第169話 二刀対二刀

 都市カマー冒険者ギルド、一階受付嬢コレット・マイスル。荒くれ者が多い冒険者相手でも偏見を持たず常に笑顔で応対する姿から、多くの冒険者から慕われている。そのコレットが珍しく応対に困っていた。カウンターを挟んでコレットの前にいる二人組の冒険者の男が、馴れ馴れしく話しかけていた。


「だから~、俺らはユウ・サトウって冒険者に会いたいんだって」

「そうそう。別に悪さしようってわけじゃねえんだよ。たださ、こう見えても俺らCランクなわけ。サトウって奴は、冒険者登録して一年未満でCランクになったらしいじゃねえの? そうなるとさ、会ってみたくなるだろ。有望な新人冒険者ルーキー様にさ。そのためにわざわざ王都から出向いてきたんだから、どこに行けば会えるか教えてよ。サトウの住んでる家か宿屋を、君みたいな可愛い子が案内してくれると嬉しいんだけどなぁー」

「で、できません。冒険者の情報を第三者へ教えることは、冒険者ギルドでは禁止されています」


 たとえ冒険者ギルドで禁止されていなかったとしても、コレットは教えることはないだろう。


「お前らしつこいんだよ」


 困っているコレットを見かねて、ラリットが間に割って入る。他の冒険者たちもコレットが絡まれて困っているように見えていたのだろう。ラリットを囃し立てるように煽る。


「あん? 誰だお前。俺らは揉めてるわけじゃねえんだから、でしゃばんじゃねえよ」

「クラン『龍の牙』にケンカ売ってんのか?」

「『龍の牙』? 聞いたことねえな」


 ラリットは『龍の牙』という名のクランを本当に知らなかった。天災に例えられることもある龍や竜の名を名乗るクランや二つ名、果ては店の屋号から商品に至るまで、それこそ山のようにあるクラン名を全て把握しろという方が無理な話であった。


「ちっ、『龍の牙』は知らなくても『龍の旅団』は知ってるだろう。俺らが所属する『龍の牙』は『龍の旅団』の下部クランだ」


 男から飛び出した『龍の旅団』という名に、周りの野次馬たちがざわつく。セット共和国の属国の一つサムワナ王国、取り分けて有名な国ではない。国の大きさで言えば、セット共和国の属国の中でも小さい部類に入る方である。しかし、この国には他国にまで名を轟かせるクランがあった。それが『龍の旅団』である。三人いれば小国と対等に渡り合えると言われているAランク冒険者が、六名・・もいるクランだ。以前はAランク冒険者七名だったのだが。


「へへ。さすがに知ってるか。『龍の旅団』はAランク冒険者六人に、盟主のレオバニールムさんは、つい最近Sランクに昇格したからな。知らない方がどうかしてるよな」


 二人組の男がどうだと言わんばかりにラリットへ視線を向けるが。


「だからなんなんだよ」

「は? お前……わかってんのか? 俺らを敵に回すと――」

「どうなるのが、オデにも教えでみろ」


 野次馬をかき分けて巨人族のエッカルトがラリットの横に並ぶ。このエッカルトもラリットと同じようにクランに所属せず、好きなときにクエストを受けて好きなときに休む勝手気ままな冒険者生活を送っていた。面倒事が嫌で一人でいるにもかかわらず、パーティーを組んだことのあるラリットが揉めているのを見て飛び出してきたのだ。


「おい、エッカルト。お前は関係ないだろうが」

「二対一だ。おでも混ぜろ」

「エッカルト、いいぞ~! 『龍の旅団』だか『龍の牙』だか知らねえが、ぶっ飛ばしちまえよ!!」

「ラリット、そいつらに教えてやれ! でかいだけのクランが調子に乗るなよってな!! ぎゃはははっ!」


 野次馬たちが面白くなってきたと次々に煽る。


「はは。噂には聞いてたが本当なんだな」


 半ば呆れながら男が笑う。


「噂だぁ? ビビってんじゃねえぞ!」


 野次馬の一人が野次を飛ばすが、次の言葉で逆に顔を真っ赤に染めることになる。


「ああ、確かに本当だな。カマーの冒険者は、自分の力量もわきまえずにケンカ売る馬鹿ばっかだってな!」

「「「なんだとこらっ!! ぶっ殺すぞ!!」」」


 面白がっていた野次馬たちが一転して、目を血走らせて二人組へ怒号を飛ばす。


「あわわっ、レ、レベッカさん! このままじゃ大変なことに」


 騒動が大きくなり、このままだと大変なことになるとコレットは慌ててレベッカに助けを求めるのだが。


「ほっとけばいいのよ。あいつら馬鹿だから言っても聞きゃしないんだから」


 冒険者など見栄を着て生きてるようなものだ。恥をかかされたと受け取った冒険者に、受付嬢が少々言ったところで意味がないのをレベッカは十二分に知っていた。


「そ、そんな~。フィーフィさんからもなんとか言ってください」

「えー、やーよ。あんなむさ苦しい男の群れの中に行けっていうの? レベッカの言うとおり放っておけばいいのよ」

「もー! フィーフィさんまで! いいですよ。わ、私が行って止めてき――あっ、ユウさん」


 先輩のレベッカ、フィーフィが助けてくれないので、コレットが騒ぎを止めようとカウンターから出たところで、ユウの姿を見つける。


「ユウちゃんっ!? 私のユウちゃんはどこ?」

「フィーフィ、いつからユウはあんたのモノになったのよ」


 今まで騒ぎを気にも留めなかったフィーフィが、カウンターに身を乗り出してユウの姿を探す。


「どけよ。そこにいられちゃ二階に行けないだろうが」

「ああ゛ん? 誰に向かって……ユウかよ」


 殺気立っていた野次馬たちであったが、ユウの姿を見ると割れるように前を開けた。


「おい。あの黒髪」

「ああ、間違いねえ」


 二人組の男は睨むラリット、エッカルトを無視して横を通り抜けると、ユウの前に立ち塞がる。


「なんだよ」

「お前がユウ・サトウだな。俺らはクラン『龍の牙』に所属するボリスにドミニクってもんだ。『龍の牙』は『龍の旅団』の下部クランだ。『龍の牙』は知らなくても『龍の旅団』は知ってるだろう?」

「知らない」


 躊躇なく知らないと言われた二人組みは言葉に詰まる。周りの野次馬たちからは笑い声が漏れ聞こえてくる。


「し、知らないだと……そうか。まだ冒険者になって一年も経ってないそうだな。それなら知らなくても……いや、普通知ってるだろ。『龍の旅団』だぞ!」


 以前ムッスがユウの屋敷で食事をした際に『龍の旅団』の話をしたはずなのだが、ユウの記憶からは消え去っていた。


「まあいい。俺らもお前と同じCランクなんだが、冒険者登録をして一年も経たずにCランクになったお前に興味があってな。わざわざ王都からカマーまで足を運んだってわけさ」

「なんで」

「有望な新人冒険者ルーキー様の実力が知りたくてな」

「違う。なんでCランク・・・・のお前らがBランク・・・・の俺に絡んでくるんだよ」

「「は……? B……Bランク? お前が?」」


 二人組は間抜け面でユウを見つめる。それは周りの野次馬も同様で、全員の視線がユウへと集まっていた。


「ほら」


 ユウはゴールドの冒険者カードを取り出して見せる。金色に輝くカードに二人組の間抜け面が映る。


「う……嘘だろ。お前みたいなガキがBランク……だと?」

「おい。仮にも上位冒険者に対して、その口のきき方はないだろう。自分よりランクが上の冒険者には、所属するクランが違ったとしても敬意を払えよな」

「ぶっ」

「グシシ」

「なんだよ?」


 ラリットとエッカルトは堪えきれなくなって笑ってしまうが、ユウに睨まれると二人は顔を逸らすが口角は大きく上がっていた。ジョゼフが相手でもタメ口、冒険者ギルド長モーフィスでもタメ口、さらに伯爵の爵位を持つムッスが相手でもタメ口。周りの者たちの心境はお前が言うなであった。


「なんだこの騒ぎはって……おう、ユウじゃねえか」


 二階より現れたのはジョゼフであった。ジョゼフの後ろにはエルフの少女とゴシック調の服を纏った少女が立っていた。カマーで活動している冒険者で二人の少女を知らぬ者などいない。『剣舞姫クラウディア・バルリング』に『魔剣姫ララ・トンブラー』である。都市カマーで有名な二人であるが、冒険者ギルドに姿を見せることは稀なだけに、その美しい姿に多くの男が目を奪われた。


「おう、じゃねえ。お前、俺の保存してた肉――」

「食ったな。でもあれだな。お前の作ってくれたツマミがないと、酒もイマイチ進まないな」


 ユウが保存していた肉は、そのほとんどがジョゼフに食べられていた。酒も高いのから消費されて、貯蔵していた酒類が肉と同様にほぼ空っぽになっていたのだ。


「食べていいとは言ったが、限度があるだろうが。食べた肉と酒の代金分は修練場で相手してもらう」

「ひっ」

「マジかっ!?」

「自殺志願者かよ」


 周りからは悲鳴のような声や、やめとけよという声が聞こえてくる。ラリットとエッカルトもユウにやめるように声をかける。

 都市カマーでジョゼフに挑む者などほとんどいない。いてもよそから来たジョゼフのことを噂程度しか知らない身の程知らずか、一部の馬鹿だけである。その理由は至極簡単だ。ジョゼフが強すぎるのだ。一部のBランクを除けば、同じBランクはおろかAランク冒険者でも、一対一でジョゼフに挑もうとする者はいない。冒険者であれば知らぬ者はいないと言われている『龍の旅団』。だが、一般国民であれば知らぬ者がいる。しかし、ジョゼフ・ヨルムの名を知らぬ者は皆無である。その名は南はデリム帝国から北はハーメルンまで、小さな子供から年寄りまで、詩人や市民の間で語られる英雄譚で知られている生きる伝説である。


「君、やめといた方がいいよ? ほら、ジョゼフって見た目がこんなでしょ? 頭の中身も一緒で脳筋だか――いひゃっ、はにぃすんのよ。は、はひゃひて、ごめんにゃひゃい」

「誰が脳筋だ! このアホエルフがっ」


 クラウディアがジョゼフに頬を思いっきり抓られて左右に引っ張られる。美しい顔が見るも無残な姿になり、一部の者だけが興奮した。万力のようなジョゼフの指から解放されたクラウディアの頬は、真っ赤になっていた。


「クラウディアはいつも余計な一言が多い。こう言えばいい。ジョゼフはお馬鹿だから手加減ができない。だからやめた方が――痛い」


 ララのこめかみをジョゼフは握り拳でグリグリと抉る。解放されたララは床に蹲り、こめかみを擦る。


「よし! 尊敬する俺に稽古をつけてほしいんだな。任せろ」

「尊敬はしてない」

「こいつ、照れやがって」


 相変わらずジョゼフは空気が読めなかった。


「お前ゴリラに似てるよな」

「ぷぷ、ジョゼフがゴリラと似てるだって。ゴリラがかわい――痛い」


 ジョゼフはララの頭にげんこつを落とすと、先に行って待っていると修練場へ向かった。


「お前……本気で、あのジョゼフ・ヨルムに挑むのか?」

「お前なんかがジョゼフに勝てるわけねえだろうが。あの人は生きる伝説って言われてんだぞ」


 二人組――ボリスとドミニクは、ジョゼフに挑むユウを馬鹿だと罵った。


「うるせえな。ジョゼフのあとならいくらでもお前らの相手してやるよ」


 ジョゼフのあとを追ってユウも修練場へ向かうと、こんな面白いことを見逃してなるかと、全員が修練場へ向かった。


「レベッカさん、フィーフィさん。私、休憩まだ取ってませんでしたからいただきますね」


 コレットはレベッカとフィーフィの返事も待たずに、修練場へと駆けていった。


「あら、コレットったら。そんなにユウのことが心配なのね。そういえば、私も休憩まだだったわ。フィーフィ、ここは任せるわね」


「えっ!? ちょ、ちょっと! 私だってユウちゃんが心配なのに、あ、あっ、レベッカっ! 待ちなさいって!! し……信じられない。本当に私だけ置いて行っちゃったわ」


 誰もいなくなった冒険者ギルド一階では、一人残されたフィーフィが涙目でいじけていた。




 修練場では多くの冒険者達がスキルや魔法の練習や模擬戦をして腕を磨いていたのだが、ジョゼフが姿を見せるとその手を止める。続いてユウを先頭に、大勢の野次馬が来ると何事かと野次馬に合流し、なにがあったのか詳細を聞く。ジョゼフとユウが戦う? そんな話を聞けば訓練などしてられるかと、修練場にいた冒険者も野次馬と化した。


「なんだ俺が言う前に場所を開けてくれたみたいだな」


 ジョゼフは修練場を見渡し、岩石竜の大剣を二度、三度振るう。軽く振っているだけなのだが、空気を斬り裂く音が修練場の端で見ているラリットたちの耳にまで届いた。


「ユウ、相手すんのはいいんだが」

「スキルと魔法はなしって言いたいんだろ」


 ユウは右手に黒竜・燭を左手に黒竜の盾を構える。本来大剣である黒竜・燭を片手で扱うなどありえないのだが、その姿勢は天から地へと一本の芯が身体に通ってるかのように、微塵の歪みもなかった。

 ユウとジョゼフの戦いを観戦する者の中にはAランク冒険者デリッドやジョズの姿も見えた。皆が気になっていたのだ。ユウの本当の実力はいかほどなのかと。強い強いと噂されてはいるものの、その実力を実際目の当たりにした者は少ない。ユウとパーティーを組んだことのあるラリットやエッカルトは、ユウの実力を疑っていない。『赤き流星』との戦いを見ていた者たちも、Cランク冒険者タリムを一撃で倒し、たった一発の魔法だけであるが、ユウの力の片鱗を見ていた。だが、それ以外の者たちは噂話でしか聞いたことがないのである。ジョゼフと剣撃を繰り広げたことがある。ゴブリンキング討伐に参加していた。Cランク昇格試験で圧倒的な力を示した。『妖樹園の迷宮』をわずか数日で完全攻略した。どれも冒険者登録して一年未満の新人冒険者ルーキーが残せるような実績ではない。


「わかってるじゃねえか。俺とお前が全開でやると――なっ!」


 最初に仕かけたのはジョゼフであった。ニメートルの巨体とは思えない速度で、ジョゼフがユウの目の前へ飛び込むと、そのまま岩石竜の大剣を振り下ろした。ジョゼフの全身から迸る闘気が、ジョゼフの姿を一つの大きな力の塊と錯覚させる。ユウの実力を知らぬ者は、ユウが死んだと思った。『豪腕』の二つ名を持つジョゼフの一撃、盾で受ければ腕ごとへし折られ身体は真っ二つ、躱そうにも剣撃の速度はダガーを使いこなす短剣職を思わせるほど、いや、上回る速度であった。


「ユウさんっ!」


 思わずコレットが大きな声を出したのと同時であった。ジョゼフの剛剣をユウは黒竜の盾で受け流す。軌道を逸らされた岩石竜の大剣の刀身が地面へ深々と突き刺さり、ジョゼフの胴目がけてユウの横薙ぎに振るわれた黒竜・燭が迫るが、ジョゼフは地面に突き刺さった岩石竜の大剣を力尽くで引き抜いて鎬の部分で受け止める。ユウの剣を受け止めたジョゼフの巨体が宙へと浮かび、そのまま十メートルほど吹き飛んでいく。


「ば、化け物かよ……」


 野次馬の一人が思わず呟いた言葉に、周りの者たちも内心で同意する。


「ちっ、今ので欠けやがった」


 ジョゼフは、ユウの斬撃を受け止めた岩石竜の大剣の鎬の部分が欠けていることに少なからずショックを受ける。


「うっそ!? あの子凄いわね。ジョゼフって脳筋っぽい脳筋だけど、剣の腕は確かよ。それなのに受け損なうなんて」

「あとでジョゼフにクラウディアが脳筋って言ってたって伝えよう」

「ちょっと! やめてよね。ジョゼフが怒ると怖いんだから」


 呑気なクラウディアとララはよそに、ユウとジョゼフの間では激しい剣撃が繰り広げられていた。剣撃はスキルを使ってはいないものの、高等技術の応酬であった。動作や殺気でフェイントを放ち、相手がわずかでも反応すれば剛剣を叩き込む。剛剣かと思えば柔剣、柔剣かと思えば剛剣。気づけば修練場内は剣と剣が打ち合う音だけが鳴り響いていた。ユウとジョゼフ、二人のレベルの高さに皆が黙って凝視していたのだ。


「なんだ……あの剣の速さ。うわっ、今のフェイントか? ダメだ。速すぎてなにがなんだかわかんねえ」

「二人共、大剣持ってんだよな? 霞んで刀身がほとんど見えねえぞ」


 デリッド、ジョズ、クラウディア、ララなどのAランク冒険者、その他にユウとジョゼフの攻防を目で追えたのは一部のBランク冒険者のみであった。


「こりゃ……埒が明かねえな」


 一旦距離を取ったジョゼフが、頭を掻きながら呟く。


「本気出せよ」

「いいだろう」


 ジョゼフは岩石竜の大剣を放り投げる。剣は先ほどジョゼフのことを、脳筋と言ったクラウディアの顔のすぐ横に突き刺さった。聞こえていたのだ。悪口に関してはジョゼフの耳は地獄耳であった。文句を言うクラウディアを無視して、ジョゼフがアイテムポーチから取り出したのは二本の剣、聖剣聖炎ホーリーフレイムと魔剣氷魔アイスデビルである。ジョゼフがセブンソードに就任した際に、デリム皇帝より授けられた剣である。これには黙って観戦していた者たちも興奮した。「旦那が本気になった!」「あれが伝説の聖剣と魔剣かっ」「魔王を斬り裂いたって噂だぜ」などとざわつくのだが、当のユウは不満を隠さなかった。


「剣じゃなくて槍を持てよ。そっちの方が有名なんだろ。『槍天のジョゼフ』だったか? 槍を使えよ」


 挑発ではなかったのだが、ユウの言葉にクラウディアとララの顔が青くなった。これまでジョゼフに槍の教えを請うた者や、なぜ槍を握らなくなったのかを尋ねた者は何人かいたのだが、悲惨な結末を迎えることで理解するのだ。ジョゼフに槍のことを言うのも聞くのも禁句だと。


「槍は持たねえ」


 下唇を突き出しながらジョゼフは拒否する。その姿はどこか拗ねた子供のようにも見えた。


「本気出すって言っただろうが」

「俺はもう槍は持たない」


 とりあえずジョゼフがキレていないことにクラウディアとララは安堵する。


「持たせてやる」


 ユウは黒竜の盾を背の金具に固定すると、アイテムポーチから一本の大剣を取り出す。黒竜・燭に似た漆黒の大剣であったが、大剣が放つ禍々しい気に魔剣を使うララがいち早く気づく。ユウの取り出した大剣が魔剣――それも並の魔剣ではなく特上の物であると。


「魔剣、それも私の魔剣グラムに匹敵するかもしれない」

「あんたの魔剣に匹敵する? そんな魔剣をあの子が使いこなせるの? あんたは『魔の祝福』があるから大丈夫だけど……ごめん」


 固有スキル『魔の祝福』を持つために迫害を受け、邪教の生贄にされかけたこともあるララがクラウディアを睨むと、クラウディアは自分が言い過ぎたことを認め謝った。


「なんだその剣は?」

「俺が倒した黒竜の角から作った剣だ」


 ユウが倒した黒竜の角から、ウッズは二本の大剣を作りだした。一本目は黒竜・燭、二本目が黒竜剣・濡れ烏だ。黒竜が強い恨みを持ったアンデッドであったためか、黒竜剣・濡れ烏は呪われていた。闇耐性を持つユウは黒竜剣・濡れ烏を使うことはできるのだが、完全に使いこなすことはできなかった。しかし3rdジョブ『剣聖』に就いたことでパッシブスキル『闇の加護』を覚えたいま、十分に魔剣の力を引き出すことができるようになっていたのだ。


 ジョゼフの持つ赤の聖剣に青の魔剣、ユウの持つ黒竜の角から作りだした二本の大剣、奇しくも二刀対二刀であった。


 対峙し合う二人、先ほどとは逆に仕かけたのはユウであった。弾丸のようにジョゼフの懐に入る。大剣のリーチを考えれば不利なことは明白であった。観戦している冒険者たちがなぜ? と思うよりも早くジョゼフは仰け反ってユウの放った蹴りを躱す。スキル『体術』を持つ者は、ユウの放った蹴りの鋭さにもし自分があの場にいれば躱すことができなかっただろうと、背中を冷たい汗が伝った。

 ユウの蹴りを仰け反って躱したジョゼフであったが、早く体勢を戻さなければ拙いことになると、直感が告げていた。


「ほらなっ!」


 身体を起こしたジョゼフの左上から、ユウの斬撃が迫る。間一髪剣で受け止めるが、受けた剣が飛ばされそうになる。ジョゼフは一つ凌いで安心などできなかった。ユウの手には二本の大剣があるのだ。直ぐ様次の大剣が右上より振り下ろされる。こちらもなんとか受けの剣が間に合ったジョゼフであったが、吹き飛ばされる。最初に吹き飛ばされたときは、体勢を整えて着地することができたジョゼフであったが、今度は体勢を整えることができずに地面へ叩きつけられた。


「おっ、やるじゃねえか」


 無様に吹き飛ばされたにもかかわらず、ジョゼフは笑っていた。


「なに笑ってんだ。今俺にふっ飛ばされたってわかってんのか?」

「くははっ、そうだな」

「笑うなっ!」


 『豪腕』の二つ名を持つ、ジョゼフのそんな姿を見たことがないカマーの冒険者たちが驚愕の表情を浮かべる。


「わはははっ! いいぞ!! もっとこいっ!!」


 ユウの剣を受け止める度に、剣を握るジョゼフの手が弾かれる。ジョゼフはその度に笑みを浮かべる。優勢に攻めているはずのユウの方が苛ついていた。


「ちょ、ちょっと! ジョゼフはなんで嬉しそうなのよ」

「きっと……思い出してるんだよ」

「なにを?」

「言わない」

「言いなさいよ! あんたねえ、私を誰だと思ってんの!」

「胸ペタエルフ」

「きぃ~っ! 言ったわね!! 言ってはいけないことを!!」


 クラウディアとララの醜い争いとは別に、ユウとジョゼフの攻防は数十分もの間続いた。


「ラリットさん、ユウさんって本当に強いんですね」


 ジョゼフ相手に互角の戦いを繰り広げるユウの強さに、心配していた自分が恥ずかしくなったコレットは、ラリットに話しかけることで羞恥を振り払おうとした。


「いや……強いとは思ってたが、ここまでとは俺も思わなかったぜ」

「グシシ、今カマーで一番強い冒険者がもじれないど」

「俺がいるだろうが?」

「ラリットの冗談はおもじろぐないな」


 ユウとジョゼフの戦いに見惚れていた観戦者たちだったが、思い出したかのように『龍の牙』の二人組を探す。


「おい、あいつらどこ行った? このあとユウと戦うってのに逃げたんじゃねえだろうな?」

「あいつらって?」

「『龍の牙』とかいうクランに所属してる二人組だよ」

「なんだと!? 探せ探せ! あんだけ偉そうにのたまって逃げるとかないぞ」

「こっちはいねえぞ」


 修練場を見渡しても『龍の牙』所属の二人組を見つけることはできなかった。




 都市カマーの北門を抜けた先にある街道を、先ほどの『龍の牙』所属の二人組が歩いていた。


「ボリス、探りにきてよかったな」

「ああ。剣の腕だけしか見れなかったが、ジョゼフと渡り合うなんて十分化け物だ」

「真正面から打つかってもこっちの被害が大きくなるだけだったな」

「依頼はユウ・サトウの持つアイテムポーチを手に入れることなんだから、馬鹿正直に行く必要はない」

「依頼とはいえ『龍の牙』がすることか? ようは窃盗だぞ? あのガキが持ってるアイテムポーチはそんなに凄い物なのかよ」

「文句言うなよ。これもウードン国内で『龍の牙』を大きくするためだ」

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