第200話 商人たちとの交渉 後編

「これこそはチーキン山脈にのみ生息すると言われている雷雲鳥の風切り羽! この羽を持つだけで雷耐性を得ることができるのですが、あなた方ほどの技量を以てすれば武具に装飾にと、どれほどのスキルを付与できるか! この風切り羽、王族や貴族が相手であれば最低金貨百枚はくだらぬ値段で取引しているのですが、ネームレス王国の皆様になら今後のつき合いを考えて特別に金貨九十枚! いや、金貨八十枚でどうですか? これは独自のルートを持つ私だからこそ提示できる金額ですぞ!」

「この銀細工の精巧さを見てください。これらがどれほど素晴らしいかは、あなた方ならおわかりになるでしょう? こちらに並べたる銀食器は、年に百セットしか作らないボンカ・リー工房の物でございます。貴族――いやいや。王族でも手に入れようとすれば、どれほど待たされることか」

「こちらのアプリの実、ただのアプリの実ではございません。セット共和国の北東にある『フィルシーの大樹海』より持ち帰った品です。ご覧ください! このアプリの実の輝きを!! このアプリの実は光の当てかたによって様々な色に輝くことから、別名ジュエルの果実と呼ばれる品です。それゆえに、手に入れるのは生半可なことではありません。ジュエルの実がなる樹を護るように、ランク6の魔物であるサアムルバラーテルの群れが常時巡回しているからです」

「魔導書、それも未使用の物です。第1位階や第2位階の下位の魔導書ではございません。全て第3位階の魔導書になります。一冊金貨二百枚でいかが?」

「ふははっ。他の方々の品々も素晴らしいですが、私の用意した品も負けてはいませんよ。

 この弓はセット共和国の迷宮『シーリン湖』に生息する大ナマズの髭を弦に、弓の本体は樹の精霊が宿ると言われているテンシン・ハーンの樹の枝より作り出しています。並の者では弦を満足に引くことすらできませんが、身体能力に秀でた獣人族であれば、使いこなせる方もいるのでは?」


 決して狭くはない石造りの建物の中は、商人たちの発する熱気で充満していた。先ほどまでの様子見や足下をみた品々ではない。それぞれが少しでも自分の評価を上げようと、とっておきの品々を惜しみなく提示する。


「ハッハ。サトウ様、ご覧ください。皆が少しでもネームレス王国の、サトウ様からの評価を上げようと秘蔵の品を出しておりますな」


 ビクトルは自分の連れてきた商人たちがやっと本腰を入れだしたのを見ると、満足そうに髭を撫でる。


「ところでナマリちゃんたちの姿が見えないようですが?」

「取引の邪魔だから『ゴブリン大森林』に行かせてる。それに腹黒のお前らは、あいつらの教育に悪いからな」

「マゴ殿、言われていますぞ」

「ホッホ、私はビクトル殿のことを言っていると思いましたよ」


 マゴはビクトルの扱いに慣れてきたのか、絡んできたビクトルを上手く躱す。自分から絡んでおいて、ビクトルは「ひどいですぞ!」と大袈裟に騒ぐ。その滑稽な姿に、マゴは今までやり込められていた溜飲を下げる。しかし、それこそがビクトルの術中なのだが、今はまだマゴが気づくことはなかった。


「それにしても『ゴブリン大森林』ですか、確かセット共和国内にあるBランク迷宮でしたな。あそこの迷宮は名が示すとおり生息する魔物の大半がゴブリンで、Bランクという高難度の迷宮にもかかわらず、これといった旨味のない場所のはず。なるほど、なるほど。ニーナちゃんたちの育成が主な目的で、ナマリちゃんは護衛・・と言ったところですかな?」

「全然違うな。今のニーナたちならBランクの迷宮でも無理しなければ――」


 ビクトルと話しつつも、ユウの視線はビャルネと商談している一人の商人の手を見つめていた。いや、正確には手の平に乗っている植物の種子に釘づけになっていた。


「植物の種ですかのぅ?」

「ええ。とある民族が育てている稲と呼ばれる植物の種子です。少々変わった方たちなんですが、私は伝手があって取引させていただいています。

 このままでも食べることはできるんですが、木の棒などで――」

「米か?」


 会話に割って入ったユウにビャルネは驚いた。今回の取引では口出ししないと、予めビャルネたちも聞かされていたからだ。


「よくご存知で」

「醤油や味噌もあるのか?」


 ユウの口からでた醤油、味噌という言葉に、周囲の商人たちはなにを指すのかわからずにいたのだが、ただ一人、米を持ってきた商人が驚きの表情を浮かべる。


「あ、あります。もしや、サトウ様は……」

「言っとくが、俺はお前と取引している民族とはなんの関わりもないぞ。それより、お前の持ってきた商品は俺が個人的に全部買い取る」

「ぜ、全部っ!?」

「ああ。お前の言い値でいいぞ」


 今までユウの気を引こうと秘蔵の品々を声高々に説明していた商人たちが、ユウと取引する商人へ羨望の視線を送った。

 若干興奮気味のユウの姿に、マゴとビクトルは「ほう」と驚いた様子を見せる。皆の視線がユウへと集まるなか、そのときを待っていたかのようにある商人の護衛たちが、建物の外へと抜け出していった。




「あ~あ。ナマリちゃんもニーナおねえちゃんもいないから、つまんないのー」


 ネームレス王国の港から少し離れた浜辺でインピカがぼやく。ここ最近のニーナたちは迷宮探索で忙しく。同行しているナマリも自然とインピカと遊ぶ時間が減っていたのだ。


「私なんて、レナおねえちゃんのほうきにのせてもらう約束してたのに、ずーっといないんだもん」

「マリファおねえちゃんも、おねえちゃんたちのあいてでいそがしそうだし」

「ナマリちゃんと遊びたいなぁ……」

「おれは王さまのつくったごはんとかおかしがたべたい!」

「「「たべたーいっ!!」」」


 ぼやくインピカに同意するかのように、子供たちが次々に不満を漏らす。


「でもでも、今日は王さまがみなとにいるんでしょ。ね、ムルルちゃん?」

「うん。きのうピリカちゃんとあそんでたら、ピリカちゃんのおじいちゃんがみなとで王さまと、人族をあいてにと、とりひき? するっていってたよ」

「よし! 早く行こうぜ」


 この場にいる子供たちの中で最年長である獣人のヘンデが先を促すと、ヘンデの妹レテルやムルルがお互いに見合って頷き、手を繋いで駆け出すが――


「レテル、待てっ!」


 突然の兄ヘンデの叫び声にレテルは慌てて止まる。手を繋いでいたムルルも驚いて後ろを振り返ると、そこには毛を逆立てたヘンデとインピカの姿があった。そして二人の後ろには、魔落や堕苦族のまだ幼い子供たちが怯えるようにしがみついていた。


「がるるう~!」


 まだまだ幼さが残る唸り声ではあるが、インピカは獣人に相応しい威嚇の唸り声を上げる。

 レテルは、ヘンデとインピカが自分たちではなくもっと遠くに視線を向けて威嚇していることに気づく。二人の視線をレテルが追った先には人族の――それも武装した男たちの姿が見えた。

 レテルたちは風上にいたために、人族の匂いに気づかなかったのだ。

 ヘンデが戻ってこいと叫ぶと、レテルはムルルの手を引いてヘンデたちのもとへ急いで戻る。


「なんだお前らっ! 俺の友達に手を出したらゆるさないぞっ!!」


 ヘンデが妹や子供たちを守るように、目一杯手を広げて咆える。インピカは獣のように、四肢を地面につけて今にも飛びかかりそうな姿勢である。

 この人族の男たちは、先ほど建物より姿を消した護衛たちである。


「十、十一、十二……十六匹か。こんだけいりゃ十分だろ?」

「十分って言っても、ガキばっかりじゃねえか」

「仕方ねえだろうが。お前だって見ただろう? あの亜人共の裝備を、俺らよりずっと上等な裝備だ。それに裝備だけじゃねえ。まともにやれば、こっちが殺られる」

「そのとおりだ。大人を、それもできるだけ地位の高い奴を拐えって言われているが、死んだら元も子もない。このガキ共を拐うだけでも十分な報酬を貰えるはずだ」

「どのガキを拐う? 残りはバラして海に巻けば勝手に魚が処理してくれるだろ」

「数は多いが、眠り草の粉末を嗅がせて樽に詰め込めばいけるだろ」


 護衛の男たちはヘンデの問いかけには答えずに、好き勝手なことを言っていた。その間もヘンデやインピカが男たちを威嚇するが、人族の武装をした大人たちの姿に震える身体を抑えきれずにいた。

 子供たちは忘れかけていた。否、無理やり忘れようとしていた忌まわしい記憶が蘇っていく。人族の手によって、親を、兄弟を、友達を、知人を目の前で殺され、家を燃やされ、住処を追い出され、それでもなお追いかけてくる人族の姿を鮮明に思い出していた。


「お、おにいちゃん、こわいよっ」

「大丈夫だ! 兄ちゃんが守ってやるからなっ!」


 怯える子供たちの姿が面白いのか、男たちは下衆な笑みを浮かべていた。


「へっへっへ。暴れなければ痛い思いをしなくてすむからな」

「そうそう。抵抗すると、お兄ちゃん・・・・・たちもやりたくはないんだが痛いことをしないといけなくなるからね~」

「ひひっ、見ろよ。いっちょまえに威嚇してやがるぜ。俺はこういう生意気な亜人のガキを見ると、ぶっ殺したくなるんだよな」


 男たちは子供たちを怖がらせるように、剣や斧をこれみよがしに乱暴に振るう。その度に幼い子供たちは「こわいよ」と声を上げると、男たちの醜悪な笑みはさらに深まった。

 獣人族の子供たちだけならば、この場から逃げることは十分に可能である。しかし他の堕苦、魔落族の子供たちでは逃げ切ることはできないだろう。そのため、ヘンデとインピカは自分たちが先頭に立って、男たちを威嚇し続けていた。


「見苦しいのであーる」

「誰だっ!?」

「ウソツキのおじちゃんっ!」


 動揺を隠せない男たちの叫び声と、インピカの声が重なった。

 男たちが振り返ると、そこには元詐欺師ことフラング・アバグネールが、自慢の髭を引っ張って佇んでいた。


「いい大人が子供を怖がらせるなど、同じ人族として恥ずかしいのであーる」


 フラングは膝を曲げない、いわゆるガチョウ足行進と呼ばれる大仰な歩きかたで男たちの間を通り抜けインピカたちのもとまで進むと、くるりと振り返って男たちを一瞥しながら髭を指で弾いた。


「「「おじちゃんっ」」」


 子供たちが一斉にフラングの足にしがみついた。


「これこれ。しがみつくのはいいが、吾輩の上等な服に涎をつけるのだけは勘弁してほしいのであーる」


 フラングの普段と変わらぬ態度に、先ほどまでの緊迫した状況がウソかのように、子供たちに笑顔が戻った。


「どうする?」


 男の一人が仲間に問いかけた。

 思わぬ邪魔者の出現にいまだ動揺は隠せずにいた。


「心配するな。お前も聞いてただろうが、あのおっさんは元詐欺師の奴隷で強いわけじゃねえ。ここで始末すればバレねえよ」


 男たちは互いに見合うと、焦りを消すためか無理やり笑みを浮かべた。そして、武器を手にフラングへ襲いかかる。


「愚か者たちなのであーる」


 思わず目を瞑る子供たちとは別に、フラングは男たちを憐れむように呟いた。


「なっ!?」

「なんだこりゃ!?」

「レ、レイスだ! 普通の武器じゃだめだ!!」

「お、おち、落ち着け! 魔法だ! 魔法だったら効くはずだ!!」


 フラングの足下から現れたのは、半透明の三匹のレイスであった。レイスは男たちが振り下ろした剣や斧から、フラングたちを守るように結界を張り巡らせ攻撃を弾いたのだ。


「奴隷? そのとおりなのであーる。吾輩は奴隷、では主は誰か? あの恐ろしい主が、吾輩のような者に監視をつけないわけがないのであーる。

 このレイス、吾輩はよく知らぬがランク6のレイスだそうなのであーる。貴様ら程度では到底適わぬので、さっさと諦めて死ぬのを勧めるが?」

「ラ、ランク……ランク6だとっ!?」

「ま……待てっ! 違うんだ!!」

「そ、そうだ! 誤解なんだ! 俺たちは別に、な、なあ?」

「俺たちを殺せば、お前の主だって困ることになるんだぞ!」


 男たちの言い訳をフラングは眠たそうな顔で聞いていたが、上着のボタンを外して広げると、後ろにいる子供たちの視界を覆った。


「貴様らは馬鹿なのであーる。詐欺師相手にウソをつくなど、ゴブリン以下の知能なのであーる」


 次の瞬間、ランク6の魔物グラッジレイスたちに足首を掴まれた男たちは、地中へと引きずり込まれる。まさに一瞬の出来事であった。わずかな悲鳴を漏らすことすらできずに、男たちはこの世から消えたのだ。


「おじちゃん?」

「ここには子供たちだけで来てはいけないはずなのであ~る」

「で、でも王さまが……」

「おうさまにあいたいもん!」

「わたちたちおこられるの?」

「俺がっ、俺がつれてきたんだ! こいつらは悪くない……だから怒るなら俺だけにしろよ」

「ちがうよ! おにいちゃんにおねがいしたのはわたしだもん……。だからおにいちゃんだけをおこらないで……おじちゃん」


 泣きべそをかく子供たちのなか、インピカはフラングの足にしがみついたまま見上げてフラングの顔を覗き見た。そこには詐欺師らしからぬ困った顔をした男の顔があった。


「今なら吾輩だけしか、このことを知らないのであ~る」

「でも……王さまにあいたいよ」

「今は主も忙しいのであ~る。夜なら――」


 グラッジレイスたちが忙しく身体を震わすと、フラングの口から「ぬっ」と声が漏れた。


「明日、明日なら――」


 再度、フラングがグラッジレイスを窺うと、今度は身体が震えることはなかった。


「明日なら主も遊べるのであ~る!」

「ほんとっ!?」

「おじちゃんっ、大好き!!」

「やった! ウソツキのおじちゃん、ありがと!!」

「やめるのであ~る。よ、涎が服についたのであ~る」

「やくそくだよ? ぜったい、ぜったいだかんね!」

「わかったから、早く行くのであ~る」


 子供たちは口々にお礼を言いながらフラングに抱きつく。その際に無邪気な子供たちによって、貴族専門の服飾店で作らせた特注の服が涎塗れになった。内心へこむフラングをよそに、子供たちは姿が見えなくなるまで手を振り続けて帰っていく。


「やれやれ、困った子供たちなのであ~る」


 フラングは取り出したハンカチで服についた涎を拭きながら呟く。そして自分を見続けるグラッジレイスたちに向かって。


「人使いの荒い主なのであ~る」


 フラングの愚痴に応えるように、グラッジレイスが一際激しく震えた。

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