第179話 馬と鹿
「肥沃な土地にドライアード、おまけに世界樹がある島なぁ……」
マリンマの王フールは、訝しげな視線を聖国ジャーダルクの司祭へ向ける。
「嘘ではございません」
「このような場でジャーダルクの使者が嘘を言うとは思えんが」
光の女神イリガミットを崇拝する者たちは、
「それほど価値がある島の情報をなぜ我がマリンマに教えるのだ? ジャーダルクで独占すればいいではないか。なにか裏があると勘ぐってしまうのぅ」
フール王の言葉に家臣たちも然りと頷く。
「もちろん理由がございます。まずその島ですがマリンマから直線で約三千キロは離れております」
「さ、三千キロっ!? 百キロも進めば魑魅魍魎が跋扈する魔海だぞ。我が国が魔導船を持っているとはいえ、辿り着くことすらできないではないかっ! 陛下、この者は戯言でマリンマを掻き乱す気ですぞ!」
家臣の一人から怒号のような言が飛ぶ。しかし家臣が怒気を帯びた顔つきになるのも無理はなかった。マリンマが誇る魔導船は風や水の魔法を込めたランク5の魔玉をもとに作られた魔導具が備えられている。この魔導具により漕ぎ手や風の影響を受けずに航海をすることができるのだが、海を生活の糧としているマリンマ王国ですら、陸から五十キロ以内を領海するに留まっている。それは魔海と呼ばれる海の魔物が支配する海域に踏み込めば、大型の魔導船を以てしても生きて帰ることが困難であるからだ。
「その心配はごもっともですが、まずはこちらをご覧ください」
周囲から発せられる怒気にも、司祭は慌てることもなく。アイテムポーチから一枚の羊皮紙を取り出す。
司祭より羊皮紙を受け取った家臣が、危険はないか確認をしフール王へ羊皮紙を渡す。
「今時、羊皮紙か」
「私の仕える教国大司教様は、そちらの方が趣があると仰られています」
「ふはは、確かに趣はあるな。書かれているのは地図にこれは航路か……」
「昔ウードン王国の西は今より大陸が伸びていました。ですが、『大賢者』と『超越者ガジン』との争いにより大地は消し飛んだのです」
「ふむ。つまりお主の言う島とレーム大陸は地続きであったと申すのだな?」
「そのとおりでございます。その航路は元々大陸のあった場所を通る航路です。遠回りになりますが、その分海底が浅く、大型の魔物の生息が少ないため、魔海を通るにしても危険度を大幅に下げることができるでしょう」
「あいわかった。先ほど申しておった理由の続きを述べよ」
フール王は羊皮紙に一通り目を通すと、家臣に渡し書かれている地図におかしな点はないか確認させる。
「一つ目は聖国ジャーダルクには、マリンマ王国の持つ魔導船のような長期に渡って航海できる船がないのです。二つ目は羊皮紙に書かれている航路を見てもらえばわかりますが、島に行くにはウードン王国まで南下しそこから西に向けて進む必要があります。我が国とウードン王国の関係から、まず領海に入る許可は下りないでしょう」
「道理は通っておるな。だが、隠していることがあるであろう?」
「さすがはフール王」
フール王と司祭の会話に家臣たちがざわつく。フール王が手を挙げると場はすぐに静まり返る。
「その島には住人がいます。もっとも住人と言っても亜人ですが」
「ほう……つまりマリンマに亜人を排除しろと?」
「排除ではなく慈悲を与えてほしいのです」
「儂はイリガミット教ではないが、確か教義の中に全ての者を裁くことなかれとあったと思うが」
「亜人は我らとは違い存在自体が悪であり、者ではありません。滅することも救済の一つではないでしょうか?」
「宗教とは恐ろしいものよな。解釈次第でこうも変わるか」
「今も昔もイリガミット教の教えに違いはございません。
島にいる亜人ですが、数は千もいません。大型の魔導船を持つマリンマであれば、容易く慈悲を与えることができるでしょう」
「ほう、まるで見てきたかのような口振りじゃな」
「島には少数ですが人族もいます。その中に間者を送り込んでいるのです」
その後もフール王と司祭はいくつか言を交わすが、司祭が思い出したかのようにアイテムポーチより装飾が施された長方形の箱を取り出す。
「フール王、こちらをどうぞ」
司祭から箱を受け取った家臣たちが中身を改めるが、箱の中身を見ると驚嘆の声が上がる。箱に収められていたのは、一張の弓であった。『鑑定』スキルを持っていない者でも、一目でただの弓でないことがわかる一品であった。
「この弓は聖国ジャーダルクの聖なる森『ラインハルトの森』に生息する名ありの霊炎ヘラジカの角や腱を素材に、三大名工の一人バルトルトが作りし弓で、名を『天貫弓』。使い手次第では、その名の通り天をも貫く矢を射つことができるでしょう」
「なんと見事な弓だっ!」
献上された弓の素晴らしさに、フール王は思わず玉座から立ち上がり見惚れてしまう。
「喜んでいただけたようで。海を生活の糧とするマリンマ王国にもかかわらず、フール王は馬を扱わせれば周辺国家の中でも右に出る者はいないと聞き及んでいます。フール王であれば、馬上よりこの弓を意のままに射つことができるでしょう! 教国大司教様より『天貫弓』はフール王こそ持つに相応しいお方と預かって参りました」
「うむっ! この弓は儂が持つに相応しい一品だ! 気に入ったぞ!!」
「爺はどう思う?」
聖国ジャーダルクの司祭が退出した謁見の間では、家臣たちも下がらされフール王と宰相を任されている老人が密談をしていた。
「話がうますぎますな」
「ふははっ。爺は正直だな」
「しかしジャーダルクが亜人排除を血眼に進めているのも事実ですな」
「うむ。もし、あの者が言ったとおり島が肥沃な土地でドライアードに世界樹があれば、マリンマにどれほどの富をもたらす?」
「ドライアードだけで、魔導船や兵にかかる費用を帳消しどころかマリンマを数十年に渡って潤す富を与えるでしょうな」
「それほどか?」
「島の大地が肥沃なのも恐らくはドライアードの力によるものでしょうな。各国でドライアードが保護されているのも、大地や植物に大きな影響を及ぼす力を持っているからです」
「世界樹はどうだ?」
宰相は茶を一口含み喉を潤す。興奮して喉が乾いたのだ。
「仮に、仮にですぞ? 世界樹が島にありマリンマが手に入れることができれば、小国のマリンマを大国……いえ、五大国の一つに並び立たせることすら可能でしょう。それほど世界樹のもたらす恩恵は大きいです。ドライアードなど目ではありませぬっ!」
「ドライアードなど目ではないか。マリンマが五大国に並び立つことも夢ではない……。ふは、ふははは、ふはははっ!! これはなんとしてでも手に入れねばのう!! 爺、魔導船の準備にどれくらい時間がかかる?」
「そうですの。一ヶ月ほどいただければ魔導船二隻に兵も二千は用意できるかと」
「それでは遅すぎるな。あのジャーダルクの司祭が、他の国にも声をかけていないとも限らん。いいか? 十日だ。十日で魔導船は三隻、兵は三千用意させろ。兵を率いる将軍は、トライゼンでいいだろう。周辺国家には軍事訓練で近海を通ることを通達するのを忘れるなよ。ウードン王国も事前に通達しておけば煩くは言ってこんだろう」
「かしこまりました。すぐに取りかかります」
「うおおおおっ!」
気合の雄叫びとともにアガフォンが剣を振り下ろす。斬り裂いたと思った剣は空を切り、逆に腹部へ掌底を叩きこまれると「きゃんっ」という鳴き声とともに地面を転がっていく。
「アガフォン、動きが大きい。せっかくの恵まれた身体も使いこなさないともったいないぞ」
「ぐはっ……。うっす!」
蹲っていたアガフォンは、立ち上がると剣を構える。
「王様、隙ありにゃっ!」
ユウの背後から猫族(雑種)のフラビアが襲いかかるが――
「声を出して不意打ちする奴があるか」
ユウは振り返りもせずにフラビアの放った拳撃を掴むと、そのまま放り投げる。
「とうっ!」
フラビアは宙で身体を捻り着地するが、そこにユウの放った黒魔法第一位階『エアショット』が額に直撃して倒れる。
「他の奴らもいつまで見てんだ。お前らが訓練してほしいって言ってきたんだろうが、それとももう降参か?」
「次は俺だっ!」
「俺だってまだまだ!!」
次々と獣人や堕苦、魔落族の若い者たちがユウに挑むが、ことごとく返り討ちに遭う。この訓練の恐ろしいところは、ユウの身体から出ている魔力の糸が訓練参加者に繋がっており、常時回復魔法がかけられていることだ。そのため、何度ユウに倒されても傷は回復し、その度に立ち上がらなくてはいけなくなる。やがて肉体へのダメージではなく心が折れた者たちは、立ち上がる気力がなくなり地面に座り込んでしまうのだ。辛うじて立っていた者は、獣人はアガフォンにフラビア、堕苦や魔落族の者は各一名くらいのものであった。
「もう終わりか?」
ユウに問いかけに応える者はいない。
「どうだ! オドノ様は強いだろ!!」
なぜか見学していたナマリがユウより偉そうであった。ナマリの周りで見学していた子供たちも、数十人が束になってかかっても相手にならないユウの強さに目を輝かせている。
「王さま、つよいね!!」
インピカがユウのお腹に抱きつきながら見上げる。その目は他の子供達同様にキラキラと輝いていた。
「次は私たちの番だよ~」
「……一人ずつの方がいい?」
やっと出番が来たとばかりに、ニーナとレナが前に出る。
「ほら、インピカ。危ないから離れてろ」
「うんっ! 王さま、がんばってね!」
「Cランクのお前らなんて一緒でいいよ。マリファとラスはいいのか?」
いつの間にやらBランクに上がっていたユウの言葉に、レナが鼻をふんすっ、と鳴らす。きっと帽子の中のアホ毛はビンビンに逆立っていることだろう。
「どんな理由があろうと、私がご主人様に攻撃するなどありえません」
「私とマスターが戦えば、ここにいる者たちはただでは済まないでしょう」
「そっか。じゃあ、ラスは結界を張っておいてくれ」
「かしこまりました」
ラスは子供たちの前に出ると結界を張る。結界内から取りこぼされたアガフォンとフラビアが「「げっ」」と声を揃えた。
「ユウ、本当にレナと二人でいいの? 勝っちゃうよ~?」
「減らず口を叩く暇があるならかかってこいよ」
戦闘開始の合図は、レナの黒魔法第4位階『エクスプロージョン』で始まった。十のエネルギー球が縦横無尽に動き回り、ユウへと殺到する。十に及ぶ『エクスプロージョン』の連鎖爆発により、たった一発で大地へクレーターを造り出す『エクスプロージョン』の破壊力が数十倍にも膨れ、大地がめくれ上がり轟音が辺りに鳴り響く。爆発による土煙で視界が塞がるが、視界が晴れるとそこには結界で『エクスプロージョン』を受け止めたユウが、何事もなかったかのように立っていた。
「すっごーい!!」
「王さま、なんで平気なの?」
「レナおねえちゃん、ちょうすごい!!」
子供たちはレナの魔法に大興奮であった。
「ごめ~んね」
ニーナが言葉を言い終わると同時に、ユウの懐にニーナが現れる。ユウの顎目がけて掌底を放つが、ユウは左手で払いのけながら右手で拳撃を放つ。ニーナは迫る拳を屈んで躱すと、そのまま横薙ぎに蹴りを放つ。ニーナの足払いを後方回転で躱し距離を取ったユウの頭上より、先ほど『エクスプロージョン』を放つと同時にミスリルの箒に跨って空へと待機していたレナが、黒魔法第5位階『迅雷』を放つ。数多の雷がユウに降り注ぐが、結界で弾きながらユウは黒魔法第6位階『水竜瀑布』で対抗する。水で創られた竜が巨大な顎を開き雷を飲み込みながら、レナをも喰らい尽くそうと襲いかかる。水の牙がレナの結界を喰い破ろうとするが、レナも結界に魔力を込め抵抗する。同時に黒魔法第6『獄炎』を放ち、地獄の炎が水の竜とぶつかり合い相殺する。
「な……なんだあれ。凄すぎだろう……。王様が強いのは当然だけど、ニーナさんとレナさんもあんなに強いのか」
自分たちの訓練のときとは違うユウとニーナたちの戦いに、アガフォンの毛が逆立つ。
「さすが
「あ゛ん? 誰が誰のだって?」
「クマはうるさいにゃ」
「俺は羆だって言ってんだろうがっ! 大体その気持ちの悪い語尾はなんだよ」
「なんにも知らないんだにゃ。男はこういった語尾に弱いにゃん。特に私みたいなち……ちてきな女が可愛くすると効果があるにゃん」
「ばっかじゃねえの」
「死にたいの?」
アガフォンとフラビアが口喧嘩をしている間も、ユウとニーナたちの訓練とは思えない激しい戦いは続いていた。余波がラスの結界に打つかる度に、子供たちは驚き、また喜んだ。ユウに訓練をつけてもらっていた者たちは、自分たちとニーナたちの実力の差に悔しさから歯ぎしりする。
「ニーナは固有スキルに、レナは『結界』に頼り過ぎだな」
「えへへ~。でも大分強くなったでしょ?」
「……私はまだ本気を出してない」
「へぇ。じゃあ、もし俺に勝てたらなんでも一個言うこと聞いてやるよ」
「なんでもっ!? ふふ……なにしてもらおうかな~」
「……絶対に勝つ」
ユウからの思わぬ提案にニーナとレナが色めき立つ。それを耳聡く聞きつけていたマリファが「そんなこと許しません」と呟いた。
「なんでもにゃっ!? 私も参加するにゃっ!!」
「誰が参加させるかっ! この盛りのついた雌猫がっ!!」
同じく聞きつけたフラビアがユウのもとへ向かおうとするが、そうはさせないとアガフォンがフラビアを捕まえようと跳びかかる。アガフォンの予想よりフラビアの動きが速かったために、跳びかかったアガフォンはフラビアの腰の辺りに抱きついた。張りのあるフラビアのお尻にアガフォンの顔が密着すると、そこには顔を真っ赤にして目を潤ませたフラビアが、アガフォンを見下ろしていた。
「な、なにするのっ! このドスケベがーっ!!」
「ぎゃあ゛あ゛あああーっ!」
思わず素に戻ったフラビアが、自慢の爪でアガフォンの顔を何回も引っ掻いた。その様子を見ていた子供たちからは。
「あーあ」
「クマはバカだな」
「フラビアねえちゃん、かわいそう」
アガフォンに対する同情の声はなかった。
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