第202話 冒険者を続ける理由

「おらああああぁっ!!」


 狼人の男が叫び声とともに左正拳突きを放つ。拳が起こす螺旋の回転が空気を巻き込みながらユウの顔へと迫るが、ユウが右手で上に軽く弾くと、いとも容易く拳の軌道がそれていく。


「まだまだーっ!」


 次に狼人の男が放ったのは、先ほどと同じ正拳突きであった。左と右拳の違いはあるものの、これでは結果は火を見るより明らかである。

 ユウは同じように左手で弾こうとするが、その手が止まる。なぜなら狼人の男の拳から肘の辺りまでが、雷で覆われていたからである。


「もらったぁっ!」

「なわけないだろ」


 ユウの言葉と同時に、狼人の男が右腕に纏う雷とは比べ物にならないほどの雷光が、ユウの左腕に纏わり収束していく。


「ほら、どうすんだ?」

「うぇっ!? え、えっと次は、次は、どうすんだ?」


 同じ『魔拳』で雷を纏ったユウは、難なく狼人の右拳を掴まえていた。


「オドノ様、お覚悟っ!」


 頭上より聞こえる声、見上げればそこには槍を手に急降下してくる魔人族の男の姿があった。

 魔人族の男は槍の穂先の狙いを定めると、槍技『螺旋・剛』を発動させる。


「ぐえっ」


 鳩尾に蹴りを叩き込まれた狼人の男が地面と平行に吹き飛んでいく。蹴りを放ち片足で立っている今の体勢では、満足に躱すことはできまいと魔人族の男は思ったのだが。


「なっ!?」

「不意打ちするのに声をかける奴があるか」


 槍から焦げ臭い匂いが漂う。臭いの発生源は、槍を握り締めたユウの右手からである。


「驚いてる暇があるならさっさと反撃しろよ」


 魔人族の男もただ黙って見ていたわけではない。必死に槍を捻り、押し通そうとしていたのだが、ビクともしないのだ。


「じゃないと――」


 ユウが魔人族の男とは逆方向に槍を捻る。槍の柄が捻れ、螺旋の力が槍から魔人族の男の手へ、さらには腕へと伝わっていくと、曲がってはいけない方向に腕が捻れ、骨が軋み、肉が裂け、血が噴き出す。


「ぬっ!? ぐうぅ……っ。ぐああぁっ!」


 押し返そうとする魔人族の男であったが、可動域の限界を超えた手首、肘、肩の関節が異音とともに外れると、槍を手放してしまう。


「ほら、痛がってる場合か。すぐに距離を取るなりしないと、とどめを刺されるぞ」

「これしきのことで!」


 片腕が使えなくなったにもかかわらず、魔人族の男の闘志は一向に衰えず。動く左手で腰に差しているショートソードを抜き放ち、ユウへと襲いかかる。

 ユウは少し残念に思う。引けばまだまだ立て直すことができる状況なのだが、魔人族は一旦戦闘が始まれば引くということを知らないのだ。闘争本能が強すぎるために、たとえ相手が自分を遥か上回る力量を持っていると認識していても戦い続ける。それゆえ過去の大戦では双方・・に多くの犠牲を出したのだが、今目の前にいる魔人族の男もそれは同様であった。

 今は無理に焦って修正する必要はないかと、ユウはとどめの蹴りを魔人族の男へ放つが――


「そう簡単にはとどめを刺させませんよ」


 激しい衝撃音が辺りに鳴り響いた。

 魔落族の少女が、自身の身長ほどもある黒曜鉄製のタワーシールドで、ユウの蹴りを受け止めた音である。


「やるじゃないか」

「えへへ」


 魔落族の少女は、バカ正直にユウの蹴りを受け止めたのではない。盾技『石壁』で全身の防御力を底上げし、タワーシールドの角度をつけて蹴りを受けることで衝撃の大部分を散らしていたのだ。


「でも、やるのはこれからですよ!」


 魔落族の少女はタワーシールドに身を隠し前傾姿勢になると、盾技『シールドチャージ』を発動させる。ユウは蹴りを放った体勢で、片足立ちである。普通に考えれば吹き飛ばせる。仮に吹き飛ばせなくても押し負けることはないと考えていた。それにユウの背後からは、好機とばかりに両の手に二本のショートソードを握る堕苦族の男や、アガフォン、フラビアが迫っていたのだ。


「む、むむ! むむむっ!! う、うそでしょ!?」


 盾技『シールドチャージ』まで使用しているにもかかわらず、片足で立っているユウを吹き飛ばすどころか、動かすことすらできないことに魔落族の少女が信じられないといった表情を浮かべる。

 驚きを隠せない魔落族の少女をよそに、ユウはタワーシールドに密着させた足から武技『寸勁』を発動させる。本来は拳や掌で放つ技なのだが、ユウはそれを足で放ったのだ。タワーシールド越しとはいえ、寸勁を喰らった魔落族の少女は呻き声すら上げずその場に膝から崩れ落ちる。


「そろそろ時間か」


 ユウが手にしていた槍を掲げると、そのまま回転させる。見る間に回転によって起こった風が渦となり、アガフォンたちをユウのもとへと引き寄せる。その吸引力は周囲で様子を窺っていた全ての者まで巻き込んだ。


「げえっ!? これって、槍技『駄囲遜ダイソン』か?」

「マチュピのクソ野郎とは比べ物にならない威力だぞ。さすがは王様だぜ!」

「か、感心してる場合じゃないにゃ! あ、ああ、もうダメにゃ~」


 剣や槍を大地に突き立てる者たちや草を掴んで耐えていた者など『駄囲遜ダイソン』によって巻き起こった風はお構いなしに引き剥がしていく。

 引き寄せられた先には当然ユウが待ち構えており、ユウは武技『昇竜脚』を放つ。天に向かって放たれた『昇竜脚』の衝撃が、アガフォンたちを蹴散らしていく。


「ぐはっ」

「いでぇ……」

「う、うち、空を飛んでるにゃん……けふっ」


 ユウは空を舞う者たちを見ながら服についた埃を払っていると、なにやら詠唱が聞こえてくる。


「重ね合せるは水の層――」


 どこからだとユウは目を凝らす。


「重なり合うは刃、鋭き水の刃となり――」


 詠唱の発生源はアガフォンであった。あまりの意外な人物にユウも少し驚くのだが、アガフォンとは声が違う。可愛らしい声がアガフォンの頭部から、正確には後頭部に張りついているモノから聞こえてくるのだ。夕暮れ時の空のような色をした髪の毛、手の平に収まる小さな身体に二枚の羽。詠唱をしていたモノの正体は、ハイピクシーのアカネであった。


「やっと隙を見せたわね。いきなさい! 『ウォーターブレード』!!」


 アカネの詠唱によって精霊魔法第2位階『ウォーターブレード』が発動する。第2位階の魔法とはいえ、現れた水の刃は十を超えた。


「おっ、アカネの方がよっぽどやるじゃないか」


 迫りくる水の刃を前に、ユウは呑気にアカネを褒めた。

 ユウは大きく息を吸い込むと『ブレス』を発動させる。圧縮された空気を魔力で覆いはき出す息吹によって、水の刃は脆くも散っていく。その際に水の刃を構成するお手伝いをしていた水の精霊が輝きながら空気中を漂う。水の精霊はそのままユウのもとまでくると、舞うように纏わりついた。


「ち、ちょっと! どういうことよ!! あんたたち、人族ユウが相手だからって手を抜いたわね!」


 アカネが水の精霊たちが手を抜いたと騒ぎ立てる。怒り心頭のようでユウのもとまで飛んで来ると、逃げる水の精霊を追いかけ回した。


「今日はここまで」


 訓練終了の合図である。

 怪我をしている者たちを後衛職の者たちが魔法で回復させていく。怪我人は白魔法や精霊魔法で治療する格好の練習台になるのだ。


 マゴやビクトルたちを送り届け島に戻ってきたユウを待っていたのは、アガフォンたちであった。目的はユウに稽古をつけてもらうことであり、また自身の成長を見せて褒めてもらいたいという思惑もあったのだが――結果は見てのとおりである。

 その後はいつもどおりの反省会という名の座談会である。


「王様、俺の『魔拳』どうでした?」


 狼人の男が尻尾を振りながらユウに問いかける。


「途中で雷を纏ったのは結構よかったぞ。タラン、雷以外はなにが纏えるんだ?」

「いえ、実はまだ雷しか魔法を使えないんですよね」


 この狼人の男――タランは1stジョブ『獣戦士』、2ndジョブ『魔法拳士』に就いている。2ndジョブに就く際に、転職の水晶には『獣戦士』の上位ジョブである『獣拳士』が表示されていたにもかかわらず、ユウが『魔拳』を使うというだけで『魔法拳士』を選んだバカである。


「こいつ、『獣拳士』になれたのにわざわざ『魔法拳士』を選んだバカなんすよ」

「アガフォンっ! 誰がバカだって!!」

「タランの話なんてどうでもいいにゃ。

 王様、ニーナさんたちはまだ迷宮にゃの?」

「ああ、ゴブリンクイーンやゴブリンエンペラーに手こずってるみたいだな」


 ユウの口から迷宮の話が出ると、アガフォンや冒険者に興味を持っている者たちが急にそわそわし始める。


「あの、その、王様に聞きたいことがあるんすけど」

「なんだよアガフォン。気持ち悪いな」

「そうにゃ。アガフォンは気持ち悪いにゃ」

「なんだとクソ猫がっ! あっ。聞きたいことってのは、王様がなんで冒険者を続けるのかなって」

「俺が冒険者なのがそんなにおかしいか?」

「だってナマリに聞いたんすけど、古龍を倒した際に古龍が貯め込んでた莫大な財宝を手に入れたんでしょ?」

「ああ、手に入れたよ。それこそ俺が百回生まれ変わって、遊んで暮らしても使い切れないくらいの財宝だな。知ってるか? 古龍マグラナルスはウードン王国が建国する前から生きてるような化け物なんだぞ。倒すのには苦労したなぁ……」


 アガフォンたちの目がキラキラと輝く。その様はまるで英雄譚や冒険譚に憧れる小さな子供たちのようである。


「じゃあ、なんで冒険者を続けるんっすか? だってもう働かなくたっていいじゃないっすか」

「俺は国創りで今でも誰より働いてると思うんだけどな」


 周囲の者たちがアガフォンを睨む。余計な一言でユウの話が終われば、このあとアガフォンは皆に罵声を浴びせられるだろう。隣りにいたフラビアなどは、アガフォンの尻を思いっきり抓り、頭に跨っていたアカネはアガフォンの耳に齧りついた。


「いでで、悪かった。お、王様、話の続きをお願いします」

「なんだよ。自分から振っておいて。

 なんで冒険者を続けるかって? 面白いからに決まってるだろうが。さっき名前の出た古龍マグラナルスがいた『悪魔の牢獄』なんかは、誰も攻略したことのない迷宮なんだぞ。そこを初めて攻略したのが俺やラスたちだ。探索したことのない迷宮に潜るときは、なにがあるのか考えるだけで楽しいし。知ってるか? 『ゴブリン大森林』は全十六層と言われてるんだが、ニーナたちが今いる階層は十九層だぞ」

「え、最下層は十六層なんじゃ?」

「アガフォン、黙ってて。人族の話が聞こえないでしょ」

「ぐっ。こんにゃろ、人の頭の上で偉そうに」


 アカネがアガフォンの頭をペシペシ叩く。アカネはピクシー種にしては珍しい個体であった。他のピクシーはあまり山城の中庭から下りてこないのだが、アカネは積極的に下りてきては、アガフォンたちとの訓練に参加する。ときにはモモを見つけては魔法や魔力の使い方を聞き、アガフォンを見つけては魔法の実験をする。そのせいか、アカネはピクシーからハイピクシーにランクアップするまでに至っていた。


「もっと下があったんだよ。見つけられてなかったのか、迷宮が成長したのか、それはわかんないけど誰も足を踏み入れてない階層がな。

 冒険者ならそんな階層見つけてみろ。興奮して三日間くらいはぶっ続けで探索するぞ。現にニーナたちも寝ずに探索してる」


 その後もユウはいかに冒険者という職業が危険で魅力的であるかを語る。その一言一言が、アガフォンを冒険に駆り立てるには十分で誘惑的であった。それはアガフォン以外の者も同様で、フラビアやアカネたちなども目を輝かせながらユウの話を聞き入っていた。


「ちょっと話し込み過ぎたな」


 アガフォンたちはまだまだ話を聞きたいといった様子である。


「俺はこのあと長たちと話し合いがあるから、昼飯はお前らで勝手に食っとけ」


 ユウたちの傍ではメイドたちが食事の準備をしていた。いつもならここでユウと一緒に昼食を取るとこなのだが、今日は残念ながらユウはこのあと長たちとの会合が待っているのだ。

 魔落族の集落に向かって歩いていくユウを見送りながら、タランが呟く。


「長たちとの話し合いって、あの件・・・だろ? 王様、許可出してくれるかな?」

「どうかな。オドノ様に認めていただければ、これほど喜ばしいことはないのだがな」

「くっだらねえ。俺は決めたぞ」


 タランと魔人族の男の会話を聞きながら、アガフォンは固く決意する。

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