第163話 宴

「ぬぅっ!? 俺が使ってんのとは違う形の炉だな。こっちの鎚は闇深鉱、金床は朱鋼鉄か。むぅ……おぉっ! この油は椿油じゃねぇな。くそっ! どれもこれも興味をそそられる物ばっかりじゃねぇかっ!」


 魔落族の工房内では興奮状態のウッズが目を輝かせていた。道具は職人の命、ウッズは十二分に理解しているので、無闇に触れることはない。だが、目は触りたくて仕方がないと言っていた。

 ユウがまず案内したのが、魔落族の住居であった。しかし工房に入るなり、そわそわしていたウッズは我慢ができないとばかりに、ご覧の有り様であった。


「おっちゃん……おっちゃんっ。ダメだ。俺の声が聞こえてないな」


 ユウは何度か呼びかけるが、ウッズの耳には聞こえておらず。ウッズは、近くの魔落族の者を捕まえては、質問をし続けていた。


「フハハ。どうやらウッズ殿は儂らの工房に夢中のようですな」


 魔落族の長であるマウノがユウの横で、顎髭を撫でる。後ろでは堕苦族の長と獣人族の長が、その様子を面白くなさそうに見つめていた。


「まあ、いいか。

 マウノ、頼まれていた品が届いたから渡しておく」


 ユウはそう言うと、アイテムポーチから鋼鉄、黒曜鉄、ミスリル、ダマスカス鋼などの各種鉱石から、王都の鍛冶職人たちが使っている鎚、金床、ハサミ、火かき棒などを取り出して並べていく。


「おおっ! 王よ、ありがとうございます!! これが……王都の方で?」

「ああ。王都の鍛冶職人の間で人気のある道具らしい。使い方は魔落族の道具とそんなに違いはないと思うけど、わからなければおっちゃんに聞けばいい。言っとくけど、道具、鉱物をお前ら上の奴らだけで独占するなよ?」

「わかっておりますとも。未熟な者に使わすわけにはいきませんが、それなりの腕がある者には平等に使わせます」

「あと……こいつを量産できるか?」


 ユウはマウノに五徳と魔玉を組み合わせた物を渡す。


「こちらは……五徳に魔玉……ランクは1ですな」

「そうだ。魔玉には俺が火の魔法を込めている。お前ら魔落族には五徳を作ってほしい」

「五徳ですか……むぅ……」


 マウノはあまり気乗りしなかった。鍛冶一筋に生きてきた魔落族である。武具、防具であれば喜んで作るのだが、五徳は家事で使う物。


「王様、よろしいですかのぅ」


 気難しい顔をしているマウノの後ろから、堕苦族の長ビャルネがユウへ声をかけた。


「マウノ殿はなにやら乗り気ではなさそうですわい。儂ら堕苦族であれば、五徳のような小さな金属の加工は得意としてますわい。どうか、儂ら堕苦族に任せてもらえんでしょうかい?」

「なっ!? ビャルネ殿、なにを言うかっ! 儂はやらんとは言っておらんぞ! 王の命とあれば、儂ら魔落族は喜んで作るわっ!!」

「ほう……命がなければ作らぬということじゃな?」

「あ、揚げ足を取るでないわっ!」


 マウノが見下ろしながらビャルネを睨む。小さな堕苦族のビャルネは見上げる形になるが、一歩も引く気はなく逆に睨み返していた。工房内はマウノを筆頭に魔落族からは剣呑な雰囲気が漂い始めていたが。


「もういい。俺はマウノに頼んでいるんだ。ビャルネもマウノを煽るな」

「わかりましたわい。マウノ殿、無理そうであれば、いつでも儂ら堕苦族に振ってくだされ」

「煽るなって言ってるだろうが。マウノ、これは大事な仕事だからな。それにお前らにとっても悪くない話だぞ」

「と言いますと?」


 ビャルネを睨んでいたマウノであったが、悪くない話という言葉に反応する。

 ユウは再度アイテムポーチに手を突っ込むと、魔玉を取り出す。その色、大きさに、価値のわかる者たちからは驚きの声が漏れる。


「これはランク7の魔玉に、俺が火の魔法を込めている。炉に嵌めて魔力を込めれば、誰でも簡単に高火力を使うことができる」

「な、なんとっ!」


 魔落族全員から大きな声が漏れる。声に含まれる感情は喜びであった。それもそのはず。この島では木を入手することが非常に困難であった。折れ木や落ち葉などであれば問題ないのだが、木を切り倒そうとすると、いつの間にやらヒスイが木の影からこちらを見ているのだ。なにか文句でも言ってくれればまだいいのだが、ヒスイはなにも言わずに、悲しげな顔でずっと見てくるのだ。これには皆お手上げであった。特に鍛冶を営む魔落族は、炉に満足に火を入れることすらできなかったのだ。


「なんだ? 木を切り倒そうとしたら、さっきのドライアードの嬢ちゃんが怒るのか?」


 一頻り魔落族の道具を見て満足したのか、ウッズが何気なく言った言葉に皆が沈黙で答えた。


「わっはっは。そりゃそうか。ドライアードにとって森は友達みたいなもんだからな。よし、俺も五徳作りを手伝うぜ。ユウ、いいだろ?」

「助かるよ。おっちゃんの住居はマウノが用意してるから。俺はこのままニーナたちに島の案内をするよ」

「おうっ、任せろ」


 ユウたちはウッズを魔落族の工房に残して、次に向かったのは堕苦族の住居であった。地面に石で作られた人工的な入り口が開いており、レナが物珍しそうに覗きこめば階段が見える。階段を降りると、中は暗闇ではなく一定の間隔でライトの魔法を込められた魔玉が設置されており、床は石畳みでどこぞの都市よりも金がかかっていた。


「ユウ、さっきは驚いたね?」


 ユウの横を歩いているニーナが、さきほどの魔落族とビャルネの諍いを思い出し、ユウの耳元で囁いた。


「いつもあんな感じなんだよな。

 ビャルネ、魔落族と揉めるなって言ってるだろうが」

「王様、魔落族は王様に対する感謝が足りんのですわい。儂ら堕苦族のように感謝していれば、あのような態度など、とてもとても……」


 ビャルネは自分の行動は間違っていないと、反省していない様子である。


「……ここはまるで迷宮のよう。でも、息苦しくない」


 レナは迷宮のような堕苦族の住居に興味津々で、あちこち歩いてはベタベタと触っていた。


「ちゃんと換気口もあるし、空調も魔玉で操作してるから温度、湿度は一定に保たれてる。

 今も俺の死霊魔法で創ったアンデッドが拡張してるから、迷宮ってより地下都市みたいになってるけどな」


 通路の端から堕苦族の子供が、ユウの姿を見つけると笑みを浮かべ手を振る。ニーナとレナが手を振り返すと、驚き慌てて顔を引っ込める。


「ユウ~。私、嫌われてるのかな~?」

「人族に慣れてないから驚いてるだけだ」

「ユウだって人族なのに~」


 レナは気を引くためか、無駄に箒に跨って宙へ浮くと、それを見た堕苦族の子供から、羨ましげな視線を向けられる。レナは「……ふふん」と笑みを浮かべるが、高く浮きすぎて天井に頭をぶつける。


「お前はなにをやってんだ?」

「……痛い」

「レナ、大丈夫?」

「ふぁっふぁ。王様のご友人は、なかなか面白い方じゃわい。さて、こちらが儂ら堕苦族の工房ですわい」


 小気味よい音が響く部屋の扉を開けると、堕苦族の者たちが小物細工や装飾品などを作っていた。ユウとビャルネの姿を見ると、堕苦族の者たちは作業を止め挨拶に来ようとするが、ユウの顔を窺ったビャルネが手を振ると、再び作業に戻る。作業に戻らなかった一人がビャルネに小箱を渡す。


「王様、こちらを」


 ビャルネがさきほど受け取った小箱をユウへと渡す。小箱を開けると中には腕輪が入っており、ユウが異界の魔眼で確認する。


堕苦族の腕輪(4級):麻痺耐性強化・猛毒耐性強化


 腕輪の性能は、王都にある一流魔導具店に並べても遜色しないほどの品であった。


「うん。いい腕輪だな」


 ユウは腕輪を小箱に戻すと、ビャルネに小箱を返す。その姿に堕苦族の者たちが落胆したかのように肩を落とした。ビャルネは小箱を受け取り、さきほど小箱を持ってきた堕苦族のもとへ行くと。


「王様よりお褒めの言葉をいただいた。じゃが、まだまだじゃわい」


 小箱を受け取った堕苦族の者の顔は険しかったが、ビャルネの言葉に何度も頷くと、作業場へ戻り皆を集めて話し合いを始める。


「まあ、大体こんなもんだな。あとは山に行くか」

「お、お待ちください! 王様、獣人族の案内がまだですぞ」


 ずっと黙っていた獣人族の長ルバノフが、慌ててユウのもとへ駆け寄るが。


「獣人族は最初に見たしいいだろ」

「ぐぬぬ……ですが、それでは……」

「山の案内が終われば日も暮れる頃だろうし、ルバノフは食事の準備でもしててくれよ。ほら、このアイテムポーチの中に肉は入ってるから。どうせ氷室の肉はほとんど残ってないんだろ? あと、お前ら獣人族が内臓、内臓うるさいから一緒に入れてる」

「内臓っ!?」


 ユウの言葉に狼人のルバノフの尻尾が激しく横に振れる。ユウは定期的に狩った魔物の肉を巨大な氷室に保管しているのだが、今まで満足な食事をしてこなかったからなのか、獣人族の食欲は凄まじく。森で採れる木の実や果物だけでは追いつかなくなっていたのだ。

 ルバノフは獣人族の住居を案内したがっていたのだが、結局肉の誘惑に負けたのか、口から少し涎を垂らしながら帰っていった。

 堕苦族の住居から出たユウたちは最後に山へと向かう。山に近づくにつれ、山の頂上から生えている樹のありえない巨大さがなお一層と際立った。


「……あの山はユウが造った?」

「そうだ。正確には俺とヒスイとラスが造った。山は俺とラスで、こっからじゃ見えないけど、ヒスイが育てた水生樹が百くらい植えてある。あの世界樹はバカみたいに水を吸うんだよな」

「……水生樹。特殊な環境でしか育たない樹。良質な水を生成するから、見つけた際は国が保護するほど貴重」

「そうなのか? 苗は俺が手に入れて、あとはヒスイが増やしたからな」

「……それに空を覆う結界。おそらく島全体を覆っている。これはユウが張ってる?」

「んなわけないだろうが。これはあの世界樹を育てるのと、周りに樹とか花を増やしてやるのを条件に、巨人に張らせてんだよ」

「……巨人?」

「ねね? それってナマリちゃんが言ってた肉のお化け?」

「ん? ナマリがそんなこと言ってたのか。肉のお化けって……あいつ結構繊細だから傷つくぞ。花とか樹が好きな奴なんだけど、トーチャーと一緒で人見知りが激しいんだよな」

「……ここが入り口?」


 山の斜面に不釣り合いな門が見えてくる。門には細かな装飾が施され、所々に目を光らせた獣の装飾もされている。ニーナが獣の装飾に近づき、光っている目に触れる。


「わっ! ユ、ユウ~、この獅子の目、ルビーだよ! こっちはサファイアっ!? あっちはエメラルドっ!!」

「ラス……また勝手に派手な装飾しやがって」


 ユウが門を開けて中に入ると、そこは大国の宮殿内かと見間違うほど綺羅びやかな品々が並べられ、床には真っ赤な絨毯が延々と敷かれていた。通路の両サイドには、フルプレートアーマーの騎士たちが一糸乱れぬ動きでユウを出迎え、絨毯の真ん中ではラスが待ちかねていましたとばかりに跪いていた。この騎士たちはラスの死霊魔法で創りだされたリビングアーマーである。


「マスター、お待ちしておりました」


 ラスはユウのもとまで浮かびながら移動し、手前で跪く。


「おい。これはなんだ」

「まだまだマスターに相応しいとは言えませんが、少しは見栄えが良くなったかと」

「これ……古龍の財宝使ってるだろ?」

「装飾用に使わせていただきました。ですが、ご安心ください。マスターの玉座、謁見の間はこんなモノではありません! 大国ですら持っていない秘宝の数々を……マスター?」

「財宝は好きに使えって言った。確かに言ったが……こんなくだらないことに使うか? それに玉座ってなんだよ……」

「もちろん、マスターがお座りになる玉座です! 世界樹がある山を城に持つ王など、マスター以外にいないでしょう! 城内は私のアンデッドが守り、いざとなれば、あの醜い巨人が山に結界を集中すれば、何人たりとも侵入することのできない鉄壁の城と化すでしょう! それだけではありません!! 宝物庫には五大国を凌ぐ財宝。城内は順次拡張し、地下の拡張も順調です!! どうですか? マスター!!」

「どうでもいいよ……」

「そ、そんなっ!? わ、私の話はまだこれから……ああ、マスターお待ちくださいっ」


 ユウは後ろから追いすがるラスを無視して、ニーナたちに城内を案内した。城内はユウが知っている面影など欠片も残ってなどおらず。過剰に装飾された大浴場では二十四時間湯が注がれ、ラス自慢の謁見の間の広さや宝石の数々に、ニーナが驚く。レナは宝石よりも湯を沸かしている魔道具などに興味があるようで、触ってはラスに注意されていた。

 ユウが山の内部に造られた城内を案内し終わる頃には、日が暮れ始めていた。


「ラスは来ないのか?」

「私は食事が必要ありません。それに獣やドワーフたちと仲良くする気など」

「お前ってそういうところは子供だよな」

「や~い、ラスは子供~」


 子供たちの相手を終えたナマリが、ラスを挑発する。


「ナ、ナマリっ! 私を馬鹿にしてるのかっ!」


 ラスに追いかけられながらも、ナマリは誂うのを止めない。なんだかんだ言ってこの二人は仲が良いのだ。




「王様、こんなもんでいいっすか?」

「俺は俺で勝手に食事するから、お前らはお前らで勝手にすればいいだろ」

「また~、そんなこと仰る。俺が怒られるんですからね」


 虎人のナルモが「困っるんスよねっ」と獣人族の長であるルバノフの顔色を窺う。ルバノフのギラつく視線にナルモは肩を竦め、ユウの後ろへと隠れる。

 広場では獣人族、堕苦族、魔落族が慌ただしく宴会の準備をしていた。

 魔落族はユウの持ってきたエールの詰まった樽を、愛しそうに撫でたり頬ずりする者などまでいる。獣人族はウードン魔牛、ビッグボーの肉の塊に溢れる唾液が止まらぬようで、今か今かとそわそわしていた。堕苦族は他の二種族とは違い、宴の準備に余念がなかった。


「もういいだろう。ガキたちも腹減ってるだろうし、食事始めるぞ」


 ユウの言葉が合図とばかりに、獣人が雄叫びを上げると肉に齧りつく。高級食材のウードン魔牛、それもユウは雌を選んで狩っていたのだ。その肉の旨さは筆舌に尽くし難く。獣人たちは一心不乱に肉を食べる。


「なんだお前たち、親と一緒に食えよ」


 マリファと一緒に肉を焼いているユウの周りには、子供たちが集まっていた。


「王様ー、俺の父ちゃんと母ちゃん、このまえ死んだよ」

「あたしもー」

「僕もいないよ。王様と一緒にご飯食べていい?」


 親を亡くした獣人、堕苦族、魔落族の子供たちであった。


「わかった。ナマリ、こいつらの面倒はお前が見ろよ」

「任せて! このお肉はね、こうやって葉っぱにのせてータレをのせてー、包んでこうっ!」


 ナマリはレタスに似た野菜の葉に、肉とタレを載せて包むと口の中へ放り込む。肉を噛みしめると肉汁が溢れ、甘辛いタレにシャキシャキした野菜の食感が旨味となって、自然とナマリの口角が上がっていく。それを見ていた子供たちが次々とユウのもとへ殺到し、肉を受け取るとナマリと同じようにして食べる。獣人族の子供は尻尾に電撃が走ったかのように震え、堕苦族と魔落族の子供たちはお互いに目が合うと、にまぁ~っと笑みを浮かべて「おいしいっ!」と叫んだ。


「ちょっと! 私たちの分は?」

「お腹空いたよ~」


 肉を焼いているユウの方へ、ピクシーたちが群がった。ただでさえ、ユウの周囲は精霊たちが群がって眩しいのに、さらに鬱陶しいことになる。モモが必死にユウの頭や肩に座り込むピクシーたちを払いのけるが、数が違いすぎた。疲れたモモが地面に座り込むと、ユウがコップに牛乳を注いでモモの目の前に置く。コップはユウがモモのサイズに合わせて作った物で、モモに丁度いいサイズの大きさであった。ユウは続けて牛乳に蜂蜜を垂らし、きな粉を入れてかき混ぜる。甘い匂いにピクシーたちがユウの頭や肩から降りて、モモの周りに集まる。


「モモ、飲んでいいぞ」


 モモは、ユウに言われるままごくごくと半分ほど飲む。口の周りが牛乳まみれになるが、旨かったのかモモがだらしない表情になる。


「モモ、それ美味しいの?」

「私も飲んでみたーい!」

「どれどれ~、びゃっ!? う、うまいっ!!」

「うそっ!? 私もちょろっと……びゃあああっ!? こ、これは神の飲み物だわ!!」


 モモが群がるピクシーに押し潰されそうになるが、ユウが手で摘んで助けて頭の上に乗せる。モモ専用のコップではピクシーたち全員の腹を満たすことなどできない。飲み足りなかった者や飲むことすらできなかったピクシーが、悲しそうな顔でユウを見つめる。ピクシーたちの後ろには、なぜかヒスイの姿もあった。ユウは無言で皿を並べていくと、先ほどと同じように牛乳、蜂蜜、きな粉を注いで作っていく。今か今かと待ちわびているピクシーたちへ、ユウはちらっ、と目線を送り頷く。待ってましたとばかりにピクシーたちが皿へと突撃していった。ヒスイが皿に顔をつけて飲むべきか悩んでいたが、ユウがコップに入れて渡す。満面の笑みを浮かべて、ユウに抱き着こうとしたヒスイであったが、モモの妨害によって断念する。


「おい、熊公なに見てんだ。まさかガキ共に嫉妬してんじゃないだろうな?」

「熊じゃねえ! 羆だって言ってんだろうが!! それに悪いかよ。俺だって王様と一緒に飯食って、龍退治の話とか聞きてえんだよ!」


 羆の獣人は若いようで、歳は十五、六といったところだろう。ユウと楽しそうに食事をする子供たちや、初めて見るニーナたちに嫉妬の視線を送っていた。


「よしっ! 俺は行くぞ」

「行くってどこに?」

「決まってんだろ! 王様のところだ!」

「やめとけって、長たちですら遠慮してんだぞ」

「うるせえっ! 俺は王様と話がしたいんだ!!」


 羆の青年は意を決してユウのもとへ向かうが、異変に気づく。いつもなら喧しい女たちが、ユウの周りで大人しくしているのだ。女たちは皆引きつった笑みを浮かべており、なぜかダークエルフの少女の後ろで整列し、それ以上はユウへ近づこうとはしなかった。


「通してくれ」

「わっ、熊だ」

「熊じゃねえ。羆だ」


 子供たちを押しのけてユウのもとまであと少しというところで、羆の青年の前にマリファが立ちはだかった。


「な、なんだよ」

「手を見せてください」

「手がなんだって?」


 マリファの後ろでは、女たちが羆の青年に目で訴えかけていた。「逆らうな」と。よく見れば女たちは体中に痣があり、身体は小刻みに震えていた。


「これでいいのかよ。じゃあ、通してもら――」

「手が汚れています。爪の中には泥まで」

「ああん? 泥がなんだって?」

「ば、馬鹿っ! お、お姉さまに逆らうんじゃないわよ!!」


 獣人の女が注意するが、すでに遅かった。マリファの横を通り過ぎようとした羆の青年は、突如背に鉛でも背負ったかのような重みを感じると、地面にひれ伏すように潰れた。羆の青年の背中には、マリファの操る甲虫オスミウム虫がへばりついている。


「な……なにし、やが……るっ!」

「そんな不浄の身で、私のご主人様に近づこうなどとは死にたいのですか? いえ、むしろ殺した方が……」

「マリ姉ちゃん、ダメ~」

「お、お姉さま、許してください~!」

「お姉さま、この羆はアホなんで勘弁してあげてくださいっ!」


 危険を察知したナマリがマリファにしがみつき、後ろに控えていた女たちが必死に許しを請う。女たちはよほどマリファから恐ろしい目に遭わされたのか、許しを請う間もマリファと目を合わすことはなかった。


「レ、レナ、今日のマリちゃん、怖いね?」

「……あの日かもしれない」


 余計な一言を言ったレナが「ご、ご主人様の前でなんてことを言うんですかっ!」っと、顔を真っ赤にしたマリファに怒られる。


「ナマリちゃん、この前のお香どうだった?」

「うん。良い匂いだって言ってた!」

「それだけ?」


 夜遅くまで続いた宴は、皆が楽しんだ。一部楽しめていない者もいたようだが、大いに食って、大いに飲んで、広場で酔い潰れる者もいたりしたが、無事に終わり。ユウたちは山城に戻り、現在大浴場ではニーナとナマリが入浴中であった。


「じゃあ~、今度はこのお香を試してみて」

「これはなんのお香?」

「これはね~、良く眠れるようになるお香だよ~」

「う~ん。オドノ様は寝ないからなー」


 ナマリは、ニーナから受け取ったお香の詰まった瓶を湯船に浮かべて遊ぶ。


「あはは~、ナマリちゃん。ユウはナマリちゃんと違って寝ないとダメなの」

「でもオドノ様が寝てるところ見たことないよ」

「そんなわけないよ」

「ほんとだよ。俺がオドノ様と一緒にいる間、寝たところ見たことないもんっ!」

「そう……そうなんだ」

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