第183話 一騎当千 後編
マリンマ王国海軍第一騎士団。
トライゼン将軍が手塩にかけて鍛え上げた騎士団である。高位の魔物、敵国の軍を相手にしても一歩も引かず、一度戦闘が始まれば敵を殲滅するまで戦い続ける姿は敵国から悪鬼と恐れられるほどである。その勇猛果敢な姿は、正しくマリンマ王国が誇る最強の騎士団である。小国のマリンマ王国が長年領土を他国から侵略されずに維持できているのも、この騎士団の影響が大きかった。
そのマリンマ王国が誇る騎士団が、たった一人の少年を前に為す術もなく蹂躙されているのだ。
「はあああああっ!!」
一人の兵が槍技『螺旋・剛』を繰り出す。熟練の槍士でなければ取得できないLV4の槍技なのだが、轟音を立てながらユウの心の臓目がけて迫る槍の柄を、ユウは無造作に握り力尽くで螺旋の回転を止める。握り締められた槍の柄からは、高速の回転を無理やり止めた際の摩擦により焦げた臭いが漂う。
「はがっ!? 素手で俺のら――ごはっ……」
ユウは掴んだ柄に回転を加え、槍技『螺旋・剛』を放つ。石突が鎧ごと兵の胸を貫くと同時に、魔法剣による黒魔法第4位階『氷華』が発動。胸の傷口より氷の花びらが、刃のようにズタズタに斬り裂きながら大輪の花を咲かせる。
「よくもっ、トランを殺りやがったな!!」
「待てっ、一人で突っ込むんじゃない!」
一糸乱れぬ攻撃が信条のマリンマ王国海軍第一騎士団が、恐怖と混乱から各々が勝手に攻撃しだす。
十人ほどの兵がバラバラにユウへ殺到するが。
「ぐっ……どうなってんだ! か、身体が重い……ぞ」
「付与……魔法だっ。付与魔法第3位階『鈍重』を使いやがった!」
「だ、誰か解除を……このままじゃ……殺らぺぶっ……」
通常では考えられないほどの魔力を込めた『鈍重』に抗うなど、後衛職ほど魔法抵抗の高くない前衛職の兵たちには無理なことであった。次々に重さに耐え切れなくなった兵が甲板に跪く。動けなくなった兵を、ユウは拳や蹴りでとどめを刺していく。
「ごふっ……ごの程度でお゛、俺ば……じなねえ……ぞ」
「待ってろ! すぐにポーションを飲ませてやるからな」
ユウの拳撃によって顎の一部を吹き飛ばされた兵を、回復させようとポーションを取り出すが。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あっぁぁぁぁ……」
傷ついた兵は急に胸を掻きむしり、そのまま死んでしまう。顔は毒々しい緑色に変色していた。
「ど、毒だっ! あの野郎、手に毒か毒魔法を使ってやがる!!」
「お……おのれ! 毒を使うなど戦場での礼儀も知らぬかっ!!」
怒り狂った兵たちが、剣を、槍を、戦斧を手に自分達が使える最高の技を繰り出すが、尽く返り討ちに遭う。
「卑怯? お前らほんと笑わせるよな。三千人で俺を囲んでおいて、どの口が言うんだよ」
ユウは戦闘中にもかかわらず、マリンマ王国の兵たちの言葉に思わず笑ってしまう。
甲板の上はユウが屠った兵の遺体が重なり合い、山のように積まれていく。にもかかわらず甲板の上は思いの外、血で汚されていなかった。ユウが意図的にやっていることに気づいた者は果たして何人いたか。
「あ……悪魔めっ。このまま殺されてたまるか! 荒れ狂う火よ、風よ、その力――」
「馬鹿者っ! 攻撃魔法の使用は許可していない!! ここは船上だぞっ!!」
魔導師部隊の一人が、恐怖から禁止されていた攻撃魔法を、それも広範囲に被害を及ぼす黒魔法第4位階『エクスプロージョン』の詠唱をする。周りの者が止めようとするが、気づくのが遅すぎた。『エクスプロージョン』の詠唱は完成し、高熱の爆風がユウと戦っている兵士諸共、本来であれば吹き飛ばすはずであったのだが。
「気をつけてくれよ。
『エクスプロージョン』の爆発のエネルギーが不可視の物体によって抑えこまれていた。物体の正体はユウが展開した黒魔法第2位階『エアウォール』である。本来空気の壁で矢や魔法を受け止める魔法なのだが、ユウはこの『エアウォール』で『エクスプロージョン』を包み込んだのである。ユウが右拳を握り締めると『エクスプロージョン』を包み込んだ球体状のエアウォールが、ぽんっ、という音とともに消え去った。
「うあ゛あ゛あああっ!! ば、化け物だ! この島に関わっちゃいけなかったんだ!!」
「ダ……ダメだ。勝てるわけ……ない。向かっても無駄死にだっ」
「逃げろっ。皆、逃げるんだ!!」
千もの兵が、ユウに傷一つつけることすら叶わずに死んでいく。そこに先ほどの『エクスプロージョン』を何事もなかったかのように握り潰したのである。恐れを知らぬマリンマ王国海軍第一騎士団の兵が逃げ出すのも無理はないだろう。恐慌状態になった兵が隣接する魔導船へ逃げ出そうとするが、押し合いになり海へと落ちていく。海と共に生きるマリンマ王国の者であっても、重い鎧をつけたまま海に落ちれば待っているのは溺死であった。運よく鎧を脱げた者を待っていたのは、海中に生息する魔物たちの顎であった。瞬く間に周囲の海が真っ赤に染まっていく。
「逃げるな! 敵前逃亡は軍法会議にかけるまでもなく死罪だぞ!!」
副官の命令に従う者などいなかった。隣接する二隻の魔導船に逃げ果せた兵たちが、許可なく魔導船を動かそうとするが。
「早く動かせ! あの化け物が来るぞ!!」
「やってる! やってるが動かないんだよ!!」
「だ、誰か外を見てこい!」
「わかった!」
数人の兵が甲板に上がると、魔導船が動かない理由に絶望する。
「お、おいっ! どうしたんだよ? なんで魔導船が動かないんだよ!」
「こ……こお……やがる」
「なんだって? もういい、どけよ! 俺が直接見る!! な……なんだこりゃ……」
三隻の魔導船を中心に海上が凍りついていたのだ。魔法を使える兵や魔導師たちが必死に火系統の魔法を放つが、氷は溶ける気配すら見せなかった。
「あ、あの化け物の……仕業か。はっは……なんだよこれ……ひゃはは……びゃははははあっ、皆死ぬんだ! み~んなだっ!! あひゃはははははっ!!」
兵の一人が狂ったように笑うが止める者はいない。皆が男の気持ちを理解していた。自分たちはここで死ぬのだと。鎧を脱ぎ捨て、氷の上を伝って海から島へ向かう者もいたが、五分も経たず海に赤い色を残した。
「ま……待ってくれっ! こう……降伏する。私はこれでもマリンマ王国海軍第一騎士団の副官を務め――」
「ダメだ」
副官の男は最後まで名乗ることすらできず、首を切断される。頭部と首の切断面はパオリーノと同じように凍りついていた。
三千いた兵は、今ではトライゼン将軍を護衛する精鋭五十のみになっていた。その精鋭たちも決死の特攻をするのだが、ユウの前に無残な死を遂げる。
「ネームレス王、私と尋常に勝負してもらおうか!」
トライゼンがミスリルの剣を抜き放ち、上段に構える。兵を率いる指揮官としてだけでなく、個の武勇も併せ持つトライゼンであったが、三千の兵をたった一人で倒す化け物に勝てるなどとは思ってなどいなかった。ただ一矢報いねば、死んでいった兵たちに申し訳が立たなかったのだ。
「尋常に勝負? さっきからどんだけ俺を笑わすんだよ」
「黙れっ!!」
トライゼンが剣技『五月雨斬り』を放つ。頭上より雨のような斬撃がユウに降り注ぐが、トライゼンの本命は斬撃の中で変化させた剣技『
「へえ。LV5の剣技を途中でLV6の剣技に変化させるなんて、結構やるんだな」
「あれを……躱したの……か? いや、私の剣を叩き折ったのか……。いつの間に」
トライゼンの持つミスリルの剣は根本から叩き折られていた。いつ叩き折られたのか、剣を持つトライゼンですら、気づくことができなかった。
「殺せ」
トライゼンは折れたミスリルの剣を放り投げると、甲板の上に座り込む。完膚なきまでに叩き潰されたからか、どこかトライゼンの顔は清々しくも見えた。
「俺の国のことを誰から聞いた?」
「殺せ」
「お前が死んだら、マリンマ王国はまた兵を送り込んでくるだろうな?」
ユウの言葉にトライゼンの表情が途端に曇る。
「お前は殺さない。国に帰って伝えるんだな。ネームレスに手を出せばどうなるかを」
「お……おのれっ! 私から兵だけでなく騎士としての誇りまで奪うのかっ!」
「お前の誇りなんて知るかよ。ここで無駄死にするか、国に戻って犠牲者を減らすか、どちらを選ぶ?」
「……っ! ぐ……ぐぅっ……ぐぎぎ……っ!!」
ユウの言葉にトライゼンは歯ぎしりし、親の敵でも見るかのようにユウを睨みつけ、口から溢れた血が甲板に落ちる。
トライゼンはユウの提案を受け入れる。ユウが召喚したロック鳥に乗ってマリンマ王国へと帰っていくが、その姿は名門貴族の出で常に自信に満ち溢れていた姿からは想像できぬほど、憔悴しきっていた。
「アオ、いるか?」
ユウが甲板より海に向かって呼びかけると、氷を突き破ってアオが顔を出す。口から垂れる血は、恐らくは海に逃げ出したマリンマ王国の兵を喰ったのであろう。
「こら、変な物食べたら腹壊すぞ」
「きゅーん」
大丈夫だよと言わんばかりに、アオはユウの顔を舐める。その際、血だらけのアオの舌で舐めたために、ユウの顔が血塗れになる。
「お前なぁ……まあ、いいや。この船を島まで引っ張ってくれよ」
「きゅんっ!」
アオが任せてと返事する。ユウが魔導船の錨をアオに銜えさせると、アオは三隻の魔導船を難なく島まで引っ張っていく。
「おいっ、船が来るぞ。引っ張ってんのはアオだ」
見張り台では魔導船を引っ張るアオの姿に、騒然としていた。
「ナルモ、王様は無事なんだろうな?」
「船首に立ってるけど、顔が血塗れだぞっ」
「なにっ!? ど、ど、どういうことだ!」
「いてっ、知らねえよ。こんにゃろ!」
「いってえっ!」
アガフォンがナルモの顔に頭突きをするが、お返しとばかりにナルモがアガフォンの炭化している腕に触れると、激痛でアガフォンが飛び上がる。
「お前ら、なにしてんだ?」
「王様、お帰りなさい。あの~、その顔は怪我されてるんですか?」
「怪我はしてない。アオが血塗れの舌で舐めたからだよ。それより、この船貰ったから船内の備品と遺体から装備とか剥ぎ取っておいてくれ。あ、マウノとビャルネに頼んで船の構造調べさせないとな。
それにしても今日は儲かったな。船は手に入るし、装備は配っても余るから解体して使い回してもいいし、あいつらまた来てくれないかな」
淡々と話すユウであったが、船に乗り込んだ者たちはその凄惨な光景に血の気が引いていた。
「アガフォン、その腕どうしたんだ? それに周りの奴らも顔とか腫れてるし」
「えっ、これはその……。なんでもないです」
「どうせいつもみたいにケンカでもしたんだろ? しょうがない奴だな」
ユウはアガフォンの炭化した両腕にヒールをかける。アガフォンは治った手を開いたり閉じたりして、傷が完治したのを確認すると笑みを浮かべた。
「ありがとうございます!」
「あの……。王様、俺たちの顔も……」
「甘ったれんな。くだらないケンカしてできた傷まで、なんで俺が治さないといけないんだよ。ラス、村に戻ってマウノとビャルネを連れてくるぞ」
「かしこまりました」
マリンマ王国、謁見の間では怒号が飛び交っていた。
「トライゼン将軍、よくもおめおめと帰ってこれましたなっ!」
「儂の息子は死んだのに! あなたは無傷とはどういうことですかっ!!」
「三千の兵全てを失うとは……。しかも失ったのはただの兵ではありませんぞ!! マリンマ王国の主力である海軍第一騎士団! 今後、周辺国家からどのように国を護るのだっ!? トライゼン将軍は此度の件、どのように責任を取るおつもりか?」
「兵だけではありませぬぞ! 我が国に五隻しかない魔導船を三隻も奪われるとは、魔導船を失った損失は兵以上ですぞっ!!」
ユウの召喚したロック鳥によって、トライゼンは翌日にはマリンマ王国へと帰還していた。トライゼンは全てを包み隠さずフール王へ報告するが、待っていたのは家臣たちによる辛辣な罵倒であった。特に今回の遠征で息子を失った家臣たちの怒りは凄まじく。トライゼンをその場で殺さんばかりの罵倒を繰り返した。しかしトライゼンは一言も反論することなく、全ての否は自分にあると言い放つ。また肥沃な地、世界樹やドライアードがあることは確認できなかったが、島に手を出すことはマリンマ王国に無駄な犠牲を出すだけなので、今後一切手を出さぬようにと進言した。
「言い訳もせぬとはっ! なんとか言ってはどうですか!!」
「待たぬか。このような殺気立った場では、トライゼン将軍も話せぬこともあろう」
家臣たちのあまりの剣幕にフール王が助けの手を出すが。
「陛下っ! 他人事のように言っていただいては困りますぞ。此度の件はトライゼン将軍だけではなく、任命した陛下にも責任があるということを忘れてはいないでしょうなっ!」
フール王に息子を失った家臣の一人が詰め寄る。普段であればこのような振る舞いをすれば、その場で手討ちにされてもおかしくはないのだが、周りの家臣たちも同じようにフール王へ詰め寄った。
「ま、待たぬか! 此度の件は儂にも責任があるのはわかっておる。今はトライゼン将軍が持ち帰った情報をだな……」
「陛下、過剰なお言葉ありがとうございます」
跪いていたトライゼンが立ち上がり、フール王へ礼を伝える。怒号が飛び交う謁見の間で、その声は驚くほど通った。
「な、なにを言っておるか! 自分がどれほどの損害をマリンマに与えたかわかっておるのか!!」
とても反省しているように見えぬトライゼンの佇まいに、家臣の一人が罵声を飛ばす。
「わかっておりますとも。しかし、今は
「なにをっ! どのように我らを納得させる!! 申してみよっ!!」
「さよう。申してみよ!」
「このようにです」
トライゼンは懐より短刀を取り出す。本来であれば謁見の間に入る前に身体検査をするのだが、事が事だけにトライゼンは帰還したその足で謁見の間へと来ていたのだ。
「なにをするつもりだっ! ええい、そこの兵なにをやっておるか!! トライゼン将軍を、いやトライゼンを取り押さえぬか!!」
「待て。トライゼン将軍、落ち着かぬか」
「三千の兵の死を無駄にせぬためにも、私のこの姿を戒めにしていただきたい」
トライゼンを取り押さえていいのか判断に迷っている兵たちの前で、トライゼンは自分の首に短刀を当てると引いていく。トライゼンの首に赤い線が走り、一気に血が迸る。瞬く間にトライゼンの首から足の先まで血によって赤く塗り潰される。常人であればこの時点で出血多量により、満足に動くことはできないのだが、マリンマ王国で名を馳せたトライゼンの手が止まることはなかった。やがて刃が頚椎にまで届くと、トライゼンの手が止まる。玉座の間にいる王、宰相、家臣、護衛の兵、誰もがそこで終わると思った。
「へ……陛下、あ、あの島にば……ごふっ、て……手をだせ……ば…………マ゛リ……ンマば……滅びまずぞ」
トライゼンは最期まで王を、マリンマの民のことを案じ、警告の言葉を伝えると残る力を振り絞って頚椎を力尽くで断ち、その勢いを落とすことなく首を切断した。
あまりの光景に謁見の間にいる者たちは絶句し、玉座へ繋がる赤い絨毯の上をトライゼンの首が転がった。その壮絶な最期は、フール王、宰相、家臣、護衛の兵たちの記憶に大きく刻まれた。
フール王は今回の遠征の責任を取り、王位を第一王子へと譲る。トライゼンの命がけの進言の効果もあってか、マリンマ王国がネームレス王国に再び手を出すことはなかった。しかし、主力であるマリンマ王国海軍第一騎士団を失い。また五隻あった魔導船の内三隻も失ったマリンマ王国の軍事力は大幅に減少し、周辺国家に徐々に領土を切り取られていく。やがてマリンマ王国はとある国に吸収され、マリンマ王国の王族は一領主として存続することになるのであった。
マリンマ王国の発展を願ってネームレス王国へ兵を差し向けたフール王であったが、のちに欲深き愚王として長く語り継がれることになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます