第207話 黒き裸体

「てめえっ、なんだその格好・・はっ! 舐めてんのかっ!!」

「某は至って真面目だが?」

「げふっ」


 猫人の男がクロに襲いかかるも返り討ちに遭い宙を舞う。


「わーっ。王さまー、みんなお空とんでるよ」

「しゅごいね!」


 ユウと一緒にクロたちの力比べを観戦している子供たちが、何度目かわからぬ人が宙に舞う姿に興奮して声を上げる。


「お前ら、学校はどうした?」

「今日はねー。お昼までなんだよねー」

「「「ねー」」」


 子供たちが一斉に返事する。喋れない堕苦族のカンタンは首にぶら下げた板に「お昼まで」と文字を書いてユウに見せる。


「カンタン、お前の字は綺麗だな」

「そうなんだよ。先生もね。カンタンは字がきれいだってほめてたんだよ」

「それにカンタンがいっちばんかしこいって、言ってた! テストもぜ~んぶせいかいなんだから」


 ユウや子供たちに褒められたカンタンは恥ずかしそうに板で顔を隠した。


「ご主人様、お聞きしたいことがあるんですが」


 子供たちと背丈があまり変わらないティンが、ユウに質問するが。


「なんだよティン。昼飯前だから、おやつはダメだぞ」

「ティン姉ちゃんの食いしん坊~」

「ご飯の前にね。お菓子食べちゃダメだって母ちゃんが言ってたよ」

「ご主人様、ひどい。私、そんなに食いしん坊じゃないのにやんなっちゃう!」

「でも私たちが昨日ご主人様にアップリパイを貰ったの教えたら、ズルいって怒ってたわよね」


 狐人の少女がユウに告げ口すると、ティンは手をぶんぶん振って「違うー」と慌てふためく。


「もう、話がそれるから黙ってほしい」

「ふふ、悪かったよ。で、なにが聞きたいんだよ」

「えっとですね。あのクロってゴブリンが勝っても、皆が納得しなかったらどうするんですか?」

「クロが勝ってもか。そりゃ――」

「処分するに決まっています」


 ティンの質問に、ユウが答えるよりも先にマリファが答える。


「お姉さま、処分ですか?」

「ええ。当然でしょう?

 そもそも、ご主人様のお決めになったことに異議を申し立てること自体が不敬であり、ご主人様に対する冒涜です。

 そのような者たちなど要らないでしょう?」


 マリファの発言に、お姉さまと慕うメイドたちですらさすがに引いていた。引かずに同意するように頷いていたのは、メイドから奴隷メイド見習いに昇格? した者たちだけであった。


「ねーねー。マリ姉ちゃん」

「なんですかナマリ。今大事な話を――」

「クロはなんでち○ち○まるだしなの?」


 マリファがナマリの質問に身体を硬直させる。

 そうなのだ。クロは力比べを始める前に裝備を脱いだのだが、その下に衣服を身につけていなかったのだ。これは長く『悪魔の牢獄』に潜っていたために、衣服が損傷し、破れて散ったのが原因なのだが。


「――ナマリ。今なんて言ったのです? ち、ちん……なんですか?」

「だから、○ん○ん! なんでクロはち○ち○だして戦ってるの?」


 ナマリの疑問にいち早く反応したのは子供たちであった。


「ほんとだ! あのゴブリン、ち○ち○まる見えだ!」

「ええー! なんでおパンツはいてないの?」

「ち○ち○だっ! 王さま、あのゴブリンち○ち○見えてるよ!!」

「あ、あなたたち、やめなさい! そのような下品なことを言ってはいけません!」


 マリファに叱られた子供たちは、なぜ叱られているのか理解できずにいた。ニーナは苦笑いしてユウに「子供ってそういうの好きだよね~」と話しかけ、レナはマリファを観察でもするかのように見つめていた。そしてナマリは腕を組んで少し考え込むと。


ち○ち○?」

「おをつければいいというものではありません!」

「なんでおち○ち○って言っちゃダメなの?」

「ナマリ、やめなさい! おち……ん、などと叫ぶのはダメですよ」

「なんでなんで? オドノ様、俺もおっきくなったらクロみたいにおっきなおち○ち○になる?」

「俺に聞くなよ」

「あはは。ナマリちゃんは無理だよ~」

「ニーナ姉ちゃん、なんで?」

「なんでって、ナマリちゃんは無理だよ」

「なんでなんで? マリ姉ちゃんはわかる?」

「ええ……。その、あの、困ります」


 顔を真っ赤にして困り果てているマリファが、どうしましょうかと振り返るとレナと目が合う。


「……大きな声で年頃の女の子がおち○ち○って叫ぶなんてはしたない」

「なっ! レ、レナっ!! その言い方だとまるで私がお――ちん……ち……んって言っているようではありませんか!!」

「……言ってた」

「言ってません!!」

「……ユウ、言ってたよね?」

「ご主人様、私はそのようなこと言ってませんでしたよね?」

「……ぷぷ、必死」

「レ……レナっ! もう怒りました」

「……ずっと怒ってる」

「レナ、待ちなさい! 空に逃げるのは卑怯ですよ!!」


 箒に跨って空に逃げるレナを追いかけるマリファ、その様子を見ていた子供たちはなにがおかしいのか、全員でおち○ち○の大合唱である。


「ひえ~。マリちゃん、すっごい怒ってるよ」

「どうすんだよこれ。ヴァナモ、なんとかしろよ」

「わ、私がですか!? ティン、元々はあなたの話から始まったんですから、あなたが責任を取るべきでしょう」

「えー、めんどくさい。

 そうだ! メラニーがなんとかすればいいよ。好きでしょ? おち○ち○」

「ご主人様の前で、いい加減なことを言うな!」

「いだだっ! ゆ、許してほしいよ」


 ティンに話を振られた虎人のメラニーは、ティンを捕まえるとコメカミにグリグリと拳を押し込む。


「王さま~、アガフォンたちが来るよ」


 ユウの首に跨っていたインピカが、こちらに向かってくるアガフォン達に気づく。


「王様、少しいいっすか」

「お前たちは参加しなくていいのか?」

「軍とか全然興味ないんで、それより俺ら、えっとですね」


 アガフォンは緊張しているのか、そわそわしながらユウの顔を窺う。言い難いのか、何度も頭を掻きながら不自然に呼吸する。アガフォンの頭に座っているアカネが頭を叩くと、覚悟を決めたのか大きく息を吸い込んで。


「俺ら冒険者になりたいんですよ!」


 アガフォンの周りにはフラビア、アカネを始め魔落族の少女、魔人族の男、堕苦族の青年、ハーフオークの少年と、いつも訓練で最後まで粘る顔ぶれであった。


「冒険者になりたいって、わかってて言ってんのか?」

「うっす。俺も王様みたいに冒険者になって、氷の迷宮や山みたいにでかい樹だらけの迷宮とかに行ってみたいんですよ」

「ウチはお魚がいっぱいいる迷宮に行ってみたいにゃ」


 ナマリの頭の上で寝そべっていたモモが、アカネを不思議そうに見つめていた。


「アカネも冒険者になりたいのか?」

「そうよ。冒険者になって今よりもっと強くなるんだから! そしたら人族なんてやっつけてやるんだからね!」


 アカネはモモと同じ『妖樹園の迷宮』出身である。以前クラン『権能のリーフ』が、ヒスイたちの住んでいた花園を襲った際に多くの仲間を失っている。今でも人族に対する恨みが根強く残っていた。


「ふ~ん」

「ふ~んっていいの?」

「なにがだよ」

「私が強くなったら人族をやっつけるのよ?」

「好きにすればいいだろうが」


 ユウが止めると思っていたアカネは、好きにしろと言われて最初は呆気にとられていたが、次第に怒りだし「ふんっ」とアガフォンの頭からユウの頭の上に飛び乗る。それを見ていたモモが、慌ててナマリの頭の上からアカネに向かって飛んでつかみ合いになる。インピカがその際バランスを崩しそうになって、ユウの髪を思いっきり掴む。頭の上で暴れられるユウはいい迷惑である。


「冒険者になるのはいいが、ここには二度と戻ってこれないぞ?」

「覚悟してます」


 いつの間にかレナを追いかけるのを諦めたマリファが、ユウの背後に立ってアガフォンたちの話を聞いていた。


「わかった。どこで冒険者になりたいんだ? 俺が行ったことある場所なら送ってやるぞ」


 ユウの言葉にアガフォンたちは困惑した表情を浮かべる。


「どうした。五大国のどっかか? それとも違う国でやるのか?」

「あの~。俺らは王様のクランに入って冒険者やりたいんっすけど」

「俺のクランで? やだよ」

「なんでっすか!」

「だってお前ら弱いだろ」


 ユウの膝に座っていたナマリが「俺は強いんだぞ!」と叫んで、ユウに「うるさい」と口を塞がれる。


「今は弱いかもしれませんが、王様と一緒に冒険したいんですよ! いつか、いえ! 必ず強くなるんでお願いします!!」


 アガフォンが頭を下げると、フラビアたちも並んで頭を下げる。


「言っとくけど特別扱いはしないし、裝備だって優遇しないぞ」

「わかってます。冒険者になるからには、自分で手に入れます!」

「給料だって今までみたいに払わないぞ」

「貯金があ――俺は使ったんだった。でもフラビアたちは貯めてるんで大丈夫っす!」


 アガフォンの後ろでフラビアが「アガフォンには貸さないからにゃ」と呟き、周りの者たちも頷いていた。


「王様、お願いします!」

「「「お願いします!!」」」

「わかったから大きな声をだすな」

「あざっす!!」

「うるさい!」


 ユウが叱ってもアガフォンは聞こえていないのか、フラビアたちと喜びを分かち合っていた。


「俺はいいけど、長たちや家族には伝えてるんだろうな?」

「大丈夫っす!」

「長たちはむしろ行けって言ってたにゃ」


 その後、いつ都市カマーに行くのかをアガフォンたちとユウは話し合う。最後までユウの後ろで黙って聞いていたマリファは、アガフォンたちが引っ越しの準備で走り去っていくのを見届けると、やっと口を開いた。


「ご主人様、本当にあのような者たちをクランに入れるのですか?」

「本当もなにも冒険者やりたいって言ってんだから、やればいいだろう」

「かしこまりました。

 では、あの者たちはご主人様と同じ屋敷に住ませるので?」

「最初はそうなるだろうな。屋敷が嫌なら自分たちで家を探せばいいだろ」


 アガフォンたちがユウの屋敷に文句を言うわけがないのだ。そもそも、そのようなことを言おうものならマリファが黙ってはいない。


「ご主人様、ご相談があるのですが……」


 マリファがユウになにやら相談をしていると、クロとネームレス王国住人との力比べが終わっていた。全裸で仁王立ちするクロの周りには、顔を腫らしてピクリとも動かないマチュピたちの姿があった。

 フルチ○姿のクロを見て、子供たちはなぜか。


「かっけぇ!」

「おち○ち○まるだしのゴブリンつよーい!」

「俺もち○ち○だす!」

「やめなさい!」


 マリファがユウとの相談を中断して、子供たちにツッコんだ。

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