第201話 食事会
浜辺で人族の護衛に襲われそうになった子供たちを、間一髪で助けたフラングであったが。その様子を森の中から監視している者たちがいた。
「ちっ、あのペテン師野郎。ガキ共を助けやがったぜ。見捨てたら、その場でぶっ殺してやったのによ」
黒豹の獣人の男が忌々しげに呟いた。
男の周囲には獣人族のみならず、堕苦、魔落、魔人族の姿もあった。皆、同じ装束を纏っており、まるで周囲の木々に溶け込むような色合いである。
この装束は植物系の迷宮に生息している三つ目
「どっちにしろ子供たちが無事で良かった」
「なに言ってやがる。向こうの森には獣人族が、上には魔人族、あそこには姿は見えねえが匂いから堕苦族の連中がいやがる。どうせ魔落族の連中もどっかに身を潜めているんだろうが。あのペテン師や俺たちが動かなくてもガキ共は無事だったはずだぜ。
それにしても王様はどうしちまったんだろうな。この前も人族の爺を連れてくるし、日和ってきたんじゃねえの?」
「爺じゃない。先生と呼べ」
苛立ちを隠せない。いや、隠そうともしない獣人の男を堕苦族の男が諌めるが、それでも獣人の男は不満気な顔をしていた。
「なんだお前っ。王様のやることに文句でもあんのか!」
この同じ装束を纏った集団の中で、ただ一人黒曜鉄の鎧を着込んだアガフォンが獣人の男に迫った。
「アガフォン、口のきき方には気をつけろよ? 俺がいくつお前より年上だと思ってんだ」
「関係あるかっ! 王様の悪口を言う奴は俺が許さねえっ!!」
「調子に乗んなよ。大体なんでお前がここにいんだよ。俺たちは王様の許可もらって動いてんだ。関係のねえ奴が口出しすんじゃねえよ」
アガフォンと獣人の男が睨み合う。互いに武器の柄に手をかけ、あわや一触即発の状態になるのだが。
「アガフォンの言うとおりだ。王のやることに文句がある奴は、俺が許さねえ」
二人の争いを止めたのは、ただ一人頭巾で頭から首元まで覆われた男であった。頭巾の上部には二つの膨らみがあることから、男がおそらく獣人族であることが窺えた。
「なんだよ。あんたはアガフォンの味方かよ」
「そんなことはどうでもいい。王のやることに文句があるのかって聞いてんだ」
しばし沈黙していた獣人の男であったが、やがて口を開く。
「……よ」
「あ?」
「王様のやることに文句はねえよって言ったんだ」
「ならいい。王のおかげで今の俺たちがあることを忘れるな。
ん? アガフォン、どこに行くんだ?」
「王様のところに決まってんだろ。きっと人族の商人たちは泊まっていくことになるだろうから、ディッシュツリーに行くはずだ」
アガフォンはそう言うと、木々を掻き分け去っていった。残された者たちは、自由奔放なアガフォンの振る舞いに感心するやら呆れるやらである。
「あんの野郎……若造のクセに好き勝手しやがって、一回しめとくか」
黒豹の獣人の男は先ほどのアガフォンの態度にまだ納得がいかないようで、怒りが治まらずにいた。
「クハハ。確かにアガフォンは生意気な小僧だが、王を思う気持ちは本物だぞ。さあ、俺たちもディッシュツリーを見張れる場所に移動するぞ」
頭巾の男が呼びかけると、集団は音もなく森の中へと姿を消していった。
「これはまた見事なディッシュツリーですな」
目の前にそびえ立つ、高さ二十メートル、幅は五十メートルはあろうかという大木を見上げながらビクトルが呟く。
ディッシュツリーとはその名のとおり枝が皿状にいくつも広がっている樹で、この樹の枝は信じられないほど頑丈で、それこそ一つの枝に人が数十人乗ろうがビクともしないほどである。森に住む種族の中には、ディッシュツリーに住居を構えて村を形成しているところもあるほどだ。
「わかってると思うけど、この木は生きてるからむやみに傷をつけたりするなよ」
「わははっ。このビクトルが、サトウ様にご迷惑をかけるようなことをするとでも?」
「ユウ様、今日はこちらで?」
いつものごとく馴れ馴れしいビクトルを無視するユウにマゴが話しかける。
「ああ、この時間からポーヴルに戻るとなると夜になる。さすがに夜の海を航海するのは危ないからな」
「ホッホ、なるほど」
ユウに無視されてもなんのそのなビクトルであったが、ディッシュツリーに見惚れている者たちの中に、ある商人の護衛がいないことに気づいた。
「おや、おやおや~? ボリバル殿、護衛の姿が見えないようですが?」
「ええ、そのようですね」
わずか、ほんのわずかではあるが、ビクトルの表情が強張ったのに気づいた者が果たしてこの中に何人いただろうか。
「まさか私に恥をかかせる気ではないでしょうね?」
「どうなさいました? 普段のあなたらしくもない」
このボリバルという商人は、ビクトルが連れてきた商人の一人である。自身が連れてきた商人の護衛がいないことを気づいていながら悪びれもせず、さも当然であるかのような態度を取っているのだ。これではビクトルの顔に泥を塗るようなものと受け取られても仕方がないであろう。
「ほう……。私らしくないとは?」
「あなたとはときには商売敵として、ときには手を取り合い随分儲けさせていただきましたが、少しサトウ様に執着し過ぎでは? 私が連れてきた護衛たちは――違いますね。
ボリバルの言葉に周囲がざわついた。特にルバノフ、ビャルネ、マウノの各長たちや、長を護衛するためにつき添っていた者たちからは殺気が放たれていた。
「ほら、ご覧なさい」
「なにがですかな?」
いつもと変わらぬ胡散臭い笑みを浮かべながらも、ビクトルの全身から放たれる圧力はまるで一流の戦士のようであった。
「いつものあなたなら、ここで私を褒め称えこそすれ非難などしなかったはずですよ? そもそもウードン王国で商いに関わる者であれば、財務大臣に逆らうことは商人として死と同義であると誰もが知っています。現にそこにいるマゴ殿も、一時は経営の危機にありました。
私は財務大臣の機嫌を害さず、サトウ様には財務大臣がこの国のことを知っているかもしれないという情報をもたらしたのですよ。おそらくですが、いなくなった護衛たちはすでにサトウ様の方で処理されているのでは?」
ビクトルとマゴは揃ってユウの顔を窺う。そこには何事もなかったかのように平然としているユウの姿があった。
「お前、最初にぼったくってた商人だな。あれはワザとか?」
「ボリバルと申します。少しは印象に残っていたようで安心しました」
「これだから商人は信用できない。もう日も暮れる。くだらない言い争いはここまでにして食事にしよう」
次々と商人たちがディッシュツリーの中へ入っていき皿状の枝の一つに案内されると、出迎えたのはお揃いのメイド服姿のネームレス王国の少女たちであった。
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
少女たちは、商人の上着や荷物を預かり、席へと案内していく。下賤な亜人の少女と思っていた一部の商人は、その丁寧な対応に驚きを隠せずにいた。
この少女たちの礼儀作法ができているのも当然で、貴族や商人を相手に詐欺を働いていたフラングから礼儀作法を叩き込まれていたのだ。
さらには辺鄙な島国の料理にさほど期待していなかった商人たちであったのだが、でてきたコース料理にも驚かされる。前菜、サラダ、スープなど次々と運ばれてくる料理は、どれも一流の店に引けを取らない味であった。
「サトウ様が自ら料理をされるのにも驚きましたが、その味にはもっと驚きました」
商人の一人が食事を絶賛しつつ、ワインを口に含む。
「酒はそこにいるフラングが選んだモノだけどな」
いつの間にやら戻ってきたフラングは、隅の方で少女たちの働き具合を見ていた。
「私も驚きました。これはカマーの名店ル・ラランジュのフルコースと遜色のない料理ですな」
「なんだ知ってたのか。そうだ。このフルコースはマゴと商談するときに利用しているル・ラランジュのフルコースを参考にした物だ」
「先ほどの肉料理の肉はウードン魔牛ですな? まさかこのような場所でウードン魔牛の肉を食せるとは――ん、なにか私はおかしなことでも言いましたかな?」
商人の視線の先には、長たちを護衛する者の中にしれっと混ざっていたアガフォンがいた。
「アガフォン、お前も長たちの護衛か?」
「うっす。王様の護衛です」
「違うにゃっ! こいつ今日は港の当番じゃないのに勝手にきたにゃ!」
「ばっ!? フラビア、余計なこと言うなよ! 俺はちゃんと自分の仕事を終わらせてきてんだからな!」
メイドの一人、フラビアがすかさずユウに告げ口するが、その言葉遣いやメイドしてあるまじき態度にフラングが睨むと慌てて口を噤んだ。
「まあいいが、今日は客がいるんだから大人しくしてろよ」
「サトウ様、お待ちください。先ほどそちらの青年は、私の言葉に対して笑みを浮かべました。その理由をお聞きしたい」
「あんたがウードン魔牛の肉だって言ったからだよ」
「それがなにか? この肉は紛れもなくウードン魔牛、それもこの肉のきめ細かさ、唇で噛み切れるほどの柔らかさから雌牛で間違いないはずです」
「違うよ。その肉はウードン魔牛と普通の牛をかけ合わせたモノだよ」
「バ、バカなっ!? 『悪魔の牢獄』からウードン魔牛を生きたまま連れ帰ったと言うのですか!?」
ウードン魔牛が生息するのは、王都にあるAランク迷宮の『悪魔の牢獄』である。ウードン王国に数ある迷宮の中でも屈指の難易度を誇るこの迷宮には、高ランクの魔物がそこかしこにはびこっている。そもそもウードン魔牛自体が凶暴な魔物で、倒すのはともかく生きたまま迷宮外に連れ出すなど至難の業であるのだ。
「へへ、うちの王様はすげえだろ? それに与えている餌も違うんだよなー」
「是非、教えてください! 餌はなにか特別な牧草、それとも藁に混ぜモノでも? それよりもどのように気性の荒いウードン魔牛を生きたまま連れ帰ったのですか? 普通の牛と交配させる際に気をつけていることは?」
亜人にバカにされたと内心腹を立てていた商人は、今はそんなことどうでもいいとばかりにアガフォンにつめよる。なにしろ『悪魔の牢獄』でしか入手することのできないウードン魔牛を家畜として飼育できるかもしれないのだ。貴族の中には自称美食家を名乗る者が山ほどいる。そして美味いものを手に入れるためなら金に糸目をつけない者ばかりなのだ。
「餌はな。ア――いってぇ……。長、なんで殴るんだよ」
「なんでではない! お前はどうしてそうペラペラ国の、王様の秘密を喋るんじゃ!!」
「バカだからにゃ」
アガフォンは殴られた頭を擦りながら恨めしそうな顔でルバノフを見るが、耳を掴まれるとそのまま引っ張られて別の部屋へと連れて行かれる。アガフォンから情報を引き出そうとした商人は、残念そうに連れ出されるアガフォンの後ろ姿を目で追い、そのあとユウへ視線を向けるのだが。
「教えないぞ。こっちだって金と時間をかけて育ててるんだからな」
「残念です。対価を支払うので教えていただくことは?」
「百はもらわないと割に合わないな」
「百……百億マドカですか!?」
「驚くほどの金額じゃないだろ。それくらいの価値はあると思うぞ。そうだな。なにも教えないのも可哀想だから少しだけ教えると、俺の国では今回出した牛以外にも複数の牛をかけ合わせて育ててる。牛以外にも豚、鳥、羊に山羊、作物もだな」
「なんと……!? それらを見せていただくことは可能ですか?」
「うちと取引してれば嫌でも見ることになるさ」
「さすがはサトウ様ですな! で、私にだけはあとでこっそり教えていただけるのでしょう?」
「むしろお前には教えたくないな」
「また~。そんなつれないことを言う」
少し騒動があったものの食事会は無事に終わり、今はユウを交えて商人たちは歓談という名の情報収集をしていた。
「今回の商いは儲けさせていただきましたよ」
「ですな。しかし、こちらの用意した品々のほとんどを購入されたのには驚きました」
「俺の国では税を取ってないからな。金が余ってるんだろ」
「税を取っていないのですか。それでは国として成り立たないのでは?」
「まだ国ができて間もないからな。それより儲かったと言ってるけど、本当はこんな辺鄙なとこまできた割にはそこまで儲かってないだろ?」
商人たちは互いに顔を見合わせ苦笑する。利益はでたのだが、お目当てのポーションを入手することはできなかったので、当たらずといえども遠からずであった。
「ところでモーベルって国、知ってるか?」
商人たちは一様に頷いた。
「モーベルの第三王子――じゃないな。王と俺は知り合いなんだけど、あそこの国は知っていると思うがロプギヌスとの戦争で負けて現在復興中なんだ。そこで相談なんだが、モーベルと取引する気はないか?」
ユウの問いかけに対する商人たちの反応は芳しくなかった。
ここにいる商人であれば、モーベル王国がロプギヌスとの戦争に負けて賠償金や戦費で国庫がすっからかんなのは知っていて当然の情報であった。
「関税の心配ならいらないぞ? この島で取引する。それに金の心配もな」
ウードン王国からモーベル王国までにはいくつもの関所があるのだが、商人には品々に関税がかけられる。その心配をしているのだとユウは察して、島で取引できると伝えたのだが、それでも商人たちの反応は薄かった。
「心配するなとおっしゃいますが、敗戦国であるモーベルに我々から品を買う金があるとはとても思えません。こういった場合、証文などでやり取りし支払いは後払い。つまり金がない間は一銭も支払わないということが多々あるのです」
「金なら俺が貸している」
「しかし……」
ユウが金を貸していると伝えても、まだ商人は信用できずにいた。
「マゴ、ビクトル。出せ」
「「よろしいので?」」
「現金を見せれば納得するだろ」
マゴとビクトルはアイテムポーチから箱をいくつも取り出して並べていく。そして箱の一つを開けると、そこには白金貨がぎっしりと詰めて並べられていた。少なく見積もって数千枚はあろうかという枚数である。
「お、おお……これは?」
「ま……まさかこの箱全てにっ!?」
「ここにあるのは俺の金の
この金は古龍マグラナルスを倒して手に入れた財宝の一部を、マゴとビクトルの店で捌いた物である。売却益の一部を報酬として支払っているものの、莫大な量の宝石類を捌ける商人に伝手のないユウからすれば、時間も割かれることがないので助かっていた。
「どうだ? やる気がでてきただろ?」
聞かれるまでもなかった。現金払いであるのなら、物資の不足している国がどれほど旨味のある上客であることか。商人たちは思わず出る笑みが抑えきれずにいた。
「サトウ様、お任せください! それでいつから取引をしていただけるので?」
「穀物ならば私にお任せを!」
「いやいや! 私にこそ任せてくだされ!」
「衣料品のことならば私の商会が力になれるかと」
商人たちの加熱するアピール合戦を尻目に、ボリバルがユウのもとまで近づいていく。
「サトウ様、私にネームレス王国の財務を任せていただければ、三十年以内に五大国に匹敵する国を創り上げる自信がありますよ。一度、考えてみてはもらえないでしょうか?」
とんでもない発言であった。お抱えの商人ではなく一国の財務を任せろと言いのけたのだ。ボリバルの顔には自信が満ち溢れていた。虚言ではなく、本当に五大国に匹敵する国を三十年以内に成し遂げる自信があるのだ。
「
ボリバルは思わずビクトルを見るが。
「違う。ビクトルはそんなくだらないことを言わない。言ったのはマゴだ。ただし三十年じゃなく、二十年以内だったけどな」
マゴはそのときのことを思い出したのか、笑って誤魔化した。
「いやはや。サトウ様、そんなに褒められると恥ずかしいですな」
「褒めてないぞ」
ビクトルはボリバルの横を通り抜ける際に呟く。
「ボリバル殿も存外つまらない男なのですな」
ボリバルが苦々しげにビクトルを見つめるが、そんなことお構いなしにビクトルはユウに纏わりついた。
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