第178話 昼食
森の中を駆け抜ける影が一つ、二つ、次々と小さな身体を活かして茂みをかき分け、最短の道を選択していく。
「いそげいそげ~! ニーナねえちゃんたちに負けちゃうぞっ!」
「あったよ!」
山菜を見つけたインピカが叫ぶと、周りの子供たちが集まる。ムルルや幼い子供たちが、根ごと引き抜かないように気をつけて山菜を摘んでいく。
「インピカちゃん、こっちもあるよ」
ムルルが指差す山菜にインピカが鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。
「これはだめっ。にてるけど毒があるやつだよ」
「そうなんだ……」
しょぼんとするムルルであったが、次はキノコを見つけてインピカや年上の子供に確認して採集していく。
「いいぞ。おれたちが一番じゃない?」
「ゆだんしちゃだめだよ! ほら、あっちの子たちもカゴにいっぱい入ってるもん」
「なにー! いそげいそげ~!」
見ればインピカたちとは別に、五~六人のグループが七つほど目につく。グループは年齢や種族などを加味して分けられていた。鼻の利く獣人の子供たちを先頭に、身体能力の劣る堕苦族の子供が採集、動きは遅いが力のある魔落族の子供が荷物を持つなど、子供たちなりに役割分担を決めていた。
山城の中腹にある湖の辺りでは、マリファとお揃いのメイド服に身を包んだマリファ曰く、メイド見習いの少女たちがブラックウルフたちの餌の準備をしている。マリファが連れ帰った十七匹のブラックウルフたちも、子を生んだり新たに拾ってきたりなどで百ほどの群れにまで増えていた。中にはコロのようにランクアップしたブラックウルフも二十匹ほどいる。もっとも、ランクアップしたといってもランク3のシャドーウルフなのだが、それでも群れの中では頭一つ抜けた実力を持っていた。
「お、お姉さま、じゅ、準備ができましてよ? できました?」
虎耳に尻尾を生やした少女が、言い慣れぬ言葉遣いに苦戦しながらブラックウルフの餌の準備ができたことをマリファへ報告する。その少女を笑う者はここにはいない。他の者たちも同レベルなのだ。
「わかりました」
マリファが報告に満足そうに頷き、ブラックウルフたちの前へと移動する。コロを真ん中に、横一列に並ぶブラックウルフたちの姿はなかなか様になっていた。まだ小さな子供のブラックウルフは、皿に盛られた肉や野菜に果物を前に口から溢れる涎を抑えることはできないようであった。その様子をユウはランの腹を撫でながら見ている。個として生きるランには、群れで生きる狼の姿がどこか滑稽に見えていたのだが、そのような考えを顔に出すことはなかった。万が一、マリファに気づかれればどんなことになるのか、わかっているのだ。
「食べてよし。ただし、お行儀よくですよ」
いつもどおりの冷淡な口調であったが、ユウの前で恥をかかせればどうなるか、わかっているでしょうねと、マリファの目が語っていた。緊張で身体を強張らせるブラックウルフたちの姿に、マリファの後ろで整列しているメイドたちが気持ちはわかると同情する。ともあれ、散々焦らされた食事である。主であるマリファの許可がでた瞬間に、ブラックウルフたちが一斉に肉に齧りつく。
「アオオオーンッ!」
食事に興奮して吠えるブラックウルフや、メインの肉をあっという間に平らげて果物を口いっぱいに頬張るシャドーウルフなど、幸せそうな咀嚼音が鳴り響く。
「所詮は獣。浅ましい食事風景ですね」
ユウの後ろに控えていたラスが、ブラックウルフたちの食事風景に蔑んだ目を向ける。ランもラスの意見に同意するわという顔をしていたが、私はあいつらとは違うからねとユウの足に頭を擦りつけた。
「そうか? 行儀よく食ってるじゃないか」
ユウがブラックウルフたちの食事を眺めていると、自分の分を食べ終えた一匹のシャドーウルフが、横にいた子供のブラックウルフの餌を奪おうとする。
「ヴォンッ!!」
力尽くで餌を奪おうとするシャドーウルフだったが、それに気づいたコロが跳びかかりシャドーウルフの顔を踏みつけて地面に縫いつける。コロに押さえつけられたシャドーウルフは「キャインッ!」と情けない声で鳴き、耳を後ろに倒し群れのボスであるコロに服従の意を示す。コロがチラリとマリファを見ると、マリファは満足そうに頷いていた。その姿にホッ、としたコロは次にユウに視線を向けて尻尾を振る。ユウは仕方がない奴だなという風に笑みを浮かべてコロを見ていた。調子に乗ったコロは「どうだ? お前は俺のようにご主人様に褒められることはないだろう?」とフンっ、と鼻を鳴らしランを挑発するが、当のランは「馬鹿じゃないの?」と私は興味ないわと言わんばかりに、ユウの頬に尻尾をペシペシと擦りつけ自分を構えとちょっかいを出していた。無視されたコロは「グルルゥ……」と悔しそうに唸る。なぜかマリファの表情も羨ましそうな悔しそうな顔であった。
賑やかな食事風景であったが、そのとき空から声が聞こえてくる。
「いっちば~んっ!」
「……また勝ってしまった」
箒に跨ったレナとニーナが空より降りてくる。ニーナは箒の上に立つと「えいっ」と跳び上がり空中でクルッ、と回転してユウに抱きついた。
「ニーナさん、危ないじゃないですか! それにご主人様から離れてください」
「えへへ~。ごめんなさ~い。マリちゃん、これあげるから怒らないでよ」
ニーナは山菜やキノコが山盛りに入った籠をマリファに渡す。
「……怒りっぽい妹」
「誰が妹ですかっ! それに怒っているのは誰のせいですかっ!」
マリファの後ろでメイドたちが「ぷっ」と吹き出すが、マリファから冷たい視線を向けられると、慌てて顔を取り繕う。
「ただいまーっ! わたしたちがいちばん?」
「あ~っ! ニーナねえちゃんたち、もどってきてるっ」
森の中から子供たちが続々と戻ってくる。籠にはニーナたちと同じように山菜やキノコなどがぎっしりと入っていた。
「王さま、レナねえちゃんたちズルいんだよっ! お空とんでいくんだからおいつけないよー」
「おれたちは森の中ちゃんとはいってるのにずっこいよな!」
「そうそう! それにニーナねえちゃんはナイフつかってるんだっ! おれたちは手でつんでるのにズルいよ!」
「えへへ~。だって負けたらご飯抜きだから負けられないよね?」
ズルいの大合唱をしながらニーナを囲む男の子たち、ニーナがごめんね~っと謝りながら許してと抱きつく。一方女の子たちは――
「レナおねえちゃんはどうしておそらとべるの?」
「……天才だから」
「わたしもおそらとびたーい!」
「じゅう人はまほうがあんまりつかえないって、とうちゃんがいってたよ」
「え~。レナおねえちゃん、わたしじゅう人だからおそらとべないの?」
「……とべる」
「ほんとに?」
「……私は嘘つかない」
「ズルはするようですけどね」
マリファのツッコミに、思い出したかのように女の子たちがレナに空を飛ぶのはズルいよ~っと、抗議する。レナはマリファに視線を向け「……余計なことを」と呟きながら逃げていく。
「王さま、わたしたちがとってきたんだよっ」
ユウが籠に入っている山菜やキノコを確認していると、インピカが座り込んで「すごいでしょ?」と尋ねる。
「ああ、似たような形で毒を持ってるのもあるのに、ちゃんと見分けて採ってきてるな。大したもんだ」
「でしょーっ!」
「オドノ様、俺も採ってきたんだぞっ」
褒められて大喜びのインピカが、ユウの周りを跳びはねる。
子供たちも全員戻ってきたというところで、森の中から大きな人影が出てくる。
「なんだお前ら、それぽっちか? 俺なんかこんなに採ってきたぞ!」
羆族(雑種)のアガフォンである。背負った籠の中には、籠から溢れ出さんばかりの山菜が入っていたのだが……。
「あーっ! クマ、ねっこからとってきてるっ。いーけないんだー、いけないんだーっ!」
「ほんとだっ! ぜんぶとっちゃつぎにとれなくなるからダメなんだよ?」
「うるせえっ! 俺に負けたからって負け惜しみ言うんじゃねえよ! それに俺は熊じゃなくて羆だっての!」
大きな声で威嚇するアガフォンであったが、子供たちは怯むどころか「クマのばかー!」「わたしたちでもしってるのにね?」と、全く効果はなかった。
「王様、どうですか? 俺の採ってきた山菜は? あんなガキ共が採ってきた物とは一味違うでしょう!」
「お前、なにしに来たんだ?」
「なにしにって……決まってるじゃないですか。畑仕事が終わったんで、俺も王様と一緒にご飯を食べにきたんですよ。ガキ共ばっかりズルいじゃないですか」
アガフォンは畑仕事が終わったと言っているが、正確にはお昼休憩なだけである。ユウと一緒にいる子供たちが羨ましくて、慌てて来たのだ。
「ズルいってなんだよ。お前……これタラの芽モドキだから毒だぞ」
「そうでしょう、そうで……えっ?」
「こっちも毒だな。お前なぁ、根ごと引き抜く奴があるか。子供の方がわかってるじゃねえか」
「そ、そんなぁ……」
がっくりと項垂れるアガフォンを子供たちが元気だしなよと慰めるが、子供に慰められるということが逆にアガフォンを惨めな気持ちにさせた。
「王さま、おなかすいた……」
「おれもぺこぺこだよ」
「ごっはん! ごっはん!」
「そうだな。みんな揃ってるし、飯にするか」
土魔法で創られたかまどに鉄鍋を並べていき、油を注ぎ火をかける。その間に採ってきた山菜やキノコを水洗いし、食べやすい形に切っていく。ユウは箸で油が適温になったのを確認すると、山菜、キノコと次々に油の中へ入れていく。油からパチパチと弾けるような音が鳴ると、子供たちが珍しそうに近づいてくるが。
「油が跳ねるから、近づくなよ」
「「「はーい」」」
パララと呼ばれるアスパラにそっくりな野菜にベーコンを巻きつけて揚げる。他にもアオが持ってきた魚、ビッグボーの肉を使ったメンチカツやコロッケなども同じように揚げる。次々と揚がっていく天ぷらを、メイドたちが行儀よく待っている子供たちに配っていく。
「ほら、もう行き渡ってるなら食べていいぞ。揚げたての方がうまいからな」
おとなしく待っていた子供たちが、ユウの言葉を合図に一斉に天ぷらを食べていく。
「うめぇっ!」
「あつっ! おいしいね?」
「ユウ~、美味しいよ~」
「……あひゅい」
採れたての山菜やキノコを使った料理だ。不味いわけがない。初めて食べる天ぷらに子供たちは大喜びであった。
「お前たちも食べろよ」
「いいんですかっ!」
ユウがメイドたちに食事を促すと、待ってましたとばかりに歓喜の表情を浮かべるのだが。
「こほん」
マリファがわざとらしい咳払いをする。
「ひっ、ご……ご主人様がお食事をされていないのに、私たちが先に食べるわけにはいきません」
「うう……お腹空いたよ」
「当然です。メイド見習いのあなたたちが、ご主人様より先に食事をしようなどとは恥を知りなさい!」
「メイド見習いってなんだよ」
「ご主人様にお仕えするメイドにはランクがあります。一番下がメイド見習いになります」
マリファが勝手に作ったメイドランクである。上から奴隷メイド長、奴隷メイド、奴隷メイド見習い、メイド長、メイド、メイド見習いの順である。なぜ奴隷の方が上になるのかは、奴隷は主であるユウの所有物なのだから当然だと、マリファは言い切る。
「なんかめんどくせえな。そんなこと言わずに食べてみろよ。旨いぞ?」
ユウがタラの芽の天ぷらを箸で摘んで、マリファの口元へ持っていく。
「お姉さま、食べるかな?」
「まさかっ! あんだけ言ってたのに自分だけ食べるわけないわ」
「そうね。お姉さまは自他共に厳しい方だから」
小声でメイドたちが話し合う。メイドたちは確信していた。あのマリファが、メイドの鑑と言ってもいいマリファが、例え主であるユウからあ~んしてもらったからといって、自分たちを裏切って食べるはずがないと!
「いただきます」
「「「ええっ!?」」」
驚愕の表情で凝視するメイドたちをよそに、マリファは髪がユウの手にかからないようにかき上げて食べる。頬だけでなく耳まで真っ赤にしたマリファの表情は、普段の氷を思わせる姿からは想像もできなかった。
「美味しいです」
「だろ? やっぱ揚げたての方が旨いからな」
「はい。私もそう思います」
マリファの中でユウのお願いを断るという選択肢はなかった。納得のできないメイドたちが「ズルい……」と怨嗟の声を漏らしていた。
「王さま、ムルルがのどかわいたって」
「おっ、飲み物用意してなかったな」
「すぐに用意します」
マリファがメイドたちにコップを用意するよう指示を出すが。
「いや、コップはこっちで用意する。ラス、これできるか?」
ユウは黒魔法第一位階『アイスブレット』を応用して、氷のコップを創りだす。次々と同じ形、厚さでできた氷のコップが人数分できる。
「なにこれっ!」
「氷のコップだ!! 王さま、すっげぇ」
「冷た~い」
子供たちは氷のコップに大はしゃぎであった。
「マスター、この程度容易いことです」
ユウの傍に控えていたラスが、ユウを真似て氷のコップを創りだすが、できあがったコップは形や厚さが不揃いであった。
「む……」
「これじゃ使い物にならないな。お前は急激に力をつけたから、こういった細かい魔力操作が苦手なんだよ」
「……私もやってみたい」
ユウとラスのやり取りを見ていたレナが参加する。ユウほどではないが、レナの創りだした氷のコップは整っていた。
「やるじゃないか。魔力はラスの方が上だけど、操作はレナの方が上だな」
「そんなバカなっ!?」
「……ふふ。魔力もすぐ追い抜く」
「レナ殿っ、今回は私の苦手な氷系の魔法だから負けたのであって、他の系統であれば私の方が上だということをお忘れなく」
「……負け惜しみ」
「ぐぬぬっ」
「ラス、レナに負けたの? やーい、ラスの弱虫ー」
「……レナお姉ちゃんでしょ」
「ナマリっ!」
ラスとレナが逃げるナマリを追いかけるが、ユウはかかわるだけ疲れるとつき合わなかった。メイドたちもやっとマリファから許可がでたのか、子供たちと一緒に食事を楽しむ。
「うまっ!」
「熱々で美味しいっ」
「氷のコップもいいわね。水が冷えているだけで、こんなに美味しく感じるなんて」
楽しそうな雰囲気に釣られてか、ピクシーやヒスイたちもいつの間にか昼食に参加していた。
「ねね? 王さまのとってくるお肉は、なんでいつもメスなの?」
一人で落ち着いて食事したいユウであったが、子供たちやピクシーがそれを許さなかった。その中の子供の一人が前から気になっていたことを質問する。
「なんでって、肉は大体メスの方が柔らかくて旨いんだよな」
「えー、お肉はちょっとかたいほうがおいしいよー」
「おれはやわらかいほうがすきだな」
獣人の子供たちは少し歯応えがある肉が好みで、堕苦や魔落族の子供たちは柔らかい肉を好んだ。
「王様、さすがですね。俺も前からそう思っていました!」
「クマのうそつきっ! まえにかたい肉が食べたいっていってたのにー!」
「そんなこと言ってねえ」
「言ってたもん! もうちょっとかたいお肉がいいな~って言ってたもん!」
アガフォンの嘘に、子供たちからは不満の声が上がる。
「アガフォンは硬い肉の方が好きなのか?」
「いいえ! 今は柔らかい肉の方が好きです」
「クマってズルいよね?」
「うん。ズルい」
子供たちからの冷たい視線がアガフォンに集まるが、ユウと話せることに夢中でアガフォンは気づいていなかった。
天ぷらを食べ終えると最後はデザートである。子供たちはどちらかと言えば、こちらの方が楽しみなくらいだ。今日のデザートは苺、ユウが育てている苺は甘いモノを選別して、ヒスイと共に栽培していた。唯でさえ、糖度の高い苺の上からお手製のコンデンスミルクをたっぷりかけていく。甘い香りに、お腹がいっぱいのはずの子供たちやメイドたちの口からは涎が垂れていた。
「蜂蜜、蟻蜜より美味しい物なんてあるわけないじゃない」
「ふふん。私たちの舌を満足させることができると思えないけど」
「みんな、無理しちゃって~、それじゃ私とヒスイが食べるからね~」
「食べないとは言ってないでしょ! 待ちなさいよっ!!」
無駄に舌の肥えたピクシーたちが、甘い香りを漂わせる苺の匂いに小さな鼻をひくひくさせる。どれほどの物だと口を目一杯開けて齧りつくと――
「あっま~い!!」
「なにこれっ! なにこれー!!」
「ユウさん、美味しいでふ」
「いや、これお前と一緒に作った苺だからな」
ヒスイがほっぺが落ちないように手で支えながらユウに話しかける。モモや他のピクシーたちも、苺とコンデンスミルクの旨さに地面を転げまわる。
「……最強、この苺は最強っ」
「ユウ、これ美味しいよ~。はい、あ~ん」
「これは俺が作った苺だ」
「ニーナさん、その役目は奴隷メイドである私の役目です!」
「え~、マリちゃんはさっきユウにあ~んしてもらってたのにズルいよ~」
我を忘れて苺を頬張るレナに、ユウに食べさせようとするニーナを阻止しようと、マリファが立ちはだかる。
「く、くるしい」
「もう食べれない」
「イチゴおいしかったね」
「うまかった!」
子供たちは限界を超えて苺を食べたために、イカ腹のように膨れた腹を押さえながら苦しそうに地面に寝転がる。苦しいはずなのに、その姿は幸せそうにも見えた。
マリンマ王国。
ウードン王国の北西にある海沿いの小国である。
その小国の謁見の間に、イリガミット教のローブに身を包んだ男が跪いていた。聖国ジャーダルクの司祭である。
「で、その宝の山があるという島についてもっと詳しく教えよ」
「かしこまりました」
王の言葉に聖国ジャーダルクの司祭は笑みを浮かべるのであった。
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