第175話 超越者ガジン

 むか~しむかしあるところにガジンという男がいました。覆面姿にパンツ一丁、ブーツにマントを羽織った姿、身長は二百三十センチほどで肌の色は緑色でした。覆面にパンツ一丁? ジョゼフみたいな変態野郎だな。


「オドノ様っ! 続き話してよー!!」

「わかったから静かにしろ」


 ガジンの種族は不明でしたが、その大きな身体から巨人族の血を引いていると言う者や、緑色の肌からオーガと人族の混血という者、覆面は折れた角を隠してるから鬼族か魔人族と言う者など、沢山の噂はありましたが結局最後までわかりませんでした。

 ガジンは自由国家ハーメルンのとある町で冒険者となります。しかしその変わった風貌から多くの冒険者や荒くれ者たちに絡まれました。ガジンが冒険者となった当時はまだ冒険者ギルドの歴史も浅く、今以上に乱暴な者が多くいたのです。ですが、ガジンに絡んだ者たちはことごとく返り討ちに遭いました。冒険者に成りたての頃からガジンの強さは突出していたのです。並みいる冒険者や荒くれ者共をガジンはバッタバッタとなぎ倒していきます。ガジンがとどめを刺すときの決め台詞は「お命頂戴っ!」でした。その決め台詞を言う際は姿勢にも拘っていたそうで、腕の角度や足の角度、特にお尻の角度には強い拘りを持っていたそうです。は? こいつバカなのか?


「オドノ様っ!!」

「うるせえな」


 ケンカを売ってきた者、ガジンの名を聞きつけて挑戦する者を倒していくにつれて、ガジンの強さと名はあっという間にハーメルン中に広まっていきます。気づけばガジンの名は、ハーメルンで知らぬ者はいないほどになっていました。対人戦ばかりで名を上げたガジンでしたが、歯応えのない戦いに飽きてきます。そうです。やっと冒険者本来の姿に戻ります。冒険者ギルドに残っている記録では、ガジンが初めて持ち帰った獲物は天魔でした。それもランク7の名有りの天魔です。ガジンは自由国家ハーメルンの北に聳え立つ山脈、極寒山脈を支配する三大魔王『無のサデム』を倒そうとしたのです。はっきり言ってバカです。いえ、はっきり言わなくてもバカでした。極寒山脈の平均気温はマイナス五十度ですが、そんな場所でもガジンはいつものどおりパンツ一丁でした。バカなんでしょうか?


「ガジンすっげぇ!」

「なんで? 寒くないの?」

「すごいか? バカだから寒さを感じなかったんじゃないか?」


 幸いガジンはバカでしたので、たまたまでくわした天魔を『無のサデム』と勘違いし、倒すと満足して町へと帰りました。ガジンから話を聞いた冒険者ギルドは激怒しました。なぜなら三大魔王に手を出してはいけないと、五大国が主導するレーム大陸連盟によって決められていたからです。


「なんで魔王なのに手を出しちゃダメなの?」

「魔王を倒されたら困るからだろ」

「ええ~、そんなのおかしいよー!」

「みんな、静かにして! 王様のお話がとまったじゃないの!!」

「「「は~い」」」


 激怒した冒険者ギルドより、三ヶ月の冒険者資格剥奪をされたガジンでしたが全く懲りていませんでした。資格を剥奪されたまま、ハーメルン中の魔物を倒していきます。

 最初から強かったガジンでしたが、戦えば戦うほど強さが増していき、その強さはやがて誰も敵わないほどになっていました。


 ある国がガジンの強さに目をつけ爵位を餌に召抱えようとしましたが、ガジンはこれを拒否しました。断られるとは思っていなかった王様は、難癖つけてガジンのもとへ五万の兵を差し向けました。理不尽な言いがかりでしたが、ガジンを助ける者はいませんでした。雪に覆われたハーメルンを、覆面にパンツ一丁、ブーツにマントを羽織った姿で闊歩する全身筋肉で覆われたオネエ言葉の変態を助ける者などいなかったのです。


 王様はガジンが謝罪すれば許すつもりでした。本気でガジンを殺すつもりはなかったのです。さすがのガジンも五万の兵に囲まれれば、折れて謝罪すると思っていたのです。ですが、ガジンは折れませんでした。むしろ暇だったのか歓喜の雄叫びを上げ、五万の兵に向かっていきます。ガジンの戦闘スタイルは肉弾戦、本人は肉体言語などと意味不明なことを喚いていましたが、武器や防具を一切用いない己の肉体のみを武器とする大変漢らしいものでした。まさか真正面から向かってくるとは思っていなかった五万の兵ですが、向かってきた以上は戦うしかありません。万が一のために対ガジンを想定していた五万の兵を率いる将軍は、兵たちに指示を出していきます。身体能力や各種耐性を下げる付与魔法、火や雷に氷などの攻撃魔法が雨のようにガジンに放たれます。将軍は接近戦を得意とするガジンを遠距離から仕留めるつもりでした。


「ガジン、どうなるのっ!?」

「王さま、悪い奴だなー!」

「この話おもしろいか?」

「「「おもしろーい!!」」」

「はぁ……わかったよ」


 数百、数千の魔法が降り注ぐ中、ガジンは立ち止まらず笑いながら突っ込んでいきました。数万人に及ぶ魔法を得意とする兵の攻撃でしたが、ガジンに傷一つつけることすらできなかったのです。ガジンの接近を許したことで五万の兵の命運は決まりました。ガジンが拳を一つ振るうごとに、数十から数百の兵が吹き飛ばされていきます。やがて将軍と将軍を守る精鋭のみとなり、将軍はガジンに降伏しましたが。ここでガジンのいつもの決め台詞がでます。「お命頂戴っ!」、ガジンの放った拳撃によって将軍は護衛と共に木端微塵となりました。


「ガジンつよーいっ!!」

「俺もガジンみたいになりたいっ!」

「私は魔法使いになりたいな~」

「オドノ様とどっちが強いの?」

「うるさい! 静かにしないとここで終わりにするぞ」

「「「し~ん」」」

「お前ら、俺をバカにしてんのか?」


 さすがにやり過ぎたと思ったのかはさておき、ガジンは活動をセット共和国やウードン王国へと移します。この頃にはガジンの強さはレーム大陸中に広まっていましたので、初めての町でもガジンにケンカを売るようなバカはいなくなっていました。噂しか知らない者でも一目でガジンだとわかるのです。そう、変態だからです。

 絡んでくる者がいなくてガジンはしょんぼりしますが、すぐに気持ちを切り替え新たな好敵手を求めて迷宮へと潜っていきます。高ランクの迷宮に潜ったガジンは、自分を恐れず襲いかかってくる竜や巨人に天魔を倒していきます。やがて戦う対象が竜から龍に、巨人から古の巨人、手を出してはいけないと言われている天魔にまで及びます。人外魔境でガジンがどのように戦い生き残ったのかは誰も知りません。最後にガジンが訪れた冒険者ギルドの記録によると、ガジンのジョブは六つとあります。推定レベル百を超えていることから、ガジンは『超越者ガジン』と呼ばれるようになります。


 ガジンの足取りは最後に訪れた冒険者ギルドで途絶えます。迷宮で罠にかかって死んだという者、龍の王と壮絶な戦いの末、相打ちになったという者、遥か東にある天空城の王と戦って敗れたと言う者など、多くの噂が流れました。やがて多くの月日が流れ、ガジンの噂をする者もほとんどいなくなったときに、ガジンが姿を現します。ウードン王国の王城、大正門前に現れたガジンは大賢者に会わせるよう門番に伝えます。最初、門番はガジンと気づきませんでした。なぜならガジンの全身の肌が血のように真っ赤な色になっていたからです。しばし待てという制止を振り切ってガジンは城の中に入っていきます。多くの兵や騎士たちがガジンを止めようとしますが、龍や古の巨人を相手に一人で戦うような化け物を止めることなど誰もできませんでした。

 とうとうガジンは玉座の間まで侵入します。そこに待ち構えていたのはウードン王国が誇る大賢者でした。二人にどのような繋がりがあるのかはわかりませんが、ガジンの戦ってくれという要望に大賢者は二つ返事で了承しました。


「なんで肌が真っ赤になってたのー?」

「きっと風邪ひいてたんだよ! 風邪ひくとほっぺが真っ赤になるもん」

「大賢者ってあの大賢者?」

「どっちが勝ったの?」

「今から王さまが話すとこでしょ!」

「……早く早く」

「なに子供に混じって催促してんだよ」

「ユウ~、私も続きが知りた~い」


 ガジンと大賢者の戦いはそれはそれは激しいものでした。二人の戦いによっていくつもの山が吹き飛び、町が消し飛びました。二人の戦いはウードン王国から、西のザンタリン魔導王国へと移ります。ガジンの拳撃によって地が割れ、大賢者の放つ魔法によって天が裂けました。ラス、本当かよ?


「マスター、本当です」

「オドノ様っ! ダメっ!!」

「はいはい」


 やがて三日三晩続いた戦いも終わりを迎えようとしていました。ガジンが大賢者の放つ魔法を喰らいながらも、距離を詰めていきます。どんな魔法を受けても傷一つつかなかったガジンの肉体でしたが、大賢者の魔法には耐え切れなかったようで、皮膚が裂け、肉が爆ぜます。それでもガジンはついに大賢者の懐に潜りこむことに成功します。そして――


「王様ーっ!」

「なんだよ?」


 顔を腫らした羆族の青年が、子供たちに絵本を読み聞かせているユウの前に駆け寄る。顔が腫れているのは、前日に魔人族にケンカを売って返り討ちに遭ったからだ。この羆族の青年だけでなく、ニーナ、レナ、マリファ、魔人族にケンカを売った多くの者たちが同じように顔を腫らしていた。


「はぁ、はぁはぁ。た、大変です! あの、あれですよ!」


 羆族の青年はよほど慌てて来たのか、息を切らせて汗だくであった。


「あれじゃわかんねえよ」

「前に王様が助けたあの、とにかく港の方まで来てください!」

「わかった」


 ユウは読んでいた絵本を閉じるとラスに渡す。この絵本はラスが作った物で、かなりラスの主観が入っているのだ。


「オ、オドノ様……続きは?」

「悪いな。また今度だ。それか続きを知りたければ、勉強して自分で文字を読めるようになるんだな」


 ユウは時空魔法で門を創ると、そのままさっさと門を潜る。残されたのは絶望した表情を浮かべる子供たちにニーナ、レナ。マリファとラスは当たり前のようにユウのあとを追って門を潜っていた。


「……ひっく……く、クマのせいだ~、うわ~ん、いいところだったのに~」


 犬族(雑種)のインピカが泣き出す。それに呼応するように周りの子供たちも泣き出した。


「う゛わ~んっ! グマのばがっ!!」

「うえ~ん、うえ~ん!!」

「ひっぐ、ひっぐ……もう、ひっく……もぅちょっと……だっだのに……ばかっ! あほっ!!」


 羆族の青年は泣きじゃくる子供たちに囲まれて、恨めしそうな目を向けられていた。その中にはニーナとレナの姿もあった。


「なっ!? なんなんだよ。俺だって王様の話聞きたかったよ……。それに俺は熊じゃねえよ。羆族だっての……」

「うるさい! ばーかっ!!」

「いてっ、ばか、やめろ! 毛を引っ張るなって! 悪かった! 俺が悪かったからやめてくれ~」


 羆族の青年は逃げるようにユウの創った門を潜る。そのあとを子供たちも追いかけるのであった。

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