第203話 懇請

 ネームレス王国の住居は大まかに三つのエリアにわかれている。獣人族や魔人族が住む森林エリア、堕苦族の住む地下エリア、そして魔落族の住む工房エリアである。

 魔落族の住居は長方形に切り出した石をドーム状に積み上げて作られている。そのドーム状の家の中でも一際大きな建物が、魔落族の長であるマウノの住まいである。

 ユウが家の扉に手をかけようとするが、それよりも早くメイド服姿の堕苦族の少女が扉を開ける。


「あー、これくらい自分でできるぞ」

「滅相もございません。ご主人様にそのようなことをさせたとお姉さまに知られれば、私たちが叱られます」


 私たち――堕苦族の少女の言葉どおり、ユウの傍に控えるメイドは一人ではない。その数、七名である。この者たちはフラビアのような中途半端なメイドではない。作法の多くはフラングから教育を受けているのだが、それ以外・・・・に関してはマリファによって徹底的に鍛えられ、叩き込まれている。

 ユウはやり難いなと思いつつも、建物の中へと入っていく。その背後を守るかのように少女たちが続いた。


「王よ、ようこそ我が家へ。さあ、こちらへ」


 家の主であるマウノがユウを席へと案内する。二十畳ほどの室内を見渡せば、席には獣人族の長ルバノフ、堕苦族の長ビャルネ、さらに――


「おババとマチュピがいるなんて珍しいな。それにラス、お前がいるなんて聞いてないぞ」

「ひゃっひゃ。たまには会議に参加せねばぁ、オドノ様のお顔を見る機会がなかなかにぃないのでなぁ。他の長たちに無理を言ってぇマチュピについてきますたわぁ」

「私はマスターにもう少し国の……住人と交流を持つようにとおしゃっていたので、まずは会議にでも参加しようかと思いまして」


 おババはともかく。ラスの言葉を額面どおりに受け取るユウではない。なにかあると踏んではいるものの、会議が始まればわかることだとラスを問い質すことはなかった。


「ふーん。じゃあ始めるか」


 ほんのわずかではあるが、普段とは違い室内に緊張感が漂いながらの会議が始まる。ちなみに今回は場所を提供しているマウノが司会進行役である。


「ご、ごほん。それでは各長より近況の報告を王へ。まずは魔落族だが、王の連れてきた人族――あー、先生だったか? 子供でも簡単な読み書きであれば、ほぼできるようになっておる」

「儂らぁ堕苦族は識字率は大人も併せて九割といったところですわぃ」

「む……獣人族は四、いや五割といったところか」

「くく……」

「儂ら獣人は主に狩りで生計を立てておったから、計算や読み書きは苦手なんじゃ!」


 獣人族の識字率を聞いたラスが抑えきれず苦笑すると、獣人族を嘲笑していると受け取ったルバノフは声を荒げて報告した。

 そもそもウードン王国の王都テンカッシに住む一般市民でも識字率は六割もいけばいいほうだ。それを踏まえると、ルバノフの報告した獣人族の識字率が五割というのは十分に凄いことと言えるだろう。


「ババ様?」

「マチュピ、なにをしておる。魔人族の長であるお主が、オドノ様へ報告するんじゃ」


 族長になったばかりでまだ慣れていないマチュピは、おババが報告するものと思っていたのだが、おババに促されると居ずまいを正す。


「オドノ様、魔人族は一割といったところです」

「い、一割っ!? たったの一割なのか?」


 魔人族の識字率は獣人族より低いと思っていたルバノフではあったが、あまりの低さに思わず驚きの声を漏らしてしまう。


「そうだ。魔人族はオドノ様と共に戦い、戦場で死ぬことこそが誉れであり望み。戦場で読み書きなどなんの役に立つ? 我々に必要なのはオドノ様の敵を屠る力のみ」


 淡々と述べるマチュピの姿からはそれが魔人族の生き方として当然であり、自分の考えが間違っているなど微塵も疑っていないのが窺えた。横に座るおババも同意するように、何度も頷いて聞き入る。


「な、な、なにを開き直っておるかっ! 王様がわざわざ人族を連れてきたのをなんだと思っておるのだ!!」


 激昂するルバノフをよそに、魔人族の血が混ざっている魔落族のマウノなどは「さすがは魔人族だな」と感心していた。


「うるさい。マウノ、進めろ」

「むっ。それでは王が皆殺しに――おっと。倒したマリンマ王国の軍から回収した魔導船と武具ですが、儂ら魔落族と堕苦族で使われている技術の大半は解析が終わっとります。

 まあ、儂らの知らん技術がそれなりに使われておりましたが、恐れるほどのものではないですな」

「マウノ殿、侮り過ぎですわぃ。

 マリンマ王国は人族の国の中では小国。他国にはまだまだ儂らの知らぬ技法や魔導技術があるはずですわぃ」

「魔導船はウチでも造れそうか?」

「「材料さえあればすぐにでも」」


 ユウの問いかけにマウノとビャルネが自信を以て答える。ただし、問題は二人が言うように材料であった。大型の魔導船を造るためには大量の木や鉄が必要である。残念ながらネームレス王国では木を切ることはヒスイが嫌がるため、鉄は鉱山がないため、気軽に造ることができなかった。


「鉱山の方は探してるんだけどな」

「王よ。本当にこの島には鉱山があるので?」

「ある。正確には鉱物系の迷宮がな。元々、この島にあったザンタリン魔導王国はBランク迷宮『不思議な宝箱』って呼ばれる鉱物系の迷宮があったから栄えた場所だからな。その迷宮のおかげでミスリルやオリハルコンの原石を安定して入手することができたそうだ」

「ミ、ミスリルにオリハルコンの原石がっ! それならば、王のアンデッドやゴーレムをもっと増やして捜索していただきたいのだが」

「それはできない」

「むぅ……。理由をお聞きしても?」

「なんでもかんでも俺に頼るな。

 今後アンデッドやゴーレムは徐々に減らしていくし、その分の警護はお前らでやるんだ」


 ユウの正論にマウノがそれ以上踏み込んで聞くことはなかったが、ラスはユウを見つめながらなにやら考え込んでいた。


「確かに儂らは王に頼りすぎていましたな。

 それでは次に各種族の出産状況ですが、王の建てられた病院というのでしたかな? あれのおかげで劇的に死産が減っております。なにしろ精霊たちは赤児が好きなようで、こちらが願わなくても勝手に集まって出産を手伝ってくれるのですからな」

「オドノ様、おかげさまでカムリもマチュピとの間に赤児を授かりましたでなぁ。ひゃっひゃ、このババも生きてるうちに玄孫を抱くことができそうですじゃ」


 自分とカムリのことを言われてマチュピは気恥ずかしいのか、居心地が悪そうに身体をそわそわさせる。


「獣人族も負けてはいませんぞ。獣人は子沢山! このままいけばネームレス王国の大半は獣人族になりそうですな」

「ルバノフうるさい。いちいち大きな声を出すな。

 生まれたところはかわら版で報告しろよ」


 ユウに叱られたルバノフの耳がペタンと後ろに倒れる。

 生産では魔落、堕苦族に遠く及ばず。戦闘力では魔人族に遅れをとる獣人族。それゆえに少しでも良いところをアピールしようとルバノフも焦っているのである。


「すでに広場にて告知してますわぃ」

「それなら出産祝いになにが欲しいか聞いといてくれ」

「それなら物でしょうな」

「ん? 金でもいいんだぞ」


 マチュピを除く三人の長は互いに顔を見合わせるが。


「物だな」

「物ですわぃ」

「物でしょうな」


 そもそもネームレス王国では金を貰おうにも使う場所が限られている。

 店といえば、フラングが運営する酒場か魔落族の工房に堕苦族の装飾屋くらいのものだ。


「物か……。肉か酒でいいのか?」

「いや、それが揉めておるようで」


 マウノが言い難そうにユウの顔を窺う。ユウが続きを言うように促すと、髭を撫でながらマウノが喋りだす。


「男は肉もしくは酒がいいと言っておるんですが、女のほうがそれよりもあの、その、王が、なあ、ルバノフ殿?」

「マウノ殿、儂に振るでない」

「ハッキリ言えよ」

「王様、女たちはあいすくりーむでしたかな。それが食べたいようですわぃ。なんでも子供たちが旨い旨いとそこら中で言いふらしてたようですわぃ。それを聞いた女たちが一度でいいから食べてみたいと、それが原因で夫と揉めているようですわぃ」

「ならアイスクリームの詰め合わせだな」

「お、王よっ!? そ、それでは男たちの要望は?」

「そうじゃっ! このような場合、男が優先されるのが獣人族では――」


 マウノやルバノフが驚くのも無理はない。特殊な種族でない限り、男尊女卑が当たり前の世界である。女よりも男の主張が通るのが常識なのに、ユウは女の要望を優先したのだ。ビャルネとマチュピは特に異論はないのか黙ったままで、ラスはどこか嬉しそうな感じであった。


「頑張って赤ん坊を産んだのは女だろうが。男がなにか頑張ったのか?」

「そ……それは……しかし、魔落族では、む、むむぅ……」

「獣人族では男が優先……なのですがぁ……うが……どうしたものか」


 ユウの背後で立っているメイドたちは心の中で拍手喝采である。表情にこそ出さないものの、自らの主であるユウの考えがどれほど素晴らしいことかを今すぐネームレス王国中の女性に伝えたいくらいであった。


「まだ出産したばかりだからな。様態が安定した女からアイスクリームの詰め合わせを、いやアイスクリームだけじゃ寂しいな。デザートの詰め合わせを送るから、女たちには各長から伝えてくれ」


 いまだ納得がいかない様子のマウノとルバノフであるが、ユウが一旦決めたことを覆すことはほぼないので、渋々受け入れる。


「では次は脱国希望者ですが、こちらがリストになります」


 ユウはマウノから受け取ったリストに目を通していく。やはりと言うべきか、一番人数が多いのは獣人族であった。ネームレス王国を出ていきたい理由は様々である。人族であるユウを王と掲げて暮らしたくないと言ったものから、離れ離れになった家族を探しにいきたい者、知人を頼ってレーム大陸に戻りたい者などである。

 リストをさらに目で追っていくと、堕苦族の名前が出てくる。今まで堕苦族から脱国希望者が出たことはなかったのだが、その中にビャルネの息子の名前が記載されていた。


「ビャルネの息子は国を出たいのか?」

「はい、そうですじゃ」

「これは驚きましたな。とうとう堕苦族からも脱国希望者が、それも長であるビャルネ殿の息子とは、いやはやどうしたのでしょうな」


 ユウとビャルネの会話に割って入ったのはルバノフである。その顔は嬉しさを隠しきれていなかった。それもそのはず、今まで脱国者といえば獣人族が大半を締めており、残りは魔落族の者であった。そこに堕苦族が加わったのである。ルバノフの立場を考えれば、思わず喜んでしまっても仕方がないといえよう。


「ルバノフ、うるさいって言っただろうが」

「はっ。これは失礼」

「王様、確認したいことがありますわぃ」

「なんだ?」

「脱国者ですが国に入ることは当然できませんが、国を覆う結界の外。そうですなぁ、港には立ち入ることはよろしかったはずですのぅ?」

「ばかなっ! そのようなこと許されるはずが――」

「いいよ」

「なっ!? お、王様、それは――」

「結界の外ならいいよ。ただし、中には入れないからな」

「わかっておりますわぃ。

 儂ら堕苦族は王様に感謝しておりますわぃ。それはもぉ言葉に言い表すことができんくらいにですじゃ。今回、堕苦族から脱国者が出ておりますがぁ、この者たちは決して王様を、国を嫌になって出ていくわけではありませんですじゃ。

 儂らは誰より・・・も王様に感謝していますでな。一族皆、命をかけてこのご恩をお返ししていきますわぃ」


 誰よりもという部分にマチュピやおババが反応するが、マウノとルバノフはビャルネが言い訳しているようにしか思えなかった。


「ビャルネ、お前はいちいち重い。別にそんな感謝する必要はない。

 マウノ、もう終わりでいいか?」

「王よ。最後に一つ――。建軍を認めていただきたい」


 リストを纏めていたユウの手が止まる。長たちの顔を見ると、全員がユウを注視していた。


「なに言ってんだ。そんな必要はない。少し力をつけたからって調子に乗るなよ。

 なあ、ラスもそう思うだろ?」

「マスター、私は認めてもよろしいかと」


 ユウの目が見開く。今までのラスであれば間違いなくユウの言葉に賛同し、マウノたちの建軍に反対していたからである。

 獣人族を嫌い、他の種族の者達を見下していたラスが、どのような心境の変化があったのかマウノたち側に立ったのである。


「ラス、お前――」

「王、ラス殿を責めないでくだされ。儂らが建軍の許可をいただく際に、協力を願ったゆえのことだ。

 じゃが、王がなぜ建軍に反対するのかが儂にはわからん。敵が多いとおっしゃったのは王自身ではないか」

「獣人族はいつでも王様のために戦えますぞ」

「余計なお世話だ。俺の敵は――」

「そもそも、なぜ王にこうも敵が多いのかすら儂らには一切知らされておらん。いい加減、その辺りを教えてくださってもいいのでは?」

「マウノ殿、言葉が過ぎるぞ」

「おお、これは失礼。しかし、これは儂のみならず皆が思っておることだ。

 どのような理由で五大国を始めとする数十もの国に王が狙われているのか。そろそろ教えてほしいというのが、皆の本音であろう? なあ、ビャルネ殿もマチュピ殿もそう思わんか?」

「儂ら堕苦族は王様の敵を排除するのみですわぃ」

「笑止。オドノ様の敵を倒すのに理由など知る必要などない」


 室内をあっという間に重苦しい空気が覆っていく。今までユウに対して、これほど意見を申すことがなかったマウノたちの顔には、汗が次々に浮かんでいく。


「俺に敵が多い理由? 俺が悪者じゃないと困る奴らがいるからだよ。そのために俺は――」


 骨が軋む音が室内に響いた。マチュピが音の発生源へ目を向けると、ラスが手を握り締めていた。


「敵が多いのは俺が嫌われているからだよ。

 大体軍なんて作らなくても、この島は結界や俺とラスのアンデッドたちが護っている」

「先ほど、王はなんでもかんでも自分に頼るなとおっしゃったではないですか。

 それに一部の者たち、なんでしたかな。名称はないようですが、お揃いの装備で身を固めた集団がすでにいるではないですか。あの者たちは少数とはいえ、軍のようなものでは?」

「あいつらは人族への恨みが深すぎるからだ」

「人族の恨みならば、儂らだって同じ」

「マウノ、お前は全てを捨てられるか? 例えばそこで覗いているガキ共」


 マウノが扉を見れば、隙間から覗いている子供たちが見えた。「こらっ!」とマウノが叱ると、子供たちは「見つかった!」「わーっ」などと叫びながら慌てて逃げ去っていく。


「どうだ? お前が可愛がっている孫のマダや、妻や息子に娘。全部捨てられるか?」

「それは……」

「お前が言った連中は、大切な者を全て失ったり、捨てたりしたんだ。人族に復讐するためにな。

 まあいい。軍の件はもう少し考えさせてくれ」


 ユウはそう言うと部屋をあとにする。すぐあとを五人のメイドが追いかけていった。

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