第154話 盛者必衰
一塵の風が吹くと、風によって巻き起こった砂塵には血の匂いが混ざっていた。
砂塵を遮るように立つ三つの影。三人は全身血塗れでありながら、共通していることがあった。それは壮絶な笑みを浮かべていたのだ。
「いたた……とんでもない爺さんだな」
イバンは軽口を叩きながら、折れた鎖骨を左手で押さえた。右腕に嵌めているダマスカス鋼を遥かに上回る頑丈さが売りの、アダマンタイトで作られたナックルには微細な罅が入り、右腕はだらんと力なく垂れ下がっていた。
「ぺっ、しぶとい爺だぜっ」
レンナルトは口から血を吐き出すと、身体に突き刺さった槍のように大きく鋭い棘を抜き地面へ投げつける。
「ぐははっ……これほどの
ドルムはレンナルトとイバンの挟撃を躱せないと判断し、上からのイバンへ反撃、下で待ち構えるレンナルトへは鉱物操作によってアダマンタイト、ミスリル、ダマスカス鋼で無数の棘を創りだし放ったのだ。
ドルムと打ち合ったイバンの右腕は砕け、圧力に耐え切れなかった右鎖骨が骨折。レンナルトは槍のような無数の棘にお構いなく、棍技『修羅滅殺』を放ち。身体が穴だらけになっていた。無論、ドルムの負った怪我はそれ以上である。右腕は骨折、背中にレンナルトの攻撃をまともに喰らったために、千年百足の甲殻鎧の大半は砕け散っていた。肩甲骨、背骨を中心に骨には無数の罅が入っていたが、ダマスカス鋼で創りだした骨が補強し、固有スキル
「いかんな。矜持に拘っていては負けるやもしれん」
「あん? まるで今まで手を抜いていたみたいじゃねえか。このレンナルト様を相手によ」
ドルムの右腕に握る緋龍の鎚より爆炎が噴き上がる。制御してなお噴き出る爆炎はまるで緋龍の口内より漏れる息吹を思わせた。さらに左腕に握る紫鋼銀龍の鎚からは、くすんだ紫色の突起物が縛鎖を喰い破るかのように暴れていた。
「くはははっ! 死してなお抗うかっ!
お主たちには悪いが、時間はかけられんのぅ」
よく見れば鎚を握るドルムの両腕は手首あたりまで、鎚と同化するように右腕は赤く、左腕は紫色に侵食されていた。
警戒するレンナルトたちであったが、ドルムがイバンの方へ身体を向けた。イバンにはドルムが右腕を振るったかのように見えた。かのように見えたというのは、イバンの眼前が一瞬にして真っ赤に染まったからである。約四千度の爆炎が津波のようにイバンへ襲いかかった。
「うはっ、とんでもない爺さんだ」
大地に穴を掘りやり過ごすか悩んだイバンであったが、爆炎の津波は大地を溶かしながら迫っていた。腹を決めたイバンは大きく息を吸い始める。固有スキル『
「けほっ」
全身重度の火傷を負ったイバンは口から黒煙を吐き出すと、そのまま空を見上げるように大地へと倒れた。
「豚野郎がっ、こんな爺に負けやがって!」
「ぐぬぅ……次はお主の番じゃっ!!」
苦痛に耐えながら、ドルムは紫鋼銀龍の鎚を地面に叩きつける。ドルムを中心に紫鋼銀龍の鎚に宿ったスキル『紫槍山』が発動。地面より紫色の槍が山のように生え、レンナルトを攻撃する。
「こんな槍で俺を倒せると思うなよっ!」
地面から生える槍に向かってレンナルトは大雷轟の金砕棒を叩きつけるも、槍は折れるどころか勢いを増してレンナルトを刺し貫いた。
「くそがっ! この程度でっ!!」
「そのとおりじゃ。お主がこの程度で死ぬとは思っとりゃせんわい」
レンナルトの顔に影が差す。頭上を見上げれば、そこには二鎚を肩に担ぎ跳躍するドルムの姿があった。
「くそ爺がっ!!」
数十に及ぶ紫の槍に刺し貫かれているにもかかわらず、レンナルトは大雷轟の金砕棒を両手で握り締め覚悟を決める。
ドルムが槌技を発動させようとしたそのとき、横から黒い塊が突っ込んでくる。全身に重度の火傷を負い、所々が消し炭と化していたイバンであった。
「お主、さすがにしぶとすぎじゃろう」
イバンが生きていることを予想していたのか、ドルムに焦りはなく、落ち着いた態度であった。
「こ……これ、でも……『十二魔屠』を……任されてるんだな」
イバンが龍の鱗をも砕く武技LV7『龍拳』を、鬼の神が鬼族へ伝授したと云われる棍技『修羅滅殺』をレンナルトが同時に放つ。ドルムといえども、今の状態でどちらかの技をまともに喰らえばどうなるかは明白であった。
「二槌槌技『
ドルムは囁くように呟くと静かに嗤った。
刹那――世界が終わったかと見紛う瞬光がイバンとレンナルトの目に飛び込んだ。
ほんの一瞬、二人の意識が奪われる。次に意識を取り戻した二人が見たのは、イバンは左腕と上半身の一部と共に吹き飛び、レンナルトは棍技『修羅滅殺』を真正面から叩き潰され大地と共に巨大なクレーターに刻み込まれた自分たちの姿であった。
「はぁはぁっ……くっく……くはは! 良き死合であった!!」
ドルムを中心に半径五百メートルは紫色の槍が生えていた。無数に生える紫の槍はまるで花畑のようにも見えたが、花畑にはドルムの槌技によって三百メートルにも及ぶクレーターができており、『腐界のエンリオ』であっても異様な光景となっている。
勝ったはずのドルムは膝をつき、今にも倒れそうなほど疲労していた。ドワーフは元々魔法が得意でもMPが多い種族でもない。二鎚の秘められたスキルは威力、範囲共に桁違いで、ドルムから大量のMPを奪っていたのだ。
「さすがにこれ以上は……ま、拙いのぅ……」
「あっちが静かになったねー。もしかして死んだんじゃないの?」
「ふぇっふぇ、もしそうなら死んだのはドワーフじゃな」
アーゼロッテとヤーコプの戦いは、ドルムたちの戦場より二キロほど離れた場所で行われていた。
巨大な蟲がアーゼロッテ目がけて突っ込むが、アーゼロッテの纏う結界によって弾け飛ぶ。
「やーん。私、虫きらーい」
「ふむ。儂の蠱蟲を結界で殺すとは、結界に雷を付与しただけではないようじゃのぅ」
「あったりー。これはねぇー『天雷結界』っていうスキルだよ。雷鳴士のスキルなんだよーん」
「雷鳴士? 聞いたことのないジョブじゃ。特殊ジョブか……」
二人の間では会話をしながらも、熾烈な攻防が繰り広げられていた。
アーゼロッテが放つ魔法はどれもが高位階の魔法で、一撃でヤーコプの使役する蠱蟲を屠っていた。ヤーコプも負けじとアーゼロッテが展開する結界を破ろうとするが、結界に齧りついた蠱蟲は雷によって呆気なく黒焦げと化していた。しかし、ヤーコプはこれでいいと考えていた。これほどの魔法に結界、MPが持つわけがない。自分は蠱蟲で絶えず攻め、防御し続ければ勝機は遅かれ早かれ訪れるだろう。
長年の経験がヤーコプに焦る必要はないと判断させていた。今も蠱蟲の一匹が息絶えるが、ヤーコプには微塵も焦りはない。
「もしかしてー、私のMPが切れるのを待ってるのかなー」
「それはどうかのぅ。儂の蠱蟲が尽きるのが先かもしれんぞ?」
ヤーコプの言葉に納得がいかないのか、アーゼロッテは首を傾げながらヤーコプを見つめる。
「私ねー、今までMP切れたことは一度もないよ?」
「ほうっ! それは凄い」
地中より蠱蟲がアーゼロッテに襲いかかるが、やはり天雷結界に阻まれ消し炭と化す。
「『迅雷風烈』のアーゼロッテ」
「む? いまなんと言った?」
「私、この二つ名嫌いなんだー。可愛くないでしょ?」
目の前のエルフの少女が頬を膨らませる。その姿は別に珍しくもなんともない。ただし、雷と風を纏っていなければ。
「な、なんじゃとっ」
アーゼロッテの莫大な魔力から生み出される雷と風に焦るヤーコプをよそに、雷と風が互いにいがみ合うように激しくぶつかり弾きあう。アーゼロッテが人差し指をくるっ、と回すと、雷と風が一つの球体に融合する。直径十センチほどの球体にまで圧縮された雷と風の塊は、威力はまったく損なっていないようで、内部では激しい力が渦巻いていた。
「これ、少し形は違うんだけど、黒魔法第9位階『風覇爆雷』って言うんだよ。でね、これをこうしてー、こうすればー」
アーゼロッテの手によって、球体が一つから二つ、二つから三つ、次々に生成されていく。黒魔法第9位階の魔法を一つ展開するだけでも大量のMPを消費する。それを子供が泥団子を作るかの如く、アーゼロッテは『風覇爆雷』の球体の数を増やしていく。
ヤーコプの動きは速かった。このままでは拙いと判断し、手持ちの蠱蟲の中でも最強の蠱蟲を召喚する。ヤーコプの背中の瘤が激しく蠢き、背中から腰、足元へ移動する。ローブから這い出てきたのは『
一匹目、体長二十メートルは超える芋虫の図体に、全身を埋め尽くす棘の先からは黄色い液体が地面に滴り落ち不快な臭いが立ち込める。
二匹目、体長十五メートルほどと一匹目よりは小さいものの、蠍の身体を土台に尾の先端には人の上半身が生えており、アーゼロッテを見るや否や、ごちそうでも見つけたかのように舌なめずりをする。
三匹目、体長十七メートルほどの蜘蛛で胴体に無数の拳大の穴があり、穴からは赤色の触手が出ては引っ込んでいた。そして腹には五十センチから一メートルほどの子蜘蛛がびっしりと張りついている。
「では、参るとするかのぅ」
ヤーコプの言葉に反応するように三匹の蠱蟲はアーゼロッテに襲いかかる。
迫りくる蠱蟲へ、アーゼロッテは『風覇爆雷』を次々と放つが、蜘蛛が糸を吐き出し受け止める。糸には雷を吸収する能力があるようで球体から雷の力が失われるも、残る風の力が糸を斬り裂き蠍や芋虫に直撃する。
「ふむ。雷の力を失ってなお儂の蠱蟲を傷つけるか」
身体を斬り裂かれた芋虫は、黄色い体液を飛び散らせながら絶叫し、蠍の堅い甲殻は風を弾き返した。
「うーん、私の魔法を受けてそんな小さな傷しかつかないなんて。すっごく魔法耐性が高いんだね」
アーゼロッテを捕らえようと蜘蛛が糸を吐き出すも、雷を吸収する糸に捕らえられるのはさすがに拙いと思ったのか、アーゼロッテが距離を取る。初めてアーゼロッテが逃げの手を打ったのだ。
「おや? 自慢の結界、天雷結界じゃったかのぅ? それで防がんのか?」
挑発しながらもヤーコプは蠱蟲を追加で召喚する。自分が有利であるにもかかわらず、慢心の欠片もない。
「もうー、ほんっと気持ち悪い」
アーゼロッテは高位階の魔法を次々と放つが、風の魔法は蠍が鋏で斬り裂き、雷は蜘蛛が糸で受け止め、火や水は芋虫の触手が吸い取っていく。
気づけば、アーゼロッテの周囲は蜘蛛の吐く糸で埋め尽くされ、糸の範囲外は蠱蟲が固めており、逃げ場がなくなっていた。
「勝負ありかのぅ」
「私、怒ったからねっ!」
アーゼロッテは頬を膨らませて、ツインテールを両手で引っ張る。
「怒ったところで負けは変わらぬ。大人しく負けを――」
「みんな死んじゃえー」
可愛らしい叫び声とともに、空から黒い光が降ってくる。
「お……おおっ!?」
ヤーコプは三匹の蠱蟲を呼び戻し自身を防御させる。次々と降ってくる黒い光によって、アーゼロッテを包囲していた蠱蟲が消滅させられていく。
「まだまだいくよー」
黒い光と共に次は巨大な隕石が降ってくる。最初に芋虫が隕石に押し潰され、次に蜘蛛が押し潰されると腹の子蜘蛛が逃げ出すようにわらわらと這い出てくるが、黒い光と隕石によってあっという間に殺される。最後に残っていた蠍も甲殻はひしゃげ、剥き出しになった部分は光に貫かれ瀕死であった。
「あははー、すごいすごーい! あれでもまだ生きてるんだー」
「
アーゼロッテが放った二種類の魔法。空より降ってきた禍々しい黒い光は暗黒魔法第9位階『
そんな戦術魔法を同時展開したにもかかわらず、アーゼロッテには疲れが微塵も感じ取れなかったのだ。
「じゃあ、とどめー」
アーゼロッテが黒魔法第7位階『雷神』を放つ。蠍がヤーコプの前に飛び出し受け止めるも身体が吹き飛ぶ。飛び散った身体の破片や体液がアーゼロッテの天雷結界に触れると消し飛ぶ。
「きたなーい。あれ、虫のおじいちゃん消えちゃった」
いくつものクレーターが大地を傷つけ、クレーターの一つに直径二メートルほどの金属の球体が大地にめり込んでいた。
「おじいちゃーん、生きてる?」
中から罵声が微かに聞こえた。アーゼロッテが「もう大丈夫だよー」と声をかけると、金属の球体が粉末へと変わりドルムのアイテムポーチへ吸い込まれていく。
「この阿呆がっ! 儂まで殺す気かっ!!」
「だってだってー。虫のおじいちゃん、しつこいんだもーん」
ドルムに頭をこづかれるも、アーゼロッテは舌をぺろっ、と出しておどける。
「私の方は逃げられちゃったけど、おじいちゃんの方は倒せた?」
「むー、これでは生きてるのか死んでいるのかわからんわい。とどめを刺そうとしたときに、迅雷の魔法が降ってきよったからのぅ」
「ごめーんなさい」
アーゼロッテが誤魔化すようにドルムの背におぶさる。ドルムはやれやれと溜息をつき、アーゼロッテを背負ったまま『腐界のエンリオ』第六十七層をあとにした。
この日、『十二魔屠』が三百年以上に渡って誇ってきた常勝不敗が途絶えたのだ。
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