第162話 島の住人

「あとで遊んでやるからな」


 森林に着いたユウたちはシロの背から降りる。離れたくないシロが、触手をユウたちに絡ませるが、あとで遊ぶというユウの言葉に納得したのか、名残惜しそうに土の中へと潜っていく。


「ユウ、この森ってあんまりっていうか、生き物が少ない?」


 索敵スキルを持つニーナは、これだけの規模を誇る森にもかかわらず、生物の気配が驚くほど少ないことに気づく。


「ああ、ニーナの言うとおりだ。この森は創ったばかりだから、生き物がほとんどいない。近い内になんとかしないとな。獣人の連中が――ナ、ナマリっ!」


 森の奥から駆け足で近づいてくる集団に、ユウが気づく。


「ほら見ろ~。やっぱり王様だ~!」

「匂いがしたもんなっ! お~い、王様~」

「ああっ! ナマリちゃんもいるよっ!!」


 集団の先頭は頭に獣の耳を生やした獣人族の子供たちであった。後方には灰色の肌を持つドワーフや青白い肌の小人族の子供の姿も見える。


「ま、待てっ。ナマリが飴玉……話を聞けっ!」


 あっという間にユウの身体に子供たちが纏わりつき、ユウは身動きが取れなくなる。あまりの出来事にマリファの反応が遅れた。慌ててユウから子供たちを引き離すが、次から次へと子供たちはユウに飛び乗る。


「オ、オドノ様から離れろ~っ! こっちに来たら飴玉あげるからっ!」

「「「飴玉っ!?」」」


 ナマリの掲げる布袋に子供たちの視線が集まる。右から左へと手を動かせば、子供たちの視線も追うように動く。ナマリは布袋から飴玉を一つ取り出し口の中へ放り込む。溶けた飴玉の甘さにナマリの頬が緩む。子供たちの唾を飲み込む音が、ユウたちの耳にもしっかりと聞こえた。ナマリは、にまぁ~っと悪そうな笑みを浮かべる。


「飴玉が欲しかったらこっちだぞ~!」

「ま、待ってっ! 俺にもちょうだい~!」

「私も~」

「ナマリちゃん、待て待て~」


 半数以上の子供たちがナマリを追いかける。なぜか口から涎を垂らしたピクシーたちも追いかけていった。残った子供たちはなにか言いたそうに、ユウとニーナ、レナを交互に見る。


「どうした? 早くしないと飴玉がなくなるぞ」

「あの……王様は、今日は……あの……うぅ……」


 気の弱そうな、頭に犬の耳を生やした獣人の女の子がなにか言いかける。だが、うまく言葉が出てこないのか、次第に涙目になっていく。ユウは頭を軽く撫でると、落ち着いたのか笑顔を浮かべる。


「あのね。王様は……今日はいなくならない?」

「ああ。泊まっていく」

「ほんとうに?」

「俺が嘘ついたことあるか?」

「「「な~いっ!」」」


 子供たちから、わっ、と喜びの声が拡がっていく。「早くナマリを追いかけてこい」と、ユウに言われると、大きく頷き駆けていくのだが、途中で数人の子供がニーナとレナに声をかける。


「お姉ちゃんたちは人族だよね? 僕たちをイジメるの?」


 ニーナたちが怖いのか、獣人の男の子が尻尾を股に挟み込んで恐る恐る尋ねた。


「イジメないよ~。私はユウのお友達だよ」

「……私のような天才は弱い者をイジメない」

「ほんとに?」

「ほんとだよ~」

「よかった。お母さんが、僕のお父さんはいなくなったって言ってたんだ。でも、僕知ってるんだ。ほんとうは人族に殺されたって」

「ほら。大丈夫だって言っただろ。ナマリのところに行ってこい」

「うんっ! 王様、あとでね!」


 子供は感情で動く。ユウがどれほど理路整然に話しても、自分たちの思うままに行動するのが子供である。ユウは一番・・警戒していた嵐が去ったと安堵の溜息をつこうとするが、そうはさせないとばかりに、第二弾が来る。次に現れたのは女であった。それも年頃の女たちで、先ほどの子供たちと同じように獣人、ドワーフ、小人族など様々であった。


「ほらほら、ちびっ子たちが騒いでたから来てると思ったんだよ」

「私は匂いでわかってたけどね」

「えっらそ~に、あんたの獣臭い匂いが強くて、こっちは鼻が利かなかったんだけどね」

「あぁん? ケンカ売ってんの?」

「二人は好きなだけケンカしてればいいよ。じゃあ、お先に~、お~う~さ~ま~」


 猫耳の獣人がユウへ抱きつこうとしたそのとき――


「痛っ! な、なにするの! てか、あんた誰よ?」

「汚い手でご主人様に触れないでください」


 マリファが、ユウに抱きつこうとした獣人の手を叩いたのである。


「誰だって、言ってんだけど」

「私はご主人様の奴隷です」

「はんっ! 王様の奴隷? ダークエルフがでしゃばんじゃないわよ!」


 マリファを値踏みするように女たちが囲う。女のケンカは怖い。

 ウッズは長年の経験で、女同士のケンカに関わると碌なことにならないとわかっているのか、見て見ぬふりをする。同性であるニーナ、レナですら目を逸らしていた。


「あ~、マリファ」

「ご主人様、この礼儀知らずの獣たちに少々躾をしたいと思いますので、お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

「あ~、うん。ついでに牧場の場所を案内してもらえ」

「かしこまりました」

「やりすぎるなよ」

「かしこまりました」

「本当にわかってんだろうな?」

「かしこまりました」


 これはもうなにを言ってもダメだと、ユウも匙を投げる。マリファと女たちは場所を変えるのか、森の奥へと消えていく。コロとランにブラックウルフたちは、げんなりした様子で自らの主であるマリファのあとをついていった。

 森の中を進んでいくと、やがて開けた場所が見えてくる。樹をそのまま利用した家や、地に開いている穴から顔を出している小人族の姿などが見えた。

 ユウの姿に気づいた者たちが、慌ててユウのもとへ走り寄ってくる。


「王様、お帰りなさい。来るなら言ってくれたらよかったのに」

「ラスが先に来てただろ? なにも聞いてないのか?」

「ええっ!? なにも聞いてないですよ。あの人な~んも言わないんだもんな。今も山でず~っと、王様の家作ってますよ。あの人、俺らが近づくと怒るから」

「わかった。こっちは前に話したニーナにレナ、それにウッズのおっちゃんだ。あとマリファってダークエルフがいるんだが……女たちと揉めてる」


 ユウの言葉に男たちは「あ~、なるほど」と苦笑いを浮かべる。


「あんまり遅いようなら、ナルモが迎えに行ってやれ」

「勘弁してくださいよ~」


 ナルモと呼ばれた虎人族の青年は本当に嫌なのだろう。それだけは勘弁してくださいと、ユウに頭を下げる。


「んんっ!」


 赤毛のピクシーが態とらしく咳払いをする。私たちを紹介しなさいよと目が言っていた。


「こいつらは……おまけのピクシーだ」

「だ、誰がおまけかっ! 私たち、偉大なピクシーが来たからには、ここは最高の場所になるわ! いい? 私たちピクシーがどれだけ――」

「あ~、皆も来たんだ」


 赤毛のピクシーの言葉を遮るように割って入ったのは、ドライアードのヒスイであった。


「あ? あっ!? ああっ!! あんたね。自分だけこんな楽しそうなとこでっ!」

「わ~、ヒスイだ。元気だった~」

「ちょ、今は私が、ちょっとやめ、やめなさいってば!」

「ヒスイちゃんなの~」


 赤毛のピクシーが、ヒスイと他のピクシーたちに挟まれ埋もれていく。


「ユウさん、皆を連れてきてくれたんですね」

「仕方なしにな。俺はなにもしないぞ。こいつらの面倒はモモが見るんだからな」

「えへへ。わかってますよー」

「その顔はわかってないだろうが」

「私には、ユウさんの考えていることなんて、ぜ~んぶわかってるんですからね」

「ちっ、もういいよ」


 拗ねるユウの姿に笑みを浮かべるヒスイ。そんなユウが可愛くて仕方がないのか、ニーナが抱きつく。


「すまんが、通してくれんかのぅ」


 人垣を押しのけて現れたのは、年老いた獣人、ドワーフ、小人族の男たちであった。


「王様、お帰りなさいませ」


 跪こうとした獣人の老人をユウが手で制すると、頭を下げるに留める。

 ユウは青白い肌の小人族の老人へ視線を向ける。


「王様、今日は雲が多いので、心配せんでも大丈夫ですわい」

「別に心配なんかしてない。

 こっちの青白い肌の小人族は堕苦だーく族って呼ばれている。陽の光を浴びると肌が爛れるんだけど、肌が過敏に反応しているだけだから、別に邪悪な種族じゃないぞ。こっちの灰色の肌のドワーフは、おっちゃんは知ってるよな?」

「ああ、知ってるぜ。昔、魔人族と交わったドワーフで、魔落まらく族って呼ばれているな。魔力の扱いが苦手なドワーフが、魔力の扱いに長けた魔人族と交わることで、その力を手に入れようとしたってことで、まあ、なんだな。ドワーフの連中は忌み嫌っているみたいだが、俺はそんなこと気にしてないぞ」

「おっちゃんならそう言うと思った。俺の武器と防具を作ってくれたのが、おっちゃんだ」

「ほお……王の武器と防具を」


 ユウの言葉に反応したのは、魔落族に堕苦族であった。魔落族は鍛冶屋としての誇りと意地が、堕苦族は装飾や小物などを作るのに秀でており、同じ職人として負けられないと睨むようにウッズを凝視している。特に堕苦族の者たちは、長年の迫害から救ってもらったユウに対する忠誠が高かった。


「では、しばらくは滞在されるということで……。今日は宴ですな」

「ああ、ニーナたちにこの島を案内したいしな。宴は……別にやらなくても――」

「いやいや、とんでもない! 王様がお帰りになったのに、宴もしないなど皆が納得しませんぞ! 全種族を集めて広場で盛大にしましょう!」

「おおっ! それがいい!! 王様はご友人に島の案内をするから、夜だな!」

「肉はでるのかっ!? 肉はっ!?」

「久しぶりの肉かっ!」

「儂ら魔落は酒が欲しいところじゃな」


 興奮した者たちが勝手に進めて準備していくので、ユウが止めることはすでにできなくなっていた。


「もう好きにしろ……」

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