第198話 教えてインピカちゃん

 ネームレス王国の山城の中腹にはピクシー達の住処があるのだが、その反対側にはユウの個人的な畑がある。畑には商人から購入した作物の種や植物系の迷宮から持ち帰った苗などが植えられており、精霊に協力してもらうことで、本来であれば気温や湿度の関係で共存することのできない作物たちが同じ場所で栽培されていた。


「ご主人様、食べ頃ですね」


 農夫の奴隷であるイザヤがトウモロコシを一つもぎ取り皮をめくると、中は粒が詰まってぱんぱんに膨らんでいた。


「よし、食べ比べてみるか」


 この畑にはトウモロコシだけで五種類の品種が育てられている。ちなみに先ほどイザヤがもいだトウモロコシは、濃い黄色の粒からゴールデンコーンと呼ばれる品種である。


「オドノ様、食べていいの?」

「ああ、ナマリも食べていいぞ」

「やった! モモ、いっしょにお手伝いがんばってよかったな?」


 モモは甘い香りを漂わせているトウモロコシにしがみついて匂いを嗅ぎながら、同意するように何度も頷いていた。

 マリファが水を満たした鍋を火にかけ、湯が沸くまでユウたちは各種トウモロコシをもいでいく。


「ユウ~、お湯が沸いたよ~」

「……早く」

「うるさいな。これでも食って待っとけ」


 ユウはトマドーロの実を二つもぐと、ニーナたちに向かって投げ渡す。レナは真っ赤に熟したトマドーロの実に塩を振って齧りつく。


「……美味しい」


 とりあえず腹に物が入って落ち着いたのか、レナがむふー、と鼻から息を出す。そんなレナの姿がおかしかったのか、ニーナは苦笑しながらレナの口周りについた汁を拭いてあげる。

 そうこうしている内にトウモロコシが茹で上がる。湯気が立ち昇るトウモロコシの実は、茹でることによってさらに色鮮やかになる。


「ほら、茹で上がったぞ」


 ユウのもとにナマリが駆け足で近寄り、トウモロコシを受け取るやいなや大きく口を開けて齧りつく。


「おいしーいっ!! モモ、すっごいおいしいぞ!!」


 モモが急かすようにナマリの頬をペシペシ叩く。ナマリが「わかってるから」と言いながら、実を一つ千切ってモモに渡す。モモはナマリを真似るように大きく口を開けて食べると全身を小刻みに震わせる。


「あはは。オドノ様、おいしすぎてモモがふるえてるよ」

「そりゃよかった。ところでマリファ」

「なんでしょうか」

「コロはなんで機嫌が悪そうなんだ?」


 ユウの前方にいるコロは、機嫌悪そうに唸り声を上げていた。近くの木の上からその様子を見ていたランは、不機嫌そうに尻尾を左右へ振る。


「コロのお気に入りの枝をランが折ったのが原因かと思われます。ご主人様の前で醜態を晒すなんて、私の責任です」


 マリファが深々とユウに頭を下げる。


「しょうがない奴だな」


 コロのもとまでユウは近づくと、トウモロコシを差し出す。


「これ食べていいから機嫌直せよ」

「クーン……」


 コロはランを見ながら情けない鳴き声を出す。その鳴き声は「だってあいつが」と言っているようであった。だが、トウモロコシから漂う匂いがコロの食欲を揺さぶる。コロの我慢が食欲に負けるのにそれほど時間はかからなかった。もう我慢できないとばかりに、コロがユウの持つトウモロコシに勢いよく齧りつく。


「旨いだろ? こら、芯は食べちゃダメだぞ」


 機嫌を直したコロが美味しそうにトウモロコシを食べる姿に、ランも我慢できなくなって木から降りてくるが。


「ラン、あなたはダメです」


 ランが自分を見下ろすマリファの足に顔を擦りつける。あからさまなゴマすりである。しかし、現実は非情であった。


「誤魔化そうとしてもダメですよ。今日はご飯抜きです」

「に゛ゃっ!?」


 ガーン! という効果音が見えそうなほど、ランが落胆する。


「あの、あの、ユウさん」


 今まで黙々と作業をしていたヒスイが、ユウの傍で両手をグルグル回しながらアピールする。


「なんだよ。そんなに慌てて」

「私もいーっぱい! ユウさんの畑のお手伝いしましたよね?」

「ああ、ヒスイはよく手伝ってくれてるよ。前も言ったけど、いつでも好きなだけ食っていいぞ」


 ユウはコロにトウモロコシを食べさせながら答える。ヒスイをぞんざいに扱ったわけではないのだが、当のヒスイは納得がいかないようで。


「もうっ! ユウさんはわかっていませんね!」


 ヒスイは両手を激しく上げ下げしながら「私、怒ってます!」と主張する。


「なにがだよ? 食べていいって言ってるだろうが、そんなプリプリせずに食べてみろよ? 旨いぞ」


 ユウはヒスイの口にトウモロコシを咥えさせる。途端にヒスイは頬を染めて。


「ふふ。ユウさんはわかってますね~」


 そう言うと、ヒスイはだらしのない笑みを浮かべながらトウモロコシを頬張った。


「どっちなんだよ」


 先ほどまで怒っていたのに、一転してご機嫌なヒスイにユウが首を傾げていると、背後よりなにやら不穏な気配を感じ振り返ると。


「ちょっと! 私たちにも、そのモロコシとやらをよこしなさいよね!」

「そうだそうだ~」

「モロコシを食べさせろ~」


 ピクシーたちが涎を垂らしながらふんぞり返っていた。ユウがマリファに視線を向けると、マリファは慌てて鍋に追加のトウモロコシを投入した。


「う、うまっ!?」

「そこの人族、早く次の実を取り分けなさいよ。それとも私に獣のように齧りつけとでも言うのかしら」

「はふぅ……美味しい。ヒスイが私たちに内緒でなにか育ててるのは知ってたけど、こんな美味しい物だったなんて」

「な、内緒になんてしてませんよ。ね? モモちゃん」


 ヒスイに話を振られたモモは危険を察知してか、素早くユウの飛行帽の中に隠れる。


「あっ! モモちゃんズルい」

「「「じ~」」」

「あはは。ヒスイ姉ちゃん変なの~」


 ピクシーたちに囲まれてヒスイがあたふたする姿にナマリが笑う。


「うるせえな……。静かに食えねえのかよ」

「ハッハハ。ご主人様、ヒスイさんたちが騒ぐのも無理はない旨さですよ。私はゴールデンコーンが一番旨いと思っていましたが、ホワイトコーンも負けず劣らずですね」

「そんなに気に入ったんなら家族の分も好きなだけ持って帰っていいぞ」

「ご主人様、ありがとうございます。家内や息子も喜びます」

「そういえばナルモから聞いたけど、イザヤは自分を買い戻してもここに残るって本当か?」

「ええ、本当です。ここは良いところです。豊かな土壌に精霊、最初は人族ということで敬遠されていましたが、今では皆さん良くしてくれます。

 それにご主人様のご好意のおかげで息子も学校とやらに行かせていただき、今では簡単な読み書きや計算もできるようになりました。農夫の息子がですよ? ありがたいことです」


 その後もイザヤのネームレス王国がいかに素晴らしいかという話は止まらない。妻のローリエが担当している畜産も順調で、近い内にユウを案内したいと興奮して話す。

 まだまだ話し足りないとばかりにイザヤが熱弁していると、トウモロコシ畑を掻きわける音が聞こえてくる。


「あれれー? 王様じゃないですか。奇遇ですね」


 トウモロコシ畑を掻きわけて出てきたのはアガフォンである。あまりにも下手クソな棒読みのセリフに、ピクシーたちも真顔である。


「なにが奇遇ですねだ。この山にはラスの迷いの魔法がかかってるから、普通なら来たくてもここにはたどり着けないんだよ。お前、スキルを使っただろ」


 ユウの指摘にアガフォンは愛想笑いを浮かべ。


「バレました?」

「インピカまで連れてきやがって」

「へ? インピカ?」

「良い匂~い」


 アガフォンの後ろからインピカが顔を突き出して、トウモロコシの匂いを嗅ぐ。


「インピカっ!? なんでお前がここにいるんだよ! 匂いだってしなかったぞ」


 嗅覚が優れている動物と言えば犬を思い浮かべるかもしれないが、羆は犬の数倍の嗅覚を持っているのである。それ故にアガフォンは、インピカが自分を尾行していたことに気づかなかったことが信じられないでいた。


「アガフォン、お前は固有スキル『求心道程きゅうしんどうてい』で求めるモノや場所までの道程がわかるが、インピカは固有スキル『消臭力』で自分の匂いを完全に消すことができるんだよ」

「そうだよー。アガフォンのあとをつけるのなんて、わたしにはかんたんだもん」


 悔しそうなアガフォンの横を通り抜け、インピカはユウたちのいるところまで駆け寄ってくると、絨毯にちょこんと座り込む。


「王さまー。わたしにもたべさせてください」


 インピカは「お願い」と頭を下げると勢い余ってそのままコロンっ、と前転してしまう。その愛らしい姿にレナは「……可愛い」と呟き、ナマリは思わず――


「いいよー」

「やった!」

「ナマリ、なぜご主人様ではなくあなたが許可を出すんですかっ!」

「それじゃ俺もご相伴にあずかろうかな」


 アガフォンは今がチャンスだとばかりに紛れ込もうとするが、マリファがそれを許さない。


「手の平と爪を見せなさい」

「ちゃ、ちゃんと綺麗にしてるよ! じゃないとあんた鬼婆みたいに怒るからな」

「誰が鬼婆ですか」

「ひぇっ」


 インピカはトウモロコシを食べながら、余計なことを言わなければいいのにと思った。


「いや~、このトウモロコシ? 旨いっすね!」


 マリファにお仕置きされて顔を腫らしたアガフォンがユウに話しかけるが、ユウの反応は芳しくない。


「お前、おっちゃんに駄々こねて困らせたそうだな」

「ち、違いますよ! あれはお――ウッズさんに頼み込んで売ってもらったんですよ!」

「あの剣はお前が持ってる金で買えるような代物じゃない。おっちゃんが困ってたから売ってもいいって伝えたけど、あの剣を持って強くなったつもりなら――剣はどうした?」


 縮こまっているアガフォンの身体のどこを見ても、黒曜鉄の大剣が見当たらないことにユウは気づく。


「俺だってあの剣が凄いってのはわかってるんで、あのですね。剣は、あのー」

「剣はどこだよ?」


 煮え切らない態度のアガフォンにユウのみならず皆が苛立ち始めていると。


「あのねー。クマは剣をよごしたくないっておうちにかくしてるんだよ」

「ばっか! インピカ、余計なこと言うんじゃねえよ!!」

「わたしバカじゃないもーん。バカっていうクマのほうがバカだもん」

「インピカの言うとおりだな。使わない剣に存在価値あんのか? そりゃ剣の力に頼ってばかりじゃ意味はないけど、汚れるのが嫌だから使わないって。それじゃなんのためにお前は剣を買ったんだよ」

「へ、へへ。王様とおんなじ剣を持ちたいなーとか思ったりして」


 レナ、マリファなどは呆れ果てていたが、ニーナだけはアガフォンの気持ちがわかるのか「うんうん、わかるよ~。おんなじの持ちたいよね」と頷いていた。


「めいきゅうなのに海があるの?」


 お腹一杯トウモロコシを食べたインピカはいつものごとく、ユウに迷宮の話をしてほしいと強請った。ちなみにユウの周りにはトウモロコシを食べ過ぎて、お腹がパンパンに膨らんだピクシーたちが動けずひっくり返っていた。


「ああ『カンリキ珊瑚礁』って名前だったかな。海の上にでっかい珊瑚礁が浮かんでんだよ」

「すっごいキレイなんだぞー!」

「いいなー。ナマリちゃんはいろんなめいきゅう見れて。わたしもいきたいなー」


 そこで決めポーズとばかりに、インピカはユウにウインクする。


「どうした? 両目をパチパチさせて、目でも痛いのか?」


 残念ながらインピカのウインクは、片目ではなく両目で瞬きしていた。


「あれ? おかーさんがこれでおとこはイチコロっていってたのになぁ」

「はんっ」

「ヒスイねえちゃ~ん、クマがバカにする~!」

「あらあら。インピカちゃんはこんなに可愛いのにひどいですね」


 アガフォンが鼻で笑うと、インピカは頬を膨らませてヒスイの胸に飛び込む。ヒスイはよしよしとインピカの頭を撫でると、インピカはえへへと笑みを浮かべてヒスイの胸にスリスリと頭を擦りつける。

 ドライアードであるヒスイが、なぜこうもあちこちに移動できるか疑問に思うかもしれないが、これには理由がある。ヒスイの本体である樹はピクシーたちの住んでいる山城の中腹にあるのだが、ヒスイはネームレス王国中の木々を支配しているのだ。(ヒスイ曰く、支配ではなくお友達になっただけと言っている)その結果、ヒスイは木々の根が張っている場所に限ってではあるが、分体を使って自由に移動することができるのである。


「そろそろ帰れよ。俺たちも午後から迷宮に潜る予定だ」

「あー! そういえば長がおうちにこいっていってた! 王さま、トウモロコシおいしいから、おかーさんにもたべさせてあげたいの。もってかえってもいい?」

「いいよ」

「わふっ。王さま、ありがとね!」


 インピカはユウに向かって地面スレスレまで頭を下げると、トウモロコシ畑に駆けていく。一つひとつ匂いを嗅ぎながら、丁寧にもいでは背負袋に入れていく。この背負袋はユウが作った物で、インピカの大好きなステップラビットに似せて作られている。アイテムポーチの機能はないものの、危機を察知すると垂れている耳が立つ機能が備わっていた。


「うふふ。おかーさん、よろこぶだろうなー。クマ、かえるよ」

「やだね。俺はギリギリまで王様と話がしたいんだ」


 インピカがアガフォンの毛を一生懸命引っ張るが、ビクともしない。


「もうー。アガフォンがいないと村までかえれないでしょ!」

「ちっ。仕方がねえなぁ」


 アガフォンがインピカを肩車する。普段とは違う景色にインピカは大喜びである。


「わはっ。たかーい! クマ、いけいけー!」

「俺は羆だって言ってんだろうが」


 そのまま帰るのかと思いきや、アガフォンはユウのもとまで来ると。


「王様、今日は色々話してもらってありがとうございました。トウモロコシも旨かったです。また、王様の話を聞かせてください」


 アガフォンが礼を言いながら頭を下げると、肩車しているインピカが落ちそうになる。「おちるよー」と言いながらアガフォンの頭にしがみつくインピカの姿を、ナマリは羨ましそうに見ていた。


「あれで面倒見はいいんだよな」


 帰っていくアガフォンたちを見ながらユウが呟いた。




 獣人族の族長ルバノフの住む家の一室に、続々と獣人たちが集まってくる。見ればどの獣人も年老いている。この者たちはルバノフが率いる集落よりあとに移住してきた各集落の長たちである。


「皆の者、よう集まってくれた。それぞれ忙しい中、各長がこうして一堂に会することができたのも獣人の神――」


「ルバノフ殿、前置きはいい。今日の集まりは明日来る人族に関してか?」

「おお、明日じゃったか。王が言っておった商人じゃったか?」


 猪の獣人の問いかけに獅子の獣人が相乗りする。


「それもあるが、今日は主に脱国者についてじゃ」


 ルバノフの言葉に皆の顔が険しくなる。

 脱国者――各々に理由はあるのだが、ネームレス王国を去った者たちのことである。


「嘆かわしい。王に助けられておいて、国を捨てるとは」

「ジョブに就いた途端に国を去った者もおったぞ!」

「獣人族の恥晒し共めっ」


 罵詈雑言を吐く長たちをルバノフはしばらく黙って見ていたが、場が落ち着きを取り戻すと言葉を続ける。


「問題は脱国者の大部分を獣人族が占めておるということじゃ」


 ルバノフの言葉に待ったをかけるように、長たちが異論を唱える。


「待て。それは獣人族が一番数が多いから仕方がないのでは?」

「然り。獣人族の多くは多産じゃ。今も出産を控えている者が多数おる」

「儂ら獣人は二千を超えておるが、魔人族など増えたと言っても三百もおらぬではないか」


 言い訳するように口々に理由を述べていくが、次のルバノフの言葉に皆が黙り込んだ。


「魔人族、堕苦族の脱国者は一人もいない。魔落族で十もおらぬはずじゃ。一方、獣人族は百を超えておる」


 室内が静まり返った。本当は皆が知っていたのだ。獣人族の数が多いなど言い訳であると。


「勘違いしてほしくないのじゃが、お主らを責めておるわけではない。このままでは王様の獣人族に対する信頼は地に落ちるじゃろう。事実、魔人族はナマリを通じて王と繋がりを、魔落族は王様の連れてきたウッズ殿との仲を深め、王様となにやら作っておる。堕苦族は献上品として得意としている装飾を、さらにはラス殿となにやら良からぬことをしているという噂まである。

 獣人族だけが王様との繋がりがなにもないのじゃ。聡い女たちを山城へ送り込んだが、一向に情報を送ってこん。おそらく、マリファ殿に気づかれたか取り込まれた可能性が高いじゃろう」


 ルバノフの言葉に反論する者は誰もいなかった。長たちの顔には焦燥感がありありと表れていた。


「ふむ。最悪なのはラス殿にこちらの思惑を勘づかれ、女たちがアンデッドにされている場合じゃな」

「そのようなこと王が許すわけがない!」

「そうじゃ! いくらなんでもそれはないじゃろ」

「とにかく儂らが出遅れておるのは間違いないのはわかっておるな? そこで今日は山城に詳しい者を呼んでおる。インピカ、入ってくるがよい」


 ルバノフの言葉を待っていましたとばかりに扉が勢いよく開くと、インピカが飛び込んでくる。


「こんにちは! インピカだよー!」


 インピカは頭を下げて元気よく挨拶すると、そのまま勢い余って前転する。「あれ? またころがっちゃった。えへへ」と首を傾げて笑う。あざとい。あざといのだが老人たちには効果は抜群のようで、先ほどまでの険しい顔はどこにいったのやら、だらしなく目尻を下げてインピカをニヤニヤと笑みを浮かべて見つめていた。


「おほん。インピカ、王様やお城について儂らに教えてくれんか?」

「いいよ」


 インピカは背負袋を下ろし、中から布で包まれた物を取り出す。物珍しそうに覗き込む老人たちに、一度笑みを向けてから布を拡げる。


「んん? なんじゃそりゃ。スプーンにこれはナイフ――」

「さわっちゃだめっ!」


 インピカに注意された猪人の老人は思わず伸ばしていた手を引っ込める。


「これはね。わたしの手にあわせて王さまがつくってくれたんだよ。だからほかの人がさわっちゃだめ」

「インピカ、それを盗む気はないから話を続けてくれんか?」

「うん。でもその前に」


 インピカは首にかけている紐を手繰り寄せると、長方形のマス目が彫られているプレートを取り出す。それをルバノフに向かって差し出した。


「むぅ。今押さんとダメか?」

「これはえっと……ま、まえばら? だよ。あとでもーとおしてね」

「前払いか。ちゃっかりしとるのぅ」

「ルバノフ殿、なんじゃそれは?」

「お主らも王様からスタンプを貰っておるじゃろうが。これは子供たちが親や大人のお手伝いした際に、その貢献度に合わせて押すんじゃ。のう、インピカ」

「そうだよ。えっとね。十こで王さまからおやつをもらえて、ナイフとかはね。五十こでつくってもらえるんだ。でも、ほかにもほしい子はいーっぱいいるから、いまはじゅんばんまちなんだよ。あのね。おかーさん、おとーさんがいない子たちがさきで、わたしもやっとつくってもらえたんだからね」


 このスタンプ制度はユウが考えた物で、タダでなんでももらえると子供たちが思わないように、また日々大人たちのお手伝いを子供たちがするよう促すためにと考えられた物であった。スタンプが十個でおやつ一回、二十個で昼食、五十個でユウお手製の食器やナイフ、百個で山城にお泊りできるといった内容である。またスタンプは一人で手伝いをするよりも複数でする方が多く獲得できるようになっており、抜け駆けや仲間外れが起きにくいようにも考えられていた。

 インピカはスプーンやナイフを布で丁寧に包むと、背負袋に再度仕舞う。老人たちが「え、見せびらかしたかっただけか」とぼやいた。


「王さまのごはんはおいしい!」

「なんじゃい。いきなり」

「このまえね。王さまとみんなでお肉をたべたんだよ」

「肉なら儂らだって毎日ではないが食っとるじゃろうが」


 「そうじゃそうじゃ」と言う長たちに向かってインピカが「チッチッチッ」と舌を鳴らす。ルバノフがどこでそんなこと覚えてくるんじゃと呆れる。


「村でたべるお肉とはちがうんだよね。王さまのところでたべるお肉はなんでもおいしいんだけど、わたしはタンがすきなの! おいしいんだよ!!」

「タンってなんの肉だ?」

「牛の太腿か? それとも鳥の胸肉か?」

「ちがうよー。タンはね。牛さんのしただよ」

「牛の舌じゃと!? そんなもんが旨いわけなかろうに」

「あー、しらないんだ。牛さんのしたはね。すーっごい、おいしいんだからね。タンはとくにねもとのところがおいしいんだから。かむと、ぎゅっ、とおつゆがでてきて、おしおをつけてたべるとね」


 インピカが小さな身体を目いっぱい使ってどれほど牛タンが旨いかを長たちに説明する。まだまだ幼く表現の乏しいインピカであるが、力説する姿は十分に説得力があった。


「あ、おもいだしたらよだれがでちゃった」


 長老たちの口からも涎が今にも垂れそうになっていた。


「ふん。バカバカしい。どうせ、それも子供たちだけが食べれるんじゃろ」

「え? おとなもたべてたよ」

「な、なんじゃと!?」


 獅子人の老人がルバノフを見るが、ルバノフは「儂は食べとらんぞ」と否定する。


「えっとね。このまえおしろでごはんたべたときは、マチュピとビャルネおじいちゃんもいたよ」

「魔人族の長に、堕苦族の長じゃないか」

「どういうことだ?」

「インピカっ! どういうことか説明せんか!」


 詰め寄る長たちに腕を掴まれたインピカが痛いと叫ぶと、長たちは慌てて手を放した。


「もう! おんなのこにらんぼうしちゃだめっておかーさんがいってたんだからね!」

「す、すまん。儂らが悪かった」

「あとね。ビャルネおじいちゃんはしらないけど、マチュピは長とかどうでもいいって言ってたよ」

「それは本当か?」

「うん。王さまといっしょにたたかえるから、もう長とかいらないのになっていってた」


 騒然とする長たちを尻目にルバノフは続けて質問をする。


「インピカ、城で働いておる娘たちはどんな感じじゃ?」

「おねえちゃんたち? おねえちゃんたちはね。マリファおねえちゃんにきたえてもらってるよ。すんごいんだから! でも、これでもまだまだあまくしてるって、マリファおねえちゃんはいってたかな」

「聞いたか? マチュピは長の身分を捨ててまで王様に忠誠を誓おうとしたそうじゃぞ。おそらく、ビャルネ殿も同じじゃろう。娘たちは儂の予想どおり、マリファ殿の手にかかっておる。儂らがモタモタしとる内に、他の種族は一歩も二歩も先に進んどる! どうにかせんと、儂ら獣人族の未来がどうなるかは言わんでもわかるじゃろう?」

「では、どうする? 今までのやり方では一向に成果は上がっとらんぞ?」

「それを今から話し合うんだろうがっ」

「お前に聞いとらん! 儂はルバノフ殿に聞いとるんじゃ!」

「なんじゃー! 儂に喧嘩売っとるんかっ」

「止めんかい。子供の前でみっともない」

「お前からでもいいんじゃぞ!」

「おっ? いつでもやったるわい!」


 長たちが喧嘩をし始める。その姿にルバノフは大きく溜息をつく。インピカは大人のみっともない争いを見ながら――


「みんなでなかよくするだけでいいのに。ふつうにかんがえればわかることなのにな~」


 ――と呟き、部屋から出ていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る