第177話 あそびましょー

 ネームレス王国の山城。

 正門までに道らしい道などない。草や樹が侵入者を拒むように生えているうえ、ラスのかけた迷いの魔法により、気づかぬうちに同じ場所を巡回してしまう。子供たちが中腹にある湖の辺で遊ぶ際は、ユウの時空魔法で創り出した門を通るなどして来ている。その険しい山を、草木を掻き分けて進む一団があった。


「ピクシーちゃん、こっちであってるの?」

「私を信じなさい! それと私のことはピクシーじゃなく、アカネって呼びなさいよね!」


 インピカの問いかけに、赤毛のピクシーが自信満々に言い放つ。


「おにいちゃん、ムルルちゃんがもう歩けないって」


 堕苦族の幼女がもう歩けないと地面に座り込んでいた。


「ほら、俺がおんぶしてやるから」

「うん。ありがと」

「ムルルちゃん、よかったね」


 堕苦族の幼女ムルルは可愛らしく頭を下げて、犬族(雑種)の兄妹に礼を言う。この兄妹は数ヶ月前にユウが助けた獣人の兄妹である。

 ムルルはおぶさると、顔に触れる毛の感触が気持ち良いのか「ふふっ」と笑みを零す。

 集団の人数は四十人ほどで、獣人、魔落、堕苦族の子供たちである。集団の先頭はアカネとインピカで、どんどん進んでいく。先頭を歩くインピカが草木を掻き分けるのだから、当然のように身体中の毛に草や折れた枝が絡まっていた。インピカはそんなことなんでもないと言わんばかりに、自分の後ろをついてくる子供たちのために道を作っていく。目的地は当然――


「おっきな門だー!」

「ほらみなさい! 私の言ったとおりでしょう?」

「すっげぇ! ここが王さまのお家?」

「ピカピカの門だ!」

「おめめがピカピカ光ってるね」


 重厚な門よりも獣や細かな装飾が施されたデザインの方に子供たちは気を引かれる。


「「「せーのっ!」」」

「「「王さまー! いますかー!! いたら出てきてくださーい!!」」」


 子供たちが一斉に呼びかけ、反応を待つが門が開く様子はない。


「王さまいないのかな?」

「いるよ! インピカがいるって言ってたもん!」

「王さまー、いるんでしょー? 遊ぼうよー!」


 門を叩くが、逆に子供たちの手が痛くなってくる。門を見上げていた子供の一人がノッカーに気づく。黄金に光り輝く獅子が咥えるノッカーは、全てが純金でできていた。


「あれみて! あれでこんこんすればいいんだよ!」

「あったまいい! でも、とどかないよ?」

「わたしにまかせてー!」


 インピカは助走をつけて跳びはねる。そのままノッカーにぶら下がると「うんしょ」と門を蹴ってノッカーを何度も叩く。門と純金のノッカーの間から綺麗な音色が鳴り響き、子供たちは口々に「いい音~」「なんかかっこいいよな」と興奮していた。


「王さまっ、いるなら、でてきてねー! 王さまっ、インピカが、きたんだよ~!」

「俺もいるぞー! 王さまー! 遊ぼうー!!」

「わたしもいるよ~」


 リズムよくノッカーを叩きながらインピカが即興の歌を歌い始めると、子供たちもリズムに合わせて叫び始める。場の興奮が最高潮に達しようとしたそのとき――。


「静かにせぬか!」


 門が内側に開き、インピカと門を叩いていた数人の子供が城内に転がっていく。


「わーっ!?」

「ちょ、ちょっと」

「開いたわ!」

「あー! ラスだ!!」


 門が開いたのを幸いに、子供たちが一気になだれ込もうとするが、三メートルほど進んだところで、ラスの結界に阻まれる。


「あれぇ……これいじょう……すすめない? うににっ!」


 不可視の結界に阻まれ、インピカの可愛い顔が残念な形に変形する。


「ええい、勝手に入るでない! 見よ! 床に草や枝、それに貴様たちの毛が落ちているではないかっ!」

「ラスさん、王さまいますか?」


 ムルルがラスのローブを遠慮しがちに引っ張りながら尋ねる。


「マスターはいない」

「ウソつきー! いるもんっ! 王さまの匂いするんだからねっ!」


 インピカがラスの身体によじ登り、頭に齧りつく。


「こ、これっ! インピカやめぬかっ!」


 周りの子供たちもインピカに続けとばかりに、ラスを囲んで「王さま、いるんでしょー」の大合唱である。


「なんの騒ぎですか」


 通路の奥からマリファが姿を現す。マリファの後ろには獣人、堕苦、魔落族の少女たちがお揃いのメイド服を着込んでいる。半数ほどの少女は顔に痣が残っていた。先日、マリファに勝負を挑んで返り討ちに遭った者たちである。


「あーっ! マリ姉ちゃんだ。ねえ、王さまいるんでしょ?」

「インピカ、はしたないですよ。その薄汚いアンデッドから降りなさい」


 インピカはマリファの言うことを素直に聞き、スルスルとラスの上から降りてマリファのもとまで来ると、マリファのスカートに包まって顔だけをちょこんっ、と出すと、マリファを見上げて「えへへっ」と笑う。

 子供たちの間ではニーナ、レナ、マリファの人気はうなぎのぼりであった。ジョブに就いて調子に乗っていた多くの者が、ニーナたちにケンカを売るも簡単にあしらわれたからである。その光景を観ていた子供たちは、純粋にニーナたちの強さに感動し、憧れるのであった。


「誰が薄汚いアンデッドだ? 大体、貴様の後ろの者たちはなんだ? 誰がその者たちを城に入れていいと許可した」

「誰かがバカの一つ覚えのように城を拡張し続けるので、清潔な環境を維持するために私が採用しました。まさか、ご主人様に不衛生な場所に住めと?」

「くっく……これだから羽虫は。私の使役するアンデッドが常時城の護衛と清掃をしておるわっ!」

「あなたの言う清掃とは、掃くだけで塵を一向に回収しないことですか? それとも水拭きしたあとに乾拭きもしないで汚れを引き延ばすことですか? やはりアンデッドになって脳が腐ったのではないですか? ああ……これは失礼いたしました。元々、脳などありませんでしたね」

「き、貴様っ」

「いいですか? ご主人様は国を創ると仰りました。今この国にいる者たちには仕事が必要なんです。なにもしないでただご主人様に養われる寄生虫みたいな真似を私が許すとでも? この者たちに仕事を与え給金を支払うことは、ご主人様からも許可をいただいています。

 あなたはどういうわけか・・・・・・、城の造形や王侯貴族が使用する調度品などはお詳しいようですが、治世に関してはあまりお詳しくないようですね」

「ぐぬぬっ……言わせておけば羽虫が……っ!」

「おーい。オドノ様がうるさいって怒ってるから、静かにした方がいいよー!」

「お前の声の方が煩いよ」

「あーっ! ナマリちゃんだ! 王さまもいる!! 王さまーっ、あっそびっましょー!!」


 ユウとナマリが現れると、マリファを筆頭にメイドたちが左右に分かれて出迎えた。ユウの姿を見るなり、子供たちが一斉にユウへと群がる。


「こら、ひっつくな」

「インピカちゃんのいうとおり、王さまいたね?」

「でしょ? 王さまー、なにして遊ぶ?」

「オドノ様にひっつくな! 俺のオドノ様なんだぞー!」

「あはは。ナマリちゃんがやきもちやいてる~」


 ユウに抱きつく子供たちに、ナマリが嫉妬して頬を膨らませる。膨らんだほっぺをモモとアカネが面白そうに突くが、ナマリの機嫌は治らなかった。


「ん? ムルルも来たのか。よくこんな場所まで来れたな」

「うん。えっとね。とちゅうで足がいたくなって歩けなくなったんだけど、レテルちゃんのおにいちゃんがおんぶしてくれたの」


 舌足らずなムルルが、一生懸命ユウに説明する。話を聞いたユウがレテルの兄であるヘンデへ視線を向けると。


「俺、この中で一番年上だから。このくらいへっちゃらだよ」


 ヘンデはユウに見つめられているのが恥ずかしいのか、そわそわしながら強がった。犬族の血を引いているとはいえ、小さな子供をおぶって険しい山を登るのは過酷である。ユウは誰に言うでもなく「偉いじゃないか」と呟いた。その声はヘンデの耳にしっかりと届いており、ヘンデは口を固く結びなにかに耐えるかのように身体を小刻みに震わせ、頬をりんごのように赤く染める。その姿に妹のレテルも誇らしげな気持ちになって胸を張った。


「わたしもっ! 王さま、わたしも小さいのに一人でここまで来たんだよっ!」


 インピカがユウの首にぶら下がってアピールする。


「ああ、すごいすごい」

「ええいっ! いい加減にマスターから離れぬかっ」

「あはは。ラスが怒った~」

「わ~、逃げろ~!」


 ラスが怒っても子供たちには少しも効果はなかった。むしろ遊んでもらえると勘違いしてラスの周りを駆け回る。


「前に誰かがこの山には迷いの魔法をかけてあるから、侵入者は城まで来れないって言ってたんだがな」


 ユウがラスへ視線を送ると、ラスが慌てる。


「マ、マスターっ!? これは違うんです! きっと何者かが手引を……はっ! ピクシー、貴様の仕業だな!!」


 モモと一緒にナマリのほっぺを突いていた赤い髪のピクシーことアカネが、ラスに指差されるが偉そうにふんぞり返ってラスを見下ろす。


「そうよ! 私が案内したのよ。悪い? あとね、ガイコツ! 私はピクシーじゃなくてアカネって名前があるんですからね!」

「ガイコツ!? ぐぬぬ……。貴様のせいでマスターから私の能力を疑われたではないかっ!」

「そんなの知らないわよ。あっかんべーっ!」


 アカネはラスに向かってあかんべーをする。怒ったラスが追いかけるが、子供たちの間を縦横無尽に飛び回るアカネを捕まえることはできなかった。

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