てのとおりこのありさま。たった一匹の――」
「マウノ殿」
ビャルネがマウノを窘めるように名前を呼ぶ。
「む? おお、これは失礼。クロ殿を相手に儂ら全員でかかっておいて、ボロクソに叩きのめされたのでは、言い訳の一つも出てきませんな」
「ひゃっひゃ。魔人族も、やれ戦闘民族だなんだと恐れられていたんじゃが、なんとも情けないでなぁ」
おババの厳しい言葉に、横にいたマチュピは悔しそうに歯を食いしばっていた。
「獣人族も同様ですじゃ。これほど無様に負けたのでは、クロ殿を大将として仰がないわけにはいきますまい」
マウノとルバノフは初めて入城できたというのに、その顔色は優れなかった。それもこれも、最弱の魔物であるゴブリンと侮っていたクロを相手に多数で挑んでおいて、完膚なきまでに負けたからである。
「じゃあ、仕事は今までどおりで軍に関してはクロに従えよ」
各長たちは頭を深々と下げて、ユウの言葉を受け入れる。
そんな意気消沈した長達の姿をユウの傍で見ていたマリファであったが、長たちに同情でもしていたかというと、同情や憐れみを感じるどころか怒りすら湧き起こっていた。ユウの手前、顔にこそ出さないものの、マリファの背後で様子を窺っていたコロとランは敏感に感じ取っており。二匹共、避難するかのようにユウの後ろへと移動していた。
「ラス、なんか言いたそうだな」
長たちが退出すると、ユウはどこか不満そうにしているラスに話しかける。
「なぜ玉座に座らないのですか?」
ユウは長たちと話している間、ラスがユウのために作った玉座に一度も座ることはなかったのだ。
「なぜって……。お前の作ったこの玉座だけど、宝石とか金や銀で飾っててちょっと派手過ぎるだろ? 俺が座っても似合わないよ」
「そのようなことはありません。この玉座に座するにマスターほど相応しいお方はいません! それは疑いの余地がないのは誰もが認めるところです」
自信満々なラスの言葉に、なぜかマリファまでもが目を瞑り頷く。ユウは自分のほうがおかしいのかと錯覚しそうになる。
「わかった。玉座の件はまた今度話そう。
今日はアガフォンたちの冒険者登録とかで忙しいんだ」
「あのような有象無象な者たちを、マスターのクランに入れるなど私は反対です」
「ご主人様のお決めになったことに意見するなど、あなたは何様ですか」
「黙れ。貴様ごとき羽虫がマスターと私との会話に入ってくるな」
「いい加減にしろよ。
俺はこれからアガフォンたちをカマーに連れていくから、魔玉と船の開発、あと錬金術の研究は任せるぞ。あっ、トーチャーのこと気にかけておいてくれよ。それとナマリが買ってきた絵本を複写して図書館に配布しといてくれ。忘れたらインピカたちがうるさいからな。あー、最後にクロとケンカしたら俺にはすぐわかるんだからな」
矢継ぎ早にユウから出される指示をラスは黙って聞いていた。
錬金術の研究に関しては、ユウと一緒に進めているものでラスも大歓迎なのだが、魔導書はともかく子供の読む絵本の量産など自分がすることなのかと、ラスは葛藤する。しかし、インピカや他の子供たちを怒らせれば城まで来て、執拗にラスに纏わりつくだろう。それを想像するだけでラスは憂鬱になる。結局はラスがユウに逆らうことなどできないのだ。
この日、ラスは夜遅くまで絵本の量産に励むことになる。
山城の一室に、アガフォンやフラビアなど冒険者を希望する者たちの姿があった。皆、背には大きな荷物を抱えており、その顔はこれからなる冒険者の姿を想像し、希望に満ち溢れていた。
「王様、早く来ねえかな」
「まだ約束の時間になってないにゃ。
それより、なんでティンたちもここにいるのか気になるにゃ」
フラビアが横目で見た先には、マリファが従えるメイドの中でも特に秀でたティンやヴァナモなどの奴隷メイド見習いの姿があった。
「ご主人様から聞いてないの? 私たちもご主人様のお屋敷にお世話になるんだよ」
「なんでだよ。お前らは冒険者になりたいわけじゃないだろ?」
「それはー」
ティンが喋ろうとするのをヴァナモが制する。
「あなたたちのせいです。元々はご主人様とお姉様でお屋敷を管理していたのに、あなたたちが図々しくも冒険者になどなりたいと我侭を申すから、お姉さまの負担が増すのです。
自分が仕えるご主人様に、このような辛いお願いをしなければいけなかったお姉さまの心の痛みが、あなたのような粗野な獣人にはわからないでしょうね」
これがマリファがユウに相談していた内容である。
アガフォンたちが屋敷に住むことになるのを察していたマリファは、ユウの性格を考えればアガフォンたちの世話を焼くのは明白である。ただでさえ、国創りやユウの気持ちなどわかろうともしない住人によって、ユウに心労が溜まっていると考えるマリファは、ユウへの忠誠心の高いティンたちを連れていくことによって、少しでも負担を減らそうと考えてのことであった。
「ヴァナモ、ケンカ売ってんのか!」
「よしにゃ。ほら、王様が来たにゃ」
ユウの姿が見えると、ヴァナモたちは左右にわかれて出迎える。その流れるような動きに、なぜかアガフォンも緊張して背筋を伸ばしてしまう。
「待たせたな」
「全然、待ってないっす」
「ウソにゃ。さっき早く来ないかなって言ってたにゃ」
「フラビア、余計なこと言うなよ!」
フラビアがいたずらっ子みたいに「にししっ」と笑いながらユウにチクると、マリファがアガフォンを氷のような瞳で睨む。アガフォンは冷や汗をかきながら慌てて否定する。
「アガフォン、悪かったな。
今からカマーと繋げるから先に行っててくれ」
ユウの時空魔法によって創られた扉を潜っている最中も、アガフォンは「違いますからね!」と叫んでいた。
「ここが王様の家かー」
「もう私たちは王様って呼んじゃダメなんだよ」
「私は今までどおり人族って呼ぶからね」
魔落族の少女の指摘に、アガフォンの頭の上に寝そべっていたアカネが答える。
「なんだよ。じゃあ、なんて呼べばいいんだよ」
「えっと。クランだと盟主とか団長とか、あとはリーダーって呼んだりするみたいよ」
「モニク、詳しいじゃねえか。それじゃ盟主だな」
「理由は?」
「その中で一番カッコイイだろ?」
「アガフォンはやっぱりバカにゃ」
「うるせえ!」
「そこで止まられると困ります。進んでもらえますか」
立ち止まっているアガフォンたちへ、ヴァナモが先に進むよう促す。丁寧な言葉遣いとは裏腹に、怒りの篭ったヴァナモの声色であった。なにか言い返したいアガフォンであったが、ヴァナモの言うことはもっともなので先へと進む。そして居間に出ると、そこには――
「なんだ。誰かいるぞ」
「今は誰もいないはずにゃ」
「泥棒かっ!」
アガフォンとフラビアが臨戦態勢に入る。ティンやヴァナモたち、他の者たちも各々の武器を手にする。
「ご主人様のお屋敷に侵入するとは万死に値します!」
ヴァナモがスカートの端を掴んでカーテシーで挨拶するような姿勢になる。スカートの中からは無数の蜘蛛たちが糸を垂らして姿を見せていた。
アガフォンたちの声で目覚めたのか、ソファーにパンツ一丁で横になっていた大男が立ち上がる。
「ふぁ~。なんだお前ら、怪しい奴らだな」
「お、お、お前が言うにゃ!!」
ジョゼフは欠伸をしながらパンツに手を突っ込んで尻を掻く。その下品な仕草に女性陣は不快感を露わにする。
「物取りか? 今なら見逃してやるぞ」
「ふざけんな! この変態野郎がっ!!」
「待って。こいつって確か人族の――」
アカネがアガフォンを止めようとするが、黒曜鉄の大剣を手にしたアガフォンの勢いは止まることはなく、ジョゼフへ斬りかかるのだが。
「寝起きなんだから大きな声を出すんじゃねえよ」
「こ、この野郎……っ! 俺が力比べで人族なんかに負けるだと!?」
両手で大剣を押し込もうとするアガフォンであったが、ジョゼフはそれを片手で押さえつけていた。
「大声出すなって言ってんだろうが」
「きゃんっ」
「ちょっ!? 来るにゃ!!」
ジョゼフに殴られたアガフォンは、情けない鳴き声とともにフラビアごと吹き飛ばされる。アガフォンの頭に乗っていたアカネは、衝撃でそのまま気絶してしまう。
「人族の変態ごときに後れを取るとは情けない! ティン、メラニー、私に合わせなさい!!」
「はーい」
「あいよ」
ヴァナモの攻撃に合わせてティンとメラニーが動き出す。さらに残るメンツも多方からジョゼフへと襲いかかる。
「なんだこれ」
遅れて屋敷へ戻ってきたユウは、目の前の光景に呆れる。アガフォンたちは無残な姿で気絶しており、奴隷メイド見習いたちも同様で中にはスカートが捲れて下着が露わになっている者までいたのだ。
「わー、ゴリラだ!」
「ナマリ、誰がゴリラだ」
「え~。なんで皆が倒れてるのかな~?」
「……きっとゴリラの仕業」
「レナの言うとおりなのでしょうが情けない」
ニーナたちは目の前の状況を作り出したのは、間違いなくジョゼフだと判断する。しかし、ジョゼフはなぜか誇らしげにユウに向かってくると。
「おう、帰ってきたのか。怪しい奴らを捕まえておいたぜ」
「怪しいのはお前だ」
むさ苦しい大男がパンツ一丁で陽気に近づいてくるのだ。ユウが怪しいと言うのも無理はなかった。
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