第196話 葬られし民
「キア゛エ゛ェェェェッ」
奇っ怪な鳴き声とともに、頭部が雄鶏、手足が蜥蜴、尾が蛇の身体を持つ魔物――コカトリスが天高く飛翔する。凄まじい速度で上昇していくコカトリスの全身を陽の光が照らすが、赤紫色の毒々しさを際立たせるだけであった。
「……任せて」
レナはそう言うとミスリルの箒に跨り、コカトリスを追いかけ上昇していく。さらにレナは速度を上げていき、そのままコカトリスを抜き去り上空より黒魔法第6位階『雷鳴迅嵐』を放つ。コカトリス目がけて荒れ狂う雷と風の刃が降り注ぐ。
これで勝ったと、レナは内心呟く。以前ワイバーンを叩き落としたときと同じように、空を主戦場にする魔物の多くは地に落とせばその脅威は半減する。
迫りくる魔法に対してコカトリスは灰色のブレスを大量にはき出し、灰煙の中に身を隠す。
「……っ!?」
勝利を確信していたレナが驚愕の表情を浮かべる。それもそのはず『雷鳴迅風』の雷がコカトリスの纏うブレスに接触すると石化し、次々と雷の形をした石が地へと落下していく。残る風の刃が灰煙に接触すると、まるで石に衝突したかのような音を上げながら灰煙諸共、身を隠していたコカトリスの身体に傷をつける。しかし灰煙が盾の役割を果たし、コカトリスの身体についた傷は浅く、闘争心を煽る結果になる。
「キキギギイ゛イ゛イイイィィッ!!」
怒りの咆哮を上げながら、コカトリスが地へと急降下していく。
「お前ら『腐界のエンリオ』で通用したからって舐めてると、痛い目に遭うぞ?」
「わかってるよ~」
「ご主人様、私は微塵も油断していません」
急降下してくるコカトリスから目を外さず、ユウの忠告にニーナとマリファが返事する。
現在ユウたちがいるのは要塞都市モリーグールにあるCランク迷宮『魔鳥の籠』の最奥である。この迷宮はその名のとおり鳥系の魔物が多く生息しているのだが、他の迷宮とは違い階層ごとに分かれていないのだ。ワンフロアで構成された『魔鳥の籠』は広大な迷宮であるが、中に入ると空があり、大地の八割が湿地帯である。この湿地帯には一角雷魚やポイズントード、ウォータースネークなどの下級に分類される魔物が生息しており、魔鳥たちからすれば格好の餌場であり、魔鳥たちが繁殖するには適している迷宮であった。
「ッ!!」
コカトリスが大きく嘴を開く。石化ブレスがくると待ち構えていたニーナとマリファであったが、嘴からは一向にブレスが出てくる様子はなかった。ただ嘴を開いただけかと思ったマリファだが、すぐに間違いに気づく。
「うっ……!? 聞こえない咆哮のようですね」
マリファが耳を手で押さえる。耳からは血が流れ出していた。遅れてコロやランにニーナまで耳を押さえて蹲る。コカトリスのスキル『超音波』による攻撃であった。『超音波』は大地を覆う淡水に水紋を起こし、震える水がまるで生き物のように波打つ。そして『超音波』の攻撃は、ニーナたちから離れて観戦していたユウたちのもとまで届く。
「音か……」
固有スキル『聴覚上昇』を持っているユウは、マリファ以上のダメージを耳に受けていた。
「マ、マスターっ! 血がっ」
ユウの横で同じく観戦していたラスであったが、ユウの耳から流れ落ちる血を見るなり取り乱す。慌てて音を遮る結界を張ろうとするが、それよりも早くモモが動く。いつもの定位置であるユウの頭上ではなく肩に座っていたモモは、ユウの異常に気づくなり妖精魔法第8位階『
「くっ……」
ドヤ顔でラスに向かってピースをするモモに、ラスが歯軋りする。ちなみにこの場にいないナマリだが、今日はネームレス島でテストを受けている。もしテストで悪い点を取るとおやつ抜きになるので、ナマリにとっては死活問題なのであった。
「ラス」
「ぐぬぬっ……。モモめ、私だって気づいていたのだ」
「ラスっ」
「それをあのように勝ち誇った顔をして」
「ラス!」
「マスターの前で自分だけ良いところ――は、はい! マスター、どうされました?」
「ここにいても面白くないだろ?」
ラスは「そんなことはありません」と声を大にして否定したかった。最近はネームレス王国での業務に追われ、ユウと共に過ごす時間も大幅に減っていたのだ。ユウの傍にいるだけでラスの凍てついた心は雪解けのように解け、暖かくなるのだ。ユウとネームレス王国の運営や錬金術について談笑をする度に、ラスの心は躍り、そのときだけは復讐を忘れることができた。
「あっちの方に行けば、面白いことがあるかもしれないぞ」
「あちら……ですか?」
ユウが指し示す方向をラスは見つめる。他の者ならいざ知らず、ユウが意味もなくこのようなことを言わないのをラスは知っている。
「わかりました。では、少々お傍を離れさせていただきます。モモ、マスターのことは任せたぞ」
ラスの言葉にモモはガッツポーズで答え、ふよふよと漂いながら移動するラスを見送る。
一方、コカトリスとニーナたちの戦闘はまだ続いていた。コカトリスのはき出す石化ブレスによって、湿地帯は一面が石の大地へとその姿を変貌させる。
「よっ、ほっ」
コカトリスの嘴から放たれる『超音波』、不可視の攻撃をニーナは空気や石と化した大地の震えより予想しながら躱し、距離を詰めていく。コカトリスの懐に潜り込んだニーナは、短剣技『二刀・旋回閃』を放つ。身体ごと回転して斬りつけるLV3の短剣技であるが、ニーナはそれを二刀で発動させる。コカトリスの懐で凄まじい回転によって渦と化したニーナが短剣を振るうと、コカトリスの赤紫色の羽毛が鮮血と共に散っていく。
「ッ!!」
堪らぬとばかりに、コカトリスが足下で短剣を振るい続けるニーナ目がけて『超音波』を放つが、いち早くコカトリスの挙動に気づいたニーナの姿はそこにはなく、石の大地が身代わりのように粉砕され粉塵が舞い上がる。
「ギギギエェェェェッ…………ッ!?」
このまま地にいるのは拙いと、一先ず空へ逃げようとしたコカトリスであったが、いくら羽ばたけど身体が浮くことはなかった。
「えへへ。『シャドーバインド』だよ~」
短剣を構えながらニーナが呟く。
ニーナの影技『シャドーバインド』によって、コカトリス自身の作り出す影が、拘束具のようにコカトリスを捕らえていた。
「コロ、ラン、行きなさい!」
マリファの号令を受け、コロとランが放たれた矢のように駆けていく。いまだ自身の状況がわからず混乱しているコカトリスの首元にコロが喰いつき、激痛に絶叫を上げるコカトリスの蛇の尾が、コロの背後より迫る。だが、そうさせるかとランの尾に隠された棘尾が蛇の尾を刺し貫く。
「ヴォンッ!!」
コロが唸り声を上げながら全身を捻り、コカトリスの首の一部を喰い千切る。
「ギョゲゲゲゲエ゛エ゛ェェーッ!!」
コカトリスが絶叫を上げながら石化ブレスを所構わずはき出す。あっという間に周囲が灰色の煙で覆われ、コロとランは迫りくる石化ブレスに巻き込まれまいと慌ててコカトリスから距離を取る。
故意か偶然か石化ブレスで身を包んだことにより、コカトリスを拘束していた『シャドーバインド』の影が消える。
「わわっ! 逃げちゃうよ~」
「レナっ、十分に時間は稼ぎましたよ」
ニーナたちから逃げ去るようにコカトリスが天高く飛翔する。しかしコカトリスの遥か上空では、待ってましたとばかりにレナが待ち構えていた。
「……お姉ちゃんに任せて」
地上ではレナの呟きを聞き逃さなかったマリファが、「誰がお姉ちゃんですかっ」と騒いでいたのだが、あいにくレナの耳はマリファほど良くはない。
首から流れ出る大量の出血によって、半ば意識朦朧としているコカトリスが上空にいるレナに向かって逆流するのもお構いなしに石化ブレスをはく。対するレナも準備していた黒魔法第3位階『ストーンランス』を下に向け放つ。その数――百を超えていた。
殺意を纏った石の槍がコカトリスに降り注ぐ。石化ブレスの灰煙と『ストーンランス』が接触するが、元々石で構成される『ストーンランス』には効果はなく。寧ろ石化ブレスによって『ストーンランス』の重量が増し威力が上がる結果となり、一メートル以上ある石の槍が次々とコカトリスの身体に突き刺さっていく。身体中を串刺しにされ落下していくコカトリス、その様はまるで剣山のようである。
「なんて攻撃をするんですか。危うくこちらまで串刺しになるところでしたよ!」
レナの大規模な攻撃魔法によって、大地には夥しい数の石の槍が突き刺さっていた。
「マリちゃん、まだ鳥さん生きてるみたいだよ~」
「レナもまだまだ詰めが甘いですね」
コカトリスにとどめを刺すべく、マリファが樹霊魔法第3位階『
「すっご~い! マリちゃん、やったね!」
「まだです」
『螺爆』この魔法の恐ろしいところはここからであった。螺旋状に絡み合った枝が爆ぜるように勢いよく解け拡がる。体内より身体を強引に引き裂かれたコカトリスの血と肉が飛び散り、紫色の血と臓物が混じった雨が降り注ぐ。
雨を避けるニーナとマリファをよそに、コロとランは競うように雨の中に突っ込んでいく。やがてランが目当ての物――コカトリスの魔玉を見つけ咥える。名有りのコカトリスからは完全な魔玉が手に入り、魔玉を咥えたランが悠然とした歩みでマリファのもとへ魔玉を届けた。その姿を見ていたコロが悔しそうに唸る。
「ラン、よく見つけました」
マリファに褒められながら顎を撫でられるランは当然だわと言わんばかりの態度であったが、尻尾はピーンッ、と立っており喜びを隠せてはいなかった。
「ご主人様、こちらを。恐らく『魔鳥の籠』最奥部の主の魔玉です」
ユウの前に跪いて魔玉を差し出すマリファ、その後ろではニーナとレナが不満を述べていた。
「あ、あっ! マリちゃん、ずるいよ~。皆で倒したのに~」
「……なんて妹」
しかしユウの反応は芳しくないことにマリファが気づく。
「ご主人様、どうされました?」
「あ、うん。コカトリスの素材がな」
コカトリス、それも名持ちの。血は石化を治すポーションの素材に、羽根は矢羽から防具に装飾。嘴は武器の素材にもなる。つまり捨てるところがない貴重な魔物なのだが、マリファの樹霊魔法によってコカトリスの身体は木っ端微塵になっており、素材の多くは使い物にならなくなっていた。
「……ダメな妹。でもお姉ちゃんは許すよ?」
「くっ。レナ、あまり調子に乗らない方がいいですよ」
「……マリファのせいでコカトリスの素材がダメになった」
「ぐぅ……っ! ご、ご主人様、申し訳ございません」
「いや、素材を気にして怪我をするようじゃもともこもないからな。それに――ニーナ、どうかしたのか?」
「えっとね。コロとランちゃんがランクアップするみたい」
以前『妖樹園の迷宮』でコロとスッケがランクアップしたときと同じようにコロとランの身体が光り、やがて光が全身を覆い尽くす。光が消えるとコロの真っ黒な体毛には炎のような模様が入り、ランは雲のような模様の金色部分がより濃くまるで稲光のようであった。
「魔炎狼に金雲豹か。良かったな」
ユウの言葉にランは尻尾を足に絡ませて答えるが、コロはランも同時にランクアップしたことが気に食わないのか、どこか釈然としない様子であった。
ユウたちのいる場所から南西三十キロほどの場所を十人ほどの人族の一団が駆けていた。
「急げ! すぐ後ろまできてるぞ!!」
「わかってる! アリとルリはついてきてるか?」
「だ、ダメだ。ハイエナバードに捕まった!!」
「クソッタレが! 皆、止まれ! もう殺るしか俺たちが生き残る道はねえっ!!」
体長三、四メートルほどのハイエナバードの群れに追いかけられていた一団は、これ以上の逃走は無駄に体力を消費するだけだと判断し、武器を手に取りハイエナバードの群れに向かい合う。一匹のハイエナバードの鉤爪には仲間であるアリとルリという名の姉妹が捕らえられていた。幸いまだ息はあるようだが、ハイエナバードの鉤爪が防具を突き破って身体に喰い込み夥しい量の血が流れている。
「ハイメ、一匹ならともかく。これだけのハイエナバードの群れ相手に勝算はあるのか?」
「勝算があれば逃げてねえよ! だが、これ以上は犠牲が増えるだけだ。なら皆殺しにされる前に殺るしか活路はないだろうがっ!」
ハイメと呼ばれた男が一団のリーダーなのだろう。ハイメの言葉に反対する者は誰もいなかった。皆がわかっているのだ。ここで戦わなければ嬲り殺しになるだけだと。ハイエナバードは群れで狩りをする魔物なのだが、獲物を徹底的に弱らせてから仕留める習性があるのだ。
「おらぁっ!!」
「喰らえ!!」
「風の力よ、我が手に集い刃となって敵を斬り裂け! 『ウインドブレード』!!」
ハイメたちは剣や弓に魔法で攻撃をするが、ハイエナバードの強靭な羽毛によって満足にダメージを与えることができなかった。その間も仲間たちが次々とハイエナバードの鉤爪によって傷つけられていく。気づけばリーダーのハイメを含め全員が満身創痍の状態であった。
「も……もう、ダ、ダメだ」
「あき……諦めるな! こんなとこで死ぬわけにはいかねえ!!」
獲物に抵抗する力がないと判断したハイエナバードたちが、一斉にハイメたちに襲いかかる。もう終わりかとハイメですら思ったそのとき――
ハイエナバードたちが一斉に動きを停止させた。
「…………な、なにが起きたんだ!?」
ハイメたちを攻撃していたハイエナバードから空を旋回しながら周囲を警戒していたハイエナバードまで、次々とハイエナバードが地へと落ちていき、そのまま動くことは二度となかった。
突然の出来事に驚きを隠せないハイメたちであったが、ハイエナバードの死体の中心で立っている一人の、否。人と呼ぶにはあまりにも悍ましい空気を漂わせているアンデッド――ラスが立っていた。そしてラスの傍にはハイエナバードに捕らわれていたアリとルリの姉妹の姿が。ハイメたちは気づかなかったが、すでに姉妹はラスの白魔法によって治療されていた。
「な……なんだお前は! 俺たちになにか用でもあんのか!」
強がるハイメであったが、ラスから感じる恐怖を抑えきれずにいた。それは他の仲間たちも同様で、全身を襲う震えによって満足に口を閉じることすらできなかった。
「質問するのはこちらの方だ。持っている
ラスの周囲には、アリとルリのアイテムポーチから抜き取ったタブレットが浮かんでいた。
「こいつっ、アリとルリのタブレットを盗んだのか! 返しやがれっ!」
「やめろ!! あいつの言うとおりにするんだ」
皆が男を制したハイメに心から感謝した。なぜならラスの白骨化した左手には大小様々な魔玉が握られ、周囲にもタブレット同様に無数の魔玉が漂っていた。『魔鳥の籠』の魔物をどれだけ殺したのか。ただ対峙しているだけで体力が、精神が削られているようにハイメたちは感じていた。
ハイメの言葉にある者は肩から下げていた鞄から、またある者はアイテムポーチよりタブレットを取り出しラスの前に積み重ねていく。冒険者が迷宮探索の際にタブレットを回収することはあるが、それはあくまでもアイテムポーチや鞄に余裕があるときのみである。ハイメたちが出したタブレットの数は、冒険者が集めたというには無理がある数であった。
ラスはタブレットに書かれた内容を一つひとつ確認していく。そして思わず言葉を呟く。
「『
「なんのことだ。俺たちをどうする気なんだっ!?」
「待てっ! 昔、長から聞いたことがある。俺たちは『葬られし民』だと……あんた。いや、あなたは何者なんだ?」
ハイメの問いかけにラスは無言を貫く。ラスが杖を構えるとハイメたちは身構えるが、満身創痍の傷が瞬く間に傷が癒され。発動したのが白魔法第4位階『ハイヒール・ インクリース』だとわかると、ラスに対する疑問はより深まった。
「この周辺の魔物は駆除しておいた。しばらくは大丈夫だろう。タブレットを設置終え次第、帰るがいい」
「待ってくれ! 俺の問いかけに答えてくれ!」
「戻って同胞に伝えるがいい。
最後までハイメの問いかけに答えることなく、ラスはその場をあとにした。
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