第197話 おんなじ剣が欲しい

 明け方。空が薄っすら明るくなり始めると、ネームレス王国の住人は一斉に動き出す。住人の多くは農作業や牧畜などに従事するのだが、それぞれの得意分野で働く者たちも当然ながらいる。堕苦族なら魔道具や魔導具の作製、魔落族は鍛冶を活かして調理器具や農具の製作、身体能力に優れている獣人族と魔人族は西の山に放たれているビッグボーや一角兎にウードン鹿などを狩る。

 午前の仕事を素早く終わらせると、そこからは日課の訓練の時間である。村から離れた場所に造られた訓練場では、各々が手に武器を持ち実戦さながらの模擬戦を繰り広げていた。


「ウ゛オ゛オオオオンッ!!」


 獣が如き咆哮を上げながらアガフォンが鋼鉄の大剣を振り下ろす。獣人の身体能力にかまけた力任せの一撃ではない。力の入れ具合、剣筋、踏み込み、どれもが冒険者で言えばDランクの前衛職に引けを取らない身のこなしであった。だが、頭上から唸りを上げながら迫る鋼鉄の大剣を、魔人族の若き族長マチュピは槍の切っ先で受け流す。


「ちっ!」


 アガフォンが舌打ちを鳴らし、地面に深々と埋まった鋼鉄の大剣を引き抜きつつ、剣技『瞬閃』を放つ。『瞬閃』は速度を重視した剣技なのだが、それよりも速くマチュピの槍技『二段突き』がアガフォンを捕らえる。身体を捻り一つ目の突きを躱すアガフォンであったが、二つ目の突きが左上腕を抉る。


「ぐぅっ! クソがっ! まだまだー!」


 アガフォンの傷は骨が見えるほどの深手であった。周りで隙を窺っていた獣人たちは、マチュピの気迫に飲まれ思わず距離を取るのだが。


「それでも誇り高き獣人族かっ! 逃げずに向かってくるがいい!!」


 逃げずに向かってきたのが、アガフォンだけだったことにマチュピが憤る。憤怒の形相でマチュピが発動させたのは、槍技『駄囲遜ダイソン』。槍を頭上で高速で回転させることにより、周囲の空気を吸い上げる。急激な気流によって、獣人たちが吸い込まれるようにマチュピのもとへ引き寄せられる。


「なっ、なんだこりゃ!? 吸い寄せられるぞ」

「ぐににっ……! この……誰が逃げたって!!」

「クソ魔人族が調子に乗ってんじゃねえぞっ!」

「獣人族を舐めんなよ!!」


 アガフォンと共に獣人族の男たちがマチュピに突っ込んでいく。また違う場所では、ニーナを相手に徒手空拳を中心とした訓練を行っていた。


「この! 当たれ! 当たれ!! な、ん、で、当たらないのにゃ!!」


 猫人のフラビアが貫手を次々と放つが、ニーナは軽々と躱していく。


「えへへ~。簡単には当たってあげないよ~」

「うにゃ~!!」

「ニーナさん、隙あり!!」

「もらった!!」


 ニーナとフラビアの組手に触発されたのか、周りで順番を待っていた者たちが参戦していくが。


「ほっ、よっ、もっと来ていいよ~」

「むっか~!!」


 二人、三人、次々と参戦する人数が増えていき、気づけばニーナは数十人を相手に組手をしていた。それでもニーナは余裕を持って捌いていく。


「レナ殿、よろしければ手加減しますが?」

「……必要ない」


 対峙するレナとラス。双方の周りには丁度五十人ずつの人員が配置されていた。


「あー、俺もアガフォンの方に参加したかったな~」

「……文句?」

「やだな~。レナさん、文句なんてないっすよ~。はあぁぁ……」


 レナに睨まれた虎人のナルモが慌てて否定するが、顔は隠しようもないほど嫌そうであった。それは他の者たちも同様で、身体を鍛える訓練は大歓迎なのだが、レナとラスの訓練は常軌を逸しているからである。


「ゆけ。負けることは許さぬ」

「あんた、負けようにも無理やり回復させるでしょうが」


 魔落族の男の言葉に、皆が「そうだそうだ」と声を上げる。


「……負けたら怒る」

「うへぇ……」


 ナルモがうんざりした様子で声を漏らすが、レナが杖を振りかざすと顔を引き締める。


「オラァッ! 負けたらレナさんが怒るぞ!!」

「「「おうっ!!」」」

「こっちだって負けたらラスさんにあとでなにされるか、わかんねえんだぞ!」

「「「そうだ! そうだ!!」」」


 総勢百名が真正面からぶつかり合う。肉と鋼がぶつかり合う音がそこかしこから聞こえてくる。鼻の骨が折れ血を噴き出す者や鎖骨や肋骨が折れる者、どちらもただではすまない。それでも動けなくなる者は皆無であった。それもそのはず、百名にはレナとラスの身体から出る魔力の糸が繋がっており、傷ついた者は即座に回復魔法で強制的に復帰させられるからである。

 この訓練はレナとラスの魔法、魔力のコントロールの訓練も兼ねていた。怪我をした者や身体能力が劣る者に適切な回復魔法や付与魔法をかけ続けることで、MP管理をしつつ戦況をコントロールするのである。並の後衛職であれば七、八人に付与魔法をかければMPは半分も残らない。そこに回復の役割まで担えばMPはすぐさま底をつくだろう。

 レナはラスより魔力の制御に秀でているが、MPの総量はラスに遠く及ばない。ラスは莫大なMPがあるために、これまで精密な魔力操作をするということを意識したことがなく、魔法を使う際に無駄なMPを消費していた。


「うわぁ! アガフォン、まけちゃうよ~」

「おうさま、じゅう人はよわいの?」

「ああ、あっちはだーく族の人がかったよ!」

「ふふん! 魔人族は強いんだぞー!」


 丘の上から結界が張られた訓練場を眺めていた子供たちが、勝ち負けに一喜一憂する。


「獣人族が弱い? そんなことないぞ。俺が前に戦った獣人の男は強かった」


 芝生の上で仰向けになって空を眺めていたユウが、以前戦った獣人の男――ゴーリアとの戦いを思い出しながら話す。


「ほら! おうさまがつよいって言ってるじゃん!!」

「オ、オドノ様! 魔人族は? ね、ねね? 魔人族は?」

「ナマリ、静かにしなさい。ご主人様は休まれているんですよ」


 マリファに叱られるナマリを見て、子供たちが行儀よく座り直す。その姿にマリファは満足そうに頷いた。


「ねーねー。マリファおねえちゃんはみんなとあそばないの?」


 魔落族の子供がマリファのスカートの裾を引っ張りながら尋ねる。近くで見れば血みどろの訓練も、遠くから見れば子供たちには遊んでいるように見えなくもないのだろう。


「私はご主人様に仕えるのが仕事――いえ、天命なのです。それに今はこの娘たちを育てるのに手一杯です」


 子供たちがマリファの後ろを見ると、そこにはマリファと同じようにメイド服姿の少女たちが一糸乱れぬ姿で待機していた。この少女たちは獣人、堕苦、魔落、魔人族の各種族から、ユウの山城で仕えるよう送り込まれた者たちである。各種族、それぞれの思惑があったのだが、今はマリファの調――教育によりユウに仕えることに至上の喜びを感じるようになっていた。

 その後も訓練は数時間に渡り続くが、子供たちは訓練を観るのに飽きてきたのか丘の傾斜で遊び始める。緩やかな傾斜と芝生が天然のすべり台になるのだ。


「王さまー」


 にんまりと人懐っこい笑みを浮かべながら、インピカがユウの横にしゃがみ込んで顔を覗き込む。


「なんだよ」

「めいきゅうのおはなしして」

「面倒くせえな」

「えー、いじわるしないでおはなししてよー」


 インピカはユウのお腹の上に跨ると身体を揺すっておねだりする。微笑ましい光景のはずなのだが、マリファの目が細まっていくと背後で控えるメイドたちは気が気でない。


「そうだな。この前『巨人の庭園ジャイアント・ガーデン』って迷宮を攻略したんだけど、そこは樹も魔物もとにかくなんでも大きいんだ」

「なんでもー? 木の実も? お花も?」

「ああ。なんでもだ。ただ、巨人って名前がついてるくせに巨人族はいないんだよな」

「へんなのー。でも、なんでもおっきいんなら、アプリの実も大きいのかな?」

「あるかもな」

「あったらいいなー。もし、みつけたらおしえてね」

「見つけたらな」

「わたし、アプリの実だーいすき! そんなに大きいなら一つでおなかいっぱいになるんだろうなー」


 アプリの実はりんごにそっくりな赤い実なのだが、インピカは果物の中でも特にアプリの実が好きなのだ。ユウの話を聞いて、自分の身体よりも大きな実がなっているアプリの木を想像していたインピカのお腹からくぅぅ……と可愛らしい音が鳴る。


「ん? もうそんな時間か」


 天を仰げば真上に太陽があり、陽の光を燦々と降り注いでいた。

 尻を叩きながらユウが立ち上がると、腹に跨っていたインピカがコロンと転がっていく。ユウがマリファに視線を向けると、すでにマリファとメイドたちは忙しく昼食の準備を始めていた。芝生の上に絨毯を敷き、テーブルや椅子を設置し、お皿やコップを並べていく。食事の準備をしているのに気づいた子供たつが一斉に集まってくる。


「王さまっ、ごはん? ごはんだよね?」

「ボク、おなかぺこぺこ~」

「あーっ! オドノ様のとなりは俺だぞー!」


 ナマリと子供たちがユウの隣を確保しようと動き回る。いつもならこの環の中にモモもナマリの頭の上に座って参戦しているのだが、今日はその姿がない。なぜなら、モモはピクシーたちに半ば無理やり誘われて妖精魔法の指導をさせられているからだ。ネームレス王国の住人が訓練しているのを見て触発されたのか、ピクシーたちはピクシーたちでモモやヒスイを講師として、秘密の訓練をしているのであった。


「ユウ、どうだった?」


 訓練を終えたニーナたちがユウと食卓を囲む。周囲には訓練に参加していた者たちの姿もある。


「ニーナは問題ないな。常に周囲に注意を払って隙もなかった。たまにはわざと隙を見せて誘うのもいいぞ」

「ニーナ姉ちゃん、つよいよな」

「うん。ニーナねえちゃんは、つよい!」

「やったね~」


 ユウに褒められ、子供たちからは羨望の目を向けられたニーナが照れながらガッツポーズを取る。


「……私は?」

「レナはまだまだだな。五十人均等に魔力の配分ができていないし、回復魔法も偏りがある」

「……むぅ。慣れればすぐできるようになる」

「王様、俺はどうっすか!」


 アガフォンが血塗れの左腕を上げて、ユウに尋ねるが。


「お前は全然ダメ。すぐ熱くなるし、周りの状況が見えてないだろ」

「そうだそうだ」

「アガフォンはダメだな」

「クマだしな」

「アガフォン、手がよごれたまましょくじするのはダメなんだぞ!」

「そうだよー。ちゃんとあらわないとダメっておかあさんがいってたもん」


 ユウのダメ出しのあと、周囲の獣人や子供たちからも次々とダメ出しと注意を受ける。


「う、うるせえ! 俺は羆だって言ってんだろうが!」

「アガフォンはダメダメにゃ。大体、その傷痛くないのかにゃ? 骨が見えてて気持ち悪いにゃん」


 フラビアはご飯が不味くなると言いた気に、アガフォンの左上腕部の傷口を見る。


「俺は強えーからこの程度のケガは痛くねえ」

「アガフォンは嘘つきにゃん。前に王様が強がって仲間に迷惑かける奴は最低だって言ってたにゃ」


 アガフォンの左上腕部の傷口からは、いまだとめどもなく血が流れ続けていた。大量の出血で顔が青くなっていたアガフォンは、フラビアの言葉を受けて――


「レナさん、ケガ治してもらっていいっすか? 本当は超痛いんです」

「……アガフォンはバカなの?」

「レナねえちゃんのいうとおりだ。アガフォンはおバカだ」

「おかーさんが、アガフォンみたいなオスとはけっこんしちゃダメっていってたよ」

「あはは。クマはダメだな~」

「うるっせえ!!」


 騒がしい食卓であったが、ユウは面白そうにアガフォンたちのやり取りを眺めていた。


「マチュピ」

「オドノ様、なにか?」

「その槍」

「ああ、先ほどの訓練で罅が入ってしまいました。長年使ってきたので寿命でしょう」


 マチュピの言うとおり槍には無数の罅が入っており、長年の酷使による寿命だったのだろう。

 ユウはアイテムポーチより飛竜の槍を取り出すと、マチュピに渡す。


「オドノ様、こちらは?」

「やるよ。新しい槍を手に入れるまでの繋ぎにすればいい」


 しばらく呆けていたマチュピは突然膝をつき姿勢を正すと、ユウから受け取った飛竜の槍を両手で掲げる。まるで国宝でも受け取ったかのような態度である。


「ありがとうございます。必ずこの槍に相応しい使い手となり、オドノ様の期待に応えてみせます」


 ユウは軽い気持ちであげたのだが、マチュピや魔人族の受け取り方は全く違った。崇拝するユウから渡された飛竜の槍は、神より授かった神器と同等の価値があったのだ。周囲の魔人族はマチュピに倣うように、ユウに向かって跪く。他の種族の反応は顕著であった。即ち嫉妬である。マチュピの掲げる飛竜の槍を悔しそうに、または羨ましそうに凝視していた。


「オドノ様っ! お、俺には?」

「ナマリは武器使わないからいらないだろ」




 魔落族の工房。

 その一角にウッズの作業場が割り当てられている。最初はユウの知り合いとはいえ、ドワーフであるウッズを遠巻きに見ていた魔落族たちも、ウッズの鍛え上げた剣や鎧などを見ているうちにその腕を認め、今では打ち解け弟子入り志願をする者までいた。その中には女というだけで鍛冶に携わることのできない魔落の女性の姿もあった。


「なあ、頼むよ」

「断る」


 アガフォンの懇願をウッズは間髪容れずに拒否する。


「なんでだよ! 金ならあるって言ってんだろ」


 ネームレス王国の住人は働きに応じてユウから賃金が支払われているのだが、金を貰ったはいいが、使う場所がほとんどないのだ。おかげでアガフォンの貯金は増えていくばかりである。


「俺は気に入った奴にしか売らねえし、作らねえ。武器が欲しけりゃ他の奴か俺の弟子が作ったのがあるから、それを売ってもらえ」


 ウッズはアガフォンの方へ振り返りもせずに鎚を振り続ける。以前は恰幅のよかったウッズであるが、ユウと出会ってからは信じられないほど高価な素材や希少な素材を大量に扱うようになり、毎日のように鎚を振るい続けた結果。無駄な贅肉は削げ落ち、頬は幾分痩けたかのように見えた。


「けっ。弟子ってあそこの魔落、それも女じゃねえ――いってえ!?」


 ウッズにげんこつを落とされたアガフォンが蹲る。


「女が鍛冶しちゃおかしいか?」

「い、いや……おかしくねえよ。でも、俺はあんたに――ぐおおおおっ!? なんでまた殴った?」


 再度げんこつを同じ箇所に落とされアガフォンが苦痛の声を上げる。


「あんたじゃねえだろうが?」

「ぐっ。ウ、ウッズ……さん」

「大剣。それも黒いやつが欲しいんだったな? 俺の弟子が打った剣が気に食わないんなら、他の魔落の男が作ったやつがあるぞ」

「それじゃ意味がねえんだよ! 俺は王様の剣を作ってるあん……ウッズさんに剣を打ってほしいんだって……あ、あの剣」


 ウッズに今にも掴みかからんとするアガフォンに、成り行きを見守っていたウッズの弟子たちが、そろそろアガフォンに飛びかかろうと思っていると、アガフォンの動きが突如止まる。


「ウッズさん、あの剣」

「あん?」


 アガフォンの視線の先――壁にかけられている無数の武器の一つで止まる。その武器は黒曜鉄で作られた大剣で、無骨な作りであったが真っ黒でどこかユウの持つ大剣と同じ匂いをさせていた。


「ありゃダメだぞ?」


 ウッズの声も耳に届いていないようで、アガフォンは黒曜鉄の大剣に目を奪われていた。


「あれがいい。いや、絶対にあれがいい!」

「ダメだって言ってるだろう。あれは、その、あれだ。ユウとお遊びで作った剣で売り物じゃねえ」


 ユウと一緒に作った黒曜鉄の大剣には、お遊びでランク7の魔玉を使用してスキルまで付与していた。通常、黒曜鉄で作られた武具にランク7の魔玉を使うなどあり得ない。ランク7の完全な魔玉は小国であれば国宝として保管されていてもおかしくない代物である。悪ノリが過ぎたと大剣が完成してからウッズは反省したものだ。


「王様が……作った……剣?」

「話を聞け。俺とユウで作った剣だ。売らんぞ」

「嫌だ。あの剣がいい!!」

「ダメだって言ってるだろうが」

「俺は諦めねえぞ!!」


 その日からアガフォンの工房通いが始まる。連日、大剣を売るよう頼み込むアガフォンの熱心さに、ついには根負けしたウッズがユウに事情を説明して売ることになるのだった。

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