第176話 構ってちゃんたち
ネームレス王国の東。
そこは島の周囲を岸壁で覆われている中、比較的緩やかな場所でユウやラスの使役するアンデッドが二十四時間体制で港を作るために、邪魔な岩や石に流れ着いた倒木などを回収し、今では綺麗に整地された海辺になっていた。ちなみに回収した岩や石などは再利用し、港の建設資材となっている。
「うわ~、大きな水たまりっ! ねぇねぇ、王さまー。あれが海?」
「こらっ、ついてくるな」
初めて海を見るインピカが、ユウの股の間から顔を出して海を眺める。インピカの後ろに並ぶ子供たちは、海風を全身に受け気持ち良さそうにしながら、潮の香りに鼻をひくひくと動かしていた。
海辺は奇妙な様相を呈していた。大量の魚が打ち上げられていたのだ。魚はまだ生きており、押し寄せる波と共に次々と大量の魚が打ち上げられていく。不自然に繰り返し起こる波の原因は、一匹の生物であった。その姿は蛇が甲羅を背負っているようで、見るからに巨大な甲羅の大きさは十メートルほど、頭から尾まで合わせれば生物の大きさは全長三十メートルは超えるだろう。ユウの従魔であるシロと大きさだけならタメを張る。蒼色の海竜であった。
「オドノ様、あれって前にケガを治した……えっと、かいりゅうだよね?」
「甲羅に傷跡があるし、そうだな」
海竜は「キュンッ」と見た目とは裏腹に可愛らしい鳴き声を上げると、沖合に向かって移動する。沖合でなにかを追い立てるように動き回ると、海辺に向かって突進する。海竜によって起こされた波が海辺に押し寄せると、波が消えたあとには大量の魚が残されていた。
「王様、あのとおりです。偶にうろちょろしてるのは知ってたんですが、最近は浅瀬の方でも姿を見せるようになって、今日はあんな風に魚を追い立てては打ち上げるんですよ。なんなんでしょ――いててっ、噛むんじゃねえよ。謝っただろ?」
羆族の青年はユウと話せるのが嬉しいのか、頬を赤く染めていた。しかし、その幸せも長くは続かなかった。ユウを追いかけるようについてきた子供たちが、青年の身体にぶら下がって噛みついていたのだ。
「わかった。俺が行くから、お前は子供が近づかないように見とけ」
「いや、俺もついて行きたいんですが……あだだっ、噛むなっての」
「ナマリ、ここは結界の外だから子供たちを守ってやれよ」
ユウの言葉にナマリの身体がビクッ、と震えた。ついていく気だったのだ。
「お、俺に任せてよ」
ナマリは羆族の青年と共に数十人の子供の相手をする羽目になる。ユウのあとを追おうとする子や初めて海を見て興奮する子、インピカなどは当たり前のようにユウのあとをついていこうとして、羆族の青年に捕まえられるとお返しとばかりに首に噛みついた。
「うわ~、おっきいね。シロちゃんと同じくらいかな?」
「……海竜は本来なら深海に生息している。こんな浅瀬に姿を見せるのは珍しい」
「ご主人様、私が先に行きます」
「ふんっ、羽虫如きがなにを偉そうに」
ユウが波際に近づくと、ユウに気づいた海竜が「キュンキュン」鳴きながら高速で接近してくる。普段であれば、飛沫を上げずに動くことができる海竜であるが、なにやら興奮しているようで近づくにつれて海水が波打、大きな波となってユウに覆いかぶさった。
ユウ、レナ、ラスは結界でやり過ごし、ニーナとマリファは波をまともに受けてびしょびしょになる。
「ぺっぺっ、酷いよ~。ユウ~、びしょびしょになった~」
「レナ、あなた自分だけやり過ごしましたね」
「……危ないところだった」
「クハハッ、あの程度も対処できないとは……所詮は羽虫か」
「薄汚いアンデッドが、本来いるべき土に還して差し上げましょうか?」
無言でマリファとラスが睨み合うが、ユウはいつものことなので注意するのを諦めた。ユウは自分を見下ろす海竜を見上げる。
「お前、前に言ったよな? もうこの辺ウロチョロすんなって」
「キューン……」
海竜は長い舌でユウの頬を舐める。そして首を傾げた。
「わからないフリすんな。お前がある程度は言葉を理解してるのはわかってるんだ」
ユウの言葉に、海竜は明後日のほうを向いて誤魔化そうとするが。
「お前、それで誤魔化してるつもりか?」
ユウの帽子の中で寝ていたモモが顔を覗かせる。まだ寝ぼけていたのか、シロに匹敵する海竜の大きさに、なんだこいつは? という顔で眺める。しばらくして、前にユウが助けた海竜の子供だと気づくと安心したのか、帽子の中に戻って睡眠を再開する。
「この魚はお礼のつもりか?」
「キュンキュンッ!」
「わかったからもう来るなよ」
「キューン……」
ユウは打ち上げられた魚を選別し、毒を持っていない魚を活け〆していく。
「おーい、アガフォンっ! 大丈夫だから人集めて魚を回収してくれ」
「うっす!!」
羆族の青年はユウに名前を呼ばれたのがよほど嬉しかったのか、大きな声で返事する。バカみたいに大きな声で返事をしたために、アガフォンにぶら下がっていた子供たちの何人かが驚いて泣いてしまい謝る羽目になった。
その日ネームレス王国の住人は、初めて食べる海の魚の旨さに舌鼓を打つ。
山城のユウの自室、机の上には冒険者ギルドが買い取っている石板、通称タブレットが積まれていた。タブレットは七つにわけて積まれており、ユウはタブレットを読み終えると、その内の一つにタブレットを重ねた。
「マスター、このタブレットは分けて置かれているように見えますが、なにか違いがあるのでしょうか?」
ユウの傍に控えていたラスが、ユウがタブレットを読み終えたタイミングで声をかける。
「あるさ。こっちは
「私にはどれも同じ素材で作られた物に見えますが」
「そらそうだ。違う素材で作れば騙せないだろう? っていうか、お前はわかってて聞いてるんだろう? お前もニーナやナマリたちと一緒だ。回りくどい言い方や聞き方しやがって、構ってちゃんなんだな」
「わ、私がナマリたちと同じ!? 心外です!」
ラスがユウに詰め寄るが、ユウと視線が合うと慌てて離れる。
「お前の固有スキル『真理追究』で、いつどこで作られたのか、誰が作ったのかがわかるはずだ。俺だって似たようなスキルを持ってる。どうせお前のことだ。俺のことだって調べてるんだろ?」
「…………はい。ですが、それはマスターを裏切ったわけではございません。信じてください」
「お前は嘘が下手だよな」
ラスは見るからに意気消沈するのだが、意を決してユウへ尋ねる。
「この機会にお聞きしたいことがございます」
ユウはラスの言葉を黙って聞いていた。それをよしと受け取ったのか、ラスは話を続ける。
「いつまで放置するつもりですか?」
「なにが?」
「マスターを利用している国です」
「それを今調べてる最中だろうが」
ユウの返答にラスは納得がいかないとばかりに、語気が強くなる。
「マスターにだって本当はわかっているはずです。どの国がマスターを……それに――」
「それに?」
聞いてはいけないとわかっていても、ラスは我慢できずに聞いてしまう。
「その呪いを解かないのですか?」
「呪いってなんだよ」
「状態異常のことです。その魅了状態をいつまで放置するのですかっ」
ユウの耳には■■状態としか聞こえなかったが、ラスがなにを言いたいのかは理解していた。
「ステラ・フォッドは『邪眼の魔女』と恐れられた女です。あの『双聖の聖者』ドール・フォッドの血を引く聖者の一族に名を連ねる者。今はなにもなくとも、今後身体にどのような影響がでるかわかりません。ジャーダルクがマスターを利用しようとしたのは明白、なぜあの国を滅ぼさないのですかっ。許可をいただければすぐにでも私が――」
「余計なことすんなっ。俺には俺の考えがある」
「申し訳ございません」
ラスは項垂れるように跪く。
「■■状態だって悪いことばかりじゃないんだぜ?」
「どんな暗示がかかっているのかわかったものじゃありません」
「心配すんな。お前との約束もちゃんと守る」
「マスターが私との盟約を違えるとは思っていません。私は心配なんです……人族の悪意は想像を絶します」
「お前ってマリファそっくりだな」
急に話を逸らされたと思ったラスであったが。
「そっくり? あの……羽虫と私が?」
ラスは最初ユウに言われたことが理解できなかった。いや、理解したくなかったのだろう。オウム返しのように「そっくり」の部分を繰り返し呟く。
「マスター、私があんな脆弱な羽虫とそっくりなわけありません」
「そういうとこだよ。冷静に喋っているつもりで、ムキになるところがそっくりなんだよな」
「ぐぬぬぅ……。あの羽虫は3rdジョブになにを選んだかご存知ですか? 『樹霊術士』ですよ? 聞けば『虫使い』の上位ジョブがいくつもあったにもかかわらずです! どうせあの羽虫のことです。マスターに褒められるヒスイ殿に嫉妬して植物を使役できる『樹霊術士』を選んだに決まっています!」
「マリファはちゃんと考えているよ。あいつはそんなことでジョブを選んだりしない奴だ」
「マスターはあの羽虫を過大評価しています」
山城にはいくつも出入り口があり、その中の一つはピクシーたちが住んでいる山の中腹に繋がっていた。湖の水は澄み切っており、周囲に生えている花々は王都の庭園にも負けないほど色鮮やかに咲き乱れていた。すぐ傍の森林にはピクシーたちの住居があり、遊び疲れたピクシーたちが、マリファの使役するブラックウルフたちの背や腹、頭などの上で思い思いに寝転がっていた。本来であればヒスイもピクシーたちの傍で寝ていてもおかしくないのだが。
「ヒスイさん」
「は、はひっ。マリファさん、なんでしょうかっ!?」
「ネームレス王国の建国には、随分力を貸していただいたそうですね。
「えっ、ユウさんが私のことを褒めてたんですか? そんな~、うふふ。どうしましょう」
ユウが褒めていたというマリファの言葉に、ヒスイは身体をくねらせて喜びを表現する。
「ええ。ヒスイはすごい。ヒスイがいてくれて助かった。ヒスイには感謝しないとな。それはそれはもう、絶賛されていましたよ」
「まあっ! もうユウさんったら。私そんなに褒められると困りま――ひぃっ」
困ると言いながら、頬に手を当て恥ずかしがっていたヒスイの手をマリファの手が包み込むように優しく乗せられる。マリファは笑みを浮かべていたが、ヒスイの目には獰猛な獣のように見えた。
「ヒスイさん、私『樹霊術士』に就いたんです」
「あわ、あわわ。じゅ、『樹霊術士』さんですか?」
「ええ。植物を操ることができるジョブなんです。これからは
「わ、わぁー……う……嬉しいなぁー……これ、これからは一緒に頑張りましょう」
「良かった。ヒスイさんならそう言ってくれると思っていました。私たち仲良くできそうですね?」
氷のような笑みを浮かべるマリファに、ヒスイは只々頷くことしかできなかった。
翌日、東の海岸。
「来てるな」
「来てますね」
ユウとアガフォンの視線の先には、昨日の海竜の姿があった。海竜はユウの姿を見つけると嬉しそうに身体をうねらせる。
その次の日にも海竜は来た。またその次の日にも――。何度来るなと言っても来る海竜に、ユウは説得を諦める。
「お前の名前はアオだ。俺の言うことを聞くんだぞ?」
「キューン!」
海竜は嬉しそうにユウに自分の顔を擦りつけた。
「キュンッ!」
「あはは! オドノ様ー。アオはすごいなー!」
「はやーい! すごいねー?」
「王さまー、アオちゃん力持ちだねっ!」
ユウや子供たちを背に乗せたアオが、嬉しそうに海を縦横無尽に泳ぐ。その光景を遠く離れて見ている者がいた。本人は樹に隠れているつもりなのだが、三十メートルを超す巨体は全く隠せていない。そう、シロである。
「ぴぃ……」
悲しそうな鳴き声であった。
「オ、オドノ様……シロが」
「ちゃんと相手してるんだけどな。アオに嫉妬してるんだろ」
次の日には。
「ぴぃ……」
「じ~」
シロに混じってヒスイの姿もあった。
「オ、オドノ様……」
「ほっとけ」
また次の日には。
「ぴぃ……」
「じ~」
「「「私たちの相手もしなさいよね!」」」
シロ、ヒスイ、ピクシーたちの姿があった。構ってちゃんばかりである。
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