第164話 恐怖 大望 崇拝
「おはよーっ!」
「あたたっ……これ、ナマリ。少し声の大きさを抑えてくれんか」
ナマリの元気な声が頭に響くのか、狼人のルバノフは耳を伏せる。横では魔落族のマウノが情けない奴めと呟き、その声を聞き逃さなかったルバノフが食ってかかる。堕苦族のビャルネもルバノフ同様に頭が痛いようで、二人の争う声にこめかみを押さえていた。
「ルバノフ殿にマウノ殿、静かにしてくれんか? 二人の声が頭に響くんじゃわい」
「ふんっ、あれしきの酒で情けない」
「オドノ様、おジジたちはどうしたの?」
囲炉裏を挟んでルバノフの向いに座っているユウの膝の上で、ナマリが頭を傾げる。
「ほっとけ。バカみたいに酒を飲むからこんな目に遭うんだ」
マゴ、ビクトルから購入した炭によって、やっと本来の役割を果たしている囲炉裏の炭がパチッ、と爆ぜると、驚いたナマリが
「王の言うとおりじゃ。朝から王がお越しくださっているというのに、獣人族と堕苦族の長が揃って情けないのぅっ!」
「もういいっての。お前らは何回言えばわかるんだよ。ケンカするなって言ってるだろうが。本当は昨日話す予定だったんだが、お前らが酒飲んでへべれけになってたから、朝早くに俺が来てんだろうが」
長たちにも言い分があったのだが、その原因が自分たちを見ていることに気づくと押し黙った。その原因とは――今もユウの背後で立って待機しているマリファであった。マリファは獣人族、堕苦族、魔落族のことなど全く信用などしていなかったのだ。宴の際も忙しなく食事を作りながらもユウへの世話を甲斐甲斐しく行いつつ、警戒を怠っていなかった。ニーナやレナがユウの傍で呑気に食事を楽しんでいたのだが、私はそうはいきませんからねとばかりに、氷のような瞳で周囲へ気を張り巡らしていたのだ。
そして今も――
「王様~、フラビアがお茶を持ってきましたよ~」
猫なで声の若い少女が――いや、猫の獣人なのでおかしくはないのだが、盆にお茶を載せて部屋に入ってくる。だが、ユウのもとへ近づくよりも早くマリファが盆を受け取る。猫人の少女は「くっ」と悔しそうな声を漏らすが、顔や腕に痣があるところを見ると、昨日マリファに躾をされた者の一人なのだろう。
「あー、フラビア。あとはこっちでやっとくからのぅ。うむ、ご苦労じゃった」
ルバノフが若干重くなった空気を和らげようと、フラビアに声をかけるが。
「ダークエルフっ! う、うちは負けたと思ってないからなっ! 覚えてろ~!!」
典型的な捨て台詞を吐いて、少女は走り去ってしまう。その見事な逃げっぷりにナマリが「お~」っとなぜか感心する。
「まだまだ躾が足りないようですね」
「あー、話を戻すぞ。お前ら農業やったことないんだな?」
「儂ら獣人は獲物を狩って糧を得てましたからな。あとは木の実やキノコなどを採集するくらいですな」
「堕苦族も変わりませんわい。少々の家畜なら飼育していましたが、今回王様が持ってきだすったようなぁ数は……とても」
「儂ら魔落族は獣人族や堕苦族ほど酷い環境ではなかったが、食い物一つ買うのにも足元を見られましたな。なにせ儂らと取引してくれる者なんぞ、行商やどこぞの怪しい商人くらいで、そいつらも足元見て買い叩きやがる」
「つまり?」
「家畜買う余裕などないということですな」
「わかった。カマーに戻ったら奴隷を購入してくる」
「王様、その奴隷ってのは人族でしょうか?」
「ああ、お前らが人族を嫌ってるのは知ってるが、今後のことを考えれば農業をほったらかしにできないからな。今でも獣人族、堕苦族の中で妊娠してるのが何人かいるだろ?」
「ありがたいことですわい。前なら怯え、隠れながら逃げるように移り住んでいたのに、今は安心して子を授かり育てることができる。全て王様のお陰ですわい」
「ビャルネ殿の言うとおりですな。儂ら獣人の中には、一度に多くの子を生む者もいますのでな」
「人口が増えれば今のままじゃ食糧が足りなくなる。人族の数が他種族より多いのは、農業によって安定した食糧を手に入れることができるからだ。
俺たちも飢えないために村の南はヒスイとシロが開拓してるが、そっちに果樹園や畑に家畜を育てる場所を作る。東は俺とラスが創ったアンデッドが港を作る準備を、西の山には魔物を放つ」
「王よ、なぜ魔物を放つのですか?」
「魔物っていってもビッグボー、一角兎、ウードン鹿に鳥系のランクが低い魔物だ。こいつらは勝手に繁殖するし、獣人のガキに狩りを学ばせるのに丁度いい。ルバノフ、獣人はガキのうちからある程度狩りを学ばせるんだよな?」
「王様の仰るとおりです。儂ら半端者と言えど、獣人は獣人。農業は喜んでさせていただきますが、獣人の本能は狩猟によって糧を得ることです」
なるほどと頷くマウノとは対照的に、ビャルネのルバノフに向ける視線は冷たいものであった。
「あと転職用の水晶がもうすぐできる。お前らラスに会ったら礼言っとけよ」
「「「おおっ!!」」」
長たちから抑えきれぬのか、声が漏れ出る。それほど興奮しているということであった。なにしろ人族のみならず、獣人族、小人族、ドワーフ族からも迫害され続けてきた者たちである。まず人族の村や町に入ることがほぼできない。裏で金を渡し運良く転職することができる者たちもいたが、ほとんど者がジョブに就いていない状態であった。
「本を渡しておく。この本には各ジョブの情報が書かれているから、転職する奴に説明してから決めさせろ。それと数日後に魔人族が移住する」
「ほう……魔人族ですか」
魔落族のマウノは、元々は魔人族とドワーフ族の血を引いているので問題はない。堕苦族のビャルネも特に気にした風ではなかったが、獣人族のルバノフは露骨に嫌そうな顔をしていた。
「なんだよ。ルバノフは魔人族の移住に反対か?」
「えーっ!? なんでー、なんでなんでー? 魔人族は強いんだぞっ!」
難しい話に黙っていたナマリが立ち上がり、大きな声でルバノフに詰め寄った。ユウの飛行帽の中で、まだ寝ていたモモが驚いて飛行帽の中でジタバタと暴れる。
「こ、これっ、ナマリやめんか。大きな声を出すと頭が痛いと言うとるじゃろうが、別に嫌っとるわけではないんじゃが……魔人族は第二次聖魔大戦で魔王側だった種族じゃからのぅ……王様はこのことをご存知でしたか?」
「知ってる。別にそんなことどうでもいいだろう。
俺からの話はそれだけだ。あっ、俺の連れてきたピクシーたちは山城の森に住むから、手を出さないように伝えておけよ」
「「かしこまりました」」
「はい、それはもちろん……」
ルバノフは少し不満気な態度であった。マリファからは、刺すような視線がルバノフに向けられている。
「ルバノフ、獣人族で納得いかない奴がいるなら、いつでも勝負してやるから言っとけ。獣人族は力こそ全てなんだろ?」
「め、滅相もございませんっ! 獣人族の中で王様に不満を持っている者など一人もいませんともっ!!」
ルバノフの顔から一瞬にして滝のような汗が流れ出す。ルバノフはいまさらながらに思い出したのだ。今目の前にいるユウが、見た目通りの少年でないことを。
あの日、ルバノフが率いる獣人族の明暗は分かれた。ユウに死ぬまでついていくと。
森の奥深くに隠れ住む、ルバノフの集落を人族の騎士たちが襲撃した。人族を遥かに上回る身体能力を持つ獣人族と言えど、相手はジョブに就いている人族の騎士。ルバノフが率いる獣人のほとんどがジョブに就いていない。ぶつかり合えばどうなるかは明白であった。女子供を優先的に逃がしながら獣人の男たちが立ち向い時を稼ぐが、無残な結果となる。翌日には包囲され、ルバノフたちに逃げ場はなかった。
「儂たちが……なにをしたっ! 罪もない女子供まで殺しおって!!」
「黙れっ!! お前たちは存在自体が罪なのだ!!」
騎士の一人がルバノフの顔を蹴り上げると、砕けた牙が宙を舞った。
「長っ!? おのれっ!」
若い獣人が騎士へ飛びかかるが、一刀のもとに切り伏せられる。
「ニルング隊長、男はどうしますか?」
「こんな半端者共など、奴隷として連れ帰るだけ無駄だ。殺せ」
騎士の中でも一際目立つ鎧を身に纏っている男は、獣人たちをまるで汚い物を見るかのような蔑んだ目で睨む。
「待てっ! お、女子供をどうする気だっ!?」
ルバノフの言葉に、騎士たちの顔に醜悪な笑みが浮かぶ。
「光栄に思うがいい。女たちは私たちが味見をしたあと、奴隷として売り払ってやる。ガキは、そうだなぁ~、ふはは。世の中には変わった趣味のお方がおられてな。薄汚い亜人のガキを好んで抱くそうだ。まあ、すぐに飽きて飼っているペットの餌になるんだがなっ! ふはははっ!!」
悔しさに歯を食いしばる獣人たちを騎士たちが嘲笑う。逃げ遅れた者たちは嬲り殺しにされ、弄ばれた死体の中には女や赤児の姿も見えた。
狂喜に歪んだ騎士たちの嘲笑とは正反対に、森の中は静まり返っていた。
「あ~っ! オドノ様、犬が死んでる」
突如、騎士たちの笑い声に子供の声が割って入った。
「犬じゃない。獣人だ」
「オ、オドノ様っ! こっちは……赤ちゃんが死んでる……」
獣人を包囲する騎士たちの中に、いつの間にか侵入者がいたのだ。ルバノフは、侵入者の中に昨日逃がした兄妹がいることに気づく。
いつ、どうやって? 騎士たちは戸惑いを隠せずにいた。人族の少年に魔人族の子供、獣人の子供はまだいい。しかし、少年の後ろに控えるアンデッドはどう見てもエルダーリッチ、さらに天魔族の姿まであったからだ。
「き、貴様たち何者だっ! 私が誰かわかっているのかっ!」
「うるさい」
ユウはニルングと目も合わさずに一言だけ言い放つ。視線は無残な姿となった獣人の死体に向けられていた。
「無礼者っ!!」
騎士の一人がユウの態度に激昂し斬りかかるが、ラスが杖を横に一振りすると、斬りかかった騎士のみならず、騎士全員が黒い荊棘に全身を絡め取られて拘束される。
「なっ!? なんだこの荊棘はっ!! ぐあ゛あ゛あぁぁぁっ! い、荊棘が喰い込んできやがるっ!!」
「無礼者? 羽虫如きがマスターに言っていい言葉ではないな」
ラスが使った魔法は暗黒魔法第4位階『ブラック・ブランブルズ』、黒き荊棘が対象の肉に喰い込み動きを拘束する魔法なのだが、およそ三百はいるかと思われる騎士の行動を完全に封じていた。
「なんで殺した?」
「私を誰だと思っている!! 我が家は代々ヴォルィ家に仕える由緒正しき――」
財務大臣バリュー・ヴォルィ・ノクスに仕えると喚き散らすニルングの耳をユウは掴むと、ゆっくりと縦に裂いていく。
「ぎゃあ゛あ゛あああああっ!!」
「お前の耳は飾りか? 俺はなんで殺したって聞いてんだ」
「あ゛あ゛あぁぁぁぁ~、わ、わだちの耳がっ! こ、このような真似をして、貴様ウードン王国を敵に回したぞっ!! 私が仕えるバ――」
ユウはニルングの残る耳を掴むと一気に引き千切った。
「ぎゃあ゛あ゛あぁぁぁぁっ!! ま、まだわ、わだちの耳をひ、引き千切った~っ!!」
「ナマリ、モモとトーチャーを連れてあっち行ってろ。あとガキたちも一緒に連れてけ」
「でも……俺……」
恐怖を抑えきれぬのか、ナマリとモモは震えていた。
「行けって言ってんだ」
「俺……今のオドノ様……なんかやだな」
ナマリはモモを頭に乗せ、目を爛々とさせているトーチャーの手を掴むと無理やり連れていく。獣人の子供たちはこの場から少しでも早く離れたいのか、ナマリの言葉に逆らうことなくついていく。
「ラスお前は――」
「命にかかわるような者は、すでに回復させています」
ユウに言われるとわかっていたのか、重傷を負っていた獣人たちをラスは回復させていた。
「わがったっ! いまならゆるじてやるっ!! だから早ぐこのボヴェッ……ヒュ? あがががあぁぁぁぁ……」
ユウの裏拳がニルングの鼻から下の部分を吹き飛ばした。顔の半分を失ったニルングは、なにが起こったのか理解できないのか、目だけが激しく動く。ニルングの目が周囲の騎士たちを見渡した。騎士たちの自分を見る目が恐怖に染まっていることに気づき、やがてあるべきモノがないことに気づくと、ニルングはそのまま意識を失った。
「次」
「かしこまりました」
ユウの言葉にラスは頷く。肉に深く喰い込んだ黒き荊棘が、ユウの前へと騎士を引きずってくる。
「ぐあ゛あ゛あっ!! た、助けてくれっ!!」
「死にたくないなら、俺が納得する答えを言え。なんで殺した?」
「ま……待ってくれっ! あいつらは人族だけじゃない獣人からも忌み嫌われて――ガフッ!?」
騎士の頭部が、小石を投げるかのように飛んでいく。残された身体からは血が止めどもなく零れた。
「次」
「嫌だっ! 嫌だ嫌だ嫌だーっ!!」
「なんで殺した?」
「お、俺には妻と子がいるぼへぇっ……」
騎士の頭部が吹き飛ぶ。飛び散った脳髄が、恐怖に震える騎士たちの顔を真っ赤に染めた。
「次」
「お、俺の親父は男爵の弟なんだっ! た、た……助けてくれれば望むだけ金をゲフッ……」
世にも恐ろしい順番待ちであった。騎士たちはユウが納得する答えなど持ってなどいないのである。呼ばれれば待っているのは確実な死だ。黒き荊棘に抵抗しようとする者もいたが、抵抗すればするほど黒き荊棘は肉に喰い込み、やがて骨にまで達する。その激痛に失神する者までいるが、すぐに新たな激痛によって目を覚ます。
次々と呼ばれては殺されていく騎士たちの姿はみっともなく、哀れであった。森の中を騎士たちの助けを求める叫びと絶叫が響き渡る度に、獣人たちは身を縮みこませ、声が聞こえぬように耳を手で押さえた。
ただ、そんな騎士たちの姿をラスだけはずっと見つめていた。骸骨であるラスの顔からは感情を読むことはできなかったが、その全身から発せられているのは紛れもなく歓喜であった。
全ての騎士から聞き取りを終えたユウは、ナマリのもとへ戻る。ナマリが獣人を飼いたいと言うので叱るが、獣人の長であるルバノフはユウの前に跪くと服従を誓った。獣人族は力こそ全てであるが、それよりも目の前にいる少年が怖かったのだ。強力な魔法をいとも容易く使いこなすラスよりも、人族の少年であるユウに恐怖を感じていた。それに人族の騎士たちを殺したのはユウたちであったが、どれだけルバノフが叫ぼうがウードン王国は認めないだろう。遅かれ早かれ死ぬのであれば、少しでも助かる可能性のある方を選ぶ。
ルバノフたち獣人がユウに従うのは、強き者に服従する獣人の本能を上回る恐怖からであった。
「こりゃすげぇな……」
魔落族の長マウノになにも言われず連れてこられた場所は、魔力に乏しいウッズでもわかるほど強力な封印が幾重にも施された部屋であった。この大部屋は魔落族の工房の奥から地下に降りて、さらに数十分も歩いてやっとたどり着ける場所であった。
「
癇に障る言い方であった。
「ああ、そりゃこんだけ凄い魔力が漂っていれば、ドワーフの俺でもわかるぜ」
「ふははっ、それもそうか。この大部屋は王を除けば、一部の魔落族の者。それも儂が同伴していなければ入れん。そのことを肝に銘じてウッズ殿も入られるがいい」
マウノは封印を解く呪文を唱える。一つ封印が解かれる度に大部屋の中から溢れるような魔力が、ウッズの全身に叩きつけられる。
「これが……ユウたちが倒したっ……」
「そう。これこそ古龍マグラナルスの亡骸じゃっ!」
巨大な亡骸には魔法処理を施された鎖が十重二十重にも巻かれていたが、死してなお強大な力を秘めているのか、鎖は限界まで張っており、鎖からは悲鳴のような金属音が止まずに鳴り響いていた。
「ぐははっ! 見よ! 死んでもこれだけの封印せねば被害を及ぼす化け物よ!!」
「そろそろこんなとこに、俺を連れてきた理由を教えてくれないか?」
「ふむ。ウッズ殿、儂ら魔落族とドワーフ族は袂を分かれたとはいえ、望みは一緒であろう?」
「あん?」
「わかっておろうが、最強の武器っ! 最高の防具を作り上げるっ!! それこそが儂らの大望であろうがっ!!」
「最強の武器、最高の防具だと?」
「おうよ! 儂らは王に感謝しておる! この古龍マグラナルスの亡骸を見よ!! これほどの素材、どんな高名なドワーフでも、いや、国でも手に入れることはできんじゃろうっ!! その最高の素材が儂らの前にあるんじゃぞ!! 王から聞くところによると、ウッズ殿には儂らにも渡していないような素材や鉱石を、王から貰っているそうじゃないか。どうじゃ? 儂らと一緒に大望を果たさんか? これは今までのドワーフ族の歴史を塗り替える偉業になるじゃろう」
「くだらねえ……」
「ウッズ殿……い、いま……なんと申した?」
「くだらねえって言ったんだよ。お前ら魔落族は、ユウが高価な素材や鉱石をくれるから従ってるのか? 最強の武器? 最高の防具? はんっ、笑わせるぜ! その武器や防具は誰が装備するんだ? 俺はユウのために武器を、防具を、作るぜ! お前らのくだらねえ大望とやらには一切興味はない。にしても……使う者がいない武器や防具を作って楽しいのか? 俺にはわからんな。話がそれだけなら俺はもう行くぜ。やることは山のようにあるんだ」
マウノを大部屋に残し去ろうとするウッズの耳に、笑い声が聞こえてくる。
「くっく……がはははっ! そのとおりじゃっ!! ウッズ殿の言うとおり。使いこなす者がいない武器など存在する意味はないわっ!! ウッズ殿、すまんのぅ。試させてもらった」
「試す……?」
「うむ。儂らが王に従うのは、貴重な素材や鉱石が手に入るのが理由の一つなのは否定はせん。じゃがの? それだけで人族に従うほど魔落族は落ちぶれておらんわ。もちろん先ほど話した大望は嘘ではない。王なら使いこなせると思っておるよ。その前に儂らが、こいつから武器や防具を作り出せるかが問題じゃがのぅ? ガハハハッ」
マウノはウッズに向けて片目をつぶると、肩を組む。
「イマイチ……信用できねえ爺なんだよな」
「信用する必要などないぞっ! 儂らには言葉など不要! 腕で証明するのみじゃ!! では、試した詫びに酒でも飲むかのぅ!!」
「昨日あんだけ飲んでおいてまだ飲むのか?」
「な~に、儂らにとってあの程度の酒は水みたいなもんじゃっ!」
「お爺ちゃん、おかえりなさいーい」
「長だー! おかえりなさいっ!」
ビャルネが堕苦族の住む地下へ降りると、孫娘であるピリカと堕苦族の子供たちがビャルネの懐へ飛び込んでくる。
「おお、ピリカ。良い子にしてたか?」
「うん! ピリカ、良い子にしてたよ」
「うんうん。皆も良い子にしてたか?」
「してたよ~! 今日はね、皆で追いかけっこしてたの」
目に入れても痛くないほど愛らしい子供たちの姿に、ビャルネの顔が緩む。子供たちの腕には腕輪がつけられていた。大人の堕苦族であれば陽の光に当たると皮膚が爛れるが、小さな子供ではより症状が重く命にかかわることすらあった。現にビャルネの孫娘であるピリカは、誤って陽の光を長時間浴びてしまい死ぬ寸前であった。そんなピリカを助けたのがユウである。
他の種族は、堕苦族が陽の光を浴びると皮膚が爛れるのは、呪われた邪悪な種族だからと決めてつけて迫害してきたのだが、ユウは陽の光に過敏に反応しているだけだと、堕苦族が長年苦しんできた症状を理解してくれたのだ。さらに子供たちに光耐性や聖属性を付与した腕輪を渡し、治療まで進めていた。このまま順調に効果がでれば、堕苦族が陽の光を浴びながら自由に生活する日も夢ではないであろう。
「よしよし、爺ちゃんはちょっと用があるでな。またあとで遊んでやるからな」
「絶対だよ! 待ってるからね!」
ビャルネは子供たちと別れると、地下二階から地下三階へと降りていく。そこはユウに黙って作った部屋であった。分厚い扉が三重に渡って設置されており、ビャルネが部屋の中へ入ると、そこは毒草、毒花、毒虫、毒蛇などがいくつもの箱の中で飼育されていた。
「飼育の方は順調かのぅ?」
「長、こちらをご覧ください」
堕苦族の者が小瓶に入った液体を一滴毒蛇に与えると、高い毒耐性を持つ毒蛇は一瞬にして息絶える。
「ふむ。まずまずじゃな。じゃが――」
小人族は装飾などの細かな作業が得意であるのだが、堕苦族はさらに裏の顔を持っていた。それが毒の開発である。今までは迫害から逃げ続けるのに必死で、必要な材料を入手することはできなかったのだが、
「まだまだだな」
「おお……ラス殿、いらしたのですか」
「必要な物があれば遠慮なく言うがよい。いくらでも用意しよう」
「それは助かりますわい」
「今の毒でどの程度の威力がある?」
「矢や剣に塗れば、オーガですら数分で死に至るでしょうな」
「その毒を、例えば粉末状にしてばら撒けばどうなる?」
ラスの言葉に堕苦族の顔が強張っていく。
「さて、そのようなこと試したことがありませんわい。儂らの毒は兵器ではなく武器ですからのぅ」
「水に混ぜればどうだ? 気体にすることは可能か?」
「それは……王様のためになるんですかのぅ?」
「なる。マスターの敵はお前も知っているだろう? これは愚鈍な獣や恩知らずなドワーフなどにはできないことだ。堕苦族にしかできないことだ。わかるな?」
堕苦族は恐怖に従う獣人や、王様を利用しようとする魔落族とは違う。子の生命を、一族の運命を救ってくれたユウを心の底から崇拝していた。ユウのためであるならば、命すら捨てるのも厭わない。
「儂ら堕苦族は、王様のためならなんでもしますわい」
ビャルネの言葉は堕苦族の言葉でもあった。
「では、引き続き研究を進めろ」
ラスはビャルネの言葉に納得したのか、研究室をあとにするのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます