第184話 冒険者ギルド会議 前編

 王都テンカッシ。ウードン王国に住む者であれば、誰もが知っているウードン王国の王都である。

 ウードン王国の中枢であり、王都より二十の都市へ指示を出し、そこからさらに都市周辺の町や村など細部にまで伝達が行き渡る。

 話は変わるが冒険者ギルド総本部。

 レーム大陸に数千はあると言われている冒険者ギルドの総本部はどこか? この問いかけに答えられぬ者など、どこを探してもいないだろう。他国の者に王都テンカッシはどこの王都か? と尋ねて答えられぬ者はいても、冒険者ギルド総本部がどこの国にあるかと尋ねれば、皆がこう答えるだろう――


 偉大なる大賢者が住まう国、ウードン王国と。


 これでは冒険者ギルドではなく、大賢者が有名なだけではないかと思うかもしれないが、どういうわけか人々の間では大賢者と冒険者ギルドはセットで記憶されているのだ。

 その冒険者ギルド総本部だが、今日は四階の会議室に各都市の冒険者ギルド長が集まっていた。

 四年に一回ある全支部冒険者ギルド会議、レーム大陸中の冒険者ギルド長がウードン王国の王都テンカッシに集まり、今後の方針や運営などを話し合う会議。年に一回ある各国の冒険者ギルド支部長が集まる会議。そしてこの日は、半期に一度あるウードン王国内の各都市の冒険者ギルド長が集まるウードン支部会議であった。

 会議室内ではレーム大陸中の冒険者ギルドからもたらされた情報を、司会進行役の女性が説明し、各都市の冒険者ギルド長に共有されていた。司会進行役は一見少女にしか見えない女性でなのだが、その特徴的な耳の形と赤毛からドワーフ族の女性とわかる。これでも立派に成人したドワーフの女性なのだ。


「――『爆炎剣』ことシャム・ドゥ・ブラッド、以上が前期Cランク昇格者となります。続きまして、Bランク昇格者ですが」


 ドワーフの女性がCランク昇格者の共有を終え、続いてBランク昇格者の名前を挙げていく。


「最後にユウ・サトウ、以上がBランク昇格者となります。続きまして――」

「おい、待ってくれ。そのサトウって奴は何者だ? 前の会議ではCランク昇格者で名前は挙がっていなかったよな?」


 要塞都市モリーグールのギルド長が声を上げた。


「はい。少々お待ち下さいね。えっと……資料によりますと、ユウ・サトウは冒険者登録をしてから、一年と経たずにBランクに昇格しています。そのせいで前回の支部会議では名前が挙がっていません」


 淡々と述べるドワーフの女性の言葉に周りがざわついた。


「一年以内にBランクに昇格って……精霊騎士ゴリヴァに匹敵する早さだな。種族は竜人か鬼族か?」

「待てよ。俺のところに来てる情報だと、そのサトウって奴は人族のそれも十二~十四才くらいのガキらしいじゃないか」

「はあっ? そんなガキが一年も経たずにBランク? どういうことだモーフィス?」


 各冒険者ギルド長の視線が、モーフィスへと集まる。当のモーフィスは頭部の髪を愛おしそうに数度撫でながら、周りからの問いかけなど気にもかけていなかった。


「おい。クソジジイ、なにを聞こえないフリをしておる!」

「はん? 誰がジジイじゃ。Bランクに昇格するのに、いつから年齢制限が加わったんかのぅ?」

「とぼけおって! 俺らはお前がそのサトウって冒険者に対して、優遇または不正にギルドポイントを操作して昇格させたんじゃないかって疑ってんだよ!」


 都市サマンサのギルド長が声を荒げて机を叩く。ドワーフの女性は慌てふためき、隣に座る男性へ涙目で視線を送る。


「それはないな」


 今まで黙っていた男がやれやれとばかりに言葉を発すると、ドワーフの女性の表情に笑みが戻る。


「カール、ないとは?」


 男の名はカールハインツ・アンガーミュラー、王都テンカッシにある冒険者ギルドのギルド長を務める者である。つまり数千あると言われている冒険者ギルドの事実上のトップであった。


「ユウ・サトウに関して不正や優遇はないと言っているんだよ。それは本部の方でも調査して確認が取れている。単独でアンデッドとはいえ、黒竜を倒す冒険者だ。十分にBランクの資格はあると思うがね」


 カールハインツの言葉に、要塞都市モリーグールと都市サマンサのギルド長は意地の悪い笑みを浮かべた。


「ハッハッハ。それならいいんだよ。いやな、俺んとこの錬金術ギルドの奴らが、そのサトウって奴に錬金術ギルドの秘匿されている技術や知識を奪われただの、商売の邪魔をされているって言いがかりをつけてきやがったからよ」

「うちもだ。サトウの情報を寄越せとまで言ってきたぞ」


 都市サマンサのギルド長が、面倒臭そうに唇を尖らせた。


「それで情報を渡したのか?」


 カールハインツの声質は先ほどと変わらぬものの、目が細まっていく。


「「バカ言えっ!」」

「あいつら錬金術ギルドの奴らがポーション販売を独占しているせいで、値段がちっとも落ちやしない。そのせいで一般市民にまでポーションが行き渡らずに、魔物に襲われた際の傷がもとでどれだけの民が死んでると思ってんだ! その中には子供だって大勢いたんだぞ?」

「商人ギルドも大概だが、錬金術ギルドの金に対する執着は見ていて吐き気がする」


 要塞都市モリーグールと都市サマンサのギルド長の言葉に、周りのギルド長たちは安堵する。冒険者ギルドは常に中立であらねばならない。たとえ相手が大国であろうと、特別扱いをすれば数百年に渡って護ってきた先人たちの努力が無へと帰す。


「その言葉を聞いて安心した。我々冒険者ギルドは常に中立、公平であらねばならない。モーフィスもそう思うだろ?」


 カールハインツの言葉に無言で頷くモーフィスであったが。


「モーフィス、言葉で聞きたい。に誓ってもらえないか?」

「よかろう。に誓って、儂は冒険者ギルド長として中立、公平を護ろう」


 しばらくモーフィスを見つめるカールハインツであったが、納得したのかドワーフの女性へ会議を進めるよう促す。


「はっ、それでは続きましてAランク昇格者ですが『巌壁』のフーゴ・ヒルシュベルガー、『百魔獣』のウーリッヒ、『迷い谷』のダーリング――」


 皆が納得する実績を持つ冒険者の名が、ドワーフの女性から次々と述べられていく。


「――以上がAランク昇格者となります。Sランク昇格者ですが、今回は残念ながら該当者なしとなっています。

 続きましてウードン王国内における精霊消失についてですが、現在も調査は進めていますが、原因は依然として不明となっております。今回の精霊消失に関連して、精霊魔法の使い手たちが無理やり精霊を使役することにより精霊が国を去ったという根拠のない噂が拡がり、精霊魔法の使い手たちが謂れのない中傷を受けているのが冒険者ギルドでも確認されています。冒険者からは、冒険者ギルドより精霊消失と精霊魔法の使用に関して因果関係は認められないと発表するよう要請がありましたが、原因がわかっていない以上、冒険者ギルドとしても安易な発表は控えるべきだという意見が出ております」

「まあ、気持ちはわからんでもないがな。農民からすれば精霊がいなくなったらどれほど農作物に影響がでるか、考えるだけで苦痛だろうよ」

「そらそうだ。税を納められなければ、待っているのは奴隷落ちだ」

「その精霊消失だがよ。特にカマー方面に被害が出ているって噂があるんだが、モーフィスはそれについてどうよ?」

「ふん。どうよと言われても、噂の話をされても儂からはなんとも言えんな。それとも数値や資料などの検証に値する物でもあるのか?」

「ぐっ、こんにゃろう……。相変わらずムカつくハゲ……じゃない……だと!? どういうことだ。モーフィス、その髪はどうなってんだ」


 モーフィスの隣に座っていた都市ウッディのギルド長が、モーフィスの髪の毛を引っ張るがつけ毛などではなく、モーフィスの髪の毛は本物であった。昔のモーフィスであれば、髪の毛を引っ張ろうものなら殴り合いのケンカになっていてもおかしくはないのだが、今は満面の笑顔で髪を引っ張られるのを受け入れている。


「髪? なんのことじゃ? 儂は昔からフサフサじゃったわい。言いがかりはよしてもらおうか」


 周りのハ……髪の毛が薄いギルド長たちからは、羨望の眼差しがモーフィスへ向けられていた。

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