第161話 名も無き島

 ユウに頼まれていた大量の品々や家畜の納品が終わると、マゴとビクトルは挨拶もそこそこに急いで帰っていく。二人が帰るのを待っていたかのように、次に来たのはウッズであった。ウッズの後方にはキンとギンの二匹のアンデッドがつき従っていたのだが、カマーで無用な騒ぎを避けるためか、頭からローブを被って覆っている。


「よう。一段落ついたようだな」

「おっちゃん、荷物はそれだけ?」


 ウッズはユウがニーナたちのもとから離れていた頃から、島への移住を打診されていたのだ。それはウッズの身の安全のためでもあった。少し情報収集の長けた者や組織であれば、ユウとウッズの関係などいずれ気づき、手をだしてきてもおかしくはないからである。事実、ウッズの店に侵入を試みた者が複数いたのだ。どこから情報を仕入れたのか、ウッズの店の奥で保管している貴重な素材や鉱物を狙う者、ウッズ自身を狙って襲いかかる者までいたのだから、ユウがウッズに声をかけるのも無理はないだろう。ただし、襲撃者はことごとくキンとギンの手によって、亡き者となっているのだが。


「俺の身の回りの物や商売道具は、ユウから貰ったアイテムポーチに全部入ってるぞ。こんな凄いアイテムポーチを本当に貰ってよかったのか?」


 ウッズはガハハッ、と笑いながら腰に括りつけているアイテムポーチをポンッ、と叩く。


「んじゃ、早速行こうか」


 ユウと共にウッズが門を潜ると、思わずウッズは驚きの声を上げた。


「うおっ!? な、なんだこりゃ。ピクシーにあの光ってんのは精霊か?」


 ウッズの眼前には、百は超えるピクシーに夥しい数の光球が浮かんでいた。赤毛のピクシーがユウとウッズに気づくと、鼻をふんっ、と鳴らして近づいてくる。


「なにやってんのよ。早く行きましょうよ」

「行くのはいいんだが。お前ら関係のない奴が混ざってるだろう」


 ユウの言葉に赤毛のピクシーだけでなく、周りのピクシーたちも身体をビクッ、と震わす。


「そ、そんなこと……ないわよ? 私たちは前からこのくらいいたわよ。ね、ね? 皆そうよね?」

「嘘つけ。俺はお前たちの顔は全部覚えてんだ。そこの奴に、あそこの奴、あっちの奴もいなかったぞ」


 自分たちの顔を全部覚えているというユウの言葉に、ピクシーたちの頬が赤くなる。


「ふ、ふ~ん。私たちの顔の見分けつくんだ。ふ~ん、ふ~ん。えへへ」

「えへへじゃない。モモっ」


 ピクシーたちの背に隠れていたモモであったが、ユウに名前を呼ばれるとわかりやすいくらい動揺し、ピクシーたちの背から顔を覗かせる。


「待ってほしいの。モモは悪くないの。この子たちは近くの森に住んでたの。でも人族に捕まったり魔物に襲われたりで大変なの」


 髪の毛が緑色のピクシーが舌足らずではあるが、一生懸命にユウに訴える。周りのピクシーたちもその言葉に合わせて、そうよそうよの大合唱である。


「その子の言うとおりよ! それに精霊だってこんなにいっぱい連れていくんだから、私たちだってちょっとくらい増えてもいいでしょ! いいでしょ? だめ?」

「精霊は勝手に集まってきてんだ。モモっ!」


 再度、名前を呼ばれたモモは観念したかのように、ピクシーたちの後ろから姿を現す。普段であればユウが名前を呼べば飛んでくるのだが、今は地面を叱られた子供のようにとぼとぼと歩いていた。自分の足元まで来たモモを、ユウは手の平に乗せる。


「モモ」


 泣きそうな顔をしたモモが、恐る恐るユウと目を合わせる。


「俺には敵が多いんだから、お前が責任持って皆を守るんだぞ」


 ユウの言葉の意味をすぐには理解できなかったのか、モモは理解すると共に徐々に笑顔になり、ユウの顔へ飛びついて頬を擦りつける。


「ああっ!? な、なにしてんのよ! そんなことしていいと思ってんの!」

「あはは。私も~」

「おもしろそう~」

「ふふ。私はこうなると思ってたの~」


 赤、緑、黄、青色の髪を持つピクシーたちがユウへ殺到する。楽しそうに見えたのか光り輝く精霊もユウの周りへ集まり。ユウの全身はまとわりつくピクシーに、身体は様々な色に光るなど、なかなかお目にかかれない光景にウッズが思わず吹き出す。


「おっちゃん……。なにがおかしいんだよ」

「ガハハッ、なにがおかしいって。お前も大変だな」

「わかってんなら助けてくれよ」


 十分ほどして、やっとピクシーたちを離すことができたユウは、老獪な商人たちを相手にするより疲れていた。庭ではニーナたちがすでに準備して待っており、ナマリがウッズを見るなり足にしがみついて遊び始める。


「ユウ~、ベッドで待ってたのに~」

「……遅い」

「俺は悪くない」


 ウッズは庭の中ほどにある空間を見る。何度見ても見慣れない光景であった。空間の一部分が切り取られ、その向こう側はまったく別の場所なのである。ウッズが空間を覗き込むと、空間の先は荒野が拡がっており、一足先に家畜と共に潜ったマリファとマリファの従魔たちの姿が見えた。


「オドノ様~、早く行こうよー」

「わかってる。ナマリ、向こうに行ったら頼むぞ」


 ユウはそう言いながら、飴玉の入った布袋をナマリに渡す。珍しくナマリも真剣な顔で頷き、布袋を強く握り締める。


「楽しみだね~」

「……この魔法をいつか覚えてみたい」


 ニーナはいつもと変わらず楽観的で、レナはユウの時空魔法に興味津々であった。ユウは事前にニーナたちに自分が狙われていることや、関われば危害が及ぶことを何度も説明していた。ニーナは自分がユウについていくのは当然と主張し、レナも同様に仲間と一緒にいるのは自然なことと言い放ち。今後もユウから離れる気はないようであった。マリファなどは、ご主人様のいるところが自分の居場所であると、躊躇せず宣言していた。


「全員いるな?」

「は~い」

「……いる」

「「「お~!」」」


 この日、ユウの屋敷からピクシーやブラックウルフたちの姿が消えた。それは単に移住しただけなのだが、合わせて大量の精霊がついてきてしまったのだ。それも都市カマー周辺だけであればまだよかったのかもしれないが、都市カマー周辺の精霊にウードン王国中の精霊が反応してしまう。精霊は自由である。人の思惑など歯牙にもかけない。昔から精霊がいる場所は肥沃な土地になる。逆を言えば、精霊のいなくなった土地は不毛な大地となるということだ。この件でウードン王国では、他国の陰謀論が持ち上がり犯人探しが始まるのであった。




「わ~、な~んにもないね」


 見渡す限りの荒野に、ニーナの口が開いたままになる。ピクシーたちも期待していた環境と違ったのか、目に見えて落胆していた。


「……信じられない」


 レナは空を見ながら、ありえない規模で展開されている結界に驚きを隠せずにいた。


「まだ開拓中だからな」

「住むとこはちゃんとあるんだろう?」

「あるぞ! ウッズのおっちゃん、こっちだっ!」


 ナマリがウッズの手を引っ張り案内するが、その先も荒野が拡がるのみであった。


「ナマリ、待て。シロを呼んでるから」


 シロのことを知らないニーナたちは、シロ? と頭に疑問符を浮かばせていた。しかし、地響きが聞こえ、遠くの方で大地が盛り上がりながらこちらに近づいてくるのがわかると、視線が釘付けになる。ユウの手前五メートルほどで、大地を突き破って体長三十メートルまでに成長した腐肉芋虫の変種であるシロが飛び出すと、悲鳴を上げる。


「ひえぇ~、ユウ~、こ、これっ!?」

「……大きな芋虫」

「ご主人様、私の後ろへっ!」


 マリファが慌ててユウの前に出て盾となり、コロとランがいつでも攻撃できるように身構える。


「きゃ~化け物っ!?」

「うえ~ん、食べないで~」

「私、もっと美味しいもの食べたかったな」


 シロのことを知らない者たちが勝手に騒ぎ出し、特にピクシーたちがうるさかったのだが、モモがシロの頭の上に座り頭を撫でる姿を見ると、少しずつ落ち着きを取り戻していった。


「……今の私は無敵」

「こりゃすげぇなっ! こんなでっかい腐肉芋虫に乗ったことがあるなんて、ドワーフ族の中じゃ俺だけだろうな! こりゃドワーフの連中に自慢できるぞっ!!」

「今の私たちは無敵なの~」

「ふふ。どれだけ人族が来ても余裕だわっ!」


 先ほどとは打って変わって、シロの上では興奮したレナやウッズにピクシーたちが興奮していた。


「お前ら、うるさい。シロは音に敏感なんだから静かにしろ」


 ユウの声など耳に入ってないのか、興奮したピクシーたちはシロの上で嬉しそうにはしゃいでいた。当のシロは久しぶりにユウやナマリたちを乗せて、遊んでいるつもりであった。シロの少し後ろでは、コロやランにブラックウルフたちが家畜を誘導しながら嬉しそうに追尾している。


「オドノ様、見えてきたよっ!」

「見りゃわかるよ」


 永遠に続くと思われた荒野から、突如緑生い茂った森林と山が見えてくる。ピクシーたちがその光景に期待に胸を膨らませ、ニーナたちの口角も自然と上がっていく。マリファのみが、普段の姿からは考えられないようなマヌケな表情を浮かべていた。その視線は山の――正しくは山の頂上に生えている、巨木の一言では片付けれない樹に釘付けになっていた。樹はすり鉢状に窪んでいる山の頂上の中心から生えており、高さは数百メートルにも達していた。実物を見たことはないマリファであったが、親から伝え聞くその姿と目の前の樹が重なる。


「ご、ご、ご主人、さま。あの、あの樹ですが、まさか……」

「あはは。マリ姉ちゃん、変なの~」

「ナ、ナマリ、お黙りなさいっ!

 ご主人様、あの樹はまさか世界樹でしょうか。いえ、私も実物を見たことはありませんし、世界樹は聖地にあるはずなんで、おかしなことを言っているのはわかっているのですが……あまりにも、あの、その」

「らしいな。あれでもまだ子供――幼木らしいぜ」


 簡単に言ってのけるユウの姿に、マリファの全身がぞわりと震えた。エルフやダークエルフが、聖地で文字どおり命懸けで守り続けているのが世界樹である。宗教で言えば神の化身と言っても過言ではない世界樹が、ユウのもとにあるのだ。自らが仕える主には、今まで何度も驚かされてきたが、改めてその凄さにマリファの顔は恍惚の笑みへと変わっていく。


「うわ~、マリちゃん、顔がなんかだらしないよ~」

「……樹に欲情するとは情けない」

「あははー。マリ姉ちゃんのスケベ~!」

「ち、違っ!? ご主人様、違いますからね!」


 耳まで真っ赤にしたマリファが、ニーナたちへ訂正しなさいと迫る。ウッズとピクシーたちは巻き込まれては堪ったものではないと、少し距離を置く。ユウの頭の上ではモモがいつものやり取りに笑みを浮かべた。


「わかったから少しは静かにしろよ。ほら、もうすぐ森に着くぞ」


 静かにしてほしいユウの願いも虚しく。終始騒がしいまま、ユウたちは森林の手前に着くのであった。

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