第170話 おやつは三時
都市カマー冒険者ギルドにある修練場では、滅多にお目にかかれない高ランク冒険者同士の戦いに、冒険者や傭兵など多くの者が固唾を呑んで観戦していた。
「オラッ!」
ジョゼフの振るう聖剣
「ちっ」
舌打ちをし、体勢を立て直そうとするユウの視界に、追いかけてくるジョゼフの姿が映る。地面に黒竜・燭を突き立て無理やり体勢を戻すと、横薙ぎに黒竜剣・濡れ烏を振るうが、すでにジョゼフは地を蹴り宙へと跳び上がっていた。
顔に差す影によって、ジョゼフが宙へ舞っていると判断したユウは、見もせずに交差斬りする。叩きつけるように振るったジョゼフの剣とユウの二刀同士が衝突する。鋼と鋼を激しく擦り合わせたかのような不快な音に、コレットが思わず小さな悲鳴を上げて耳を塞ぐ。
剣と大剣の真正面からの衝突。普通に考えれば大剣が押し切りそうなものであるが、結果はユウが押し負けて転がされる。
(おかしいだろ……クソゴリラが)
ユウは内心で悪態をつく。今のユウであれば力でジョゼフに負けるどころか、むしろパッシブスキルで上乗せしたぶん上回っていてもおかしくはない。だが数度に渡り真正面から力比べをした結果は、押し負けているのである。
「ジョゼフ……なんで前より力が上がってんだ」
ジョゼフは肩を鳴らしながら、にまっ、と笑みを浮かべる。
「ユウ、お前が強くなってきてるからな。俺も負けるわけにいかねえだろ? って言ってもまだ全盛期の六、七割ってとこだな」
ユウが初めて会った際のジョゼフの力は931、だが今のジョゼフは1108にまで上昇、いや戻っていた。
ジョゼフが地を蹴ると、爆発でも起きたかのように地が爆ぜ土砂が舞い上がる。気づけば一瞬にして、ジョゼフはユウの目の前まで移動していた。
「ぼーっとしてる暇はないぜ」
先ほどまで優勢であったのが嘘かのように、ユウが押され始める。ジョゼフが以前とは比べ物にならないほど、身体能力を取り戻しているとしても『剣術』スキルのLVは同じ8である。
ユウとジョゼフでここまで差がでるのには理由があった。ユウの剣は我流の剣。対人より対魔物の方が圧倒的に多く経験を積んでいる。型があってないようなユウの剣に最初は手こずったジョゼフであったが、たった数十分剣を交える間にユウの剣を覚えたのだ。それだけではない。ジョゼフの持つパッシブスキル『歴戦の勘』、ジョゼフの長年に渡る戦闘経験から、ユウが次にどう動きどう剣を振るうのかがある程度予知、予測することができるのである。動きを先読みし、攻撃の出鼻をくじき、躱し、相手がされたくないときに絶妙なタイミングで攻撃を放つ。さらにパッシブスキル『二刀流』の恩恵も大きい。ユウの付け焼き刃の『二刀流』とジョゼフの『二刀流』では、やはりジョゼフに一日の長がある。そこにジョゼフは自由自在にクリティカル攻撃を放つという、とんでもない男であった。対するユウも竜人ゼペ・マグノートから奪った『竜眼』今は半魔眼と融合し、さらには龍より奪った『龍眼』により事象の予測・結果をわずかな間であるが視ることができるのだが、その眼を以ってしてもジョゼフの動きを捉えきれないのだ。正確には複数の予測・結果が映り、逆にユウの判断や動きを鈍らせることになっていた。鈍らせると行っても、瞬きする間ほどもないのだが、ジョゼフクラスになるとその間が大きな差となって現れる。その結果、ユウは徐々に後手に回りジョゼフは追撃の手数をさらに増やすことになる。
ジョゼフの猛攻は止まるどころかさらに速くなり、それを受けるユウの剣も合わせて速くなる。すでにコレットの目にはユウとジョゼフが握る剣の形すら見えない。それはコレットのみならず、Cランク以下の前衛職の冒険者や傭兵ですら同じであった。ユウとジョゼフの剣を目で追えた者は、『剣舞姫クラウディア・バルリング』に『魔剣姫ララ・トンブラー』、それに一部のBランク以上の冒険者のみである。
修練場の端から観戦していたデリッドは、ユウとジョゼフの剣撃の速度がさらに増してくると、忌々しげに睨みながら。
「化け物が……」
誰に聞かれることもなく呟いた。
「オラァッ!」
ジョゼフの放つ唐竹割りの斬撃をユウは受け流す。受け流しているにもかかわらず、ユウの両腕、骨の芯にまで鈍い痛みが伝わってくる。
「おもしろくなってきたな? っておい……どこ行くんだ」
ユウとの戦いが楽しくて楽しくて仕方がないといったジョゼフであったが、一方のユウは大剣を仕舞うと冒険者ギルドへ通じる扉に向かって歩いていく。
「確認したいことは終わったから、もういいや」
3rdジョブに就き、どれほど能力が上昇し、身体が思いどおり動けるかを確認できたユウは、もうジョゼフには用はないとばかりに背を向けた。
「お前……最初からそのつもりで俺を挑発してたのか?」
「ジョゼフのくせによくわかったな」
「待てっ」
「なんだよ」
「俺になんか言うことないか?」
「はあ? なんかってなんだよ」
「困ってることとか、相談したいこととかあるだろうが」
「ないよ。お前は俺の親かよ」
「待てっ。 おい、ユウ!」
待てと叫ぶジョゼフを無視して、ユウは修練場から出て行ってしまう。
決着がつかなかったことに、観戦していた者たちががっかりしたかというと。
「すっげぇもん見たな。スキル、魔法なしであの強さってありえなくないか?」
「おお。俺は『赤き流星』と『ネームレス』との決闘を見に行ってたんだが、ユウは剣だけじゃなく魔法も使うんだぜ。もし……魔法ありだったらジョゼフの旦那に勝ってたんじゃねえか?」
「ば~か、ジョゼフだって『聖剣技』に『暗黒剣』があるっつうの」
前衛職の男が、魔法があればジョゼフが負けたかもしれないという言葉に噛みつく。前衛職の最高峰と言えるジョゼフが、後衛職や魔法によって負けるなど許せないのである。
「馬鹿はお前だ。ユウにだって『剣技』があるんだぞ! そこに魔法の力が加われば……どうなるかはわかるよな?」
「なにがわかるよな? っだ! このボケ! 相手してやるわ!!」
「剣しか取り柄のないお前が俺に勝てると思ってんのか! 上等だ!! やってやらぁ!!」
ユウとジョゼフの戦いを見て熱くなった者たちが、火照りを抑え切れぬかのように次々と修練場内へ入っていく。
「ジョゼフ、なに手こずってんのよ! あんたはね……わ、わた、わたわたっ……私のけけけっ……結婚相手なんだから、あんな子供に――なによ? そんな怖い顔して、怒ってるの?」
「クラウディア、お前エルフの王族だよな。コネで世界樹の葉か雫を手に入れることはできないか?」
「はあぁぁぁっ!? 無理に決まってんでしょうが! 私が住んでる森と世界樹がある森はぜんっぜん! 離れてるんだからね! あっちの王族と私のところは親交もないし、あったとしても下さいって言ってはいどうぞってくれるわけないでしょうが。大体、私だって世界樹の姿すら見たことないんだからね。急にどうしたのよ?」
「ユウの瞳の色が黒から茶色に変わってたんだよ。あの狐面野郎……」
「怖い顔しないでよね。ジョゼフに言われて目の病気を調べてみたけど、やっぱり死に至るようなものはなかったわよ」
「エルフの王族なのにコネはない。ジョゼフに頼まれた目の病気も大してわからず。クラウディアは使えないダメなエルフ」
ジョゼフとクラウディアの会話を聞いていたララが、露骨にがっかりして大きな溜息をつく。
「はああああっ!? あ、あんたねー! さっきから生意気な口ばっかきいて、もう怒った! ほんっとうに私は怒ったからね!」
「クラウディアは怒ってばっかり。頭に血が上ってばかりだから胸に栄養がいかないの?」
「きーっ! この根暗バカがっ!! 逃げるな! 待ちなさいよ!!」
捕まえようとするクラウディアの手をするりと躱して、ララが修練場内を逃げ回る。
「瞳の色が変わる病気か……」
一人残されたジョゼフの独り言を修練場内の喧騒がかき消した。
「はああああああ……退屈だわ。私もユウちゃんとまぐわ……イチャイチャしたいのに……コレットもレベッカも酷いわ」
誰もいなくなった冒険者ギルド一階で、カウンターにうつぶせながら、フィーフィがぼやく。
「フィーフィ姉ちゃんー」
「ん? 今なにか聞こえたような……」
フィーフィがカウンターから頭を起こして見渡すも誰もいない。気のせいかと思ったフィーフィであったが。
「フィーフィ姉ちゃんってばー」
カウンター越しに二本の角が見えた。フィーフィがカウンターを越えて覗き込むとそこには、オーバーホールの服にユウとお揃いの飛行帽を被ったナマリの姿が見えた。ナマリの頭の上にはモモが座っており、覗き込むフィーフィと目が合うと、頭を傾ける。その愛らしい姿にフィーフィも思わず笑みを浮かべてしまう。
「フィーフィ姉ちゃんってばー! オドノ様、来なかった?」
「ああ。ナマリちゃん、ごめんなさい。無視してたわけじゃないのよ? ユウちゃんなら……修練場でジョ……ゴリラと戦ってると思うわ」
「ゴリラっ!? 見たい! 俺、見てくる!!」
モモがナマリの頭から飛び跳ねると、そのまま修練場の方へ飛んでいく。ナマリも慌ててあとを追うが、その手をフィーフィに掴まれてしまう。
「フィーフィ姉ちゃん、なんでー? 俺もオドノ様がゴリラと戦ってるの見たいのに」
離してとフィーフィに掴まれた手を揺するナマリであったが、フィーフィの顔を見て驚く。
「ナマリちゃん、一人にしないで~」
なんとも情けない顔で懇願するフィーフィの姿に、子供のナマリが慰める始末である。
「もうー、仕方がないなー。そうだ! これあげるから元気出してよ」
ナマリはオーバーオールに縫いつけられたユウお手製のアイテムポーチから、ホットケーキを取り出す。ホットケーキは今できたばかりかのように甘い香りが立ち昇り、ナマリとフィーフィは思わず涎が出そうになるのを慌てて手で拭った。
フィーフィはどこに仕舞っていたのやら、ナイフとフォークを取り出しホットケーキを切り分ける。
「フィーフィ姉ちゃん、ちょっと待って! これかけるともっと美味しいから」
ナマリが取り出したのは取っ手のついた小さなガラス瓶で、中は黄金の液体で満たされていた。液体の正体は蟻蜜である。庶民では手が出ない値段の蟻蜜を、ナマリはホットケーキに惜しみなくかけていく。蟻蜜がホットケーキに染み込んでいき、フィーフィはもう我慢の限界だったのか、普段は見せぬほどの大口で頬張る。咀嚼し舌で蟻蜜の甘さが花開くように拡がっていくと、だらしのない笑顔を浮かべた。
「ナマリちゃん! ありがと――あれ? どこにいったの?」
お礼を言おうとしたフィーフィであったが、ナマリの姿が見当たらない。もしや自分を置いて修練場へ向かったのかと思ったフィーフィであったが、辺りを見渡せばナマリは女の冒険者達が座るテーブルでなにやら話し込んでいた。フィーフィがホットケーキに舌鼓を打っている間に、冒険者たちがぽつぽつと顔を出し始めていたのである。
「ねーねー、お姉ちゃんたちは冒険者?」
突然、魔人族の子供に話しかけられた女の冒険者たちは驚くが、人懐っこいナマリの笑顔に気を許してしまう。
「そうよ。なに? 女の冒険者が珍しいの?」
「ううん。ニーナ姉ちゃんもレナもマリ姉ちゃんも冒険者だから珍しくはないよー」
「あなたユ……こほん。サトウと知り合いなの?」
「そうだよー! オドノ様はすっごい強いんだぞー」
「オドノ様? こう見えて、私たちだって強いんだぞ」
金髪ショートカットの軽装備の女が右腕を曲げて力こぶを見せる。男性顔負けな見事な力こぶが浮き上がる。こう見えてではない。十分強そうである。
そこに通りすがりの男性冒険者が余計な一言を言ってしまう。
「へっ、なにがこう見えてもだ。アマゾネスみたいな見た目のくせによ」
アマゾネス。
ウードン王国より遥か南、熱帯雨林地帯に住む女だけで構成された部族である。アマゾネスは皆が戦士で肉体は鍛えぬかれた筋肉で覆われているのが特徴なのだ。
「「「ああん?」」」
女たちがナマリの目と耳を塞いで男を睨むと、男は慌てて逃げ去っていく。
「すっごい! お姉ちゃん、俺もそんな風になれるかな?」
なにも知らぬナマリは純粋な目を女たちへ向ける。思えば冒険者となってここ数年、女扱いなどされたことのなかった者たちである。唯でさえ周りはがさつで下品な紳士とは程遠い男たちに囲まれているのだ。相手が子供とはいえ、嬉しくないはずがない。女たちは頬をわずかに赤く染めながら「どうだろうな」「きっとなれるわよ」「努力あるのみね」など言いながら、ナマリの頭を撫でたり柔らかい頬をぷにぷに触る。
「う、ううんっ! と、ところであれだ。ユ……サトウは家ではどんな感じなんだ?」
重装備で身を固めた女がさり気なく聞いたつもりなのだろうが、緊張し過ぎて言葉が所々で詰まっていた。
「オドノ様? い~っぱい! おいしい物を作ってくれるよー! すーっごい! おいしいんだぞ!」
「へ、へぇ……料理ができるのか。いいなぁ」
「どんな料理を作れるの? 別にそこまで興味はないんだけどね。ちょーっと気になるかな」
「奇遇だな。私も料理が得意なんだ。よかったら都合のいいときにサトウを紹介して「「「嘘つけっ!」」」くれないか」
抜け駆けしようとした女に一斉にツッコミが入る。
「どんな料理? えっとねー。そうだ!」
カウンターではフィーフィが「ナマリちゃん、だめよ!」や「知られちゃうー。受付嬢たちだけの秘密が~、誰か~! ナマリちゃんを止めるのよ!!」っと叫んでいたのだが、時すでに遅し。ナマリはアイテムポーチから次々にストックしているおやつを出していく。先ほどフィーフィに上げたホットケーキ、フレンチトースト、ドーナツ、シュークリーム、クッキー。出来立ての食べ物が次々に出てくるのだから、ナマリのオーバーオールに縫いつけられているポケットがアイテムポーチ、それもただのアイテムポーチではないことに気づいてもよさそうなものであるが、そこは冒険者と言っても女性である。甘い香りに思考が鈍っても仕方がないだろう。
「食べて! これがホットケーキであり蜜をかけて食べると美味しんだぞ! こっちはねドーナツで生クリームが甘くておいしいよー! そっちはふ、ふれ、ふれんちとーすて? ふわふわでほっぺが落ちそうになるから気をつけてね」
ナマリはユウに作ってもらった黒曜鉄のフォークとナイフを取り出すと、切り分けていく。黒曜鉄のフォークとナイフはナマリの身体に合わせて小さく作られており、ナマリが一生懸命ホットケーキを切り分ける姿に女たちはほっこりする。相変わらずカウンターではフィーフィが騒いでいたのだが、遠巻きに見ていた男の冒険者が頭の病気かと、心配していた。
「あっま! なにこれっ!? すっごい濃厚で甘いのにしつこくないわ……まさかこれって『腐界のエンリオ』の蟻から採れる蟻蜜?」
「この丸いやつ、サクサクで中にクリームが入ってて美味しいっ!」
「この食パンは卵、砂糖、牛乳に浸してあとはバターで……ああんっ! もういいわ! 美味しいから気にしちゃ負けね」
女たちは食べたことのないデザートやお菓子を頬張りながら幸せそうな表情を浮かべる。
「これも食べてみて!」
ユウの作った食べ物が絶賛されると、ナマリはなんだか誇らしげな気分になり。次々と食べ物を出していく。カウンターではフィーフィが泣きながら「秘密が漏れちゃったわ……」と項垂れていた。
「ナマリ、なにしてんだ」
ユウの声に普段であれば元気よく返事するナマリであったが。
「オ、オドノ様……これは……あの……ね? その……ちがうんだ」
テーブルの上には食べ物が散乱していた。
「おやつは?」
「さ、三時に一回だけ」
「今は?」
「お、お昼前」
ユウの頭の上に座っていたモモが、あ~あ、という顔をしていた。ナマリが助けてとモモへ視線を送るが、顔を逸らして見ていないフリをする。
「うわ~んっ! ごめんなさーい! うわ~んっ!」
ユウは女性冒険者たちへ一礼すると、ギルド出口へと向かう。遅れてきたマリファはテーブルの惨状を見て、なにが起こったのかをすぐに理解した。
「今からマゴのところに行く」
「かしこまりました」
「うわ~ん。ごめんなさ~い!」
去っていくユウたちを見て、女たちは。
「ユウちゃんいいな~。うちのクランに来てほしいな」
「私、今度お菓子作ってくれないか頼んでみよ」
「ずっる! 私はあの子をあまり叱らないように頼みつつ、クエストでも誘おうかな」
「あの子、大丈夫かな。それにしても」
女たちは綺麗に食べ尽くされたテーブルへ視線を集中させると。
「「「美味しかったわ」」」
この日フィーフィは、受付嬢たちで構成されるある組織に尋問される。罪状は都市カマー冒険者ギルドの最重要秘密が漏れるのを防げなかった罪である。彼女の主張は――
「私は悪くないわ! ユウちゃ~ん、助けて~!」
だそうである。
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